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chapter-4

 インフォメーションセンターでもある【冒険者協会 ザルクセンド支部】は、ちゃんと町の中の、俺たちが知っている場所に建っていた。

 レンガ造りで、真ん中がステンドグラスのドーム屋根になっている。

 いつもの、見慣れた建物の姿。


 よかった。もし無かったら、どうしようかと思った。



 中に入ると、予想外に冒険者がいっぱいいた。狭い協会内はたくさんの人達でひしめき合っている。

 

「結構いっぱい、冒険者がいる……」

「ですねえ」

「──こ、この中に、俺たちみたいな人、いるのかな……?」

「うーん。どうでしょう──」

 シグさんも、周りにいる冒険者に目を走らせる。俺も同じようにさりげなく見回してみた。


 ひげ面のヤクザっぽいオジサン3人組。年老いた渋い老兵っぽい人。訳ありそうな暗い顔の頬のコケた男。子供連れの猫耳夫婦。目つきの悪い5人組の男たち。若い初心者っぽい青年と女性。でっぷり太った商人っぽい人。筋肉の盛り上がった傭兵っぽい男二人。エルファーシ族特有の長い耳をした魔女っぽいローブを着たばあさん。



 ……どれも、なんだか、違う気がする。なんとなく。



「……なんか。この中には、いなさそうな気がする」

「……ですね」

 シグさんも俺と同じ結論に達したのか、俺の視線に横目で頷いた。


「まあ、とりあえず。あそこに、受付カウンターがあるみたいです。ちょっと話を聞いてきてみてきます」

「う、うん」

 奥の木製カウンターには、カントリー風な制服を着たお姉さんが二人座っている。シグさんはお姉さんのところへ向かって歩いて行った。

 俺は溜め息をついた。


 仕方ないか。やっぱりそんな、都合よくは、いかな──────





「──────サクヤ……?」




「ふわっ!?」

 名を呼ばれて、思わず驚いて跳び上がってしまった。

 え、なんで。俺の名前。


 振り返ると──炎みたいな色の赤髪が逆立った短髪、小麦色にこんがり焼けた肌、筋肉も羨ましいぐらい盛り上がって、体つきもがっしりしっかりした大きな──────大鬼が立っていた。


 一番に目を引くのが、頭の上。

 黒い角が2本、左右にうねって、闘牛のように突き出している。黄色い瞳の瞳孔は、猫目みたいに縦に割れている。



 目の前に、おおきな赤鬼が立っていた。



 そして黒いタンクトップと、ごつい革の肩当て、ごつい革の首輪、ごつい革の手袋、ごついアーミーブーツ。アーミー鬼だ。戦場の鬼。

 背中には巨大な鉄棒──────ではなく、斧を背負っている。


 この種族は、俺も知っている。

 【グラナシエールの創世】というMMORPGには、人族以外の種族も実装されていて、新規キャラ作成時には自由に選択できるようになっている。


 人族以外で選べる種族は、【犬人族】、【猫人族】、エルフっぽい【エルファーシ族】、角が頭に生えている鬼っぽい【ゴルドオール族】の4つ。

 一番人気があるのは【猫人族】だ。


 けもの耳は至宝! 特に猫耳と猫尻尾は最高ォ! って巽がよく叫んでいる。そんな変態──いや友人が選んだ種族は、予想通りの【猫人族】だ。


 ちなみに人口が一番多いのは、人族だったりする。能力値も平均的で、普通に使いやすいからだと思う。馴染みやすいし。俺も馴染みやすさを重視して、人族を選んだ派だ。


 目の前にいるのは、あれだ。一番人口が低い──というか、選ぶ人がものすごく少ない──【ゴルドオール】。


 2メートル以上が標準身長の、大きながっしりした体つきと、左右に突き出た角が特徴の種族だ。

 体力と筋力では、今ある全種族のなかでは、右に出るものはいない。



 そして。

 見覚えのありすぎる大鬼に、俺は口を開けた。





「──────し、シュテン……!!?」





「おおおおおおっ!? やっぱそおかあああああ!! うおおおおお!!! やっぱり、サクヤだったああああ!!!?」

「うわあああああシュテンだああああ!!!?」



 シュテンはゲームの中で知りあって、仲よくなったフレンドの1人だ。

 頼むといつもパーティに入って手伝ってくれる、優しくて面倒見のいい、たよれるオヤジ────いや、中身はもしかしたら、オヤジじゃないかもしれないけど。お前のそのごつい身体と、俺のこのひ弱な身体と交換してくれ。つーか、ヨコセ。


