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chapter-2



「い、今から街道にむかって走れば……!」

「すでにこっちを認識していますから、逃げきるのは難しいでしょうね」


 シグさんが、背中に背負った黒紫の大剣を外して、構えた。


「シグさん、戦えるの!?」

「うーん。分かりません。でも、やらないとやられそうですから」

「そりゃそうだけど!」


 俺も、同じように、腰に差してた武器──【紫葉樹と月光花の杖】をとり出した。


 長めの木の枝には青々とした蔦が絡まり、枝の先は薄紫色の葉が茂り、桜みたいな形の白い花が咲いている。

【幻草使い】の武器だ。白い花は、輪郭がキラキラと光っている。




 ──俺は自分の武器を見て、いたたまれない気分になった。




 なんてことだ。


 まさか、こんな、乙女チックでファンシーな武器を使うはめになろうとは……!


 頼む誰かチェンジしてこれ! 嫌すぎる。ものごっつ恥ずかしい……!! 

 なんのプレイだこれは!


 軽くでもなく動揺していると、目の前にポップアップウインドウがいくつか表示された。


 取得魔法スキルリスト、良く使う魔法スキルリスト、自分の周辺を表示する簡易地図。どうやら戦闘用のウインドウのようだ。


 俺は魔法スキルを1つ選んだ。



「──幻界の大樹よ。我は汝の落としたる万の種より生る緑児の1つなれば、請い願う。虹の橋を通じて我が願いを聞き届け給え。幻界の泉に根を張りし、鏡の如き白花を我が元に──【ウールズの水蓮鏡】」



 俺が持ってる防御系スキルの中で、一番強力な防御魔法だ。

 MPは500消費。

 俺の現在のMPは6500。


 俺とシグさんの足下に大きな半透明の睡蓮が咲いて、俺達を包んでから消えた。


 物理と魔法のスキルを1度だけ反射して、20秒間の間ダメージの30%カット。



 ──なんだこれ。


 スペルが、勝手に、口から出てくる……!?




 恥ずかしい……!! だからなんのプレイなんだよこれは!!!




「く、くそお、コケ太郎! ──【魔法効果増強・最大】!」

「キュー!」


 コケ太郎が、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、光る花びらを振りまいた。

 俺のMPが更に300減る。


 コケ太郎の使う各種補助スキルは、全て俺のMPを使って発動する。


 これで、効果は約3倍。敵の物理攻撃もしくは魔法攻撃を3回反射して、60秒間ダメージ50%カット。ただ、自分より敵のレベルが高かったり、ボスの特殊な攻撃などは反射できないときもあるけど。



 シグさんが、呆れたように俺を振り返った。



「──サクヤさん……。【ハイドサーペント】1体に、なにもそこまでしなくても……」



 ああそうだ。シグさんが言いたいことはわかる。こいつはあくまで、初心者・・・殺しの魔物だ。

 迷彩蛇のレベルは10。わかってる。わかってるさ。わかってるけど……!




「だって、訳わからんし、怖いじゃんかあああ──!!」




「まあ、いいですけどね。……ありがとう。これで気楽にいけます」


 シグさんが、何やら短く唱える。

 黒紫の刀身に、橙色の光が纏いついた。あれは、攻撃力アップの効果がつくスキルだ。


 シグさんが、変な顔をした。

「──うーん。なんだか、変な感じですね。スペルが……」

「だろ!? だろ!? わかってくれた!!?」


 詠唱スキル系のスペルはオート。自動で頭に浮かんで、すらすら口からでてくる。便利ではあるが、気持ち悪い事この上ない。


 シグさんの目の前にも、戦闘用のウインドウが開いたりしてるのだろうか。俺からは見えないけれど。


「ちょっと行ってみます」

「き、気をつけて! ──コケ太郎!【ハイドサーペント】1体に【足止め・強】!」

「キュー!」


 コケ太郎が、飛び跳ねた。光る粒が舞い散る。


 空中に浮かんだ光る粒が、迷彩蛇に向かって飛んでいった。

 地面に堕ちた順から、光の蔦がにょきにょきと生えていく。蔦は次々と迷彩柄蛇に絡みついていった。


「シャアアア!!」

 迷彩蛇が暴れる。大きな身体がうねる度、光の蔦はちぎれていくけど、途切れることなく次々と生えてくる。これで、15秒間は敵の動きが25%遅くなるはずだ。



 俺は次に、設置型の毎秒1000HP持続回復する魔法スキルを選んだ。

 効果時間は20秒。

 詠唱が始まる。──勝手に。


 ものすごく……気持ち悪いいいい!! なにこれ!!



