chapter-14
芒と跳びウサギの看板がかかっている飲食店に入ると、既にマツリとシーマとビオラが奥のテーブルに座って待っていた。ちょうど昼飯時なので、店内には客がいっぱいいる。
10程ある木製テーブルが点在する店内の一番奥で、マツリが大きく手を振った。
「おおーい。こっちこっちー!」
「ごめん、マツリ姉! 遅れた!」
「お待たせして、すみません」
「あ〜悪ぃ悪ぃ! 待たせたな!」
「──お?」
「お?」
マツリ姉は俺をじっと見て、次に俺の隣のシグさんを見て、また俺を見て────にんまりと笑みを浮べた。
なんだその笑い方。なんで、にんまりしてんの。その笑い方、微妙に嫌な感じなんですけど。
「うむ。元に戻ってよかったよかった。サクちゃん、よかったなあ。──な? 私の行った通りだったろ?」
「あ、う、」
その通りだったが、なんか、ものすごく、いたたまれない。すいません。ちょっと帰っていいですか。
シグさんが何か聞きたそうな顔で俺を覗き込んできた。
「何がですか?」
「な、なんでもない!」
「お帰りなさいです」
飲みかけのフルーツジュースをテーブルに置いて、ビオラが丁寧に御辞儀した。
「もー遅いっスよ! 何してたんスか!」
シーマがすでに山盛り揚げポテトとチキンを食べながら文句を言った。テーブルの上には、【オルツ麦酒】の瓶が1本。飲みかけのジョッキが2つ。──ん? 2つ? おいこら未成年。何お前も飲んでんだ。
「あれえ? サクヤさん、なに顔赤くしてるんスか?」
「う、うううるさい! おいこら!! 未成年! なに酒飲んでんだ! しかも昼間から! 没収だ没収!!!」
俺は麦酒の瓶を取り上げた。やつあたりではない。決して。これは教育的指導だ。
「ああああ!? ひでええッスよおお!! いいじゃねえっスかよおお! そんな事言って、サクヤさんも未成年じゃねえっスかよおおお!」
「ぶあ〜か。ふふん。残念だったな。俺は飲んでいいんだよ。俺は今年で20だもんねー。とっくに酒飲める歳だもんね!」
「えええええっ!? うっそおおお!? サクヤさん、俺より年上だったんスかあ!?」
「えっ! そ、そうだったんですか!?」
「なんだってェ!? お前、成人してたのか……!」
「サクちゃん、成人してたんか……!?」
え。なにこの反応。
「な、なんだよなんだよ皆して!? 俺、大人な対応してただろ!?」
「大人……」
なんで全員、黙り込むんだ。なんで誰も同意しないんだ。おい。
俺は瓶を握りしめた。
酷すぎる……! なんでなんだ! これか。この見た目が悪いのか! この見た目が悪いんだな!
シグさんが俺の肩を軽く叩いた。
「はいはい、サクヤさん落ち着いて。まあまあ。ひとまず座りましょう」
皆の報告を聞き終えたマツリ姉が、赤い唇を指でなぞった。
「──皆の話をまとめてみると、コクトーたちは、北に向かった。【ディレク】たちは、それを追っていった……ということなんかな」
「そうっスね!」
「北、かー。ここから北といえば──────【黒霧の狂王】の城か……」
「え!? マツリ姉も、知ってるの!?」
「ん? ああー。私は、やった事はないんだけどねー。ネットで、そのクエストをやってたプレイヤーの、プレイ日記のブログを見た。面白そうだなーと思って」
そうか。マツリ姉、ネタバレ全然平気な人だもんな。気にならないらしい。信じられないがそういう人種も一定数いる。ちなみに俺はネタバレ禁止派だ。うっかりあの阿呆タツミがネタバレしかけたら、実力行使で殴り止めている。
「そうなんだ……あの古城は、あるよな?」
「……うむ。あるにはあるがなあ。この世界で、例の謎のキーアイテムを入手した奴がいないから、クエストが発動して城の中に入ったという奴の話を、まだ私は聴いた事がない」
俺はシグさんと、シュテンと顔を見合わせた。
──【暝き黒霧の狂王】のクエストを開始するための、キーアイテム【薄汚れた壊れし王冠】。やっぱり、ここでも必要なのだろうか。だとしたら、面倒な事になる。今から謎のドロップ条件のアイテムを見つけようなんて、そんな悠長なことはしていられない。他の、城の中に入る方法を探さなければ。
「キーアイテムか……」
「ふん。キーアイテムなんざァ無くっても、城の中には入れるだろ。────扉を、ぶっこわしゃあいい」
シュテンが太い片腕をテーブルの上に乗せ、大きな犬歯を見せてにやりと笑った。悪だくみをする悪党みたいに。
「おおおおお! さっすがシュテンさんっス!」
「か、過激です……!」
「シュテン……お前なあ」
それまでずっと顎を撫でながら目を伏せていたシグさんが、顔を上げた。
