chapter-24
「なんでこんなところに……」
「そんなこたァ後でいい! 助けるぞ!」
「う、うん! そうだな!」
戦闘用のウインドウを操作する。
召喚する使役魔をもう1体選択して、召喚用の詠唱を開始した。
戦闘が始まってからでは、召喚してる暇なんてないかもしれない。今は俺とシュテンとコケ太郎しかいないのだ。できることは先にやっておいたほうがいい。
「──我と大樹の誓約を交わし者よ。来れ。────【マダム・蝶々】!」
視界を埋め尽くす程の、深紅の薔薇の花びらが舞い散り始めた。
それは集束して、塊になって────勢い良く弾け散る。
そこには、妖艶な美女が浮かんでいた。
長く豊かな黒髪を深紅のバラと蔓バラで結い上げ、背中には揚羽蝶のような艶やかな羽根。
蔓薔薇で彩られた、際どいところまで胸元の開いた黒のロングドレス。
豊満な胸の上には、深紅の薔薇の入れ墨。
深紅の瞳と唇。
羽根から舞う鱗粉も、キラキラと綺麗な光を放っている。
美女が笑みを浮べた。
深紅の瞳を楽しげに細めながら。
『ごきげんよう、我が主よ……。妾を呼ぶおぬしの声が聞こえたのでな、来てやったぞ。さて、今日は何をして遊ぶのかのう?』
いや、遊んでいるわけではないんですが。ゲームの中だったら、遊んでいるで間違いはないんですが。
【マダム・蝶々】は、俺の使役魔の中では、一番強い。
幻界に暮らす、精霊王の幻庭にある、一番大きな紅薔薇の木の精霊。らしい。
蝶々の羽根をもって、何となくマダムっぽい雰囲気なので、マダム・蝶々と命名した。これ以上はないばっちしの名前だと思う。異論はいくつか出たが、俺は認めない。
「こんにちは、【マダム・蝶々】。来てくれてありがとう。ちょっと手を貸してくれ」
『よかろう。礼には及ばぬよ。いくらでも、妾の手を貸してやろうぞ。なんなりと申すが良い。──妾の可愛い主よ……』
「あ、アリガトウゴザイマス」
俺とシュテンは廊下を駆けてソルティさんの前に回り込み、廊下の奥へと視線を向けた。
耳を澄まして、暗い廊下の先をじっと睨む。
30秒経過。
1分経過。
廊下は、しん、と静まり返っている。
物音一つ、聞こえてこない。
「……何もねえな」
「……うん」
「おおい! ソルティ!! お前、何に追われてたんだよ!?」
シュテンの大きな声に、ソルティさんは大きく肩を震わせた。
「ひっ! わ、わからねえよお……! く、暗くて、よく、見えなくて……」
「ユズさんは一緒じゃないのか? 俺たち、あなた達を探しにきたんだよ。マツリ姉たちが先に来たと思うんだけど、会ってない?」
ソルティさんは不安そうな顔で、首を横に何度も振った。
「マツリたちには、あ、会ってねえ……」
「お前、今までどうしてたんだよ?」
「お、俺は、ずっと、この城に……」
「はああァ!?」
「えええ!?」
「ひいいっ! で、でで出れなかったんだ! 城の外に!」
「出れなかった!?」
「そ、そうなんだ、扉が、全部、閉まってしまっていて……!」
俺とシュテンは顔を見合わせた。
ソルティさんが膝立ちで俺の方へ移動してきて、必死の形相ですがりついてきた。
「そ、そうだ、あ、あんた! 助けてくれよお! お、俺たち魔物に追われてて、と、途中でユズとはぐれちまって──」
俺とシュテンは絶句した。
