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chapter-18

 暗い森の中、来た道を戻っていく。

 木々の隙間から、野営地の明かりが見えてきた。


 焚き火が、煌々と燃えている。

 焚き火を囲んで、マツリ姉とシュテンが話して、シーマが欠伸をして、ビオラが真剣な表情でリンゴの皮を剥いている。俺が教えたおすすめのレベル上げレシピをやろうとしているのかもしれない。


 いつもの、いつのまにか馴染んでしまった光景。



 マツリ姉が、俺達が戻ってきたことに気付いて、立ち上がって手を振った。シュテンもやれやれ、という感じで腰を上げる。


 俺は手を振り返して、立ち止まった。


 本当に、俺は幸運だった。

 みんなの話をきくと、俺たち以外にも、連れて来られたプレイヤーは大勢いるらしい。

 その中には、たった1人で放り込まれた人だっていたはずだ。

 今だって、この世界の何処かで、1人きり、何も分からないままさ迷い続けている人がいるかもしれない。


 俺は、すぐ側にシグさんがいた。

 その後シュテンに会って、マツリ姉に会って、ビオラとシーマに会って。

 わいわい騒ぎながらここまで来たから、まるで、ゲームの延長をしているみたいな気分が少しだけ、してた。


 この先も、一緒に行けたらいいなと思う。けど。無理は言えない。


 立ち止まった俺に気付いて、シグさんが振り返った。

 まずは、皆に話してからだ。

 俺は頷いて、足を踏み出した。


 今度は、シグさんが立ち止まった。

 横を向いて、目を細めている。


「シグさん?」

「音が……」

「音?」


 耳を澄ましてみる。

 木々のさざめきぐらいしか俺には聞き取れない。


「あ」


 微かに、金属の擦れる音がした。森の中ではするはずのない、硬質な音。

 一定の間隔で鳴っている。金属? こんなところにあるわけがない。

 移動しているようだ。ゆっくりと。もしかして。


「ほんとだ。カチャカチャ鳴ってる音がする。見えないけど……なんだろう。誰か、いるのかな」

 他の冒険者でもいるのだろうか。この森は広くて迷路みたいだから、迷ってたのかもしれない。俺も最初の頃はよく迷っていた。

 焚き火の火が見えて、やってきたのだろうか。

 シグさんは答えないまま、じっと霧の中を見つめている。



 金属の擦れる音が急に止まった。

 立ち止まったみたいに感じた。


 こちらに気付いたのだろうか。





「──キュ──────!!」





「ふわっ!?」

 コケ太郎が突然鳴いて、俺の脇腹に弾丸アタックをしてきた。


 よろけて、思いきり野営地に転がり込む。怪我した方の手を地面についてしまった。涙が出た。激痛が脳天まで走った。痛すぎる。


「いっ、いてて……こ、コケ太郎!? お前、いきなりなにす──」

「サクヤさん! 伏せてて!」

「え?」


 何かが、草をかき分けて走ってくる音が聞こえてきた。

 すごい速さで。


 目を凝らしても何が来るのか全く見えない。白い霧と、密集して生えている木々と、夜の暗さが合わさって、視界は最悪だ。

 音しか分からない。

 金属の擦れる音と、踏みならす足音、みたいな。

 

 暗い霧の中から、大きなものが飛び出してきた。



「ウグアアアアアァアアアァ!!!」


 

 薄汚れた金属の塊。

 いや、違う。



 飛び出してきたのは──────頭から足の先まで金属装甲に身を包んだ騎士だった。



 ただ、全身が、埃と土と、何が何だかわからない黒ずんだ液体で汚れている。


 右手には、刃毀れした剣。傷だらけで、何を切った跡なのか分からない汚れが、べっとりとこびりついて乾いている。

 中世の騎士がよく着ているような金属製のプレートアーマーも、どこかの戦場から逃げて来たのかと思うぐらいへこみと傷が激しい。マントは半分以上引き千切ぎられて、元が何色だったかも分からないぐらいに汚れている。それなのに、動きだけはやたら俊敏だ。

