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chapter-1


 俺は[はい]を押した。



 【サクヤ】を操作して、床に落ちている小さな欠けらを拾う。【サクヤ】がディスプレイの中で、床にころんと落ちている微かな光の粒を拾う仕草をした。


 なんだろう。


 チャット欄に、思ったままの感想を書き込む。

[なんだろう、これ]

[次のイベントのアイテム、とかですかね?]

[なのかな?]

[さあ。どうなんでしょうか? このクエストにまだ続きがあるなんて、聞いた事はないですが……]

 シグさんが画面の中で、肩をすくめるジェスチャーをした。




『────おや。珍しい』




 王座の側に、白金色の髪、高そうなオフホワイトのスーツ姿の若い男が立っていた。



『このエリアに、とても強い《揺らぎ》があったから、またバグでも起きたのかと思って来てみたら。これは。面白いものがみられたなあ』


 白金髪の男が、楽しそうに笑みを浮かべて、画面の中でしゃべった。

 そしてゆっくり、優雅な足取りで、俺に──近づいてきた。


 ────そして【サクヤ】の横を通りすぎて────なぜか、画面の中央に立った。


 スミレ色の瞳と、目が合う。


 え?


 いやいや、まさかね。気のせいだ。

 ていうか、こいつ、誰だ?



『【残滓】が残るなんて』


「【残滓】……?」


『よほど、名残惜しかったとみえる……』


 男が、おかしそうに笑った。



 意味がさっぱり分からない。


[なに? それに、お前、誰?]


『その【欠けら】は、君が持っていたほうがいいね。いや、持っていてあげて』


 男が、スーツの胸ポケットから、2枚のカードを取り出した。


 それを、俺とシグさんに向けて、差し出した。


『ふふ。これも何かの因果律。よって、君たちにもこれをあげよう。特別な────クリア特典だよ』



「と、特典だと!?」

 俺はすばやく書き込んだ。特典って、なんだ!? なんかわからないけど、やったー!?

[特典って、なんですか!?]



 俺は飛びつくように受け取った。

 シグさんも、差し出された切符を受け取った。



 サクヤの手元を、ズームして見てみる。

 電車の切符のように、少し厚めの紙だった。


 表面に何か文字がかかれてあるけど、俺にはまったく読めなかった。



 切符は、5秒ほどで光になって消えてしまった。



 男が含むように笑った。

 優雅な仕草で、手を差し出した。

 


 俺は、眉をひそめた。



 なんで。

 

【サクヤ】のほうじゃなくて────俺にむかって手を伸ばしてんの?

 おかしくないかそれ。なんだか。

 どうして。



 俺は急に、背筋が寒くなって震えた。動悸がする。なんだこれ。なんか、怖い。

 逃げなければ。

 なぜか、そう感じた。逃げなければいけない。早く。

 ログアウト。そうだ、ログアウトしよう。早く。

 おれは、ログアウトの項目をクリックする。

 ゲームは、終了しなかった。


 なんで。

 電源。パソコンの電源、落とそう。早く!

 俺は震える手で、強制終了するべく、パソコンの電源ボタンを押した。




 画面は──消えなかった。

 



 男の、真っ白な手が、画面いっぱいに映る。





『さあ。行こうか────新しい、君たちの冒険の地へ』






 * * *






 気がついたら、黄緑色の細長い葉が風にさわさわとなびく、草原の中に立っていた。




 ────【サクヤ・サク】の姿で。




「──ぐえええええええ!?!」



 え、マジか!?

 マジだ。

 どうしよう!?!


 ぐええ、という自分でもおかしいと思う悲鳴も、声が高い。これは俺の声じゃない。

 

 ど、どどど、どうすればいいの、俺!?


