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chapter-11

 今日も曇り空だ。

 空気が湿気ている。

 やっぱり、うっすらと霧もでている。

 

 マツリ姉が、宿の外に立って、両手を打ち鳴らした。

「さあてー。では各自、情報収集へ行っててもらうとしようか。まず最優先は、【ディレク】達を探すのと、次にコクトーの情報集めを頼むなー」


「はーい」

「おー」

「ういーす」

「はいです」

「了解です」


 全員が仲良く同時に返事をした。


「じゃあ、私は町の北側に行ってみるよ。シュテンは南側を頼む。シグ兄は西側を。シーマは東側」

「おう。まかせろ」

「西側ですね。わかりました」

「ういーっス!」


「ビオラはシーマと、サクちゃんはシグ兄と一緒に行くように」

「は、はいです!」

「──は、……はーい」


 わかってるさ。ここで、俺1人でも平気だ!、とか意地張って言ったりしないさ。怖い目はもうみたからな。分かりたくないけどわかったからな。この身体の身体能力の低さを。俺は意地よりも安全策を取る。メンツよりも我が身の方が大事だ。だけど。


 気まずい。


 なんだこの状況は。会話もだけど、朝から目すら合わしてない。

 というか、シグさんが俺に近づいてこない。全く。側にすら寄ってこようとしない。こんな事は初めてだ。どうしたらいいんだ。

 今まで、ずっと一緒に、向こうの世界でも、こっちの世界へ来てからも、一度も喧嘩することもなく、ここまでやってきたのに。シグさんもゆったりした性格なので、ゆっくりした俺と気が合う。ペースが合うっていうか、一緒にいるとすごく気が楽だ。シグさんもそうだと思ってた。側にいると、ほっとする。俺と同じ。────じゃ、ないのか? 俺の気のせい……だった?


 シグさんが、手を上げた。シュテンの向こう側で。遠い。皆を間に挟んだ、俺と反対側に立っている。


「──マツリさん。サクヤさんと一緒に行ってもらえますか? 少し体調が悪いみたいなんですが、俺にはよくわからなくて。お願いできますか?」


「お? なんと……サクちゃん、大丈夫か? そうだな……うむ。シグ兄には、分からないこともあるだろうな……。わかった。サクちゃんは、私と行こう」

 マツリ姉が分かったような顔をして、何度も頷いた。


 シグさんの方を見る。こっちを見ようともしないのはどういう了見だ。おい。こら。喧嘩売ってんのか。話すら聞かないってどういうこと。なんで勝手に俺の事決めてんの。一緒に行くのが嫌なら、嫌って言えよ。なんで何も言わないんだ。


 マツリ姉が、シグさんを見て、俺を見て、顎を撫でた。

「んー。まあいいか。集合は──そうだなあ、あそこの、ススキとウサギの看板がかかってる宿の1階にしようかねー。今から3時間後の、昼12時頃に各自集合」


 マツリ姉が指さす方向をみると、通りの奥に、ススキをバックにウサギが飛び跳ねる看板の建物があった。


 俺達は了解して、散開した。







 マツリ姉の横に並んで、北側に延びる街路を歩き出す。


「……んー」

 マツリ姉が、ちょっと横目で後ろを振り返ってから、次に俺を見下ろした。何か言いたそうな顔をしている。なんだよ。なんかあるのか。

 じっと見られて、非常に居心地が悪い。


「な、なに?」

「んー。サクちゃん、シグ兄と喧嘩でもしたん?」

「し、してないよ!」


 あれを、喧嘩と呼べるのだろうか。どちらかというと、一方的に襲わ────いやいやいやいや。ありえない。一時的にシグさんが御乱心したのだ。そして、一方的に避けられている。しかも理由は教えてくれない。今更ながらに、ちょっと酷くないか。なんなんだよこれ。


「でもなー。いつも一緒にくっついとったじゃん」

「くっつ……!?」

「ずっとここまで、仲良さそうに一緒におったからさ。なんで今日は離れとるんかなーって」

「し、知らない! 俺が知るか! 勝手に離れてるのは、あっちの方だ! 何も言ってくれないし! 話してもくれないし! 勝手に……!」


 離れていってしまった。

 なんで。

 なんでなんだ。

 俺、なんかした? どっちかっていうと、された方なんじゃないのか。何か言えよ。勇気出して話しかけようとしたら、目も合わさずに通り過ぎやがって。今思い出しても腹が立つ。


