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chapter-5


 【ザルクセンド】と【ウェイフェア・パレス】のほぼ中間地点にある町──【ルースト】。


 多くの旅人たちが行き交う街道の途中にあるこの町は、ピンからキリまでいろんな宿が建ち並ぶ、ちょっとした宿場町みたいな様相を呈している。

 旅人達を楽しませる為なのか、宵の口から果ては朝方近くまで、酒場や飲食店が煌々と灯をつけて軒を連ね、露店も並び、広場では野外イベントもやってたりして、毎晩がお祭りみたいで賑やかだ。


 ザルクセンドを出発してから街道をひたすら歩いて──俺たちはどうにか日暮れ間際にルーストに到着できた。





「おおー! シュテンじゃないか!!」



 賑やかな町の中央を横切る大通りに足を踏み入れた時、シュテンが呼び止められた。


「────あっ」


 細身の、背の高い女性が嬉しそうに手を振りながら駆けてくる。


 腰まで届くサラサラの青い髪を頭の上で組み紐で1つにまとめ、黒漆塗りの下駄を履き、黒地に赤い牡丹が描かれた着流しみたいにすらっとした和服を着た女性。

 切れ長の瞳の端には、朱色が一筋差してある。

 腰には、黒漆の鞘の、長い日本刀。


 あ、あれは────!!!




「おあァ!? びっくりしたァ。なんだよ、マツリじゃねえか!!」


「なんという偶然! いやー、丁度よかったー!! ──────おおおおっ!? なんと、なんということだ、そこにいるのは、まさか、もしかして、もしかしなくても、サクちゃんじゃないかあああ──!!? なんと、しかも、シグ兄までいるじゃないか!!?」




「ま、マツリ姉だああああああ────!!!」




「さ、サクちゃんんんんんん────!! サクちゃんまで、こっち・・・にきちゃったんか……! なんてかわいそうに……!!」



 マツリ姉が泣きそうな顔をして、両手を広げて俺に抱きついてきた。


 強く抱きしめられる。

 というか────



「──っ!?! う○□#・っ……!!!」



 胸が! 胸が顔にすげえ当たってる……! 嬉しいけど苦しい! 口と鼻が封じられてる! 息できない!! 苦しい!!

 

 やべえ死ぬる! しかも動けねえ!! なんつう力だ誰か助けて! 死────



「……おーい、マツリ。サクヤが窒息死するぞ」

「ありゃ?」


 マツリ姉が、俺を解放してくれた。

 俺はやっと鼻と口で息を吸い込めた。空気だ。助かった。急いで吸い込みすぎて、大きく咳き込んだ。


 シグさんが背中をさすってくれた。

 死ぬかと思った。涙が出た。もういやだ。みんな筋力オカシイ!