「キュー……」


 足下を見ると、花まみれのボール玉がいた。


 つぶらな黒い目が、俺を見上げている。頭の上で不安げに揺れる、デイジーみたいな花。


「こ、コケ太郎……!!?」

「キュー……!!!」


 俺は花だらけのボール玉────違った、コケ太郎とひしっと抱きしめあった。

 ぽよぽよ、ふさふさして抱き心地が良い。



「──サクヤ、さん?」


 低い、落ち着いた男の声が背後で、した。


 急いで振り返ると、紫黒の剣を背中に背負った、黒っぽいジャケットコートに、黒っぽいガントレット、黒いグリーブを履いた、長身の青年が立っていた。




 見慣れた装備に、黒い髪に、濃い紫の瞳。




 シグさんだ!!?




「し、シグさん……! シグさんだ……っ!!」


 俺はコケ太郎を抱いたまま、シグさんに駆け寄った。声が震えたけど、俺は泣いてはいない。泣いていないからな。声が震えただけだ。勘違いしないで欲しい。


「よかった、俺、1人だったら、どうしようかと思って……! シグさんも、一緒でよかった……っ!」


 シグさんが、頷いた。

 ものすごく落ち着いている。大人だ。動揺しまくって、挙動不審になってる俺とは大違いだ。


 落ち着いたシグさんを見ていたら、自分も少し落ち着いてきた。そうだ、平常心だ。慌ててもしょうがない。落ち着け、俺。


「し、シグさん。これ、どうなったの? 俺達、どうなってんの?」


 シグさんが、ゆっくりと首を巡らせて、周りの風景を見回した。


「どうなったんでしょう。俺にも、よく分かりませんが……どうやら、ここは────グラナシエールの中、みたいですね」




「グラナシエール!?」





 なんで、いきなりこんなバーチャルになっちゃてんの!? あれ、PCゲームだったよね!?



 シグさんが、指を差した。


 指先を目で追うと、緩やかなアップダウンを描く丘の上を、蛇行して進む石畳の道の先に────町の姿が見えた。


「道の先に、町が見えますね。あの入り口の感じからして、おそらく──【ザルクセンド】な気がしますが……」


「ザルクセンド!?」

 東大陸の中央より少し下側にある町だ。

 確かに、シグさんの言う通り、見慣れたあの町並みに、見える。

 中央に立つ、大きな時計塔と、大きなブリキっぽい風見鶏。



 【ザルクセンド】から北に向かっていって中央の峠を越えれば、ゲームスタート時にかならず訪れる、【ウェイフェア・パレス】という町がある。あるのか? ここでも同じなのか? わからない。どうなってんの。

 ここ、マジで、グラナシエールなのか!?




「まあ、とりあえず。何が起こるかわからないので、先にパーティ登録をしておきましょうか」

「う、うん! そうだな! ──で、どうやるんだろう」

「うーん。……これ、ですかねえ」

 シグさんが、手首を俺の前に持ち上げてみせた。


 見覚えのある、幅広の革製バングルが嵌まっていた。 

「冒険者証……」

「ですね」 

 シグさんが、バングルの表面にある、さも押して下さいと、言わんばかりの丸く切り取られて黒い液晶みたいなものがはめ込まれているボタンっぽいものを叩いた。


 シグさんの目の前に、A4ぐらいのウインドウを現れた。


「なんだこれ……」

「ウインドウみたいですね」

 そりゃ、見れば分かるけど。なんなんだ。ハイテク過ぎて、違和感が半端ないんですけど。


 シグさんがウインドウを読みながら、目を動かした。ウインドウがスクロールしていったり、別のウインドウが開いたりする。

「ああ、なるほど……こうなってるのか……」

 シグさんが腕組みして顎を撫でながら、ふんふん、と頷いている。シグさんの目の前で、いろんなウインドウがすごいスピードで現れては消えていく。


 俺にはさっぱり分からない。何してんの? どうやって操作してんの。何読んでんの。すげえ早さでウインドウが動くから俺、目が付いていかない。マジであれで読めてんの? シグさん動体視力どうなってんの。ありえねえ。ていうか、どうなってんの、これ。


「し、シグさん?」

 俺が袖をひっぱると、次々ウインドウを開いては読んでいたシグさんが、はっと気付いたような顔をした。ちょっとバツが悪そうに笑って、俺を見下ろした。


「ああ、すみません。────ありましたよ。これですね。大まかな設定とシステムは、変わっていないようです」



 俺の目の前に、突然前触れもなく、水色の横長のウインドウが現れた。


 そのウインドウには、こう書かれてあった。



[【シグ・ルシード】より【パーティメンバー募集】の申請が入っています。承諾しますか?]