 鼻の奥がいたくなって、俺は鼻をすすった。泣いてる訳ではない。勘違いしないで欲しい。


 マツリ姉が苦笑して、俺の背中を叩いた。


「そうか。ものすご仲良かったサクちゃんたちでも、喧嘩する事ってあるんだなあ」

「してない!!」

「はいはい。まあ。早めに話しあうといいよー。後からって、なかなか難しいからなー」

「だって、むこうの方が……!」

 話そうとしないんだから、仕方ないじゃないか。


「うぷぷぷ。珍しいよなー。シグ兄もさー。初めて見たわ。あんな不機嫌な顔。いつもニコニコ、嘘っぽい笑顔浮べてるのに、今日はちっとも笑ってないし」

「嘘っぽ……」

 嘘っぽい? のか? あれ。そんなこと、思ったことないけど。のんびり笑ってる顔。他の人にはそう見えるのか。


 マツリ姉が、俺を横目で見て笑った。

「あー。サクちゃんだけには、違うからなー」

「違う?」

「うむ。あー、そうだなあ。本人にはわからんか。──さて。とりあえず今は、情報収集の方が先だ。誰かいないかなー。誰がいいかなー」

 マツリ姉が、キョロキョロと周りを見回し始めた。


 もやもやしながら、俺も同じように、辺りを見回してみる。くそ。忘れよう。消去だ消去。あんな奴、もう知らん。今はやることやらないと。苦労して、遠路はるばる、せっかく此処まできたんだから。


「あ」

 野菜売りの店の前で、大きな声で話し込んでいる奥様3人組を見つけた。

 店の店主のオジサンも巻き込んで。

 ふくよかな人と、細い人と、小さい人。

 そして困り顔の店主のオジサン。可哀想に。


 情報がほしいなら、井戸端会議に突撃するのが最適だろう。母さんも言ってた。下手すると隣町まで話が伝わってるって。彼女達は恐るべきローカル情報網を持っている。


「マツリ姉。あの人達に聞いてみようよ。あそこの、井戸端会議してる人達」

「井戸端会議ー?」

「ああいう人達、めっちゃ情報通だよ。母さんがいつも言ってる」


 俺は勇気を出して、奥様たちの井戸端会議に突撃した。




「あの、お忙しいところすみません。ちょっと、教えて頂きたいんですけど……」

「はい? 何かしら?」

 ふくよかな奥様が、話をやめて俺を振り返った。後ろの二人も、興味津々に俺を見ている。


「この町に、冒険者のパーティ、来ませんでしたか?」

「冒険者? そうねえ……」

 小さい奥さんが、手を叩いた。

「あ、そういえば! アレじゃない?」

「アレ?」

「ああ、アレね!」

 細い人が相づちを打った。

 だから、アレ、ってなんだよ。なんでアレで通じてるんだ。


 ふくよかな人が、俺に頷いた。

「きてたわよ、アレ、冒険者の人達じゃないかしら。全身真っ黒な人と、全身真っ白な人」「そうそう、来てたわね。黒い人と、白い人」

「えー? 白じゃなくって、銀色じゃなかった?」

「そう? そうね、銀色っぽい白だった気がするわ」

「そうだった? そうね、白っぽい銀色だったかもしれないわね」


 ええと。


 つまり、何なんだ。誰か、まとめてくれ。頼む。

 野菜売りのオジサンを見る。オジサンは、悟りを開いた人のように、静かに首を振った。俺にはどうすることもできない、自分でどうにかしろ、という事のようだ。

 

「黒い人と、白銀の人、ですか?」


「そうそう!」

 三人がハモった。

 

 俺はマツリ姉を振り返った。

 マツリ姉は、腕を組んで何やら難しい顔で考え込んでいる。……助けは期待できなさそうだ。


「その、黒い人と白銀の人は、どんな感じの人なんですか?」

「そうねえ。黒い人は、腰に2本、大きな短剣を提げていたわ。白銀の長い髪の人は──箱っぽい荷物を持ってた気がするけど」

「そうねえ。石の箱っぽいものを持ってたわね」

「そうね。宝石箱っぽい箱を持ってたわね」


 ええと。


 だから、どんな箱なんだ。誰か、俺に分かりやすく要約してくれ。ください。


 俺は野菜売りのオジサンをみた。オジサンは祈りを捧げる坊さんのように、静かに片手を振った。自らの力で悟りを開け、と言っているようだ。


「……固い石で作られた宝石箱みたいな箱を持っていたんですか?」


「そうそう!」

 三人がハモった。



 黒い服装の、大きな短剣を二本、持った人。

 ────もしかして、コクトー、なのだろうか……?



 白銀の長い髪の人は、何者か分からない。仲間なのか?