 職は、【斧使い】。見たまんまだ。



「お前も、連れて来られてたんだなァオイ!?」

「お前こそ!!」


 俺達は再会を喜びあった。

 ……喜んでいる状況ではないのだけれども。



「そうだ、シグさんも、一緒に来てるんだよ!」

「ぬあんだってえええ!!? シグの旦那もかっ!? うおおお、なんてこった……!!」



 俺は、カウンターで受付けのお姉さんと話し込んでいるシグさんを指さした。

 シグさんの方も、騒がしい俺達の方を何事かと振り返っていた。


 シュテンに気付いたのか、珍しく目を見開く。

 それから笑顔を浮かべて、軽く手を上げた。

 

 ……え、それだけ? あいかわらず感動薄いな! まあいつものことだが。クールだ。うむ。俺もああいう大人を目指さねばな。参考にして頑張ろう。よし。常に平常心だな。

 でもシュテンに会えてよかったな。嬉しい。ナカマフエタ!



 俺はシグさんの元に駆け込んだ。

「シグさん! シュテンいたよ! シュテンもきてた!」

「そうですか」

「おおお、マジかあああ!? マジだ!! シグの旦那じゃねえかよおおお!! よかったぜ……! よくはねえけど、よかったぜ……! よかあねえけど」



 良いのか悪いのか、どっちだよ。



「ここで会ったのも何かの縁! よけりゃあ、お前等のパーティに、俺も入れてはくれねえか? できればよ、気心知れたフレとパーティ組んでたいんだが……」


「うん! こっちも来たばっかりで、俺とシグさんしかいないし。シュテンも入ってくれたら、すげえ心強い」

「キュー! キュー!」


 俺の足下で、コケ太郎が飛び跳ねた。何か主張しているようだ。


 俺はコケ太郎の頭を撫でた。

「うんうん。もちろんコケ太郎も、頼りにしてるからな」

「キュー♡」

 コケ太郎が、小さな手を頬に当てて、頭の花と身体を揺らした。喜んでいるようだ。そうかそうか。可愛いやつめ。


 シグさんが、笑顔で頷いた。

「こちらこそ、シュテンが入ってくれたら助かります。丁度よかった。まだ何もわからなくて、困っていたところでした。では、今から【パーティ登録申請】を送りますから【了承】を」

「おう! 助かるぜ! ありがたい!」



 パーティ名 黒天の白月 

 リーダー シグ・ルシード

 メンバー シュテン・コンゴウ

 メンバー サクヤ・サク

 使役魔  コケ太郎



 おお。3人プラス1体のパーティになった。

 これなら、なんとかやっていけそうな気がしてきた。



「そういや、お前ら。────ココ・・に、いつ連れて来られたんだよ」

「えーと。昨日、かな? 昨日の午後ぐらい? 気付いたら、この町の外の草原に立ってた。なあ、シグさん」

「そうですね。昨日の午後、【ザルクセンド】のすぐ外の、草原地帯に」

「そうか……」

「シュテンは?」


「俺? 俺ぁ、5ヶ月ぐらい前だったかな。こっからずっと西の──【スターリィコースト】の近くに落とされてた」



「ご、ごご、5ヶ月前ええええ──!!?」



 俺は、はた、と思い当たった。


「……そういえば、シュテンが、インしなくなったの、それくらいだったな……」


 シュテンが頷いた。


「おう。【八鬼王の斧】っつー、クエストやっててさァ、ようやく8番目の鬼王倒して、8番目の鬼王斧ゲットして、全8種類コンプして喜んでたらよォ。いきなり、いけすかねえ野郎がでてきやがってな……。キンパツで、金持ちっぽいスーツ着たいけすかねェ野郎だ。『コンプリートおめでとう、特別にクリア特典をあげるね』、とか何とか言いやがって────」


