chapter-13
昨日投稿できなかったので、連続投稿します(がんばった私)
石段をいくつか上がった先、奥まった街路の外れで、シグさんは立ち止まった。
道の三方を囲む店は、窓ガラスが壊れてたり、ドアに張り紙が張られていたり、内装は剥げてしまっている。どの店も、閉店してから随分と月日がたっていそうだ。
「……このあたりなら、誰も来ないですかね」
シグさんは、腕を組んで、廃虚の店に視線を向けた。
「……そうですね。何から、話したらいいのか……。俺も、今の今まで、はっきりとは、確信が持てなかったんですが……」
シュテンの方を向いて、シグさんが目を上げた。
「……【暝き黒霧の狂王】という、特殊クエストを、シュテンは知っていますか?」
「ん? 黒霧……狂王……? ──ああ!! あれかァ! そういやあ、ずいぶんと昔に、ダチと一緒にやったことあるような……」
「シュテンも、やったことあるんだ!?」
「おお。サクヤ達と知りあう前にな。何だったか、この辺りのエリアで戦闘してるとドロップする、特殊アイテムがいるんだったか? 俺も詳しくは知らん。ドロップ条件は、あるんだか、ランダムなんだか、結局誰にも分からないままの謎ドロップアイテム。ダチが手に入れたのは、ものすげえラッキーだった」
シュテンは、このゲームを15年ぐらいやりつづけている。がっつりやってるわけではないが、やれるときにはやって、時には休みながら、なんだかんだとここまでやり続けちまった、と言っていた。
「そうだったんですか。なら、話は早い。俺達も、ここに連れて来られる直前に──そのクエストをクリアしたんです」
「ほお。そりゃあラッキーだったな!」
シュテンの言葉に、シグさんはただ苦笑を返しただけだった。
シグさんが、俺に視線を向けた。
「サクヤさん。1つ、確認したいことが。──狂王を倒した後に拾ったアイテムは、まだ持っていますか?」
シュテンが目を見開いて、俺を凝視した。
「なんじゃそりゃ! 初めて聞いたぞ。そんなもんあったのか?」
「俺も聞いた事なかったよ! けど、ボスを倒した後に、残ってたんだ。なんとかの欠けら、っていうのが」
「──【壊れた王冠の欠けら】。それは、まだ持ってますか?」
俺は、首を横に振った。
確認のため、もう一度アイテムリストを開く。何度見ても、あの時拾ったアイテムは見当たらなかった。
「ないよ。確かに、拾ったと思ったんだけど、こっちで見てみたら、どこにもなくなってて……」
「……なるほど。やはり、そうですか」
シグさんが静かに頷いた。
「それが?」
「……俺が、こちらの世界で目が覚める前。あれは夢だったのか、現実だったのか。今でもよくわかりませんが……。光る小さな欠けらが、目の前に降りてきて、俺はそれを、手に受けた。その欠けらは、すぐに溶けて消えてしまいましたが」
「え……?」
「目が覚めて、この世界で、ああ、あれは夢だったのか、と。──それからです。毎晩、悪夢をみるようになったのは」
シグさんが、暝い笑みを浮べた。
「悪夢……」
酷くうなされていた、あれか……!
