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chapter-17

 俺の魔除けが────壊された・・・・



 慌てて見上げる。

 シグさんの右目の端から、染みに似た黒い陰が、じわりと滲み出していた。


 黒。

 真っ黒い絵の具を落としたかのように、じわじわと、広がっていく。


 シグさんの額に、汗が浮いていた。

 呼吸が荒い。

 苦しそうに、肩が上下している。



「……しまっ………刺激した、……から……起き……怒って、……俺も、動揺……して、………逃げ、」



「シグさ──うわっ」


 捕まれたままの手首を強く引かれて、俺はバランスを崩してシグさんの胸にぶつかった。額を軽く打つ。

途切れ途切れの言葉の中に、不穏なものが混じっていた気がする。刺激。起きる。──逃げろ。

 まさか────




「…………………………ドウ、シテ……?」





 背筋に冷たいものが走った。


 シグさんの声のはずなのに。

 なんで……違う人の声に、聴こえるんだろう。

 ノイズみたいに酷く擦れているからなのか。それとも、無理やり咽の奥から絞り出すみたいに低すぎる声の所為なのか。


 目の前に見える掴まれた俺の手首には、黒い靄が纏わりついている。

 なにこれ。黒い煙みたいなのが。



「………ドウシテ…………ワタしを、……消ソうと……しタ……」

 


 やけに冷たいシグさんの指が、俺の頬に触れた。

 顎を強く掴まれて、無理やり顔を上に向かされる。



 塗りつぶしたように真っ黒な、闇色の瞳が俺を見下ろしていた。




「…………何故。…………魔除を………何故………私ヲ、払おうと………………した……?」



 声には、怒りが滲んでいる。


 辺りの空気が一変した。

 寒い。一気に気温が下がったように感じた。あまりに寒くて鳥肌が立つ。


「いっつ……!」

 手首に鋭い痛みが走って、俺は自分の手首に視線を向けた。

 黒い靄の中から────棘のついた黒い蔦が数本伸び出て、俺の手首に絡みついていた。

 無数の棘が肌を突き破って、じわりと血が滲んでいる。


 俺は全身に震えが走った。

 棘だらけの黒い蔦。見覚えがある。これは。


 あの古城を覆っていた、黒い蔦と同じものだ。

 


「キュー!」

 コケ太郎が、脇で跳ねた。

 俺の手首を掴んでいるあいつの腕めがけて、いつものジャンピングヘッドアタックをしようとして──

 

 黒い蔦にはじき飛ばされた。


「こ、コケ太郎……!!」

 勢い良く霧の中へと消えていく花ボール。

 呼んでも戻ってこない。大丈夫なのか。探しに行かないと。今回ばかりは、まずい気がする。身を起こそうとしたら、また腕を引っ張られた。


 空いてる方の手で胸を押したが、びくともしない。逆に掴まれてしまった。両手が使えなくなった。マズイ。ものすごくマズイ。動けない。このままじゃ。

 睨みつけるような視線が振ってきた。怒っている。それも、相当に。

 嫌な汗が流れた。黒い目。冷たい。シグさんじゃない。これは──




 ──あいつ・・・だ。



 

 シグさんは、どうなったんだろう。

 起こさなければ。

 こいつに、乗っ取られる前に。早く。


「し、シグさん。シグさん! 起きて!!」

 呼びかけてみる。

 返事はない。


「シグさん! 起きて。戻ってきて。お願い。シグさん、なあ。一緒に帰るんだろ、俺と。農園に。約束しただろ。約束、あれば、頑張れるって言ってただろ……シグさん! ……っつう」


 俺の手首を握る手に、力がこもった。ミシリ、と骨が軋む音がする。手首に絡む棘の蔦も、さっきよりも強く締めつけてきた。棘が深く食い込んでくる。血が流れて、地面にぽたぽたと零れた。

 俺は呻いた。


「い、いたっ、痛……い! 手、離せ、よ!」

「ドウシテ……呼ぶ………? ……ワタシ、以外の……名……を………許さ、なイ……ワタシの、名だけ……呼べば……いイ…………もう一度……呼んで…………」


 ひどく苛立った声だった。

 癇癪を起こした子供みたいに。


「そんなの知るか! 返せ! シグさんを! 戻して! 戻さないなら──お前の名前なんか、2度と呼んでやらない!!!」




 あいつの真っ黒な瞳が大きく開き、肩を震わした。



 握りしめていた手の力も、少しだけ弱まる。

 蠢いていた蔦も、一瞬だけ動きが止まった。


 

 ──なんだ?