 マツリ姉は、ゲーム内でできた、俺の数少ないフレンドの1人だ。

 始めた時期が一緒だったのもあって、進行状況がだいたい同じだったから、一緒にクエをやることも多く、仲よくなった。

 仕事が忙しいから1週間に数日ぐらいしかインできない人だけど、ブランクを感じさせないほど戦闘はものすごく上手い。アクションRPG系のゲームが得意で、好きらしい。


 見てわかる通り、日本刀を使う【刀使い】だ。



「いやーシュテンと合流できてよかったわー。しかも、サクちゃんもシグ兄もいるとは、なんたる幸運……! いや、サクちゃんとシグ兄には、災難だったな……すまん」


 俺は、首を横に振った。

「なーに謝ってんだよ! マツリ姉の方だって、俺と同じじゃん! 大変だったろ……? でも、よかった。元気そうで、俺、嬉しい」


 マツリ姉の緋色の瞳が潤んだ。


「サクちゃんんんん……!! あああ、そんな事言われたら、泣けてくるじゃないか……!!」

「うぶっ」

 マツリ姉がまた抱きしめてきた。

 嬉しいけど、苦しいからやめてほしい……!! 肺が。息が、できな、──



「……マツリさん。サクヤさんが窒息しそうです」

「あ? お、おお。すまん!」

 開放されて、俺はまた咳き込んだ。……申し訳ないが、俺は、マツリ姉から少し距離をとらせていただいた。次に絞められたら命が危ない気がする。そんな気がする。



「なんだ? 丁度よかったって、なんかあンのか?」


「おお。そうそう。そうなんだ。皆は、これからどこへいくん?」

「ああ、俺もウェイフェアに戻る途中だったんだが、サクヤとシグの旦那を、【ザルグセンド】で偶然見つけてな。とりあえず、ロッソんとこ連れてこうと思ってよ」

「そうだったんか。……じゃあ、急がないんか?」

「まァ、そんなに急ぎはせんけど」



「急がないなら、ウェイフェアに戻る前に────ちょっと私ら、手伝ってくれんかな」



「手伝う?」

 俺とシュテンがはもった。


「うむ。ここから北東へ行ったところに、【デンシスリーフ】の町があるだろう?」

「おう。あるな」

「あそこで────コクトーらしき男を見た、という噂があってなー」


 聞き覚えのある名前が耳に入ってきた。


「コクトー……」


 マツリ姉が俺を見て、頷いた。




「そう。────白本の所持者だ」




 コクトー。

 クエスト開始から1年後に、555階の白の塔をクリアしたという【忍者】。それくらいなら、俺も知ってる。


 あいつが来てるってことは、白色の本──【魂魄の書】はこの世界に在る。

 残るは──黒色の本【暝闇の書】だけってことだ。


 だけど────


 ──あの、777階もある、面倒なギミックばかりの塔を、踏破することができたプレイヤーなんているのだろうか……?




「それで、ディレクたちのパーティが調査にいったんだが……3週間経っても、まだ戻ってこないんだ。何もなければいいんだが、何かあったらいかんから、ロッソが私に、見てきてくれってな。頼まれた」

「お前1人か?」


「いや。私と、他に2人。シーマと、ビオラと一緒だ」


 次々出てくるプレイヤーの名前に、俺とシグさんは顔を見合わせた。いったい、どれくらいのプレイヤーが連れて来られてるんだ?


「……他にも、ここに連れて来られた人がいるんですね」

 マツリ姉がシグさんに頷いた。


「いる。いっぱいいるぞー。【ウェイフェア・パレス】の中だけでも、50人ぐらいはいるんじゃないんかなー」


「ちょ、けっこういるね!!?」


「うむ。どうやら不定期に、少しずつ連れて来られてるみたいなんだよ。────サクちゃん達のように」


 シュテンが首を掻いて、溜め息をついた。


「まあ、喜んでる奴らもいるにゃあいるが、帰りたい奴の方が多い。どうにか早いとこ、白の本と、──黒の本の手がかりだけでも、ほしいとこだな」

「うむ……」

 マツリ姉が険しい表情で頷いた。

 それから1つため息をつくと、俺達をぐるっと見た。


「まあ、やれるべきとこから、やるしかないわ。さて。それじゃあ、私たちを手伝ってくれるってことでいいんかな!?」


「ええぞ」

「いいよ。連絡ないってのは、心配だ。そっちのほうを優先したほうがよさそうな気がする。ロッソさんにはいつでも会いにいけるし」

「……」


 シグさんからの返答がない。

 珍しい。どうしたんだろう。


「シグさん?」

 隣のシグさんを見上げると、シグさんは難しい顔をしていた。少し、顔色が悪い。気がする。どうしたんだろう。

 俺の視線に気付いて、慌てて笑顔を作った。


「……あ、いえ。なんの話でしたっけ?」

「もー聞いてなかったのかよ……。マツリ姉たちを手伝ってから、ロッソさんのとこに行こうって話!」

「ああ。わかりました。もちろんお手伝いしますよ。ロッソさんの所へはいつでも行けますからね」

 シグさんが、マツリ姉に頷いてみせた。


「おおお! じゃあ、皆手伝ってくれるってことで、いいんかな!?」

「おう!」

「うん!」

「はい」


「いやー助かった、ありがとうありがとう、シュテン、サクちゃん、シグ兄。流石にちょっと、3人だけで探しにいくのは、骨が折れそうだなあと思ってたんだ。6人で手分けすれば、楽勝だ。本当にありがとな! 今日は──もう日が暮れてしまうから、明日の朝、7時に町の東出口に集合で。【デンシスリーフ】まで、中3日ぐらいはかかるから、準備があればしといてくれ。じゃあ、また明日なー!」



