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chapter-34

 眩しすぎるぐらいの光を瞼に感じて目が覚めると、昼もだいぶ過ぎた時間だった。


 マツリ姉たちは昼を食べてから、一足先にルーストを出発し、【魔道書探索本部】へ向かったようだ。

 体調を壊した俺の回復状態をみてから後を追うから、先にロッソに会ってメールの真偽と状況を確かめておいてくれ、とシグさんが皆に頼んだらしい。


 俺とシグさんは、まだルーストの宿にいる。



 いやもうマジで体調悪かったからな。

 目が覚めても、起き上がれなかったからな。

 ありえない。


 静かでどこかのんびりした、ジェントルマンなシグさんはどこいった。返して。頼むから。

 ああいうのはもう、勘弁してもらおう。酒も入ってたし必死すぎてわけわからなくて余り覚えてないのだけが、救いだ。俺の必死な決意は分かってもらえたって事でいいよな。最初で最後だ。うん。ああああもう思い出すな。忘れろ、俺。忘れるんだ。俺の精神の安定のために。




 ベッドの上で毛布を被って丸まりながら、板張りの床の上に、ころんと落ちたままの細い短剣を、何とも言えない気分で俺は眺めた。

 シグさんの所為で、短剣恐怖症になりかけている気がする。

 怖くて近づけないし、触れない。拾おうと思って手を伸ばすと、手が震えてくるんですけど。マジで。どうしてくれる。


 部屋の主は、今はいない。


 ついさっき、隣の部屋へ、俺の荷物とコケ太郎を回収しに行かせた。


 戻ってきたら、あの短剣も拾わせよう。そうだ、昼飯も買ってこさせよう。通りの向かいの店で売ってる、【しゃきしゃきレタスと厚切りビーフカツサンド】がいいな。ついでに5軒隣にあったカフェの、一番高いお持ち帰りデザートも買ってこさせよう。フルーツが零れるくらい山盛り乗ったタルトのやつ。それくらいしてもらってもいいはずだ。


 俺は疲労困ぱいの溜め息をついて、ぐったりしながら目を閉じた。




 * * *





 三日後の昼頃に、俺たちはルーストの町を発った。




 ──────ウェイフェアパレスへと続く北の街道とは真逆の、南の街道へ向かって。




 今頃は、マツリ姉たちは、ウェイフェアパレスに着いているだろうか。

 ロッソ達に会っているだろうか。


 ──フィールドマップを見て、北へ向かわず、南へ移動する緑の光点に、いつ気が付くだろうか。



 

 さよならを言えなかったのは少し寂しいけど。

 これで良かったように思う。

 多分俺、お別れの時には泣いてしまう自信があるしな。そんな情けない姿は、絶対に見せられない。


 それに、さよなら、という言葉を、何となく言いたくなかった。

 あそこで別れて、ベストだったんだと思う。

 いつか、なんて叶うことはないのかもしれないけど。

 あの男が言っていたように、それでも、願っていれば。


 いつか──




 あれから結局、白金の髪のいけすかない謎の男には、会えていない。


 ──『真実願うならば、再び会うこともできるだろう』


 そう言っていたのを思い出す。

 いまだに会えないということは、そういうことなんだろう。




 振り返る。

 空は、気持ちの良いくらいの青空だ。ぷかりぷかりと、白い綿菓子みたいな雲が浮いている。

 道の向こうに、ルーストの町が見える。

 街道を行き交う、冒険者や商人、旅人の姿も。



 シグさんが、少し心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

「──大丈夫ですか? まだ、熱が下がってないんじゃ」

 俺は笑って、首を振った。

「平気だって。もう下がってるよ。ていうか、そろそろ外に出たかったし」

 

 結局。

 あの後風邪を引いてしまって熱を出し、寝込んだり起きたりして、ずっと部屋の中だったのだ。

 人間、気を張ってる時は大丈夫だけど、ほっとして気が抜けるとどっと疲れがでて体調崩すもんだ。俺だけじゃないはずだ。


 俺の額に手を当てて、熱がないのを確かめても尚安心できないのか、気遣わしげに俺を見ている。前から思ってたけど、心配性すぎやしないか。確かにひ弱な身体だけど、そこまで弱くはない。と思う。


「無理しないで下さいね」

「わかってるって」

「本当に、すいませんでした。熱も下がって治りかけてたんで、もういいかと思って、つい、手を出してしまったのがいけませんでした。また風邪をぶり返させてしまって、すいません」


