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chapter-23

 

 駆け足に限りなく近い早さで、俺たちは森の中の道を急いだ。


 時々歩いて呼吸を調えては、また走る。


 30分ぐらい走って、ようやく【霧の森】を抜けることができた。


 森を抜けると同時に、右上に浮いている簡易マップウインドウの表示が切り替わる。



 マップ名の欄には──────【フォンガルディアの城下町跡】と書かれてあった。



「町、だ……」

「……ふう。やあっと着いたぜ……」


 目の前には、廃虚と化した町並みが広がっていた。


 300年以上昔は、沢山の人で溢れ返り、賑やかだったであろう広大な城下町。

 今ではもう、その面影はない。

 大きな演劇会場や数えきれないほどに立ち並ぶ店々、カジノや様々な娯楽施設は崩れ去り、建築技術もかなり進んでいたと思われる高層の建物も壊れ、ただの荒れ果てた廃虚と化している。


 そして────今は普通の城下町跡だが、もしクエスト起動のキーを持ってここを訪れた場合、【黒霧に侵食されし町】という特殊フィールド型ダンジョンに姿を変える。


 黒い霧が立ちこめ、新たな生者を取り込まんとするモノたちが徘徊する、死者と魔物の町に。



 もう一度、俺はマップを確認してみた。

 地名は【フォンガルディアの城下町跡】、と表示されたままだ。何も変わっていない。ただの、霧立ちこめる廃虚だ。

 よって、狂王のクエストは起動していない。


 起動……しては、いないはずなんだが。


 

「────なんかよォ。やけに、霧が濃くねェか……」

 シュテンが、鼻を鳴らした。

 

 俺も隣で頷いた。

「うん……。────黒い霧・・・は、……でてないみたいだけど」


 ──『まだ』と付けそうになった言葉を、俺は飲み込んだ。


 でも、なんだろう。

 白い霧が、うっすらと、灰色っぽく見える気がする……? 

 いやいや、まさか。そんな中途半端なこと、ありえない。


 ともかく、霧が濃い。ほとんど真っ白だ。5メートル先はもうすっかり霧の中。


 目視は絶望的なので、マップを頼りに進むしかない。

 俺はマップを眺めた。

 長方形のウインドウには、碁盤目上の方眼線が走っている。その上に、扇に張られた紙のような、下弦の月形をした地形。



 シュテンにも見えるように、マップを拡大してオープン表示にする。それを目の前に移動した。


 俺は溜め息をついた。この町も、けっこう広いな。

 マップを端から順に見ていく。漏れがないようにじっくりと。

 シュテンも俺の横から顔を出して、同じように探しだした。


 探すのは、【緑の光点】。


 パーティを組んでいれば、必ずマップ上に緑の小さな光点が表示される。仲間の現在位置情報を示すマークだ。


 そのはずなんだが。


 俺とシュテンで、目を皿のようにして、2回もじっくり確認してみたが──────緑の光点はどこにも見当たらなかった。



「ぐぬぬう……」

 シュテンが、眉間に皺を寄せて唸った。

「むむむ……」

 俺も唸った。


「……いねえな!」

「……いないな!」


「あるえええええ!? おいおいおい!? あいつら移動早えな!? もう、城の中にいっちまったのか!?」

「どうなんだろう……もう少し、奥へいって探してみよう」

「そうだなあ……と、その前に」

 シュテンが、背中の斧を下ろして【戦闘モード】に切り替えた。

「何が起こるかわからねえ。お前も先に武器、いつでも使えるようにしとけ」

「う、うん」

 俺も紫色の葉と白い花の杖を右手に持った。



「キュー!」


 コケ太郎が、俺の前を飛び跳ねた。

「どうした? コケ太郎?」

「キュ!」


 コケ太郎が上を向いて、少し上下に頭を動かした。頭のデイジーも同じようにピコピコ動く。


 なんだろう。

 子犬が、空気中の匂いをかぐ仕草に似てる気が、しないでもない。そういやお前、鼻あったんだっけ。確認した事はないけど。ふかふかした苔の表面の何処かにあるのだろうか。今度調べてみよう。