「……いえ。確かに、キーアイテムがなくても──城の中には入れると思います」
「シグ兄まで、そんなことを……シュテンの思いつき適当話を真に受けんでもいいぞー」
「ああ!? なんだとォ!?」
「城の壁や扉をぶっ壊せるかどうかは、俺にもわかりませんが。……王族専用の隠し通路が、あったはずです」
「隠し通路ー? 隠し通路なあ……まあ、どこの城にも必ず在る、とは聞くけどさー。どこにあるかは私らには分からんだろ」
「…………俺が、分かるかもしれない」
「え?」
「ええっ!?」
「シグさん。知ってるの?」
シグさんは横目で俺を見ると、疲れたように微笑んだ。
シグさんが冒険者バングルを操作して、マップのウインドウを皆が見えるようにオープン表示した。テーブルの中央に、半透明の四角い方眼マップが表示される。
2枚のマップ。
それぞれのマップ名には、【黒霧の森】【黒霧に侵食されし町】と表示されている。
どちらも【黒霧の古城】へと続く、フィールド型特殊ダンジョンだ。シグさんは町の方のマップを選択し、皆が見えやすいように拡大した。
「とてもあやふやな記憶ですが。確か、この辺りに……通路への入り口が、あったはずです」
町のマップの南東の、町外れ辺りを指さす。
全員の不思議そうな視線がシグさんに集中する。
「──なんであんた、そんな事、知ってんスか?」
「……俺とサクヤさんも、【狂王】のクエストをクリアしたので」
「おおおお!? そうだったんスか!? すげえええ!? いいなあああ!? ──あだっ」
「店の中で騒ぐな、シーマ」
立ち上がりかけたシーマの頭を、マツリ姉が殴って座らせる。
「んー。でも、正面以外にも入り口があるなんて、私は初めて聞いたぞ? ブログにも書いてなかった」
「……まあ、ちょっと。俺が偶然、見かけただけです。そのシーンを」
「ふうん?」
「その隠し通路を使って、我先にと城から逃げ出そうとした王族たちが────丁度、外に出た所で、殺されていた」
「殺されていたー!? 誰に?」
「俺────いや、【狂王】が。ここで皆殺しにしているのを、見ました。一人残らず。命乞いする者も全て」
暗い笑みを微かに口元に浮べながら、シグさんが目を細めた。
見たって。もしかして、──夢で、見たのだろうか。あの、悪夢の中で。
シーマが頬を引きつらせて、身を引いた。
「皆殺しっスか……!? うへええ。俺、そのクエストやったことないんスけど、なんか、怖ええなあ……」
伏せられたその目の色は、陰になっていてよく見えない。
俺はシグさんの袖を少し掴んで、引っ張った。
濃い紫色の瞳が振り返る。
俺はほっとした。──瞳は黒く、ない。濃い紫色。まだ、大丈夫。
シグさんが、いつものように柔らかい笑みを俺に向けた。ぽんぽん、と俺の手を軽く叩く。うん。大丈夫なんだな。よかった。
「……そこ。なーに見つめあってんスかあ!!」
シーマが半眼で俺をみた。
「はあ!? 見つめあってねえええよ!」
「うるせえぞシーマァ!」
「うるさいぞシーマ。静かにしろ!」
「え? なんで俺のほうが怒られてんの!?」
「むうー。やっぱりコクトーたちは、城に向かったんかなあ」
マツリ姉の呟きに、ビオラが大きく頷いてみせた。
「そうみたいです、コクトーさんたちは、お城についての情報を集めて回っていたみたいです。いろいろ聞かれたって、町の人が言ってましたです」
「ううむ。今更、クリアしそびれたクエストをやりに行った……て訳じゃ、ねえだろうしなあ」
「阿呆。当り前だろ」
マツリ姉が、蔑むような流し目でシュテンを睨んだ。シュテンが肩をすくめる。
「じゃあ、何しに行ったんだろう……」
俺の問いかけに、皆が一斉に唸った。
眉間に皺を寄せたり、頬杖をついたり、腕を組んで目を閉じたり、ポテトを食べたりし始める。おい。ヤンキー。お前も真面目に考えろや。
マツリ姉が、溜め息をついた。
「むー。わからん! これ以上は、実際に行ってみないことには分からなそうだなー」
「行ってみるか? 城へ」
「行ってみるしかあるまい。──よし。じゃあ、明日の朝8時、ここに集合。朝ご飯を食べたら、出発しよう。夜はなるべく、動かない方がいい。そうそう。町で話を聞いていたら、私らが思ってた通り、やっぱりここ最近、魔物が強くなっているようだ」
「ええええ〜!? もしかして────【狂王】、復活してたりして……?」
ワザと声を低くして、シーマがおどろおどろしく言った。ビオラが頬を押さえて身をすくませる。
「ひわあああ……や、やめてくださいです! こ、怖いです!」
──こちらの世界の、【狂王】が復活?