 

 どうしたんだ。

 いや。

 まさか。

 でも。


 やけくそで言った、言葉だ。だけど。


 黒い瞳がまだ揺らいでいる。

 迷っている。ように感じるのは気のせいか。いや、気のせいじゃない。



 ──俺の言葉、もしかして────効いてたり、する?




 俺はそれを確かめる為に、【狂王】を見上げ、できる限りの怖い顔を作って、睨みあげた。



「シグさんを、返せ! 今すぐに、だ! じゃないとお前の名前なんて、2度と、金輪際、永遠に、呼んでやらない!」


 真っ黒い瞳が見開かれた。驚愕している。気がする。

 唇が震えている。

 ショックを受けている。ように見える。それもかなり。


 効いている。気がする。だって、黒い蔦が俺の手首からまた少し離れた。握る手の力も少しずつ弱まってきている。そして伝わってくる微かな震え。


 き、効いてる!? 

 マジか!? マジだ!?!


 もういい。こうなったらやけくそだ。ガンガン言ってしまえ。畳み込め!!


「いいか! 今すぐシグさんを返さないと、おまえのこと、大嫌いになるからな!! それでもいいのか!?」


 闇色の瞳が、悲しそうに揺らいだ。


「……嫌、ダ……」


 握る手が、さらに弱まった。


 黒い蔦が、俺の手首から離れた。

 離れた蔦は、惑うように、迷うように、所在なくうろうろと空中をさ迷っている。


 いける。いけるぞ。精神的ダメージを受けている。精神攻撃は有効だった。好意を逆手に取った卑劣な手ではあるが、この期に及んで手段など選んでいられない。

 これは、いけるかもしれない……!