 飛び跳ねて少し移動し、立ち止まっては、上を向いて頭を小刻みに動かす。


 俺たちから少しずつ離れていく、丸い花ボール。

 何してるんだお前。


「おい、コケ太郎! なにしてるんだよ?」


 呼ぶと振り返って、飛び跳ねた。

「キュ! キュー!」


 何か言ってる。

 また移動して、こっちを振り返って、大きくジャンプ。


 ああ。

 そうか。なんとなく、分かったぞ。お前の言いたい事が。


 ──────どうやら、ついてこい、と言いたいようだ。


「コケ太郎が、ついてこいって。行ってみよう」

「はああァ!?」


「コケ太郎。マツリ姉たちが向かった先、分かるのか?」

「キューウ!」

「──だってさ」

「マジか」

 シュテンが疑わしそうな半眼で、自信満々にふんぞり返るコケ太郎を見下ろした。


 コケ太郎がまた移動する。

 俺はその後を追った。俺はお前を信じるぞ。見た目はぽよぽよふかふかして気の抜ける姿をしてるけど、いざという時は頼れる奴だからな。可能なら『ナイスガイ』の称号を付けてやりたいぐらいだ。


「ほら、行こうシュテン。置いてくぞ」

「ああもう、くそ! 分かったよ! 頼むぞ、コケ玉!」

「キュー!」











 コケ太郎の案内で連れて来られた場所は──────




 ──────墓地だった。




 霧立ちこめる、苔の生えた墓石が所々に散乱する、町外れの、薄暗い、うら寂しい古い墓地。

 しかも西洋風の。亡くなった人をそのまま土に埋めてしまうタイプの。

 ホラー映画でよく使われるシチュエーションだ。そして絶好の肝試しスポット。薄暗くじめっとしたムードもばっちりだ。嫌すぎる。


「ぐおおお……。コケ玉の野郎め……こりゃまた、すんげえステキな場所に御案内してくれたなあ……」

「そうだな……」

「キュー!」

 コケ太郎が飛び跳ねながら、墓地の中に入っていってしまった。

 コケ太郎が平気で入って行ってしまった手前、入らないわけにはいかない。俺達はお互い探るように顔を見合わせた。


「行くか」

「おう」

「……逃げンなよ」

「……お前こそ」


 何か出てきても1人で逃げるんじゃねえぞ、と先にお互いを牽制しておいてから、俺達はコケ太郎を追って墓地に入った。






 奥のさらに端にある、少し大きな墓石の前。

「あ。シュテン、あれ──」


 その手前の、眠る一族の名を刻む為の分厚い大きな石版が、大きくずれていた。

 その下には、地下へと続く階段。


「階段だ」

 シュテンが腕を組んで唸った。

「……こんなもん、初めて見たぞ。お前、知ってたか?」

 俺は首を振った。

「知らない。俺も、初めて見た。この墓石に、こんな仕掛けがあったなんて……」


「キュー!」

 コケ太郎が、地下へと続く薄暗い石階段の前で飛び跳ねた。



 行けってか。マジか。



 俺とシュテンはお互いに目配せした。

「行くしかなさそうだなオイ」

「そうだな」

「ちなみに、俺ァゾンビゲーは1だけやった口だ」

「俺も」

 ロングランのシリーズ物のゾンビゲー。お互い、2は無理だったと申告しあう。

 だって、怖いのは平気だけど、グロいのは苦手なんだ!