 そう言って、マツリ姉は大きく手を振って、あっという間に人通りの中へと消えていった。






「──さて。みんなは、これからどうする? とりあえず、宿は先にとるとして。俺は後で要りそうな物を買いにいこうかと思うんだけど」

 シグさんが頷いた。

「そうですね。何があるかわかりませんから、普段あまり使わないような回復薬系も持っていった方がいいかもしれません」

「あ、そうか、そうだよな。確かに! じゃあ、シグさんは俺と一緒に買い物行こう。シュテンはどうする?」


 シュテンは大きな欠伸をした。


「俺ァ、宿とったら飯食って酒のんで寝るわ」


「爺さんかおまえは!!」


「爺さん言うな!! うるせい疲れてんだよ俺ぁ!」


「まあまあ。では、今日の予定はそんな感じですね。ちょうど目の前に宿がありますから、ここにしましょうか」


 俺達の脇には、丁度1階が飲み屋になっている宿が建っていた。

 商い中の暖簾がかかった飲み屋の中には、まだ夕日も沈みきらない宵の口だというのに、すでに顔を真っ赤にして酔っぱらってるオッサンどもがいた。賑やかに酒盛りをしている。うむ。ダメな大人の典型だな。

 まあ、建物自体は大きな木造の民宿っぽい感じで、居心地は良さそうではある。悪くはない。酒も飲めそうだし。



 俺達は1人ずつ部屋を取った。空いていてよかった。


 一晩、朝食付きで700シェル。


 所持金はまだ100万シェルあるので問題はない。お値段もお手ごろで問題ない。





 俺達は、欠伸をかみ殺すシュテンと宿で別れて、町へ出た。


 陽はもうすっかり落ちて、カラフルで賑やかな灯が、町の中を照らしだしている。

 路上演奏している一団もいて、管弦と歌声の、軽やかな音楽が流れている。

 其処此処から聞こえてくる、楽しげな笑い声。



 皆とても、生き生きしている。

 リアルだ。

 NPCには、全くみえない。

 まるで、普通に、此処で生きてる人達みたいだ。




 俺達は夜市みたいに露店が連なる、商店通りに足を向けた。

 ゲームの中の記憶の通りだと、あちこちの店を回らなくても、ここの露店通りで一通りの必要な品が揃うはずだ。


「ああ、ありましたね。道具屋」


 ちょっと怪しいフードを目深に被った腰の曲がったばあさんが店番している、露店を見つけた。

 覗いてみる。

 緋色の敷布が敷かれた低い台の上には、干した薬草や粉薬、いろんな色の丸薬や液体の入った小瓶が、所狭しと陳列されていた。


「麻痺解除の薬とか、買っておきましょうか」

「うん」


 薬か。回復系スキルを持ってる人がパーティメンバーの中にいれば、状態異常は解除できるので、実は、薬系は普段あまり使うことがない。


 ちなみに【幻草使い】は回復と補助系のスキルが充実している。

 シグさんやタツミへの回復や状態治療は、主に俺が担当していた。麻痺解除の回復スキルも持ってる。でもここでは何が起こるか予測がつかないので、保険として持っていた方がいい。


 

 シグさんが怪しいばあさんの前で、商品を物色し始めた。

 俺は隣に並ぶ露店を眺めてみた。


 ──あ、2軒先に、素材屋発見。薬草系の。


 俺は自分の畑で作ったものを【調合】しては売ったりしていたので、レベルは100だ。

 調合したアイテムの方が、売ってるものよりも効果が高い。【調合】レベルが高ければ高いほど、その効果はさらに高くなる。単体にしか効果のないものを、パーティ全体効果にできたり、追加効果が付加できたり。