 シグさんが、少し呆れたような視線を、再び俺に向けてきた。なんだよ。何か文句でもあるのか。

「……いや、だから、そんな全力サポートでいかなくても──ありがたいですけど」


 少し笑ってから、自分の身長以上の大きさの大蛇に向かって、躊躇なく駆けていった。


 ちょっと、楽しそうに見えるのは気のせい……ではないな。あれは。


 シグさん、見た目のんびりしてはいるけど、性格はどっちかといえば……好戦的な方だ。プレイヤー対プレイヤーで戦うちょっとしたイベントがあったとき、楽しそうに相手を叩きつぶしてたからな。容赦もない。人は見かけによらない。やっぱり、前衛職を選ぶだけはある。うむ。怒らせないようにしよう。

 


 下から上に、残像のように大剣が一閃する。

 



 大口を開けて向かってくる大蛇の首と胴体が、二つに割れた。




 蛇の首が飛んで綺麗に弧を描き──────どすん、と地面に落ちた。




「……あれ?」




「終りました。うーん。攻撃反射効果がかかってたし、1回ぐらい攻撃を受けてみても良かったですね。もったいなかった。スキルコンボすらできなかったな……残念です」


 シグさんが剣を仕舞いながら、戻ってきた。


 ……え? もう終ったのか!?

 そうか。そりゃレベル10の魔物とレベル95の魔剣使いだったら、こうなるわな。うん。そうだよな。うん。だよな。




 だって、怖かったんだ!!

 リアルで魔物なんて初めて見たんだ! 誰も俺を責められはしない! はずだ!




「こ、コンボ?」

「派生可能なスキルが表示されて点滅していました。目の前にいろいろ表示はでてましたが、実際戦闘中に見てる余裕はなさそうですね。最初の構えで、物理系、魔法系、その他が自動選択されて、該当スキルが脳内に思い浮かぶ仕様のようです。かなりクセがありますね……」

「ソウデスカ」


 うむ。さっぱりわからん。

 物理系の職でなくてよかった。俺よりなんだか面倒そうだ。



 なにはともあれ、勝ってよかった。そして疲れた。

 俺は武器を下ろして、安堵と疲労の溜め息をついた。





 * * *





 いや、ほんと、まいった。まいりました。


 俺はぐったりとベッドに横になった。

 ここは、ザルクセンドにある宿の1室だ。一晩800シェル。


 金は持っていた。

 ものすごく減額されていたけど。


 現在の所持金は100万シェル。


 俺の8900万シェルを返せ。戻せ。それから畑カエセ。庭カエセ。俺の畑と庭。多種多様な草木花が集められた俺の素晴らしい薬草園と、100色の花が咲き乱れる俺の美しい庭。



「あーもう。最悪だー……」



 本当最悪だ。戻れないし、金は減ってるし、畑はないし、庭はないし──────女になってるし。


 俺は寝巻き替わりにした、女物の【コットンシャツ】の袖口を眺めた。これサイズ小さいんじゃね? と思いながら着たらぴったりだった。ショックだった。

 袖からみえる、折れそうなぐらいに細い手首。


 俺は顔を両手で覆って、ベッドの上で丸くなった。


 宿の部屋は、シャワールームとトイレ付きだった。

 覗いてみると、日本と違って、思った以上に広かった。すげえ。俺は感動した。あの狭さの限界に挑戦してる、ビジネスホテルのユニットバスじゃない。さすが、外国! でもないのか。いや、外国で合っているのか。


 やったー! これでさっぱり、嫌な汗流せる! と喜んでシャワールームに駆け込んだまではよかった。そして服を脱ぎかけて──────硬直した。


 ちょっと待て。

 どうやって入るんだ。どうしよう。

 俺──────まさか、この身体で入るの?