「その人達は、何処へ行きましたか?」


「うーん、そうねえ……東の方へ行ったんじゃなかった?」

「えー違うわよ。東の方の宿に泊まってたのよ。宿で働いてる子が言ってたもの。ものすごい綺麗な男の人がうちに泊まったのー! って。南に行ったんじゃなかったかしら」

「違うわよお。南へは携帯食や薬を買いに行ったのよ。店番してた娘さんが言ってたもの。北にいったんじゃないかしら」


 ……つまり、何だ。


「東の宿に泊まった後、南の店で旅用の買い物をして、北に向かったんですね?」


「そうそう!」

 三人がハモった。


 野菜売りのオジサンを見ると、白い歯をキラリと光らせた笑顔で、片手で握りこぶしを作って親指を上に立てた。お前はよくやった、ナイスファイトだったぜ、と言いたいようだ。


「その人達の他に、冒険者は来ましたか?」

「うーんそうねえ……あ、アレもかしら?」

「あ、アレもかしらね!」

「アレもそうなんじゃない?」


「アレ?」


「そう。結構後だったけど、3人ぐらい、知らない人が町に来てたわ。武器を持ってたから、冒険者じゃないかしら」

「そうね。きっとそうよ。すぐ町を出て行っちゃったから、あまりよく分からないけど」

「そうね、すぐ町をでて行っちゃったわね」



 3人の冒険者。

 ──【ディレク】達なのかな。



 たしか、マツリ姉が、【ディレク】、【ソルティ】、【ユズ】、の3人パーティだと言っていた。


 3人については、この人達の情報網を持ってしても、あまり分からないようだ。

 それくらい、急いで町を出たってことか。


「ありがとうございました」

「いえいえ。あなた達も、冒険者なのかしら?」


「はい。上司に、戻るように伝言を頼まれて、彼らを追いかけています。もし、さっき教えていただいた冒険者を見かけましたら、ウェイフェアパレスの本部に戻るように伝えてもらえますか?」


「いいわよお。大変ねえ。お若いのに」

「いいわよう。頑張ってね」

「いいわー。伝えとくわね」

「はい。お願いします。助かります。みなさんお忙しいところ、ありがとうございました。では、これで。──マツリ姉、行こう」


 俺はマツリ姉の腕を引っ張って、井戸端会議から戦線離脱した。





「……つ、疲れた……」

「うぷぷ。お疲れさまー!」

 マツリ姉が、笑いをこらえた声で俺にねぎらいの言葉をくれた。なに笑ってんだ。

「さあっすが、サクちゃん! 慣れてるねー!」

「慣れてねええよ! 母さんがよく近所のおばちゃんたちに捕まってるのを遠目で見てただけだよ! たまに俺も捕まって話のネタにされたけどな!」

 マツリ姉が可笑しそうに笑った。


「笑い事じゃねえええよ!!」

「はいはい。笑っちゃてごめんごめんってばー。──ふむ。どうやら話を聞くと、皆、北に向かったみたいだね」

 


 北。



 ディレク達は──やっぱり、北に向かったコクトー達を追ったのだろうか。



 俺は北の方角に顔を向けた。


 町並みの向う側には、遠く、黒っぽい山並が見えた。


 山並みの更に奥に、うっすらと、黒っぽい山が1つ、抜きんでている。




 鬱蒼とした木々に隠れているけど、あの頂には──────古城・・がある。





「──あ」

 マツリ姉が声を漏らした。

「なに?」


 細くて白い指を、通りの向こうに向ける。



 まっすぐに伸びた細くて長い路地の向こう側に、紫黒の大剣を背負った、黒っぽい人の後ろ姿が横切るのが見えた。


「シグ兄だ。情報収集、頑張ってるかなー? シグ兄は、こういうの得意そうだよなあ。上手く人をだまくらかして、情報を引き出すのとかさー」

 だまくらかすってなんだ。なんか、悪い人みたいじゃないか。

 マツリ姉が、まだ笑っている。なんだよ。もう。何笑ってるんだ。


「────サクちゃん。まだ走っていけば、追いつけるよ」

 

「な! 何言ってんだ。別に行っても……、仕方、ないし」

 背中を軽く叩かれた。

「仲直りするなら、早い方がいいよー。遅ければ遅いほど、こじれるからさ。これ、経験談。ほら、行っといで」

 ぽん、ともう一度、背中を叩かれた。行ってこい、と押し出すみたいに。


「聞きたいことあるなら、聞けばいいんだ。相手が根負けするぐらい食い下がれば、嫌でも教えてくれるさ」


 見上げると、マツリ姉が笑顔で頷いていた。頼りがいのありすぎる笑顔で。

 姉御だ。姉御がいる。なんだかんだ言って、あのミニヤンキーが『姉御ォ!』って慕っているのも分かる気がする。確かに姉御だ。俺もマツリって、いつの間にか言うようになっちゃてたしな。

 確かに。

 その通りだ。


 よし。聞いてみよう。

 なんで避けるのか。なんで────



「うん。ごめん。マツリ姉。ちょっと、行ってくる」

「あいあい。いってらー」

 マツリ姉が、玄関で見送りするお姉さんみたいに、手を振って笑った。


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