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chapter-35 outtakes

某所、元の世界にて。

シュテン視点です。

この回で最終話ですが、シュテン達がどうなったのか(戻れたのか)興味の無い方は、chapter-34で最終話としても大丈夫です。










 ────**年**月**日。**県**市

 ────某レストランにて。




 ビルの間から見える夜空には、珍しく、綺麗な三日月と無数の星々が瞬いている。 


 都心部では、汚れた大気と明るすぎる街明かりで、星が見える日など滅多にない。

 星空が見たければ、人里離れた郊外に行くしかない。街の明かりが届かない遠い場所へ。


 眼下では、トラックや車が列を作って、道路を忙しなく行き交っている。

 見慣れた、いつもの喧騒と雑音に溢れた風景だ。


 


 鬼塚剛志は、冷えたビールをあおりながら、レストランの窓越しに夜景を眺めた。


 このレストランは肉が美味しいと評判らしく、行ってみたいと頼まれて、予約させられた。確かに美味かった。会社の同僚にも教えてやろう。


 目の前には300gのステーキをぺろりと平らげて、ワインを飲むショートヘアの女性が座っている。


 アパレル関係に勤めているらしく、首にはスカーフを巻いて、銀のイヤリングとカラフルなブレスレット、珍しいデザインの指輪を3つ嵌めて、品の良い黒い細身のスーツを着ている。そして細くて背が高い。


 どことなく、マツリに雰囲気が似ている、女性。




「いやー、シュテンがおんなじ県内にいるとは、思わんかったわー」

 そう言って2杯目のワインを飲み干して、朗らかに笑った。……最初に既にビール2杯と焼酎1杯をのんでるんだが。酒豪はここでも変わらんな。


「俺も、マツリがおなじ県内で働いてるとは思わんかったな……」

「あはは。しかし、シュテンは見てすぐ分かったわー。えらいごっついこわい人おるなーと思ったら、シュテンだった。眼鏡かけたサラリーマンなシュテン……ぶっふふ」

「うるせい!」

「やっぱり、自分が作ったキャラって、めっちゃ考えては作るんだけど、でき上がると、ちょっとどことなく自分に似てる感じになってたりするよなー」

「まあなァ」


 マツリ──舞阪茉莉はガラス越しに目を向けた。

「……シーマとビオラは、どの世界の、どの時間ときにいるのかな」

「さあなァ……」

 鬼塚も、同じように目を向けた。




 元の世界に戻れるという、宵月が用意した【扉】をくぐると──グラナシエールの世界へ攫われる直前・・に戻っていた。


 デスクチェアに座ったまま、鬼塚は一瞬、何が起こったのか把握できなかった。


 いつもの自分の部屋。

 窓の外はマンションやビルが建ち並ぶ、見慣れた夜景。

 デスクの上には、表面に水滴のついたビールの缶。

 目の前には、電源の落ちたパソコン。

 