「────もしかして。切符・・、もらっちゃった?」


 シュテンが目を見開いて大きく頷いた。やっぱりか。俺たちと同じだ。

「そうそうそう!! なんだ、お前もかよ!」


「うん。特典、なんていうから、思わず、うっかりとびついちまった。失敗した……」

 俺はため息をついた。

「シグの旦那もか?」

 俺とシュテンの顔を交互に見たシグさんも、静かに頷いた。


「そうですね。俺もうっかり、受け取ってしまいました」


 俺たちは同時に溜め息をついた。


 まあ、特典、という最強の言葉に、みんな弱いからな。仕方ないな。これは仕方ない。それを見越した卑劣な手口だ。



「かああああっ。みんな同じ手口か……くそっ! やっぱ、あいつが諸悪の権現か!!」

「なんなんだろうね、あいつ……」

「知るか!!」

 シュテンが犬歯を見せて歯ぎしりした。犬歯でけえ。

「俺だって分かんないよ! なんかやたら、にやにやしててさ。いきなり現れて。ちょっと、怖かったな……」


 改めて思い出してみると、かなり異常な状況だ。

 俺は、両腕をさすった。鳥肌が立っている。

 あれは、人、だったのだろうか。


 それとも────


 ──それとも、なんだ? なんなんだ。思い出そうとすると、何故だか途端に怖くなるから、あまり、あの時の事は……思い出したくない。


「……──の者なのか……?」

「え?」


 シグさんが何か呟いた。けど、聞き取れなかった。

「なに?」



 俺の問いに、シグさんは微笑んで首を振った。

「──いえ、なんでもありません」

 


 

 * * *




 次の日。


 俺たちは【ウェイフェアパレス】に向かって出発した。

 全てのプレイヤーが必ず訪れる、始まりの町。


 道すがら聞いたシュテンの話によると、その町で、俺たちみたいに連れて来られた何人かのプレイヤー達が集って、互助組織みたいなものを立ち上げているらしい。すげえ。


 リーダーは【ロッソ】さん、という人だ。


 俺とシグさんは驚いた。


 ロッソ、という人は、ものすごく有名な人だったからだ。

 とある事・・・で、その名を知らないプレイヤーはほとんどいないと思う。畑や庭に引きこもってた俺でも知ってるくらいだ。


 とある事とは────

 


 何年か前──1つの探索系クエストが配信された。

 クエストの内容は以下の通りだ。



 ──探検家ジョルジーリオが、神世時代に書かれたといわれる【グラナシエール創世記第一三巻】に描かれた神の塔をついに発見した。


 《神が創りし3つの試練の塔。その道程には、数々の苦難と試練が待ち受けているという。己が持つ知識と力のみで塔を登りきった者には、その功績を賞して、神の叡知の一片が授けられるであろう》