 作っとこうかな。

 鞄の中のアイテムリストに、調合道具一式が入っていた。この鞄、どうなってんの。あれか。青と白の丸い猫型ロボットのポケット的な感じか。


 俺はシグさんの背中を叩いた。

「シグさん。俺、ちょっとあっちの素材屋みてくる。材料買って、作れそうな薬を作っとくよ」

「ん? ああ、そうですね。お願いします」

「うい」

 



 俺が店先を覗くと、エプロンをした素朴でナチュラルなお姉さんがにっこり笑った。

「いらっしゃいませ!」

 広いとは言えない露店の空間を最大限に使うように、いろんな乾燥植物や謎の干物類が、上から下から釣ったり置いたりされてる。


 ものすごくごちゃごちゃとしてるけど、品揃えは、なかなか良さそうだ。


「えーと。これと、これと、これと、これ……要るんだったかな」

 レシピを思い浮かべながら、持ってない素材をお姉さんの前に積んでいく。


 一通り購入して、鞄に入れる。


 ──ほんと、どうなってんのこの鞄。


 鞄に入れた途端に消えてしまうが、リストを確認してみるとちゃんとアイテム名が載っている。なんだろう。四次元的な何かなのか? 深く考えると怖いので考えない事にする。まあこれはこれで便利だし。


 シグさんがこないところをみると、怪しいばあさんの店のところでまだ買い物中のようだ。

 買いたいものは買えたし、ひとまず戻るか。

 俺は店の前を離れた。



「ふおわっ」

 どん、と思い切り肩をぶつけた。

 俺の方がよろけた。軽いからな! ちくしょう!


「あ〜、悪ぃ悪ぃ」


 アルコール臭い。呂律もなんだか怪しい。


 見上げると、予想通りの酔っ払いだった。

 若い男。充血した目、赤い顔、ふらふらと左右に揺れる身体。


 側にいるだけで、ものすごいアルコール臭が漂ってくる。くさすぎる。飲みすぎだろお前。はよ家帰れ。


 男が、充血した目を見開いた。

「うわっ、おいお前等、ちょっと来て見ろよ! なんだこれ、この子カワイくね?」

「うお。マジだ。ちょーカワイイな」

 酔っ払い男の後ろから、同じような男が二人やってきた。どっちも赤い顔で、ふらふらしている。また酔っ払いが増えた。ああもう嫌すぎる。これだから飲み屋の多い通りって嫌だ。


「マジかあ!? うおおマジだ、かわいい……。ごめんね〜お嬢さん、ぶつかっちゃったあ〜。痛かった〜?」

 酔っ払いが、俺の肩に手を伸ばしてきた。酒臭い呼気が漂ってきて、顔をしかめる。臭い。俺は後ろに下がってかわした。



 ……やべえな。たちの悪いのにからまれた。



 飲み会帰りで酔っぱらって、気分よくなって、気も大きくなってる学生集団みたいな感じだ。飲みすぎで脳やられて、頭が馬鹿になってるから、何をするかわからない。



 そうか、かわいいか。そりゃかわいかろう。俺がかわいく作ったキャラだからな!!


 俺としても、画面の中で眺めてるだけでよかったんだけどな!!!



「いえ。大丈夫です。俺、急ぐんで、これで」

 こういう奴らは、相手をしないに限る。


 男二人が、ふらふらと俺の前に回り込んできた。くそ。

「まあまあ。ご飯おごってあげるからさあ、一緒に行かねえ?」

「楽しいよ〜」


 顔がニヤついている。だから下心が丸見えなんだよお前等! わかってんだよ! 酒のませてあわよくばって考えてんだろ! 分かりすぎて嫌になるわ!


 俺の後ろに立っていた男が、俺の両肩に手を置いてきた。汗ばんでいて、気持ち悪い。触んな。


「行こうよ〜。ねえ、ぶつかったお詫びするからさあ〜」

「結構です」

 俺は男の手を肩から叩き落とした。

 相手してられん。


 隣の男が、俺の腕を掴んできた。

 酒臭い。汗ばんでじっとりした掌が、直接肌に当たって、マジ気持ち悪い。

「うわあ、ほっせえ〜」

「離せ!」


 おれは男の腕を振りほどこうとして────




 ────────できなかった。




 え?


メインキャストの2人目登場。


日本刀、好きです。

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