 俺は吹いた。


「前は自制もどうにか働いてたんですけど、一度でも箍が外れると、もう駄目ですね。ベッドの上でぐったりしてるあなたを見ると、どうにもこうにも、抑えがきかなくな──」

「うわあああああああああっ!?! ななな何言ってんだストップアウトだそれ以上言うな馬鹿あああ!! ──コケ太郎、シグさんに【攻撃】!!」

「キュー!」


 俺の指示を受けてコケ太郎が跳び上がり、シグさんの顎に頭突きをくらわした。

 綺麗に決まった。キレのある良いジャンプアタックだった。


 昼間からなんてことを言い出すんだこの野郎。誰か聞いてたらどうする。

 なんてことだ。シュテンの阿呆が、シグさんにちょっとうつってしまっているじゃないか。

 あのデリカシーの欠けらもないセクハラ発言連発エロオヤジめ。誰かアイツに、きついお仕置きを!





「────あの」

「ふおわっ!?」


 声をかけられて、俺は跳ねる心臓と一緒に跳び上がった。まずい。さっきの話、聞かれてなかっただろうか。聞かれてたら、羞恥で死ねる。

 慌てて振り返ると、そこには。

 



 そこには、深い皺が顔中に刻まれた、年老いたエルファーシ族の司祭が立っていた。




 歳若い僧を、供に1人連れて。

 二人とも荷物を背負って、腰には水筒、手には杖を持ち、厚手の靴を履いている。見るからに旅装束だ。



 司祭が、嬉しそうに顔中の皺を緩めて、微笑んだ。


「ああ、やはり……間違いない。貴女は、いつか教会に訪れてくれた冒険者様ですね?」


「司祭……様?」


 俺は息を飲んだ。


 そこにいたのは、デンシスリーフの町の、裏寂れた路地の奥にある教会の、司祭だった。


 あの物語が始まる教会の。

 あの教会から、あの町から、外へ出ていたのか。

 出られたのか。


 いや、違う。

 ここは、この世界は、向こうとは違う。

 似ているようで、だからといって全てが同じでもない。

 そこに居る人が、ずっと同じ場所に止まり続けている訳ではない。

 動こうと思えば、自由に動けるのだ。

 自らの意志で。


 此処から出よう、と思えば。

 出られる。

 その場所へ縛りつけるシステムや設定なんて、この世界にはない。


 どこへだっていける。

 自由なんだ。



「おひさし、ぶりで、す」

「お久しぶりです。貴女もお元気そうで。なによりです」

 司祭様と少し不思議そうな顔のお供の僧が、笑みを浮べてお辞儀した。


「司祭様たちは、どこかに、行かれていたんですか?」

「はい。古き同志を見舞いに。南の【セレニティ】の町の教会へ行っておりました。これからデンシスリーフの我が家に戻るところです。ああ、しかし、なんという偶然でしょう。感謝します。これも何かの巡り合わせでしょうか。会えて良かった。ずっと、ずっと心に残っていたのです。あの時は、本当に申し訳ございませんでした。何もしてさしあげられずに……」

「い、いえ。そんな、お気になさらず」

「いえいえ。申し訳ありませんでした」

 お互いに同時に頭を下げて、なんだか可笑しくて、笑いあう。


 それから司祭は、俺の少し後ろに立っている、シグさんを見上げた。

 

 皺だらけの手を胸の前で、組み合わせて。

 背を丸めたその姿は、懺悔をするようにも、祈るようにも見えて。

 恐れるように、敬うように、瞼が垂れて細くなってしまった瞳を揺らして。


「ああ。やはり、よく似ておられますね……」

「司祭様?」


 不思議そうに問う若い僧に、司祭は答えず目を閉じて、深く頭を下げた。


「──この300年間、一度も晴れなかった霧が晴れたと聞き、まさかそんなことが、と思い、霧の城へ……フォンガルディア城へ、今一度、今一度、参ってみたのです。ですが城は……すでに、崩れ去っておりました」