「……逃げンなよ」

「……お前こそ」


 俺達はつばを飲み込んで、石階段に足をかけた。






「あ、マップが」

 石段に足をかけると同時に、マップのウインドウが、ただの碁盤目上の方眼紙状態になってしまった。


 新規エリアに入ったから、マップが新規に自動作成されたのだ。

 画面の右上には、



【?????】



 と表示されていた。

 ここは、俺がまだ知らない、未開の地であることを表している。場所を知らせる人か、標識みたいなものを見つけるか、通路を踏破すればマップ名は開示される。


「ああ、俺もだ。マップが新規作成されちまった」

「俺もだ」


「ここが、シグの旦那が言ってた、【王族専用通路】ってやつなのか……?」

「なのかな……うん。そうなんだと、思う」





 20段ほど下りると、そこには石の通路が奥へと続いていた。


 ぽつりぽつりと等間隔に、壁の燭台に灯がついている。


 奥へと続く廊下を見ながら、シュテンが顎をさすった。


「シグの旦那は、なんでこんな場所を知ってん──」

 シュテンがはっとして言葉を止め、俺を見下ろした。


 俺は、目をそらして頷いた。そうだよ、シュテン。



 この場所を知っているのは、シグさん本人ではなく。

 シグさんの中にいる──────【狂王あいつ】だ。



 あいつの記憶を、シグさんが【悪夢】で見させられたから、否応なく、知っているのだ。



 俺の隣に立ったシュテンが目を細め、通路の先を睨みながら腕を組んだ。


「──旦那は、まだ大丈夫なのか?」


 俺は俯いて、目を閉じた。


 ──あの、夢なのか現実なのかわからない、暗い場所。


 俺は目を開いて、自分の手首を見た。

 いまはもう、あのどす黒い痣はない。


 あの時・・・シグさんに言われた通り、目を覚ました後、消えるまで何度も【浄化】をかけたら、ちゃんと消えた。


 あの場所がどういう所なのかは、解らない。

 闇の底に沈んでるかのような暗い、暝い場所。


 俺達はどうにか、狂王から逃げきったけど────


 ────シグさんの中から、あいつが消えた訳じゃない。



 まだ、あの暝い場所に──シグさんの中に、狂王は居るのだ。



「──大丈夫だよ。杖さえ、手に入れれば」


 まだ、大丈夫。

 きっと。

 俺は自分に言い聞かせるように、大丈夫、ともう一度シュテンに言った。まだ間に合う。皆と合流して、ソルティとユズを探して回収して、杖を手に入れて、シグさんの中の狂王を追い出すか、封じるか、あるいは、────────倒せば。


 俺は胸元のさらさらしたシャツワンピースの生地を、片手で握った。



 《やってしまったことの手仕舞いぐらいは、ちゃんと自分でしろ。それがケジメってもんだ》



 母さんがいつも俺達に言い聞かせている言葉の1つだ。

 その通りだと、俺も思う。

 やってしまったからには、手仕舞いの覚悟を。

 やると決めたなら、その決断の覚悟を。

 


 シュテンが息を吐いて、そうか、と呟いた。

 俺は廊下を踏み出した。


 動悸は止まらない。

 嫌な予感は続いている。あまりに続きすぎて、麻痺してしまいそうだ。


「行こう。早く、みんなと合流しよう」

 シュテンも俺と同じなのか、険しい表情で頷いた。

「そうだな。急ぐか」

 