 明らかに普通ではない。どこか禍々しさを感じさせる、異常な雰囲気。

 


 騎士が、咆哮なのか怒号なのか分からない叫び声をあげながら剣を振り上げた。

 


 振り下ろされた剣を、シグさんが左腕のガントレットで受けとめた。ギシリ、ミシ、と金属同士が軋む嫌な音がした。受け止めているシグさんの足が、少しずつ、後ろにずれる。恐ろしいほどの怪力。


「サクヤさん! 下がってください!」

「わ、分かった!」

 俺は言われた通りに急いで立ち上がって、駆けてくるマツリ姉達の方へ走った。



「サクちゃん……! 大丈夫か!?」

「大丈夫ですか!?」

「うん、俺は大丈夫、だけど……!」

 俺は襲いかかってきたものを確認するべく、視線を向けた。


「おいおいおい! な、何だぁ!? コイツ……!」

「うわああ何だあれえええ!? き、気持ち悪ィいいい……!?」

 シーマが嫌そうに顔をしかめて後ずさった。



 騎士の背中には────まるで鼓動するように蠢く、黒い肉塊みたいなものが付着していた。



 何だろう。なんだか、とても見覚えがある。



 黒い肉塊を背負った男が、後ろへ飛び退いた。背中の肉塊が蠢いて、大きく膨れ上がり始める。それはみるみる騎士の頭の上を超えるほどにまで膨れ上がった。

 シグさんも下がりながら、背中に背負った大剣を抜いた。





「────【這い回りし沼】……」





 思い出すと同時に口から零れ落ちた俺の言葉に、皆の視線がこちらに向いた。



 俺は急いで腰に下げた武器を構えた。

 杖の先端で紫色の葉と白い花が揺れ、鱗粉のような光がふわりと散る。


 まずい。

 あいつはかなり強い。強かった・・・・

 早く。物理シールドだ、いやちがう。あの構え。まずは汚染系のシールドだ。早く。一番発動の速いスキルを。早く。急げ!



「──幻界の清廉なる青白の花の王よ。虹の橋を通じて我が呼びかけに答え給え。全ての穢れを寄せ付けぬ、青白き炎花を我が元に──【リリーティアルの青炎花】。──コケ太郎! 【効果範囲:全体】【魔法効果増強・最大】」


「キュー!」



 うっすらと青白い百合のような花が、全員の足下に咲いた。

 舞い上がった青白い花びらが青白い炎に変わって、頭上から花火の残り火のように降り注ぐ。炎という名がついてるけど、これは燃えはしない。20秒間、汚染系の攻撃を防いでくれる防御シールドだ。

 


 シグさんの周囲を、護るように青白い火花がキラキラと舞っているのを確認した。シールドはちゃんとかかっている。どうにか間に合った。


 騎士の背の肉塊がぼこりと一際大きく盛り上がり、その先端が弾けた。


 黒くてどろりとした液体が、辺り一面に降り注ぐ。

 その名の通り、黒い泥としか言い様がないもの・・


 黒い泥をかぶった草や木が、あちこちで、ジュウウ、と焼ける音と煙をあげながら黒ずんでいった。


 降り注ぐ黒い泥はシグさんに届くことはなく、舞い散る青白い火花に次々と包まれて燃えながら消えていく。


 あの黒い泥をまき散らす攻撃をくらうと、状態回復しないかぎり永久に、毎秒300強程の継続ダメージがくるのだ。


 HPが9000近くあるシグさんでも、他の攻撃も受けていたらあっという間にHPがレッドゾーンになってしまう。HP4800程のタツミなんかがくらった日には目も当てられない状況に。あっという間に瀕死だ。お前、その低いHPどうにかならんのか、と罵りながら回復していた、遠くもない昔の記憶が脳裏によみがえる。