 しかしジョルジーリオは、発見後、志半ばで病で亡くなってしまった。


 冒険者協会は、師の志を継いだジョルジーリオの弟子より、塔の調査協力の依頼を受けたが────

 という、まあよくある話のクエストだ。


 クエストのダンジョンは全部で3種類あった。


 《天への赤き塔》が333階。

 《天への白き塔》が555階。

 《天への黒き塔》が777階。


 クリア条件は、塔の最上階まで1人で登りきり、【魔導書】を手に入れる事。

 クエスト終了条件は、各クエスト参加者の1名が【魔導書】を手に入れた時点。


 参加者全員で塔を駆け上がり、一番乗りした者だけが、各塔に1つずつしかない限定アイテムを得られる──という単純明快なクエストだ。


 なかなか良心的なクエストで、クエストクリア時には、途中のプレイヤーも到達階層に応じた各種装備、もしくはアイテムが貰える、という救済措置もきちんとついていた。


 ──まあ、俺は当時、そもそもレベルが52しかなくて、【参加条件:レベル90以上】という厳しい条件にひっかかって、参加すらできなかったのだが。


 参加さえすれば何かしら貰える、ということで、レベル90以上のプレイヤーはほとんど参加していたと思う。タツミとシグさんも参加していた。──最初だけは。



 話はそれたが、【ロッソ】さんは、その《天への赤き塔》の駆け登り競争に打ち勝ち──なんと半年もかかったらしい── 最上階に一番乗りした。


 そして、最上階に唯1つしかないクリア報酬────【炎躯の書】、という名の魔道書を手に入れた。



 ちなみに赤い塔がクリアされた時、タツミは25階層目、シグさんは105階層目だった。巽、おまえなにやってたんだ。もうちょっとぐらい頑張れなかったのか。


 残りの2つの塔ダンジョンは、その頃丁度、次の大型パッチがきてしまったのもあり、二人は面倒になって参加すらしなかった。



 他のプレイヤーも同じ気持ちだったみたいだ。

 とにかく面倒で、時間も膨大にかかるクエストだったようだ。


 ほとんどの人がリタイアしたり、途中で止めたりしていたと思う。50階毎にセーブはできるけど、一度塔からでたらリセットされてしまう嫌な仕様もついていた。

 ひたすら、ずっと、長時間──いや、何日も、ダンジョンに籠り続けなければいけない。


 そういった様々な諸事情により、とうとう、一部のマゾ……いや、コアゲーマーしかやる者がいなくなってしまったのを、覚えている。





「【魔道書探索本部】──!?」

「おう」


 ──そしてロッソさんたちが立ち上げた組織は、【魔道書探索本部】というらしい。


「【魔道書探索本部】……って。もしかして、あの塔の魔道書、探してるのか?」

「おうよ。あのマゾい塔のクリア報酬、赤白黒の魔道書は、お前も知ってるだろ?」

「うん」


 そういえば、クエストが配信されて1年後に、ようやく白の塔の踏破者がでたのは、噂で聞いたことがある。

 そういえばその頃には、【天への塔】は【キングオブマゾへの塔】と呼ばれていたな。もしくは【ドMへの塔】。どMが二人目出たぜ! と巽が非常に悔しそうに言っていたのを覚えている。おまえは超序盤リタイア者だろうが。何を悔しがっているんだ。




「──ロッソの親父さんが言うには、三冊集めたら────願いが1つ、叶うんだとさ」




「はあああ!? なんだそのメルヘンみたいな話! そんな、おとぎ話みたいな……」




 シュテンは笑い飛ばさなかった。


「いや。それが、マジみたいなんだ。各地に散ってる他のプレイヤー達が、同じような噂を聞いてる。ロッソも独自で調べて、過去に三冊揃えて叶えてもらった、という記述の本を見つけたらしい」


「なんだってええええ!? なんだよ、じゃあ俺たち、もう帰れるじゃん!」


 なんだ、よかった。

 そんなに、心配することもなかったみたいだ。

 3冊の魔道書をみつけたら──それが何者なのかはわからないけど──頼んで、元の世界に皆で帰してもらえばいい。


 シュテンの顔が、なぜか更に険しくなった。


「それがなァ、そんな簡単な話でもねぇのよ。白本持ってた奴は、こっちに来てたはずなんだが────行方がわからなくなっちまった」


「えっ!?」


「黒本に至っては……所持者がこっちにきてるのかどうかも、まだわからねェんだな、これが」


「待ってくれ。……じゃあ、今は、ロッソさんが持ってる本しか、揃ってないってこと……?」

 俺は気が遠くなるのを感じた。あと、2冊足りない。



「だな。そういうわけで現状、みんな世界に散って、人海戦術で情報をかき集めてるって感じだ」


 シュテンが、俺とシグさんを見た。


「つーわけで、俺もその話を聞いて、ロッソんとこの【魔道書探索本部】に入った」

「そうだったのか……」


「で、だ。お前等もどうかと思って。まあ、そうかっちりした組織じゃあ、ねえけどな。帰りたい奴が、任意で協力しあってる、相互扶助組織みたいなもんだ。帰りたくなくなりゃあ、抜けていいってさ。お前等も帰りたくねえなら、無理に入らなくてもいいぜ。けどよ、手伝ってくれたら、すげえ助かるんだが」


 なんとも、大ざっぱな組織だ。

 でも、なにもないよりは、ずっといい。


「どうする? サクヤ。シグの旦那」


「も、もちろん、俺、入るよ! やっぱ、帰りたいし……」


 誰にも、何も言わずにこんな場所に来てしまった。

 きっと、今頃、親父も、母さんも、兄貴たちも、友人も、心配してる。早く帰らなければ。巽は────あいつは羨ましがってる気がする。そんな気がする。


 俺は隣のシグさんを見上げた。

 シグさんは俺を横目で見下ろして、笑って頷いた。


「俺も入りましょう。──うーん。1週間後の妹の結婚式前に、帰れたらいいんですが……」



 俺とシュテンは顔を見合わせた。

 


「そりゃあ、流石に……」

「む、難しいかと……」

「ですよねえ」


 シグさんがこめかみを揉みながら、大きなため息をついた。これは怒られるなあ、とぶつぶつ言っている。





「ま、まあ、なんだ。お前らが一緒に来てくれるんなら、助かるぜ! んじゃあ、改めて、よろしくな!」

 シュテンが俺の背中をバンバン叩いた。俺はよろけた。



 痛えんだけど!

メインキャストの1人登場。

あと残り数名登場します。


序章ようやく終了。次から本編です。

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