俺は隣のシグさんを見上げた。
シグさんの中にも【狂王】がいる。これって、どうなるんだ? 【狂王】が、同時に二人いることになる……のだろうか? 二人が会ったら────どうなるんだろう。
俺の視線に気付いたシグさんが、首を横に振った。そうだよな、シグさんにもわからないよな。俺にもわからない。
「……復活してるかどうかはわかりませんが。もしも、黒い霧が出ていたら……気をつけた方がいいかもしれません」
シグさんの言葉に、皆が頷いた。
昼食を食べ終えて、次は4時にまたここへ集合する事を決め、俺たちは解散した。
出口でマツリ姉が、背伸びしている。
「ま、マツリ姉、あの」
「ん?」
「あ、ありがと。そ、それで、」
マツリ姉が、また俺を見て、にんまり笑った。だから、その笑い方やめてくれ。
「ほいほい。私は1人で大丈夫だよー。サクちゃんはシグ兄と行きな」
「ご、ごめん」
側で聞いていたシュテンが、片眉を上げた。
「お? なんだマツリ、1人でいくのか? なんなら、俺が一緒にいったろうか?」
「シュテン……」
マツリ姉が、微笑んだ。切れ長の瞳が細められる。見る者の背筋を凍らせる、艶やかで壮絶な笑みだった。
「いらないよ。もし阿呆で不埒な輩がいたら──丁度いい。即刻、刀の錆びにしてくれるわ。生きてても糞みたいな奴らだからなー。冥土に送ってやって、もう一度、地獄で矯正し直してやったほうがいい。なあ?」
マジだ。目がマジだ。
マジで情け容赦なく冥土に送る気だ。
「ソウデスネ」
シュテンが汗を流して頷いた。
そういえば、マツリ姉は戦闘狂。対戦大好き。プレイヤー対プレイヤーの対戦の大会があったら、もれなく参加してた。おっとりした雰囲気に騙されてはいけない。結構、過激な性格をしている。
シグさんはもう外に出てしまっている。
俺は急いで、その後を追った。
「シグさん!」
呼ぶと、振り返った。ちゃんと。朝みたいに、無視されなかった。俺は安堵した。
「い、一緒に、俺も行く」
無言だ。
この野郎。
俺は返事をきかないまま、問答無用で、その隣に並んだ。
シグさんが困ったように苦笑した。
「……サクヤさん。危ないですから、マツリさんと行ってください」
「断る。一緒にいたほうがいいって、さっき、言っただろ」
「ですが……。やっぱり、やめたほうが。襲われるかも、しれないですよ? ────俺に」
「っ!!?」
耳元で囁かれた。
俺は耳を押さえて飛びすさった。だから、それやめてくれ! マジでやめて! くそ!
わざとだ! わざとやってるだろこの野郎。俺が逃げるように仕向けようとしてる。
「ばっ……! さっきシュテンがしたみたいに、思いきり殴れば引っ込むだろ! また出てきたら殴ってやるから安心しろ!!」
「サクヤさんに殴られたぐらいで、引っ込みますかねえ……」
「心配すんな。兄貴仕込みのキョーレツな必殺技があるからな。ていうか、シグさんも頑張れ。しっかり押さえ込んどくんだ!!」
「うーん。サクヤさんも、なかなか、無茶ぶりしてきますね……」
立ち止まって、俺を振り返った。
「────怖くないんですか?」
今朝の事を言ってるのか。頼むから思い出させないで欲しい。忘れろ。昨日の夜からのはすっぱり消去しろ。
「あ、あれはっ……ちょっと、びっくり、したんだ」
「びっくり?」
「こ、怖い、とか、嫌いになった、とか、そういうんじゃ、ないんだ。びっくりしたんだ」
シグさんが、俺を見下ろしている。不思議そうに。
「俺の側にいるの、嫌になったんじゃないんですか」
「べ、別に。つうか、忘れろ。きれいに。昨日は。何もなかった。何も、起こらなかった。──そうだろ」
昨日の事は、無かったことにしよう。
お互いに。デリートだ。
それで、俺はいいから。
だから。シグさんも、無かった事にしたらいい。
そしたら、戻れる。いつも通りに。
俺は、のんびりしたシグさんに戻ってくれたら、それでいい。
そしたら今まで通りに、変わらずに、一緒にいられる。
濃い紫の目が、じっと俺を見ていた。何かを探るように。
それから、小さく微笑んだ。
まだちょっとだけ、困った感じに眉根を下げてたけれど。
俺の言いたいことが、どうにか伝わったみたいだ。
「──はい」
「よし」
「……ありがとうございます。サクヤさん」
「お、おう」
シグさんが、ゆっくり歩き出した。少し先で待つように、振り返る。俺は駆け足で、その隣に並んだ。
速すぎず遅すぎない、同じ歩く速さ。いつも通りの。
俺はやっと、ほっと息を吐きだせた。
宿の入り口前に立って、様子を見守っていたビオラが息を吐いた。
「ふう……。よかったです。仲直りされたみたいですね。いつも一緒におられるのに、急に離れ離れになってたですから、少し、どきどきしちゃいました」
「ったくだぜ。このクソ忙しいって時によ。面倒事までひっさげてきやがって……」
「……ちょおおお!? シュテン。あの人ら、マジで付き合ってないんっスよね!? ちょっとくっつきすぎじゃないッスか!?」
「どうかなァ。住み込みの話もきまっちまってたからなァ」
「はあ!?! ちょ、なにそれどういう話ッスか!?」
「さァて。午後の情報収集に行くぞー」