「はああああ!? バカ野郎おおォ!! 言うのがおせえええええよ!!!」
「おま、お前なあ! それを先に言えよ!!」
「ひいっ! ご、ごめんなさい!!」
「どこでユズさんとはぐれたんだ!?」
「に、2階だ! 2階で……」
「2階ー!? 待て。ここ、1階だぞ!? お前、まさかユズさんを──」
俺が最後まで言うよりも早く、シュテンが筋肉の盛り上がった腕で、ソルティさんの胸ぐらを掴んで釣り上げた。
縦に割れた黄色の瞳に、剣呑な光が走る。
ソルティが悲鳴を上げながら浮いた足をばたつかせた。
「てンめェ……!! まさか、女ァ置き去りにして、自分だけ逃げてきたってんじゃねえだろうなァ……!」
「ひ、ひいいい! ごめんなさいごめんなさい!! し、仕方なかったんだ! 仕方がなかったっ……!」
「ああ!? 何が仕方ねェだ! ふざけんな!」
「シュテン、落ち着け! 今はユズさんを助けにいかないと」
シュテンが舌打ちして、ソルティを床に投げ飛ばした。
「ソルティ、ユズさんの所まで案内しろ! 早く!」
「あ、ああ、ああ! わかったよお……っ!」
ソルティは脅えたようにシュテンを見ながら、何度も頷いて立ち上がった。
「つ、ついてきてくれ! こ、こっちだ……!」
先頭を走るソルティを追って、2階への階段を駆け上がる。
薄暗い廊下には、やっぱり黒い霧が漂っていた。
「こっちだ……!」
廊下の角をいくつも曲がって、走る。
ソルティが、1つの両開きの扉の前で立ち止まった。荒い呼吸のまま、震える指で差し示す。
「こ、この部屋の中に……」
「ここか!」
シュテンが、両開きの扉を勢い良く開けた。
「ぬおあっ!?」
「うわっ!?」
押し込められていた煙が噴き出すように、黒い霧が、勢い良く外へ漏れ出してきた。
部屋の中を覗こうにも、黒い霧が邪魔をしてよく見えない。
中は真っ黒だ。
俺とシュテンは入り口に立って、黒い部屋の中へ向かって、声を張り上げた。
「ユズさん! ユズさん! いますか!」
「ユズ──! おーい、いるかああ!」
「────【ブロウアウェイ・ウインドアロー】!!!」
『……主よ! 気をつけよ! 後ろに伏兵が』
「キュー!」
「え」
背後で、コケ太郎とマダム・蝶々の呼びかけと、【弓使い】が使う、吹き飛ばし技のスキル名が聞こえたのは、同時だった。
振り返る。
いつのまにか俺たちの背後に下がっていたソルティが、ボウガンをこちらに構えていた。
その矢の先端は、俺たちに向けられている。どうして。
渦を巻く黄緑色の風がボウガンの矢に集っていくのが見えた。
撃つ気だ。俺たちに向けて。
シュテンも気付いて、慌てて斧をソルティに向けた。
「なっ!? て、てめえ!?」
「──お、俺は、悪くないっ! し、死にたくないだけなんだ……っ!」
風をまとわせたボウガンの矢が放たれる。
黄緑色の強烈な突風は、俺たちを部屋の中へと吹き飛ばした。
身体が宙を飛ぶ。
俺は床に落ちた時の衝撃を想像して、反射的に身構えた。
「────え?」
あるべき床は、そこには無かった。身体を打ち付ける衝撃もない。
床を通り越して、更に下へと落ちていく。
ぽっかりと穴の空いた天井とシャンデリアが視界に映った。黒い霧で見えなかったが、あの部屋の床には、穴が空いていたのか。