 廊下のずっと奥にはうっすらと────霧が、漂っている。





 * * *





 ひんやりとした石壁の廊下をひたすら歩いていくと、古い扉が1つあった。

 扉の鍵は壊されていた。シグさんたちが壊したのだろうか。

 扉を押し開けて表に出ると、そこはまた薄暗い廊下だった。



 天井はさっきよりも高い。

 そこそこ幅の広い廊下が前と左側から伸びていて、ちょうど俺たちが出た場所で交わっている。

 床には、かつては重厚な緋色だったのだろう薄汚れたカーペット。 

 壁には等間隔に、火の消えた燭台と、何が描いてあるのかわからないぐらいに汚れたり破れたりした絵画が並んでいる。


「ここは……」

 隣のシュテンも目を丸くして、頷いた。

「城ん中だ」


 俺は息を飲んだ。

 どうして。


 薄暗い城の廊下には、白い霧に混じって────黒い霧が漂っていた。



「シュテン、──霧が、」


 思わず口からこぼれた俺の呟きに、シュテンも斧を構えながら、頷いた。


「おう。黒い霧が、でてやがるな……なんてこった。でも、なんでだ……? クエストは、起動してないはずだろ?」


「うん。そのはずだけど……わからない。とにかく今は、早くみんなを探して合流しよう」

「お、おう。そうだな」


 俺は急いで、左上に浮いている簡易マップウインドウに目をやった。

「──え?」

 マップ名の欄を見て、目を疑った。

「なんだこれ……」 

 マップ名が。



【フォng??n?黒霧の古城】




 ──と、表示されていた。


「……文字化け、してる?」

「な、なんじゃこりゃあ!? おいおいおい、文字化けしてンじゃねえか! 大丈夫かよ……」

 こんなこと、あるのだろうか。

 廊下に目を向ける。


 黒と白の、斑の霧が漂っている。

 混ざってる……? わからない。なんなんだろうこの状態は。中途半端すぎて、気持ち悪い。マップ名は文字化けしてるし。

 バグってるのか……? いや、そんなばかな。


「よくわかんねえな……」

「……うん。マツリ姉たちは、今どの辺りにいるんだろう」


 古城の1階の地図を拡大して、緑の光点を探す。

【黒霧の狂王】の最終ダンジョンである【黒霧の古城】は、全部で5階層まである。

 1階から順番に登って行き、5階層目にある【謁見の間】という場所が、最終ステージだ。

 そして、そこには────【黒霧の狂王】がいる。


 1階をシュテンと穴が開くほどじっくり観てみたが、緑の光点は見当たらなかった。

「あー、くそ! あいつら1階にはいねえみたいだな!」

「うん。もう2階に上がったのかな……」




 ──ガシャン、と陶器が割れる音がして、俺とコケ太郎は飛び上がった。思わず抱きしめあってしまう。




「ふわっ!? び、びびび、び、ビックリさせんなよ!! シュテン!!」

「キュ! キュキュ!」

「お、俺じゃねえよ!!」





「────助けてくれえ……!」




 前方の廊下の奥から、悲鳴が聞こえた。

 男の脅える声と、乱れる足音。



 怖え。やめてマジで。お願い。

 ホラーゲームでよくあるシーンが脳裏にいくつも浮かびかけ、俺は必死でかき消した。




「誰か……誰か、助けてくれえっ……!」

 黒と白の霧が漂う廊下の先の曲がり角から、男が転がり込んでくるのが見えた。


 人だ。若い男。


 水鳥の羽がついた革の帽子に、背中にはボウガン。

 茶色い長めの髪を振り乱し、緑色の目が、救いを求めるようにこちらを向いている。霧が邪魔して、よく見えない。

「ひい、た、助けて……!」


「おい、どうした!?」

 斧を構えたて駆け出しかけたシュテンを────俺は腕を上げて止めた。


「サクヤ!? おい、なんで止め──」

「お、落ち着け、シュテン! ここが何処か、忘れたか?」

「ああ!? ココぉ!? ──あ」

 シュテンもやっと俺の言いたい事が分かったのか、立ち止まった。


 昔、これと同じ感じで、助けを呼ぶ人にタツミが駆け寄って、酷い目に巻き込まれたことがある。助けを求めていた男は、タツミが駆け寄るなり豹変して襲いかかってきた。【淵より湧き出でし影】という、形無き魔物に取り憑かれた人間だったのだ。

 こんな所に普通の人がいるわけないだろこんのド阿呆がああああ!と罵りながら戦った、遠くもない昔の記憶が脳裏によみがえる。



 ──そう。モンスター蔓延る人里離れた古城に、まともな人がいる訳がない。

 冒険者も含めて、全員、訳ありな奴らだ。

 そして、ディレクさんのように魔物に取り憑かれている可能性もある。



 廊下に倒れ込んだ男が、俺たちに気付いたのか、助けを求めるように手を伸ばしてきた。

 何かから逃げるように必死の形相で、這ってくる。

 それ、怖いんですけど。やめてくれ。

 何かに追われているのだろうか。

 いや、まだ分からない。演技かもしれない。


「おい! お前!」

 俺は武器を構えながら、這ってくる男に声を掛けた。

 まずは確かめねばならない。助けるかどうか決めるのは、その後だ。

「待て! 答えろ! お前は、誰だ!? 名前を言え!」


 


 男がびくりと肩を震わせた。




「お、俺は──────俺は、そ、ソルティだ……!!」




「え!?」



「そ、ソルティいいい!?」

 俺とシュテンは顔を見合わせた。




古城編突入です。


ラストまで一気に駆け抜けます(希望…)。





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