 ──[はい]

 ──[いいえ]



 なんか出てきた。


「……なんか、ウインドウが。なに、これ。えっと。どうやってクリックするの……?」

「視線と、意思で確定するようですね。スクロールも同じです。『はい』のところをじっとみて、クリックするイメージを」



 俺は[はい]をじっとみて、クリックするイメージを思い浮かべてみた。



 はい、の文字が黒くなった。確定したようだ。


 ──どうなってんの、これ。ハイテク過ぎて、俺、ついていけないんですけど。不安だ。スマホでさえ、俺、使いこなせてるかどうか怪しいのに。やっていけるのか俺。

 



 パーティ名 黒天の白月 

 リーダー シグ・ルシード

 メンバー サクヤ・サク


 使役魔 幻草玉族 コケ太郎(マスター:サクヤ・サク)




「……できた!」

「よかったですね」


 俺は脱力して頭を抱えた。


「なんなの、ここ。バーチャルなの? よくある、あれ、なんだ、ゲームの中に、フルダイブしちゃうようなやつなの?」

「さあ。どうなんでしょう」



 メニュー画面を読んでいたシグさんが、唸った。

「シグさん?」

「うーん。嫌な予感はしてたんですが。やっぱり──【ログアウト】の項目が消えていますね」





「なにいいいいいいい!?」





 俺は慌てて、冒険者証であるバングルを叩いた。


 メニューのウインドウが現れた。

 見慣れた項目が並ぶ、一番最後──



 そこに、あるはずの【ログアウト】の文字がなかった。



「本当だ……!? ちょ、嘘おおお!? ログアウトできないってこと!?」

「そうみたいですね」

「ええええええ──っ!?」


 何度確認してみても、ログアウトのロの字もなかった。



 どうなってんだ……!?

 これ、俺たち、帰れないってこと!?


 ちょっと、どうなってんだ。GMはどこだ。運営に連絡!? でもちょっとこれ、フレンドリストもクリアされてるし、メール機能自体がなくなってる……!!


「どうしよう……これって、俺達、帰れないってこと……?」

 シグさんが、腕を組んだまま、唸った。


「うーん。わかりません。……まあ、よくはわかりませんが。とりあえず……あそこに見える、【ザルクセンド】の町にでも、行ってみましょうかねえ」

 シグさんが、こんな状況にもかかわらず、どこかのんびりした口調で言った。まあちょっとそこまで行ってみましょうか、みたいな気軽な感じで。


 俺は気が抜けるのを感じた。

 なんで、そんなに落ち着いてんの。俺に教えてくれ。


「……うう。そ、そうだな……。なんか、疲れたし、咽乾いた……」

 


 ──俺は、咽を押さえた。



 冷や汗がどっと流れた。



 なんで、咽乾くの、俺。汗、流れるの気持ち悪い。────ここ、ゲームなんだよ、な?


「どうしました?」

「いや……、ものすごく、リアル、だなあと、思って……」

「そうですね。とても、リアルだ……」


 シグさんが、物珍しそうに、両手を動かしてみていた。


 俺も自分の手を見てみる。掌には、嫌な汗をかいていた。髪を触る。さらさらとした栗色の髪。頬を両手で触ってみる。柔らかくて、温かい。そして嫌な汗を、蟀谷にかいている。汗だ。どうなってんのこれ。

「リアル、すぎる……」

「ですねえ。本物みたいだ……」


「ほ、本物……!?」


 それって、どういうこと……?