崩れた天井の穴の端に、ソルティがいた。四つんばいになって、恐る恐る顔だけを出してこちらを見ている。
慌てた様子で、俺を追って穴に飛び込んでくるコケ太郎とマダム・蝶々の姿。
「うおあああ!? なんだありゃああああ!?」
落ちていくシュテンが叫んだ。
慌てて顔を下に向けると────ダンスホールのような広間が狭く感じるほどの大きな魔物が、こちらを見上げていた。
漆黒の毛並みの、巨大な獅子。
ただ、その頭部は、獅子の頭ではなかった。ぬらりとした黒い鱗に覆われた──
蛇の頭だった。
九本の、巨大な蛇の頭部とうねる胴体が、獅子の胴体に不自然に繋がっている。
歪な、キメラのような身体をしたモンスター。
蛇と獅子が混ざりあったような魔物。
見覚えがある。あれは。
「──【九頭蛇の黒獅子】……!?」
しまった。2階のあの部屋の下は、ここに繋がっていたのか。
まさか、あそこの床に穴が開いているとは思わなかった。ていうかあそこの部屋に穴、開いてたっけ!? あの部屋、入れたっけ!? だめだ、覚えてない。そしてもっと階層の上下の配置もよく頭に入れておけば良かった。
「おいサクヤ!! アイツ、もしかして──」
そうか、シュテンもクエストをやったから、知ってるのか。
あの歪な黒い魔物を。
「ああそうだよ! あいつは……城の1階の──────ボスだ!!」
1階から4階まで、各層に1体ずつ、一際大きな魔物が配置されている。
狂王に黒霧の力を貰った、王の僕たちだ。
無視する事は可能だけれど、倒しておけば【狂王】の力を削ぐことができる。
もしも倒すのが面倒だといって無視して進んだ場合は────フルパワー状態の【狂王】と戦うことになる。そうとうなハードモード……というか、倒すのがほぼ不可能なほどに、強い。無敵状態と言っても過言ではない。
狂王を倒したかったら、各層にいる、全部で4体の王の僕となった魔物を撃破する事は必須なのだ。
そして。王の僕たちがいる、ということは────
──ディレクさんが言った通り、本当に、狂王は復活しているという事なのか。
「くっそがあああ!」
シュテンが斧を上段に構えて、口を大きく開けて待ちかまえている蛇の頭に振り下ろした。
斧は深く蛇の頭に食い込んだ。
「シュテン!」
「こっちだ!」
落ちていく俺を、シュテンが掴んでくれた。
引き寄せて素早く小脇に抱え、俺を抱えたまま、斧を抜いて後方に大きく飛ぶ。
身体はでっかいが、身体能力がバカ高いので動きは意外に素早い。
荒れた石の床に着地して、魔物を見上げながらシュテンが舌打ちした。
「くそっ、俺ら、ボスん部屋に落とされたってェのか!? あんの野郎ォ……!!」
「────サクヤさん!!?」
とても聞きなれた声が、俺を呼んだ。
「シュテンまで……!? ──────────どうして、ここに……」
……後半、地を這うような、超低音の声だった。
怒っている。
これは、相当怒っている。
間違いない。いやいや。置いていく方が悪いんだ。俺は悪くない。はずだ。自由意思は尊重されるべきだ。
低温ボイスのした方に、恐る恐る顔を向けてみた。
石壁の部屋の壁際に、紫黒の大剣を片手に持った、背の高い魔剣士が立っていた。
遠目で見てもはっきりと、眉間にしわが寄っている。細められた視線も鋭い。こ、怖ええ……!