「え……? 崩れた……?」

 やっぱり、崩れてしまったのか。

 あちこちひび割れていて、柱や壁は歪み、俺たちが外へ出た時には、今にも倒壊しそうではあったけれど。


 司祭はゆっくり顔を上げ、シグさんの方をじっと見ている。


「かの御方は、我が師は、皆様方は、ようやく、解き放たれた、ということなのでしょうか……? 暗く病みし国より、魔に侵されし城より」


 感情の読めない静かな表情で司祭を見ていたシグさんが、ゆっくり微笑んだ。



「そうですね。縛りつけていたものが無くなった、ということは、そういうことなんでしょう」



 シグさんの言葉を聞いた司祭が細い目を少し開き、唇を震わせて、涙を一筋流した。



「そうですか……そうなのですね。あの方は……皆様は……ようやく……。ああ……よかった……これで、私も、……」

 司祭が、ほっと肩の力を抜いて、笑みを浮べた。よかった、本当によかった、と声を震わせて何度も呟いて。


「すみません。突然、こんな話をしてしまいまして……。でも、何故か、あの時もでしたが、貴方のお顔を見たら、どうしてなのか、あのお方を思い出してしまって……あまりに、似ておられるからでしょうね……」

 咳き込み始めた司祭の背を、シグさんが擦った。

「いえ。いいんですよ。大丈夫ですか?」

「はい。はい、大丈夫です。ありがとうございます。ありがとうございます……」


 

 咳がなかなか止まらない司祭をシグさんから引き取り、若い僧が心配げに擦る。

 落ち着いてきた司祭が手を上げて礼を言い、笑みを浮べながら俺たちを交互に見た。


「あなた方は、これからどちらへお出かけですか?」

「俺たち? 俺たちは、これから南の方へ」

「そうですか。道中、お気を付けて。今からでしたら、南の方は良い季節ですよ。セレニティでは、これから花祭りも始まります。楽しんできて下さい。あなた方の旅路に、祝福を」


 司祭はシグさんに祈り、俺に祈り──最期に何故か、俺の右手を取って額をつけ、もう一度祈りを捧げてくれた。


「ここで出会えた事に、深く感謝致します。また、デンシスリーフに立ち寄られましたら、是非、我が教会にお立ち寄り下さい」

「はい。是非」


 笑みを浮べた司祭と、どこか不思議そうな顔をしたままの若い僧は頭を下げて別れを告げ、ルーストに向かって街道を歩いていった。

 



 丸い背と小さな背が小さくなるまで見送って、息をつく。

 まだじっと見ているコケ太郎と、シグさんの横を通りすぎて、俺はくるりと振り返った。


「ほら、行こ。できれば暗くなる前に、町か村に着きたいな」

 手を差し出すと、いつものすこしのんびりした笑顔で俺を見て、大きな手が俺の手を取った。


「野宿も良いものですよ。星が、とても綺麗で」

「たまにはね! 毎日はいやだよ、俺。地面は固いし」


 声を上げて、シグさんが可笑しそうに笑った。



 ああ。

 心の底から、本当に、楽しそうに笑うシグさんを、久しぶりに見た気がする。



 そういえば、【狂王】は、シグさんの中に溶け込んでしまったのだと、言っていた。

 同じものになってしまったって。


 なら、こうして、本当に楽しそうに笑っているってことも、同じ。共有してるってことだ。

 

 


 ──あの、暗い城の中たった独りで、誰にも名を呼ばれることなく。死ぬことだけが唯一の救いだった【狂王】の物語の続きがこれならば。


 もうあの物語は、悲しいばかりの物語ではなくなった。


 そう、思ってみてもいいだろうか。

 俺の、自己満足なのかもしれないけれど。



 楽しそうに笑うシグさんを見て、俺もつられて、笑った。






「なあなあ。途中で、荷台に乗せてくれる人とか、いたらいいね」

「そうですねえ。いたら交渉してみましょうか。まあ、先は長いんですし、ゆっくり行きましょう」

 シグさんが笑いながら、握った手を引っ張って、ゆっくり歩き出した。

 俺も笑って頷いた。

「うん! ──あ、あと、もう、手、離してくれても、いいよ……」


 自分でやったことだけど、これは、ものごっつ恥ずかしいことが判明した! だめだたえられん! 人の目が! 見られてる! やっぱ止めだ! ちょっとぐらい、らしいことをしてみようかと思ったけど、やめだやめ! 無理! 俺には無理だった!! 



「いいえ。このままで行きましょう」

「え、行くの!? マジで!?」

 待ってくれ。行くってどこまでだ。やめて。頼む。これ恥ずかしすぎて死ねる!


 焦って離そうと引く俺の手を、シグさんが笑いながら、強く握りしめた。

次の話で完結します。


ここまで根気よく読んで下さった方、

温かい感想を寄せて下さった方、

こんな辺境の小説にブクマしてくださった方、

皆様ありがとうございます。∩(´∀`)∩


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