 混乱して動揺してシグさんを呼ぼうとして、俺はハッと気付いて思い止まった。呼んでどうなる。呼ばれても困るだろ。


 どうする。

 どうしよう。


 でも、入るしかない。汗を流して、さっぱりしてから寝たい。ずっと入らないわけには行かない。


 俺は人生最大とも言える葛藤の末──────意を決して、決死の覚悟で、入ることを決断した。





 俺は丸まったまま、大きな溜め息を吐き出した。


 俺は自分の身体を極力みないように、勤めた。褒めて欲しい。見たらダメな気がしたんだ。色々最期な気がしたんだ。だって、ダメだろ。いやいいのか。俺の身体だから。いや違う。これは俺の身体じゃないし。いや、じゃあ誰の身体だよ。


 ああもう。

 どこもかしこもつるつるして柔らかくて、ふにゃふにゃしてて、自分の身体なのに触るのが怖いって何なんだ。なにこのデリケートすぎる身体……! しかも超リアルだし! ていうかこれ生身みたいなんですけど!? バーチャルだと思い込みたいのに思い込めないぐらいのリアルさなんですけど!


 ちょっとの事で傷つきそうで、自分の身体なのに迂闊に手荒に触れないってどういうこと! もうやだこの身体! 返して、俺の身体!! 筋肉つかねえとかひょろひょろしてるとか兄貴のマッスルボディとチェンジしろだとか、もう二度と文句言わないから! お願い!


 それに──胸が。なにこれ。いらないんですけど。タツミみたいに、でかくしなくて良かった。本当に良かった。控えめにしといて良かった。これならまだ、どうにか耐えられる。どうにか。



 そして一番最悪なのが──────下に、付いてしかるべきものが、付いてなかった。



 どこ消えたんだよ……! 俺のアレ……! マジ帰ってきて……お願い!!!

 

 俺のアレが消えたという事は、俺にとっては、かなり、いや、相当大きくショックだった。

 マジで返して。お願いだから。



 ──いつか、慣れるのだろうか。


 風呂、とか、便所、とか、下着、とかなにあれちっちゃすぎてどこ隠してんのあれありえねえ、その他もろもろの────

 



「──うがああああああ慣れたく、ねえええええええええっ!!!」




「キュー!?」

 コケ太郎がびっくりしてベッドから転げ落ちた。

  


 そんなのに慣れたら、元の世界に帰れなくなる……っ!!!

 いろんな意味で!!!



「だ、大丈夫ですか? サクヤさん。気分悪いんですか?」


 風呂上がりのシグさんが、心配そうに、俺の肩をそっと叩いた。

 俺は鼻をすすりながら、見上げた。でかい男の身体。いいなあ。羨ましい。俺とチェンジしてくれよ。その身体、交換してくれ。今すぐにでも。


「ううう……シグさんはいいよな……。俺も、男のキャラに、しとけばよかった……」


 シグさんが、困ったように笑った。


「まあ、こうなるなんて、誰にも予想できませんでしたからねえ。大丈夫ですよ。サクヤさんは、サクヤさんです。気をしっかりもって下さい。ほらほら、サクヤさんが食べてみたいって言ってた【スーパーホワイトピーチ】、ありますよ。さっき、下の食堂で見つけて、売ってもらったんです。食べますか?」


「うう…………ありがと……食べる……」

 俺は鼻をすすりながら、起き上がった。どんな場合でも、人は食欲にはあらがえぬ。シグさんが笑って、鞄から桃を取り出すとわざわざ洗いに行ってくれて、俺に差し出してくれた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう……」


 受け取った真っ白くて大きな桃は、とても瑞々しくて、優しい甘い香りがした。

 かじると、果肉は柔らかくて、瑞々しくて、味は甘くて、芳醇な香りがした。

 ものすごく、美味かった。

 味があるって、すばらしい。ていうか、この世界の食べ物って、けっこう美味しい。さっき宿の1階の食堂で食べた夕飯も、すげえ美味かった。チキンライスとビーフカツみたいなやつ。