「サクちゃん!? シュテン!?」
その向う側に、刀を構えたマツリ姉もいた。こちらは、ほっとした表情をしている。
「わあああああっ!! やったああああ……!! サクヤさんと、シュテンさんッスううううう!!」
「うわああああん来てくれたです、よかったですううう………!!」
「ああ、なぜ、君たちまで……この部屋に……!」
その更に奥に、シーマと、ビオラと、ディレクまでいる。
みんな、ここに落とされたようだ。
──────おそらく、ソルティに。
蛇の攻撃をかい潜って、シグさんがこちらに駆けてきた。
「……シュテン。町へ、連れていくように、頼んだはずですが……? どうして、ここに、いるんですかね?」
シグさんが笑顔を浮べた。しかし目は全く笑っていない。
シュテンが頬をひくつかせて、のけ反った。
「ほ、ほらよ! 旦那、お届け物だ!」
小脇に抱えていた俺を、シグさんに突き出す。手土産のように。おい。扱い酷くないか。物ってなんだ。物って。
「サクヤが、お前ら追っかけるって聞かねえからよお。仕方ねえだろ! な!」
俺を受け取ったシグさんが、怒りの冷めやらぬ目を今度は俺に向けてきた。俺ものけぞった。怖え。いや、ここで負けてなるものか。自由意思万歳。俺は悪くない。
「そ、そうだそうだ! 置いてくのが悪いんだ! 俺のことは、俺が決めるんだからな! シグさんが決めたって、だめなんだからな!?」
シグさんが、大きな溜め息をついた。
「まったく、あなたという人は……。少しぐらいは、俺の言うことを聞いて下さい」
「き、聞いてるよ!」
「聞いてませんよ。だいたいあなたは──」
『──やれやれ、主よ。今は言い争ってる場合ではないのではないか? そら、黒き獅子が、待ちくたびれておるぞ』
9つの蛇の頭が、大口を開けて突っ込んできた。
俺を抱えたままシグさんが左に跳んだ。シュテンは右に。
9つの頭が、石の床に激突する。
硬い石の床がえぐれた。
「シグさん、俺を下ろして! 防御スキルかける!」
シグさんが、仕方なさそうに俺を下ろしてくれた。
俺は急いで防御力アップの【ウールズの睡蓮鏡】、継続回復エリアを作る【幻界の月光花】、それ以外にも使えそうな補助スキルを目一杯、コケ太郎の効果増大ブーストも付けて、パーティ全体にかけた。
たった二人でも、パーティに入れば戦況は激変する。
レベルカンスト近い前衛職のシュテンが入れば、尚更だ。
回復役も、二人になれば互いに心の余裕も出来て、全体を見渡せるようになる。回復の役割分担ができるのが大きい。
「ビオラは全体のHP回復重視で! 俺は個別回復と補助と援護重視でいくから! MP切れそうになったら言って! 役割チェンジしよう!」
「は、はいです! がんばるです!」
ビオラが高価なMP全回復薬を一気のみして、俺に向かって力強く頷いた。
「【マダム・蝶々】! ──【9頭蛇の黒獅子】を【攻撃】。【全力】で!」
俺は使役魔に指示を出すウインドウを操作しながら、マダムに指示した。
マダムが楽しげに深紅の瞳を煌めかせた。子供のように残忍で、妖女のように妖艶な笑みを口元に浮べて。
『ふふふ……了解した。では、【全力】で、心ゆくまで遊ぶとしようかのう。ああ、楽しやのう。あれは、どんな声で泣くのかのう……』
マダムのドレスの袖口から、するどい棘のびっしりついている蔓バラが、幾本も生き物のようにうねりながら飛び出してきた。
うん。予想通り、完全に性格はSですね。タツミがいたら、狂喜乱舞して喜びそうだ。あいつ、隠れMだからな。いや、隠れてもいないか。ピンヒールは至宝、とか言ってたからな。
戦況は、本当に一変した。
攻撃対象が突然増えたことにより、【九頭蛇の黒獅子】の動きが乱れ始めた。どの蛇の頭がどのターゲットを攻撃しようか、うろうろと迷っている。
