chapter-6
血の気が下がった。
力、ねえええええええ!!!?
この身体、力ねええええええええ!!!?
「え、ちょ」
やべえ!!!
これはやべえ! やばすぎる!!
「離せよ!」
「なんで〜? 俺達と楽しくお酒のもうよ〜」
「のまない! 離せ!」
どんなに腕を振り回しても、掴んでひっぱっても、赤い男の手はがっちり俺の手首を掴んだまま、外れなかった。
「キュー!」
コケ太郎が、ボールのように大きく撥ねた。
男の顔面にジャンピングアタック。ど真ん中に、綺麗に決まった。
「ぶほあっ!?」
「な、なんだこのボール!? くそっどっから飛んできた! 邪魔だ!」
鼻血を出しながら、男がコケ太郎を蹴った。
「キュ!?」
「あっ」
サッカーボールのように蹴られ、キューキュー鳴きながら地面を転がっていく、花のボール玉。
「こ、コケ太郎おおおおおおおお……!!!」
コケ太郎は回復と補助系の使役魔だ。
いつも俺と後衛にいて、パーティを援護する、後方支援タイプ。だから攻撃をするのも受けるのも、あまり得意ではない。それなのに、俺を守ろうとして……お前って奴は……………涙が出そうだ。
「てめえ……、この野郎……っ! なにしやがるんだ!」
「いいじゃんいいじゃん、一緒に行こうよ〜」
「このっ……」
「────なにしてるんですか?」
いつのまにかやってきていたシグさんが、俺の手首を掴んでいる酔っ払い男の肩を掴んでいた。
「し、シグさん!」
「なんだてめえ……────あいだだだだああああぎゃあああぁっ!?」
──ミシッミシミシ、と、何かが、軋む音が聞こえた。
シグさんがあっさり手を放す。
「う、ぐあ……いてえ…………」
俺の手首を掴んでいた男は、俺から手を離し、呻き声をあげながら地面にうずくまった。シグさんに掴まれていた肩を押さえて、汗を流しながら悶絶している。
今なら、逃げられる!
俺は手が離れた隙に、急いでシグさんに駆け寄った。
シグさんは俺の肩を掴むと、背中の後ろ側へ引っぱった。
視界から酔っ払いたちが消えて、俺はやっと、息がつけた。助かった。焦った。自分が思ってたよりもずっと、相当、この身体は弱かった。情けない。もうほんと、勘弁してくれ。
シグさんのでかい背中越しに、少しだけ、顔を出してみる。
酔っ払い仲間うちの1人が、うずくまって泣いている仲間に駆け寄るのが見えた。
いてえよおお、と呻く仲間の背中をさすってやっている。脅えたように、チラチラとこちらを見上げて。その顔色は、青い。────どうやらようやく1人、酔いから醒めたみたいだ。
シグさんが素早い動きで、横で硬直していた男の胸ぐらを、片手で掴んだ。予想外の展開に放心していたようだ。
「ひっ」
胸ぐらを掴み上げられた男の足の先が、地面から離れる。
大の男1人、片手で持ち上げている。前衛職の筋力、すげえ。
シグさんが目を細めて睨みつけると、男が小さく悲鳴をあげた。背も2メートル近くあるから、威圧感がはんぱない。
「なにをしている、と聞いてるんだが……?」
「ひいっ」
「す、すすいません、すいません! 俺ら、酒、のんでて、ちょっと……」
大泣きしている仲間の背中をさすっていた男が、シグさんを見上げて訴えた。
「ちょっと……?」
シグさんが壮絶に怖い笑顔を浮かべ────
釣り上げた男の脛を、思い切り蹴りあげた。
ゴキィ、と大きな音がした。俺も思わず声が出てしまった。ものすごく痛そうな音だった。
「ちょっとで、何しようとしてたんだ? お前ら。………ああ?」
もう一度蹴る。────さっきと同じ脛を。
他人事ながら、なかなかエグイことを……