「美味しいですか?」

 俺は何度も頷いた。

「うん。美味しい。あ、ありがと。それと、ごめん……」 

 これは、かなり気を使わせてしまったみたいだ。あああ申し訳ない。俺も、しっかりしなければ。迷惑をかけてばかりはいられない。しっかりしろ、俺。

「別にいいですよ。元気がでたなら、よかったです」

「うん」


 よかった。シグさんがいい人で、本当によかった。

 俺はほっとして、やっと落ち着いて、笑うことができた。



 シグさんは目を見張ってから、俺から離れると、向かいのベッドに腰掛けて腕を組み、少し難しい顔をして考え始めた。なんだろう。なにか、問題があるのだろうか。不安になるじゃないか。なんなんだ。



「…………しまった……分けておくべきだったな……失念してた」

「なにが?」

「いえ、なんでもありません。──俺は先に寝ますね。おやすみなさい」

「え? あ。うん。お、おやすみなさい。あ、ありがとう、シグさん」

 シグさんは微笑むと、手を振って、壁を向いて寝てしまった。


 



 * * *





 ──その夜。

 なかなか寝つけなくて、やっと寝つけそうな感じに、うとうとし始めた時──





 ──────突然。隣のベッドから、苦しげな絶叫が聞こえた。





「わああ!!?」

 俺は飛び起きた。

 驚いて飛び起きるぐらいには、大きな悲鳴だった。



 なんだなんだ!?



 隣をみると、さっきまで静かに眠っていたシグさんが、苦しそうに呻きながら胸をかきむしっていた。


 俺はベッドから飛び降りて、シグさんのベッドに駆け寄った。


「……シグさん? シグさんってば! ちょ、ちょっと、大丈夫!? なあ、」

「う……あ……」

 シグさんは眉間に皺を寄せ、過呼吸になってしまうのではないかと心配するぐらいに呼吸も荒く、額に汗をいっぱいかいて、苦しげに呻いている。

 時折、何かを掴もうとするかのように、手を伸ばす。何かをしゃべっているけど、言葉になっていなくて、何を言っているのかわからない。


 うなされている。ひどく。

 ものすごく、怖い夢を見ているみたいだ。

 これは、起こさないと。起こしたほうがいい。早く起こさなければ。



「シグさんってば! 起きて!!」


 俺は、シグさんの頬を強く叩いた。何度も。


 シグさんが、やっと薄く目を開いた。全力疾走した後のように、呼吸がひどく乱れている。


「シグさん! 起きた?」


 のぞき込む。目は開いているのに、視線が合わない。焦点が定まらない。



 ──シグさんが小さく悲鳴をあげた。



「シグさ……うわっ!?」


 いきなり腕を引かれ、下に押さえ込まれた。

 喉元にシグさんの腕が置かれ、全体重をかけて押さえ込まれる。苦しい。咽が圧迫されて、息が出来ない。呼吸ができない。やばい。これはやばい。死ぬ。これ絶対死ぬ!

 俺は必死になって、シグさんの腕を強く叩いた。

 頼む、起きてくれ!



「シグさ……ごほっ……──────シグさんんん!!」




 首にかかっていた重さが、ふっと消えた。



「…………サ、クヤ、さん……?」


 ひどく疲れたような、擦れた声だった。



「シグ、さん……けほ、怖い、夢でも、みてた……?」

「……ゆ……め……?」


 シグさんが大きく息を吐いた。その息は震えていた。ひどく。


「……ゆ、め……か……」



 シグさんの身体が、ぐらりと傾ぐ。


 そのまま────気を失うように倒れ込んだ。


 ──俺の上に。






 動けねえ。重い。


 耳元で、静かな寝息が聞こえてきた。

 耳を澄ます。もう、息は、震えてなかった。



 ──寝てしまったようだ。



 起こすべきか。起こさざるべきか。それが問題だ。



 あああ、眠い。やっと眠くなってきたっていうのに。

 びっくりした。



 ちょっと動悸が収まってきた。

 疲れた。本当、疲れた。

 起こすの、面倒だ。それに、やっと落ち着いて、静かに寝てるみたいだし。


 丁度いい具合に、あったかい。規則正しいリズムの静かな心音が、妙に安心する。ぬくいし……



 ──もう、いいや。

 身体を起こそうにも、上に乗ってるものが重たすぎて、持ち上げようにもぴくりとも動かせなかった。

 この身体、筋力というものがほとんど無い。ありえねえ。なんだこの弱い身体。使えない。




 疲れた。もう、このまま寝よう……


 俺は息を小さく吐くと、諦めて、目を閉じた。

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