「大嫌いになっても、いいのか!?」


「嫌ダ……! イや……キラ……きらわナラナイで……イヤ、だ……キラ、ワないデ…………」


「じゃあ、シグさんに身体を返せ! 戻せ! 俺に嫌われたくないのなら!」

「ワ、分かっタ……」


 あいつの手が、やっと俺から完全に離れた。


「返ス……ワカッ……た……カエ……ス……返しタラ……キラワ、ナイ……?」

「うん。シグさんを返してくれたら、嫌わないよ」



 まるで、子供だ。



 そんな事を、ふっと思った。

 いや、さっきからなんとなく、そんな感じがしていた気もする。

 癇癪を起こした幼い子供と、会話をしているような。


 理不尽で、支離滅裂で、理屈は全く通らない。ただストレートに、感情だけをぶつけてくる。


 ああ、そうか。

 こいつは幼い頃からずっと、暗い地下牢に閉じこめられてたから──

 いや、違う。

 そういう設定の、あれは、虚構の物語だ。


 それでも。虚構の中でしか存在できなかった【狂王】にとって、それは──────現実と変わらないもの、なのか。



「シグさんを返してくれたら嫌わないよ。返してくれる?」


 あいつが頷いた。何度も。


「…アイツ……カ、エしたら……キラワナイ?」

「うん」

「ワタし……を……好きデ、いて、くれル……?」

「うん」


 【狂王】が、安心したように頷いた。


「分かっタ……」

 闇色の両目が、静かに閉じられた。









 ぴたりと動かなくなった身体。

 あの時と同じだ。

 糸が切れた操り人形みたいに、動きがとまっている。


 待っていたのは、数秒だったのか、数分だったのか。


 心臓が煩くて、咽の奥から飛びだしてきそうで、吐き気がしてくる。緊張しすぎて胃が気持ち悪い。

 息も苦しい。肺が痛い。

 上手くいったのだろうか。あれで。あんなので。

 本当に、シグさんを戻してくれるのだろうか。

 もし、嘘だったら。


 まだ目を開けない。

 時間が、やけに、かかりすぎてないか。

 まさか、もう消えてしまっていたら……? いや、そんなことは。そんな。まさか。

 嫌うような言葉を沢山叩きつけてしまった。本当は怒って、中で何かしてるんじゃ。どうしよう。じゃあどうすればよかったんだ。

 早く。早く、目を。


 ああ、でも。目を開けて、また黒かったら──



 瞼が震えた。

 ゆっくりと開いていく。


 瞳の色は、いつもの、濃い紫色をしていた。



「……シ、グ、さん?」


 恐る恐る、声をかけてみる。声が震えてしまった。情けない。

 シグさんが、息を静かに吐き出した。その息も、俺と同じで少し震えている。


「シグさん、だよね……?」

「──はい」


 よかった……っ!

 よかった……戻った! 戻せた! アイツを帰らせられた! 卑劣な手ではあったが、俺の精神攻撃は有効だった!!


「よかった……!」

 マジか。でもよかった。本当によかった。一時はどうなることかと思った。

 俺は極度な緊張状態から解放されて、足の力が抜けた。その場にへたりこむ。


「さ、サクヤさん! 大丈夫ですか!」

「だ、大丈夫……ちょっと、気が、抜けて」

 

 今ごろになって、震えてきた。

 シグさんが、心配そうに覗き込んでくる。

「も、戻った……んだよね?」

 シグさんが頷いた。


 俺は安堵と感動のあまり、シグさんの頭を抱きしめた。

 助けられた。よかった。


 鼻をすすった。あまりに安心して、涙がでそうになった。これは情けなくて見せられない。

 あれは、ヤバかった。マジでヤバかった。

 だって、俺1人しかいないし。助けも呼べない。

 俺、頑張ったよな。ものすごい頑張ったと思う。異論は認めない。


「俺、あいつ帰らせた。帰らせられた。ほら。やっぱり、一緒にいたほうが、良かっただろ」

 鼻声になってしまった。本当に情けない。

 冷たくない、温かい手が、そっと背中を撫でてくれた。

「また、あいつが出てきたら、俺、押さえ込んでやるから。だから、杖、手に入れるまで、頑張ってくれ。頼むから」

 シグさんからの返事がない。

 返ってきたのは、静かな溜め息だった。


「……やっぱり、このまま行くのは……難しそうですね。何が、刺激になるか分からない。ここで、別れた方が」

「いやだ!! そうやって、すぐ諦めるのは無し! 俺が抑え込めば問題ない!」

「ですが」

「無し!」

「このままでは」

「なんだよ!? 離れよう離れようとしやがって、そんなに俺といるの嫌なのかよ!」

 

 返事はすぐに返ってこなかった。


 嫌なのか。ショックだ。

 いや。そうか。そうだよな。この事態に陥った原因の大半は俺だもんな。友人でも、さすがにこれはないよな。俺でもないと思う。俺がシグさんの立場で、相手がタツミだったら、完全にボコっている。半殺しだ。てめえなにしてくれとんじゃあ!!って。タツミだって迂闊な俺を罵るだろう。そういう殺伐とした関係にならないのは、一重ひとえにシグさんの優しさの上に成り立っているからだけなのだ。


 俺は鼻をすすった。

 そうだ。分かってる。

 俺は、甘えている。

 優しくてしっかりしたシグさんの側にいれば、安全だし、安心だったから。頼りになるし、どこかゆったりした雰囲気は居心地も良い。いつも側にいてくれるから、こんな訳の分からない世界に放り込まれてても、寂しくなかった。これは依存だ。寄り掛かりすぎている。俺が。分かってる。それくらい。

 

 頭を抱きしめていた腕を弱めると────濃い紫色の瞳が間近にあった。


 ものすごく近かった。

 あれ。なぜか、更に近づいてくる。

 あまりに顔が近づきすぎて、びっくりして目を閉じたら──唇に、何かが押し付けられた。ような。気がした。いや、気のせいか。うん。気のせいだな。ぬくいものが当たってるけど、気のせいだ。そうだろう。そうだと言ってくれ。