 自分は椅子に座っている。


 一瞬、うたた寝でもしていたのか、と思ったくらいだ。


 頭もぼんやりしていて、はっきりしない。

 記憶もはっきりしない。

 ずいぶんと長い、長い夢を見ていた気分だ。


 その内容も、すぐには、はっきりと思い出せない。記憶が酷く、ぼやけている。


 鬼塚は、焦りと焦燥に突き動かされるままボールペンを掴んで、手近にあった封筒の裏にまだ覚えていられている・・・・・・ことを書きなぐった。


 ずっとパーティを組んでいた仲間の名前と本名を、薄れかける記憶を必死に辿りながら書き写す。でもあっているのかは甚だ自信がなかった。

 どうにかマツリの電話番号と、シグに頼まれた伝言先の、巽……なんとかまでを走り書きできたところで、自分の記憶力は限界だった。

 マツリが電話番号を、語呂合わせで教えてくれてたのが幸いした。覚えていられた。



 かなり迷ったが、もし怪訝な態度をとられたら間違えましたと言って切ればいいと思い、スマートホンを叩いて、すぐにマツリに電話した。


 10コール目に、電話が繋がった。


「──もしもし。──────マツリか?」


 これだけで、分かるはずだ。

 もし分からないような反応をされたら、切ればいい。


 しばらくして。これはだめか、と電話を切ろうと思い始めた時──

 電話の向こうから、泣いているような声が聞こえてきた。

「──────シュテン……?」


 ああ。

 間違えていなかった。

 あれは。夢ではなかった。


「ああ。俺は、【シュテン】だ」

 電話の向こうで、息を飲む声が聞こえた。


「シュテンか……! よかった。おった。思い出せた。どうしよう。よおわからんけど、はっきりと、思い出せんくなって……私……」

「……ああ。俺もだ」

「あれは、夢じゃ、なかったんよね……?」

「ああ。夢なんかじゃねェよ」

 自分に言い聞かせるように、言った。そうだ。あれは、夢じゃない。


「……でも……サクちゃん、いないんよ……シグ兄も……」

「なんだって?」

「ゲームの中。確かめよう思て、ログインしてみたら。フレンドリストから、消えてるんよ。まるで──最初からいなかったみたいに」

「はァ!?」


 鬼塚は慌ててパソコンの電源をつけ、【グラナシエールの創世】を起動した。急いでログインし、フレンドリストを見る。




 いくら探してみても────【サクヤ・サク】と【シグ・ルシード】の名前は見つからなかった。


 


 もしかして、と思い、シーマとビオラの名前をプレイヤー検索してみた。似たような名前は見つけた。だが、本人かどうかはわからない。メールだけ、送ってみておこうか。もし本人なら、何かしら返信をしてくるだろう。

 [シュテンだ。気付いたら連絡をくれ。]──それだけ送っておいた。後は反応待ちだ。


 鬼塚は、ビールを飲んだ。これが飲まずにやってられるか、だ。

 いったい、どうなってんだ。わけがわかんねェ。

 あれは全部、夢だったのか?

 いや、そんなはずはない。現に、マツリはいた。だけど。


 あいつらは────



 * * *



「──なあ、シュテン。【多世界解釈】、って知ってる?」

 マツリが焼酎の水割りを注文しながら、話しだした。おいおい。まだ飲む気かよお前は。

「ああ? なんだそりゃ?」

「ふふん。私、そういうの大好きで、いろいろ本読んだりするんだー。──今この瞬間にも世界は刻々と枝分かれし、無数の【パラレルワールド】を生み出している──ってやつ」


「パラレル、ワールドォ……? なんだ。オカルトかよ」


「違うよー。ちゃんとした、量子力学。エヴェレットの多世界解釈。もしくは、コペンハーゲン解釈。知らない?」


「知るか!!!」


 鬼塚は残ったビールを飲みきった。唐突にいきなり始まった授業に、頭が痛くなる。

 マツリが可笑しそうに笑った。


「はははっ。だよねー。簡単に言うと──何か選択をする度に、その選択肢の数だけそこで世界が分岐してるってこと。考えうる無数の世界。自分の考えすら及ばない無数の世界。その中の1つを選択して、観測という行為をした時点で、存在が現実の事象として確定する」


「うぐう……わっかんねえな……つまりなんだよ?」


「可能性のある限りの世界が同時進行している──平行世界──私たちは、グラナシエールの世界から分離され、グラナシエールに飛ばされなかった、という分岐した私たちの世界に戻されたってことだよ。世界を歪ませずに・・・・・私たちを戻すには、こうするしかなかったってこと」


「なんだってえ!? があああもう、よくわかんねえって言ってんだろ! だから、何だって!? ちょい待て、俺たちは、また違う世界に飛ばされたってことか!?」


「違う違う。落ち着けー。大丈夫。ここは、私たちの世界だよ。私たちが観測してる時点で、世界は確定しているんだから」


「うがあ! わっかんねえええ!!」


「あっははははっ! まあまあ、落ち着いてって。だから────私たちは、忘れちゃいけないんだよ。シュテンがあの時、すぐに私に電話してくれて良かった。忘れる前に、思い出せたから。まだ繋がっていられる。私たちが、【グラナシエールの世界が在って、私たちがサクちゃんとシグ兄を憶えている世界】にしておくためにも……ちゃんと、憶えておかないといけないんだ」