 シグさんが笑って、俺の肩をかるく叩いた。

「まあまあ、サクヤさん。落ち着いて。ほら、お互い1人じゃなくて、よかったですね。こうなってしまっては、今のところどうにもできませんし。ひとまずお茶でも飲みながら、情報を整理して、落ち着いて考えましょう」


 シグさんが、のんびりした口調で提案した。


 俺は、俯いて肩を落とした。というか脱力した。


「は……はは……。シグさんは相変わらず落ち着いてるなあ……。でも、助かった……俺も、ちょっとだけ、落ち着いてきたよ……ありがと」

 シグさんが笑った。

「それはよかった。では、行きましょう」

「うん。……あ、」

「どうしました?」



 

 俺は思い出して、鞄を探した。腰の横に、革製の鞄がぶら下がっている。え、小さい。中身どうなってんの。


 おれは恐る恐る、腰に下げた革鞄の蓋を開けてみた。



 中身の上に、ウインドウが現れた。


 ────【所持アイテム一覧】のウインドウが。


「……なんだこれ」

 まあ、所持品がなくなってるよりかは、マシだけれども。


 おそるおそる、視線でスクロールしてみる。スクロールできた。マジ、シュールだ。


 そして、あのアイテム名を探してみた。



 ない──


 

 ──【壊れた王冠の欠けら】は最後までスクロールしても、どこにもなかった。




 【暝き黒霧の狂王】を倒した後に拾った、小さな白い金属の欠けら。


 拾ったつもりで、拾ってなかったのかな。

 いやでも、拾いますか?っていうメッセージに、はい、って返答したはず。だと思う。


 なんだったんだろうな、あのアイテム……



「サクヤさん?」

「……なんでもない。行こう」




 俺達は、草原の中を歩き始めた。背の高い草が、風になびく様がとてもリアルだ。草から香る、さわやかな良い匂いもする。


「巽──タツミは、いないのかな?」

「さあ。この辺りにはいないようですが」


 俺も周りを見回してみたけど、誰の姿も見つける事はできなかった。まあ、バイトに遅れるって焦りながら、早々にログアウトしていったからな。


「俺と、シグさんだけか……」

「そうですね。ここには、俺とサクヤさんだけのようです。──大丈夫ですか?」

 シグさんが、心配そうに俺の背に手を置いた。気づかってくれてるようだ。俺、情けないな。申し訳ない。

「だ、大丈夫! うん。もう平気。本当、シグさんがいてくれて、よかったよ……俺だけだったら、テンパって右往左往してた……」


 シグさんが微笑んだ。

「俺も、サクヤさんがいて、よかったです」




「キュー!」

 コケ太郎が、俺の周りをぽよんぽよん飛び跳ねた。

「ど、どうした? コケ太郎?」


 コケ太郎が俺から離れ、草原の中を走っていく。

「おい、コケ太──」


 シグさんが、追いかけようとした俺の腕を掴んだ。目を細めて、草原を見ている。


「シグさん?」

「──敵みたいですね」

「えっ!?」


 コケ太郎が3メートルほど先で止まって、飛び跳ねている。


 その先、10メートル程先に──




 迷彩柄の大きな蛇が、かま首をもたげていた。





 大人の男ぐらいの大きさがある。

 その目は、しっかり俺達を捕らえている。


 みたことある。ていうか、あの敵影を見た事ないプレイヤーは、1人もいないはずだ。


 あれは──初心者殺しで有名な蛇だ。


 街道は敵とエンカウントしない安全なエリアだが、一歩外れると、敵がうろうろいるエンカウントエリアになる。

 目視ができさえすれば敵を回避する事も可能だが、この蛇──



 ──迷彩柄で草原の中を隠れて移動しつつ、いきなり冒険者を襲ってくるのだ。




「は、【ハイドサーペント】おおお!?」

「の、ようですね」

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