 ぬくいものが唇から、ゆっくり離れた。

 俺は、無意識に止めてしまっていた息を吐いた。

 目を開けると、濃い紫色の瞳の奥が、ゆらりと揺れていた。



「……ちょっと、まだ、感情が、引きずられてるみたいで。……すいません」

 

 何だ今の。

 いや、考えるな。考えたらダメなやつだ。


「な、な、なにが? な、な、何も謝るような事はなかった。そうだよな? うん。起こってないない」

 なかったんだ。何事も。

 なかったことにしろ。これもデリートリストに入れるんだ。完全消去だ。今すぐ。


 シグさんが、片眉を上げた。少し考えるように横に視線を向けて、俺に視線を戻して──頷いた。

 分かってくれたか。そうだ。あれは、事故だ。不慮の。忘れろ。お互いに忘れよう。だからこれはノーカウントだ。

「そうですね」

「う、うん。そうそう。何も、起こってない」


 シグさんが笑っている。何が可笑しい。

「なに、笑って──」


 ゆっくり腕が伸びてきて、囲うように、静かに抱きしめられた。

 さっきみたいに、恐ろしく冷たくない。普通の、温かい体温に、俺はほっとした。目の前にいるのは、あいつ・・・じゃない。

「……逃げないんですね」

「なんで逃げるんだ」

「なんでって。……いろいろ、あると思いますが」

 いろいろってなんだ。

 いや、いい。言わなくていい。ていうか、言うんじゃない。

 そんな事よりも、無事に戻ってきてくれた安堵の方が、ずっと、遙かに大きい。


 返しの言葉がうまくでてこなくて沈黙していると、さっきよりも少しだけ強く抱きしめられた。 


 ああ。依存しているな、と本当に思う。もしくは、刷り込みか。

 こんなことが起こった後でさえ、無条件で安心してしまっている自分がいる。

 まだ、大丈夫。俺の側にいてくれる。

 離れていってしまう事の方が、そのほうがずっと、怖い。


「……すみません。もう少し……まだ、もう少しだけ、頑張ってみても、いいですかね」

「うん。そうしろ。いや、最後まで頑張れ。俺がなんとかする。あと少しの辛抱だ」

 また、笑われた。そこ、笑うところじゃないから。

「男前ですね」

「おう」


 霧の中から、丸い花玉がぴょんぴょんと跳ねながら戻ってくるのが見えた。立ち上がろうとして、足に力が入らなかった。震えがまだ止まらない。情けない。しっかりしろ。

「コケ太郎……! 無事だったのか! よかった……!」

「キュー!」

 花ボールは俺の側まで戻ってくると、ぽて、と座り込んだ。表面が汚れたりすり切れたりしてるが、ケロッとしている。大丈夫そうだ。お前、以外と頑丈だよな。

 礼を言うと、嬉しそうに頭のデイジーが揺れた。お前のファイティングスピリットにはいつも感服するよ。お前が今日のMVPだ。



 静かだった。

 何事もなかったかのように、葉の擦れる音しかしない、普通の、静かな森の中。



 動悸と震えがやっと収まって、俺は息を吐いた。

「……そろそろ、戻らないと」

「大丈夫ですか?」

「うん。ご、ごめん。ありがと。落ち着いた。もう大丈夫」


 立ち上がろうとしたら、腕を掴まれて引き戻された。

 シグさんが、俺の手首を見て顔をしかめている。

「サクヤさん、手首が……」

「え?」


 手首には赤黒い手形と、棘の裂傷が残っていた。

 血はもう乾いている。

 まだじくじくした痛みはあるけど、我慢できないほどじゃない。シグさんが、掬うように持ち上げたけど、大丈夫そうだ。指も動くし。ただ、くっきり残った赤黒い手形の跡がちょっと、気持ち悪いぐらいだ。