「なんで、なんで黙ってたんだよ!? 言ってくれればっ……」
「……言えませんでした。夢を見るだけでしたから。俺も、何が起こってるのか、よくわからなかったのも、あります。説明が難しい。ただ、悪夢をひたすら見続ける。それだけの事でしたから」
「何言って……!」
「心配をかけたくなかったのも、あります。あなたは、とても優しいから……きっと、ずっと気にし続けてしまうでしょう?」
「そんなことっ……」
「ありますよ。話してもどうにもならない事でしたし、なら、話さない方がいい。夢の内容も──あまりに酷すぎて、話したら最後、あなたは俺から離れてしまうだろうと、思って……」
「そんなことない!」
シグさんが、自嘲的に笑みを浮べる。
「──狂王のストーリーを、二人とも、覚えていますか?」
俺とシュテンは顔を見合わせた。
あれは、随分とダークな、エグイ系のストーリーだった。
狂王にとっては、殺されて開放されるだけが、唯一の救いだった、物語。
「それを────全て、夢で追体験させられました。お前も俺と同じになれ、と言わんばかりに」
「な」
「うおあ〜……。おいおいおい。そりゃあ、エグぃな……。確か、あのクエストの王様ってェよ、ひでェ目に遭ってなかったか? 真っ暗な地下に閉じこめられて、腐った食事とか食ってた気がする。誰も来ねえから、やつあたりに暴行されてたりよ。これ、大丈夫か? とか思った記憶があるな」
俺は両手を握りしめた。
なんで、あのアイテムを拾ってしまったんだろう。俺が、拾わなければ──
シグさんが俺を見て、困ったような笑みを浮べて首を横に振った。
「サクヤさんの所為じゃないですよ。あの場に残ったのは俺の意思だし、光の欠けらを手に取ったのも、俺です」
「でも……! 俺が、拾わなければ……!」
「……ほら。自分の所為だと言って、気にしてしまうでしょう?」
シグさんが、ほらみたことか、というように小さく笑った。俺は言葉を飲み込んだ。
「あなたが……そういう人だと分かっていたので、夢の事を話すのは憚られた。いや、話して──────離れて、いってしまったら、と思うと……」
「何言ってんだよ!? そんなことぐらいで、離れていったりしない! 話してくれたら──」
シグさんが、また暗い笑みに戻った。
「いえ、あなたは離れると思います。……夢の内容は、日を追う毎に酷くなっていきました。あいつ──狂王は、俺に同じ体験をさせて、俺を弱らせて、俺を取り込もうとしているようです。あなたに近い、俺の身体を自分のものにして────────あなたを、手に入れようとしている」
「えっ」
「はあああ!? おいおいおい!? そんなことが──」
「あるわけない。俺もそう思っていました。たかがNPCに、そんな感情なんてあるわけない。あれは、ただの、プログラムの1つだ。アイテムをキーにして、何度でも最初に戻って同じ事を繰り返す、プログラムのデータだ。ですが──俺達は、ここにいる。ありえない、こんな世界に」
シュテンがうぐう、と唸って、黙りこんだ。
俺は、あの白金色の髪の男を思い出した。
何者なのかも分からない。
渡された、あの切符もなんなのか、わからない。
どうやって、連れて来られたのかも。
──【残滓】が残るなんてね。
そう、言っていた。残滓って、──いったい、なんなんだ。何が残ったんだ。もしかして、狂王の、心とかそういうものが、──いや、ありえない。そんなこと。
「そんな、ばかな──」
「と、思いたいでしょう。でも、確かに、あいつは居る。──────俺の中に」
シグさんが、自分の胸を親指で指した。
「そして、あいつは、あなたがとても欲しい。初めて、優しくしてくれた。温かく、名を呼んでくれた。誰もが忘れている、自分でさえ忘れかけていた名を。初めて、名を呼ばれた。優しい声で。ただ1人、自分を憐れんでくれた。想ってくれた。綺麗な花を、手向けてくれた──側にいたい、側にいて欲しい、俺の名を、あの優しい声で、もう一度、呼んで欲しい──」
俺は口を押さえて、息を飲んだ。
たしかに、あのとき、俺は画面の前で、王子の名を呟いた────
まさか。
まさかね。そんなことが──あるわけ、ない、よな? ないと言ってくれ。誰か。
「じゃ、じゃあ、もう一度、名を呼んであげたら、満足して、シグさんの中から出ていってくれる……?」
シグさんが、暗く嗤って────首を横に振った。
「無理でしょうね。あなたに触れられる身体が、ここに、手に入りそうなんですよ? 誰でも、欲が出るものです。あいつも同じだ。あなたに、触れる事ができる。触れたい。触れて、抱きしめてみたい。抱きしめ返して欲しい。口付けて、触れて、その温かい身体を抱いてみ────」
「わあああああストップ──!!? ま、まま、ま待ってくれ!! ちょ、待って!? え!?」
今何て言った……!!? いやいやいやいいですもう一度聞かなくても気のせい気のせ────
「ほおう。こりゃまた、ずいぶんと熱烈に、サクヤを愛してるってわけか」
「ばっ……!? あ、愛っ……!?!」
「そうです。狂おしいほどに、あいつはあなたが欲しい。俺には分かる。こんなに暖かいものが。幻みたいに。目の前にある。俺だって欲し──いえ。あいつは俺の中に住み着いてしまっているから、あいつの思ってることが手に取るように分かってしまう。分かりたくないですが。いや、わざと垂れ流している。住み着いて、根を下ろして、暗い底で虎視眈々と狙っている。【俺】が弱るのを」
「そんな……」
「気が弱ると、押さえる力も弱るのか、あいつが目を覚ましてしまう。それでも、どうにか抑え込めていたんですが……もう、だめそうですね。とうとう、表に出てくるまでになってしまった。俺は、次にあいつが出てきた時、押さえきれる自信がない。だから──」
シグさんは、俺をみて、寂しそうに笑った。
「俺は、あなたから……離れた方が、いいでしょう」
離れる。
「マツリさん達が探しているディレク達が見つかって、コクトーの行方もわかったら──目処が付いたら、俺は、パーティを抜けます。──だから、俺が抜けた後、サクヤさんの事を頼めますか、シュテン」
「むう……。そりゃ、いいけどよ……」
シュテンが、腕を組んだまま眉間に皺を寄せて、低く唸った。
──パーティを、抜ける?