 マツリが、目を伏せた。


「多分、シーマとビオラも、攫われる前に戻ってるはず。何人かずつ、攫われてたでしょ? 二人は、私等よりも後の便で連れてこられてた。だから、私等とはもしかしたら、別の平行世界にいるかもしれん──」


「……て、こたァ。もう、会えねえってことか?」

「ううん。それはわからない。世界は、重なることもあるし、離れることもあるから。可能性は無限なんだよ。でも。────サクちゃんと、シグ兄は……」


 鬼塚は、天井を見上げて、大きく溜め息をついた。





 ────結局。二人は、【魔道書探索本部】には戻ってこなかった。






 帰還の日まで。


 東大陸南部のフィールドマップを眺めながら、ああ、やっぱりなあ、とシュテンは思った。


 パーティメンバーの位置情報を示す、3つの緑の光点。


 ──サクヤと、シグの旦那と、コケ玉の現在位置を示す、その小さな光点を。


 時間ぎりぎりまで、見ていた。




【ルースト】の町から【ウェイフェアパレス】の本部に来るには、北へ向かわねばならない。


 それなのに、3つの緑の光点は──────どんどん南へ、南へと向かっていた。




 何かあったんじゃないか、と泣きそうな顔で戸惑うシーマとビオラに、マツリと迎えに行くから大丈夫だ、と言って先に扉へ追い立てて。


 マツリと顔を見合わせて────もう期限内に戻る事は不可能なほどに、ここから遠く離れてしまった緑の光点をみながら────しょうがねえなあ、と諦めにも似た笑みで、溜め息をつき合ったのを──覚えている。






 レモンチューハイを一口飲んで、マツリが泣きそうな顔をして、微笑んだ。

「──シグ兄さ。冒険者証、なくなってたでしょ? でも帰れないとは言わないから、大丈夫なのかなって。サクちゃんも大丈夫って言うし。……やっぱり、帰れなかったんかな」

「だなァ。あんの嘘つき共め……」


「ふふ。サクちゃんもシグ兄も優しいから、心配かけんように黙っとったんだろうねー。黙って、私らの事、手伝ってくれとったんだね」


 鬼塚は、マツリを見た。


「んあ? おいおい。その言い方じゃあ、サクヤの奴も、帰る気なかったって言いてぇのか?」

 マツリが驚いた顔で鬼塚を見た。

「何言ってん。当り前じゃないか。だって、サクちゃん、シグ兄の事、めっちゃ愛しとったやんか。置いてく訳ないわあれは」



 鬼塚は、飲みかけたビールを吹いた。



「ああー……まあ、そうだなあ……。シグの旦那の方は、ありゃもう完全にダメだったけどな」

 マツリが、やっと声を上げて笑った。

「ダメだったねー! でもわかるわあ。だって、手繋いだだけで顔赤くして、もう可愛いすぎるんだもんー! 抱きしめたら、嫌がりながらも、もう顔真っ赤だし! あの今どき珍しい素直さと純情さ! ああ、サクちゃんは、心の癒しだったわー……。うう……あいたいよう……。くそおーシグ兄に取られた……。あれはもう、ノックアウトでしょ」


 鬼塚も吹き出した。


「そうだな。ノックアウトだな」

 二人で笑いあって、窓の外に目をやった。




「……また、会えたらいいね」

「そうだなァ。──可能性は、無限なんだろ?」

 鬼塚がにやりと笑うと、マツリは目を見開き、そして──破顔した。


「そう! 可能性は、無限大!」






 グラナシエールで見上げた夜空のように、珍しく澄んだ星空を眺めながら。

 叶えばいいな、と思った。



 三冊の魔道書は、今はもうないけれど。

 

 マツリの話では──世界はいろんなところで繋がっているってことだ。

 たくさんの分岐の先のどこかで、繋がっていればいいな、と願う。


「再会を願って!」

「おう!」

 鬼塚はビールのジョッキを掲げ、同じくビールのジョッキを掲げたマツリともう一度乾杯した。






 ……おまえいつ、もう1杯頼んだんだよ。


ここまで読んでいただいてありがとうございました!


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