シグさんたちもそれを狙っているようだ。混乱を誘うように、いろんな方向から攻撃を仕掛けている。
「シーマ! まだか!?」
うねる蛇首を刀でいなしながら、マツリ姉がシーマに視線を送った。
「お待たせ姉御、詠唱すんだ! いくっスよおおお! ──炎獄の蒼き魔王よ、彼の者を、魂すら消し炭と化す獄炎の蒼き炎で焼き尽くしたまえ──【ヘリッシュ・ブルーインフェルノ・効果最大】!!!」
詠唱完了と同時にシーマがぶったおれた。
全MPをつぎ込んで、効果を最大値まで上げたようだ。
炎獄の魔王の、燃え盛る蒼い炎が、黒獅子を包み込んだ。
受けた者は、魂の消し炭さえ残らない、という過激なスキル説明が書かれてある、【魔道士】の上位攻撃スキル。
この魔法スキルの一番良いところは、数秒間、相手の防御力をも大幅に落とすことだ。
獅子が咆哮を上げた。
蛇の頭と身体、そして獅子の身が、焼けただれ始める。シーマの全力をかけた渾身の魔法は、硬い蛇の鱗も溶かし始めた。
「今だ! 総攻撃をかけろ!」
マツリ姉の指示で、全員が一斉に動いた。
効果時間はシーマが渾身の力で最大まで引き上げて、1分だ。
マツリ姉たちもシーマと同じように、残していた力を全てつぎ込んでスキルをたたき込み始めた。
蛇の首が次々と斬り飛ばされていく。
効果が切れた時には、首は残り2本になっていた。
ここまできたら、獅子の防御力が元に戻っても、あとは忍耐力と持久力でなんとかなる。
長い戦闘の末──
最後の1本がようやく斬り飛ばされた。
黒い獅子の身体が、轟音をたてながら横倒しになる。
土煙が、濛々と舞い上がった。
脳内に、ファンファーレが鳴り響いた。
シュールだ。
なにこれ。ふざけんな。
「お、わった……?」
「みたい、です……」
シグさんたちはまだ武器を構えたまま、しばらく倒れた獅子に警戒していたが、獅子の輪郭が光り出したのを見て、各々、剣や斧を収めだした。
俺とビオラは、大きく息を吐き出した。
終ったのだ。本当に。
喜びよりも、安堵の方が大きい。よかった。助かった。一時はどうなることかと思ったけど、生き延びられた。
「【マダム・蝶々】ありがとう。またよろしく!」
『おや。もう終わりなのかのう? なんとも、残念な事だ……仕方ないのう。また呼んでたもれ』
「うん。ありがとう!」
俺はマダムを【幻界送還】した。マダムは強いけど、ずっと出しておくわけにはいかない。召喚している間中、みるみる俺のMPが減っていくのだ。いざというときMPが切れていたら、俺がまず真っ先にテンパる。
「サクちゃんとシュテンが、戻ってきてくれて助かったよー! ありがとー!」
マツリ姉が駆け寄ってきて、俺に抱きついてきた。嬉しいけど、苦しい。息が止まりかける。
「ああっごめんごめん! もう身体の方は、大丈夫なんか?」
「げほ、う、うん。もう大丈夫。ごめん、みんな、心配かけて」
「そうかーよかった!」
「うう……よ、よかったですう〜うえええん」
「いや、実のところ、君たちが来てくれて助かったよ……」
「マジ助かったっスううう〜! いやいやマジで、こりゃもうダメだ死ぬわ、と思ったっスよお〜……」
「もしかしておまえらも、ソルティに落とされた口か?」
シュテンの問いに、マツリ姉たちが重々しく頷いた。
「ああ。してやられた。ユズを助けてくれと言われてなー。あの部屋に駆け込んだら、後ろからズドン、だ」
「仕方ないっすよあれは。まさかの展開っス」
「あの野郎……何考えてやがんだ……?」
「わからん。わからんが、今まで死なずにここまで生きていられたということは──」
少し離れた場所で、マップやステータスウインドウを見ていたディレクさんが、くそ、と吐き捨てるように呟いた。
「ディレクさん? どうしました?」
「──ソルティの奴が、今さっき、俺のパーティから【離脱】した。パーティの位置情報を探ろうとしたんだが……一足、遅かった」