「サクヤさん。すみません。最後まで、一緒にいたかったんですが……いられなくなってしまいました。でも、俺も魔道書の探索は手伝いますから。あなたが、みんなが、帰れるように……」
一緒に、いけない?
「──抜けて、1人で、行く気かよ……?」
「ええ。……俺は、自分が何をするかわからない。残るのは、危険すぎる。大丈夫ですよ。俺のレベルなら、1人でも大概の事は大丈夫でしょう」
1人────独りで。
この先ずっと、独りで行く気なのか。ずっと、独り。そんな。それじゃあ、まるで──
「──だめだ!! ぜったいだめだぞ!! そんなの、そんな事で離れるなんて、絶対いやだからな!?」
「いやだと言われても、このままでは……一緒には、いられない。いつか、は分かりませんが──あいつが俺を乗っ取った時──あなたは、どうなるか。わかってますか?」
どうなるんだ。いや、いい。言わなくていい。なんとなくわかる。わかりたくないけどな!!?
「そっ、そ、それは……! で、でも……!!」
顎をさすったままずっと黙っていたシュテンが、大きく鼻息を鳴らした。
「……落ち着けや、二人とも。ちょっと、今、思い出したんだけどよ。たしか──狂王を封じていた杖、っていうのが、なかったか?」
俺とシグさんが、シュテンを振り返った。
「杖……?」
杖。
俺は、シュテンを見上げた。シュテンが頷いた。あ、と俺は声を上げた。
「──【清らかなる神木の杖】……?」
「そう、それだ」
クエストの説明分にあったのを、俺も思い出した。
あった。確かに、書いてあった。
《盗掘屋たちが、王を封じていた封印の要である、清らかなる神木の杖をぬいた。》
「──最初に、盗掘屋が抜いた、あれか!!」
狂王を封じるくらいの強い杖だ。
それがあれば、シグさんの中の【狂王】を倒せないまでも、追い出せるんじゃないか?
わからないけど、やってみる価値はある。何もしないよりは全然ましだ。
「こ、この世界にも、ある?」
「そこまでは、まだ俺にもわからねえ。でも、あのクエストのダンジョン──古城があった場所は──────あそこだ」
シュテンが、指を差した。
町並みの向う、影絵のようにひっそりと聳える山並みを。
「もし、杖があって、狂王が封じられているんなら、──ロッソたちに手伝ってもらって倒しゃあいい。それに、神木の杖っつーからには、お前が。サクヤが、使えるんじゃねえか?」
「あ! そうか……そうかも」
清らかなる神木でつくられた杖。
俺の職である【幻草使い】の武器は、霊木、神木、幻木で作られた杖だ。
「その、神木の杖を使って、【浄化】とか、【解呪】とか、いろいろ、シグさんに掛けてみれば──」
「狂王を封じてたぐれえ強え杖だ。効く可能性は、十分ある。よくわからんが、【狂王】の残りかす? 霊か? それぐれぇなら、シグの旦那の身体から、追い出せるかもしれねえ。まあ、もしもダメでもよ、また別の方法を考えりゃあいい。──どうも聞いてりゃあ、離れりゃそれで終わり、って話でもなさそうだ。お前まで狂っちまって、乗っ取られて、お前が狂王にでもなっちまったらどうすんだよ。可能性はゼロじゃねえ。──違うか。シグの旦那」
シグさんが、シュテンから目をそらした。
「……なあ、シグさん。一緒に此処に来たんだから、帰りも、一緒に、帰ろうよ」
「サクヤさん……」
俺は、俯くシグさんに近づいて、下から見上げた。固い金属製のガントレットの端を掴む。逃げられなかった事に、内心、ほっとした。
「俺と一緒に帰ろう。そんで、そんなに家が嫌なら──俺んとこの農園来りゃあいいじゃないか。親父に頼んで、雇ってやるから!」