「大丈夫だよこれくらい。傷薬塗ってほっとけば、すぐに治る」

 このぐらいの傷なら回復スキルを使うほどでもない。MPがもったいない。

 シグさんが腰の鞄から傷薬を取り出して、俺の手首に塗ってくれた。



「……この件は、マツリさんたちにも話しておきます」

 丁寧に巻かれていく包帯に目を落としながら、俺も頷いた。

 そうだよな。話しておいた方がいいと思う。俺も。

 あいつは、力が使えるのが分かった。どの程度かは分からない。もしまた、何かの刺激が切っ掛けで表に出てきてしまったら。マツリ姉たちにも危険が及ぶ可能性が、ないとは言えない。


「話して、もし、マツリさんに一緒に行くのを断られたら──」

「その時は」

 俺はシグさんの言葉を遮った。


「その時は、俺も、一緒にマツリ姉のパーティ抜ける。マツリ姉たちは、ディレクたちを探すのが目的だ。俺らも手伝いに入ったのに、逆に迷惑かけてたら、意味ないしな。だから。その時は────二人で抜けて、城を目指そう。杖を探しに。杖を確保して、あいつをどうにかしてから、ディレクさんたちの捜索を手伝おう」


 こうなったら、プラン2へ移行だ。即席で思いついたようなプランだが問題ない。臨機応変、の額縁がうちの床の間には飾られている。

 見上げると、シグさんが目を見開いていた。なに驚いてんだ。当り前だろ。


「ここまで来たら一蓮托生だ。いいか。置いてっても、追いかけるからな。1人で行こうなんて考えるなよ。前にも言ったけど、これは共有案件だからな。二人で・・・助かる方法を選ぶんだ。片一方だけが辛いのも駄目だ。だから、一緒に行こう」


 シグさんの目が揺らいだ。


「……俺と、二人で?」

「ああ」

「……危ないですよ」

「そんなの、百も承知だ。今更だろ」

「もし、駄目だったら……」

「ストップ! ネガティブ思考は禁止だ。後ろ向きな考え方は禁止。引きずられて、上手くいくものも上手くいかなくなるからな。だから、助かる事だけ考えるんだ。上手くいく為の方法だけを考える事。分かったな」


 シグさんがじっと俺を見下ろしている。

 しばらくして。

 息を吐いて、呆れたような、諦めたような、困ったような何とも言えない顔をして、微笑んだ。

「……本当、あなたは時々、やたらにすごく男前な事を言いますね」

「ふん。惚れるなよ?」

 シグさんが小さく笑い声を漏らした。



「……もう、手遅れかもしれません」

「は?」


 顔がまた近づいてきて、蟀谷に何かぬくいものが当たった。

 俺は反射的に蟀谷を押さえて飛び退いた。何今の。唇当たっ……いやいやいや。


「し、ししし、シグ、さん!? じ、じじ、冗談も程々にしてくれよ!?」


「顔。真っ赤ですね」

「うううううるさい!! 馬鹿! 阿呆!! 人が真剣に、真面目に話してるってのに……!」

「うーん。さっきも逃げないし。こんな可愛い反応返されてしまうと、期待してしまいますね……」

「は!?」


 期待……? 何、期待してるんだよ。

 冗談だよな? 冗談なんだよな? 俺をからかってるだけなんだよな? 

 お願いだから、気を確かに持っててくれよ……! 




「……戻りましょうか」

「え!? あ、うん」

 腕を引かれて、同じように立ち上がる。

 それから何事もなかったかのように、俺の背中を押して、ゆっくり歩き出した。

 

 隣を見上げる。

 ちくしょう。この野郎、涼しい顔しやがって。やっぱりさっきのは冗談か。

 俺だけが右往左往して、馬鹿みたいだ。いや、待て。なにに対して怒ってるんだ。しっかり、しっかりしろ、俺。振り回されてはいけない。流されそうになっても流されてはいけない。お互いに。常に平常心だ。

シグさんにも、後できつく言っておかないと。俺の性別忘れかけてないか、とか。なんか、ちょっと…………て。ちょっと、ってなんだ。


「サクヤさん?」

「な、なんでもない! は、早く戻ろう!」




 俺は溜め息をついた。

 何気なく視線を下ろすと、足下で見上げてくる丸い身体と黒いつぶらな瞳と目が合った。


「いざというときは、頼むぞ、コケ太郎……」

 お前だけが頼りだ。


「キュ!」




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