「シグ兄、加勢する!」

「おっしゃあああ、いくぜえええ!」


「よ、よくわかんねえけど、俺も、ヤルッスよおおお!」

「援護しますです!」



「皆! あいつ、死にかけると【乗り移り】してくるから、気をつけて!」


 所謂、寄生してる身体から、別の身体へ乗り換えようとしてくるやつだ。活きの良い次の身体へ。来ないで下さい。お願いします。タツミが逃げ遅れて【乗り移り】されて、この阿呆があああ!と罵りながら皆でボコリ倒したのは遠くない記憶だ。


 シーマがのけ反って叫んだ。

「げえええええ!?」


 やっぱり、魔除けを渡しといて正解だった。俺、冴えてる……! 俺冴えてた! 先見の明! なんか、嫌な予感がしたんだ! 本当にしたんだ!


 俺が渡したブレスレットが、最悪、憑依系攻撃の【乗り移り】をくらっても、1度だけは防いでくれる。



 でも──

 なんで、あいつが、ここに。




 あの敵は、【黒霧に侵食されし町】と【黒霧の古城】で出現するモンスターだ。

 町人や城の使用人に寄生して、襲ってくる。次の新しい、新鮮な寄生宿を求めて。検知範囲が予想外に広くて、遠くからでもこちらを認識して襲ってくる────



 ──寄生?


 騎士のような男。

 町人や城の使用人ではなく、騎士。


 俺は、シグさんに斬りかかる騎士の手首をみた。




 その歪な騎士のガントレットの上、汚れが酷くて見えにくくなってはいるが──────冒険者バングルが嵌められていた。




「────マツリ姉! そいつに、止め差さないで!!」




 素早く身をかがめて、歪な騎士の脇腹を刀で一閃しようとしていたマツリ姉の動きが止まった。振り回される汚れた剣を刀でいなして、後ろに跳びすさる。ものすごい速い動きだ。目がついていかない。【刀使い】はスピード重視の戦い方をする。流れるような動きは、まるで演舞を見てるみたいに綺麗だ。



「えーなんでなんー!? サクちゃん!」


「腕! 腕、見て! 冒険者証してる! そいつ!」


「はあああ!? なンだとおおおお!?」

 シュテンが叫んだ。


 俺はもう1体の使役魔召喚するための詠唱を始めながら、シーマとビオラに視線を送った。


 同時に2体は召喚できる。メイン使役魔の枠にはコケ太郎がいるから、あと1体。

 ただし、2体目は使役魔のレベルに応じて、召喚した後、俺のMPがガンガン減っていく。まるで、召喚代を支払ってる気分だ。いや、実際そうなのかもしれない。そんな気がする。

 よって、ある程度戦闘のキリがついたら、【幻界送還】してお帰り頂くのが、だいだいの俺の基本攻撃スタイルだ。


「シーマ! 氷系の魔法スキルが有効だから! 炎はあまり効かない! 他の属性もだめだ! あの背中の塊だけを、狙って!」


「こ、氷!? わ、わかったっス!」


「ビオラ! 神聖系も効くから! でも回復を最優先で!」

「は、はいです!」


 視線を戻すと、シグさんが、氷属性を剣に付与しているところだった。シグさんも、思い出したようだ。──倒し方を。




「──我と大樹の誓約を交わし者よ。きたれ。────【雪見ちゃん】!!」




 命名時、だいふくちゃん、までを続けて入れるのは止めておいた。流石にちょっと、アレかなと。



 目の前で雪と、白梅の花が舞い散る。それは集束して、塊になって──ぽん、とくす玉が割れるようにはじけた。


 そこには、白地に白梅の絵柄が描かれた、着物のようなふわふわした服、白いリボンを腰に巻いた、ものすごく長い白髪の少女が浮かんでいた。唯一、目元と唇だけは赤い。




『はあーい! 呼ばれたから飛んで来たよー! 雪見、がんばりまあーす!』




「オネガイシマス」


 この世界に来て、驚いた事。


 使役魔の感情が、とても豊かです。


 前のゲームの中だったら、召喚してもほとんどしゃべらなかったのに。ここで召喚したら、みんな、しゃべるしゃべる。ちょっと黙ってて、ぐらいしゃべるのもいた。その際は、話の途中で強制送還させていただいた。使役魔って、基本、暇なの?