金属で補強された硬い足で思い切り蹴られたら、骨にひびが入りそうだ。……もしかして、入ってるのではないだろうか。痛がり方が、ちょっと、尋常ではない。脂汗かいてるし。
「い、でえええええっ! いたい、いてえ、痛えよおおお……っ やめて、おねがい、やめて、折れる、痛い、痛いよおおおお」
男が情けなくも、べそをかき始めた。
シグさんが、ぱっと手を放した。
男は地面に落ちると、脛を抱えながら地面を転げ回った。
「もう2度とやるな。やったら──────殺すぞ」
──どすの利いた低音。
こ、怖えええ。
酔っ払い3人組はすっかり目が覚めた顔で、脅えたようにシグさんを見上げ、泣きながら何度も頷いていた。俺も思わず頷いてしまった。いや、俺は悪くないだろ。なに釣られて頷いてんだ俺。
「キュ!」
鳴き声がして足下を見ると、いつのまにかコケ太郎が戻ってきてた。
俺はコケ太郎を抱き上げた。ぴんぴんしている。よかった。回復系だから、自己回復も早いみたいだ。
「ありがとな、コケ太郎……!」
「キュー!」
「し、シグさんも…………あ、ありがとう……」
シグさんは頷くと、俺の背中を押して歩き出した。
────正直に言おう。
ちょっと、怖かった。──俺の隣の人が。
今も実はちょっと怖い。無言が怖い。
あれ。シグさんって、こんな人だったっけ……?
「し、シグ、……さん?」
呼ぶと、シグさんが横目で見下ろしてきた。
それから─────にっこり笑った。
いつもの、少しのんびりした雰囲気で。
「酔っ払いでもあれぐらいやっとけば、流石にもう、絡んできたりはしないでしょう?」
ええ、おそらく。
しないと思います。したら学習能力の無い阿呆だと思います。
ていうかアレ、演技だったんですか。なんかものすごく慣れてる感じでしたが気のせいですか。どすの利いた声がすげえ堂に入ってたんですが。演技ですか。そうですか。
「だから言ったでしょう。気をつけて下さいって。外見変わってるの、いいかげん自覚して下さい。1人であまりうろうろしないように」
「いや、なんかさあ、この身体、ものすっげえ力がなくてさ、」
「聞いてますか?」
笑顔が怖い。俺は思わず姿勢を正した。
「──ハイ。スミマセンキヲツケマス」
「あ、そうだ。サクヤさん、これを」
シグさんが、腰の鞄から何かを取り出して俺に渡した。手のひらサイズの空気の抜けた小さい浮輪みたいなものをいっぱい。
「さっき、道具屋で勧められました。野営には必須の品ですね」
「必須? ありがと。いくら?」
「安いものなので、いいですよ」
「そうなの? ありがとう」
俺は鞄に入れて、アイテムリストを確認した。店売りのアイテムなので【鑑定】は不要だ。チェックするだけで、アイテム説明がちゃんとオープン表示される。
見たことないけど、何のアイテムなんだろう────
【簡易トイレ・女性用】×100個
紋章ボタンを押すと箱形に復元します。除菌消臭消音洗浄機能付き。もう一度ボタンを押すと、完全消去されます。
〜みんなで守ろうキレイな環境〜 冒険者協会 環境保全委員会より
アイテム名と説明を読んで、俺は固まった。
「じょ……!?」
女 性 用 だ と……!
「い、い、いいいやああだあああああ────っ!! いやだ!! なんで!? じょ、じょ、女性、用!?」
「いやだって言っても、仕方ないじゃないですか」
シグさんが非道な事をさっぱりした口調で言い放った。
このやろう他人事だと思って……! ちくしょう……!
ああもう、何で俺、こんなキャラにしちゃったんだ。
もういやだ。帰りたい。はやく家に帰りたい。
今日はもう、散々だ。
俺は泣いた。
──逃げる小猫を追いかけたら、大虎が出てきて酷い目に遭ったという可哀想な人達の(?)お話。
次でメインキャストはほぼ揃います。