シグさんが、目を見開いた。驚いた顔で。
「雇う……俺を?」
「そうそう。そのかわり、給料は安いぞ。重労働だし、土と汗まみれになるし、こき使われるし。それでもよければ、だけど。家からは出られるぞ」
まだ目を見開いている。なんだよ。そんなに衝撃な提案だったのか。
「うちの農園はやたら広いからさ、人手はいつも足りてないんだ」
なかなか、我ながら良い案だとおもうんだが。
なのに、俯かれた。肩も震えている。なんだよ。そんなに嫌なのか。土いじり。
「は、ははは……そうくるとは……。いつも、あなたは、予想外の意見をだしてきますね……」
「なんだよ。嫌なのか」
「……いえ。親には勘当されて出入り禁止になりますから、無一文で住み込みになりますけど、それでもいいですか」
「いいよ! 部屋はいっぱいあるんだ。家、無駄に広いからな!」
問題ない。1人増えたところで。
「ディレク達を探しだして、杖も回収する。シグさんの中から狂王を追い出す。コクトーも見つける。ついでに白い本も揃えば、万万歳だ。その後、黒本も見つけて、帰ればいい。一緒に」
「農園に?」
「そう!」
それに。
「それに。シグさん独りだけが苦しいのはダメだ。許さん。これは、俺とシグさんで共有すべき案件だろ!」
俺の所為でもあるんだから。放っておくなんてできない。
「だから、一緒に頑張ろう。──そんで、一緒に帰ろ」
俺が笑顔を向けると、シグさんが、少し困ったような、泣きそうなような、微妙な顔で俺を見下ろした。
「──はい」
「ぶくく。いいじゃねえか、農園! よかったな、すぐに就職先が見つかってよ!」
シュテンがにやりと笑った。コケ太郎が跳ねる。
「キュー!」
「よっしゃ! やるこたあ決まったな。おっと、もうそろそろ集合時間だ。あんまり遅れたら、マツリの奴ぁうるせえぞ。──行くか」
「うん」
俺は頷いた。
「行こう、シグさん」
掴んだガントレットの端を引っ張る。シグさんは目を閉じて──開けて、俺を見下ろした。
「……サクヤさん」
「なんだよ」
「……お願いが。俺が、俺がもし、もしも、あいつに負けて、乗っ取られてしまうことになったら……躊躇わず、全力で倒してください」
「また、そんな事を……」
「倒して下さい。でないと────あなたは──────あいつのものになってしまう」
シグさんが、俺の耳元のすぐ側で囁いた。
「ふあっ!?」
俺は思わず耳を押さえて飛び退いてしまった。良い声でそういう事するの、ほんと、やめて! 心臓に悪い!
ちょっと待て。
あいつのものにって、どういうことだ……いや、わかった、もう、分かりたくないけど、分かった。シグさんが負けるということは、すなわち、俺の貞操も無くなるってことか……!?
いやまて。この世界、R指定どうなんてんの。怖いからできるだけ考えないようにしてたけど、あっち方面どうなってんの。身体は超リアルだけど。リアルなんだよ。やべえぐらいに。やべえよ。生身とかわらないんだよ。規制も入らねえよ。オールフリーだ。……フリーじゃねええか!!? フリーだよ!? 待ってくれ、いいの!? これでいいの!? なんたら教育委員会とかに怒られるんじゃないの!? いや、この世界にはそんなのねえええよ! いや、ひとりボケつっこみしてる場合じゃねえよ! おいおいおい!?
勘弁してくれ! 頼む。頼んだぞ。
「シグさん……」
「なんですか?」
俺はシグさんに、額に嫌な汗をかきながら、力いっぱいの笑顔で────念を押した。
「いいか。杖を手に入れるまでは、気合いと、死ぬ気で、抑え込んどくんだぞ。わかったな」