 俺の持ってる使役魔は、全部で5つ。【雪見ちゃん】は氷雪属性の、梅の花の精だ。



「──【這い回りし沼】を【攻撃】。ダメージスリップ系、範囲系の攻撃スキルは使用不可。【攻撃部位指定:背中・1点狙い】で」


 俺は使役魔に指示を出すウインドウを操作しながら、雪見ちゃんに指示した。


『はあーい! わかったよー! おまかせあれ〜!』

 雪見ちゃんが、雪と梅の花で矢のような細い物をいっぱい作った。梅の花びらをまき散らしながら楽しそうに、くるくる飛んでいく。──黒い肉塊に向かって。

 ……ファンシーなんだかグロいんだか分からない光景だ。



 マツリ姉とシュテンとシグさんが、【這い回りし沼】を三方から囲んだ。暴れ回る騎士を、動かさないように牽制しながらその場に止めている。


 俺の隣で杖を構え、ずっと唱え続けていたシーマが顔を上げた。

 ようやく詠唱が終ったようだ。魔道士の魔法スキルはどれも破壊力抜群だけど、威力が高くなればなるほど詠唱も長くなるのが難点だ。


 シーマの前に氷の粒が次々集って、槍のような形の氷塊が出来上がった。



「詠唱完了! いくっスよー! ──【アイシングスピアー・五連】!」



 氷で出来た5本の槍は、猛スピードで飛んでいった。

 黒い肉塊に向かって。



 塊に氷の槍が突き刺さる。

 騎士が絶叫した。

 効いている。めったやたらに振り回されていた剣の動きが、一瞬止まった。


 三人が同時に地面を蹴った。


 俺の動体視力ではよく見えないけど、マツリ姉の刀、シグさんの大剣、シュテンの斧と順番に、武器の影が軌跡を描いているのだけは分かった。


 シュテンが最後に、朱色の大きな斧を振り下ろす。

 凍った黒い泥の塊が粉々に飛び散って、黒いもやをだしながら消えていった。

 

 背中の黒い肉塊が消えた騎士は、剣を落とし、うつ伏せに倒れた。

 それきり、ぴくりとも動かなくなる。




 戦闘は終了したようだ。

 この緊張感、未だに慣れない。神経すり減る。疲れた。

 だって戦う事なんて、俺の平穏で、部屋と農園と大学を往復する、土とグリーンに溢れたちょっと引きこもり気味な人生にはなかった。

 俺とビオラとシーマは並んで肩を落とし、息を吐いた。 








 戦闘が終った後も雪見ちゃんはふわふわ浮いたまま、倒れた騎士の検分をしているマツリ姉たちをじっとみていた。どうしたんだろう。


「雪見ちゃん?」

『……うーん。よくわかんないなー。大丈夫かなあー。なんか、心配……』

「なにが?」

 雪見ちゃんがふわりと回って、今度は俺を見下ろした。


『……サクヤ。あいつ。あんまり良くないよ。魔族じゃないけど、ものすごい、嫌な感じがする……』


「あいつ? 嫌な感じ?」

『あいつ』


 雪見ちゃんが、真っ白な指で指し示した先には──────シグさんがいた。


 俺はギクリと肩を動かしてしまった。

 やっぱり、シグさんが言うように、使役魔は敏感なのだろうか。


『うん。やっぱり、良くないよ。あれは良くないもの・・・・・・だ。上手く隠してるけど、さっき倒した奴と同じ、嫌な感じがする……。あいつも、倒しておく?』


「な、なに言ってんだ! 気のせいだよ気のせい! 一番敵の近くにいたから、そんな感じがするだけだよ! ありがとう【雪見ちゃん】! またよろしくな!」

 俺は【幻界送還】のスキルを発動した。

『えーもうー? 仕方ないなあ。またね、サクヤ。コケちゃん。本当に気をつけてね!』

「キュー!」



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