ああ、そうか。
ディレクさんが、マツリ達のパーティに入ってなかったのは、その為だったのか。
「ただ、ユズの居場所だけでも分かったのは、僥倖か……」
「どこなんですか?」
ディレクさんが、暗い表情で俺を見た。マップを拡大オープン表示し、俺の方へ向けて見せてくれる。
まだなにも書き込まれていない方眼状の地図の北側に────緑の光点がひとつ、心細げに点滅していた。
「────5階層目に、ユズはいる」
俺は、緑の点が1つだけ灯る、白紙のマップを凝視した。
その場所は────まさか。
嫌な予感を覚えながら、俺は自分のマップを表示した。
【黒霧の古城】の5階層目のマップを。
ディレクさんのマップと重ねる。
俺はできれば当たって欲しくなかった予想が的中して、一瞬目の前が暗くなった。
緑の光点は、北側にある一番広い部屋の中で灯っていた。
そこは──
「【謁見の間】……」
緑の光点が灯る場所は────【黒霧の狂王】がいる部屋だった。
* * *
ひとまずどうにか1階のボスは撃破した。
みんな各々、壊れた装備を点検したり修繕したりし始める。チェックは大事だ。いざというとき装備壊れてたりしたら、目も当てられない。
俺は額の汗を拭い、意を決して、不機嫌そうなオーラを放つ背後の男を振り返った。
「お、おお、おおお置いてく方が悪いんだからな! 俺は悪くない!」
無言だ。
「い、一緒に行くって約束しただろ! 約束やぶったの、シグさんだし!」
目をそらしやがった。あ。やっぱり分かってて置いていったんだな。この野郎。
「や、約束破るのは、よくないんだからな。だめだろ。絶対。よくない。俺は悪くない。シグさんが悪い。違うか?」
数秒、間が空いて。
1つ溜め息をついてから、シグさんがぼそりと言った。視線は横に向けたまま。
「……そうですね。俺が悪かったですね。すいませんでした」
何かな。謝られた感じが全くしないんですけどこの野郎。何、シーマみたいな事してんの。納得してないけどとりあえず謝っとけばいいか、みたいな適当な感じがひしひしとするんですけど。いつもの大人な態度はどこへいった。
「謝罪に、誠意がみえない」
抗議すると、シグさんが鞄を漁り出した。
豪華で小さな紙箱を取り出す。
蓋を開けると、金箔をまぶした丸い茶色の丸い粒が1つ。
「そ、それは……【ゴールドシャンパーニュ・ロワイヤル・トリュフチョコレート】……! な、なんでそれを」
一粒なんと20000シェル。HPMP全快の高級トリュフチョコだ。作るのも超大変だ。素材も貴重なものばかりで。
「町で売ってたのを見つけました。サクヤさん、食べてみたいって言ってたでしょう? はい、どうぞ」
宝石みたいな粒を、箱につけてあった銀の楊枝で差して、俺の口元まで運んできた。
俺は条件反射で食いついた。
しまった。つい。思わず食いついてしまった。やべえ。失敗した。いやこれは仕方がない。口元まで持ってこられたらもう食うしかないだろ。もったいないし。不可抗力だ。これは言い訳ではない。けっして。
芳醇なシャンパンの味が、甘味を抑えた舌触りの良いトリュフチョコと絶妙なハーモニーを奏でている。あああ美味い。美味すぎた。涙でそう。なにこれ。美味すぎる。
「美味しいですか?」
シグさんが笑顔を浮かべて聞いてきた。
……騙くらかして商品買わせた悪徳セールスマンみたいな笑顔を浮かべている。あなた商品受け取ったんでもうキャンセル効きませんよ、みたいな。
「……う」
苦情は封じられた。悪徳業者に。
「……美味、しい、です」
「それは良かったです」
お買い上げありがとうございます、と言いそうな顔でシグさんが微笑んだ。
……今度からは、口元に持ってこられてもうかつに食いつかないようにしよう、と俺は心に誓った。