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発売中の内容と当本文中に使用している用語を一部、統一しました。2020.9.12
名称のみで、内容に変更はありません。
1)暝の書 → 暝闇の書
2)魂の書 → 魂魄の書
3)魄の書 → 炎躯の書
4)パセージパレス → ウェイフェアパレス
5)黒刀 → コクトー
◆ ◆ ◆
俺の名前は 田山 咲丿介。
普通に農学部の大学行って、普通にコンビニでバイトして、普通に親父たちの農園を手伝っている、極々普通の大学生だ。
友人の巽 健一郎のしつこい勧誘に押し負けて、大型オンラインゲーム【グラナシエールの創世】をやり始めた。
β版を含めたら30年以上続いている、長寿ゲームらしい。アカウントも全世界800万人以上とか。作り込まれた世界観と、日々進化するシステムは、多くの人に愛され、未だに高い人気を誇っている。らしい。巽の力説によると。
最初無理やり始めさせられたので、長く続けるのには好みのキャラ作った方がいいよという巽の勧めもあり──
【サクヤ・サク】という名前の、女の子のキャラを作成した。
サクラ・サクはもう誰か登録済みだったので、使えなかった。残念。まあ、桜咲く、なんて誰でも一度は思いつくフレーズだから仕方ないけどな。
ちょっと捩って【サクヤ・サク】、と入力したら、うっかり登録できてしまった。あれ? 他にいなかったのか。同姓同名。
ちなみに、【サクサク・サク】と【サクラン・サクラン】と【サークラー・サクラコヨイ】は既に誰かが登録済みだった。ニアピン! でもないか。なんでそんな名前つけたんだ。いいのかそれで。ちょっと名前の理由を聞いてみたい気もする。
うっかり登録できてしまったので、また考えるのも面倒だったし、名前はこれでいくことにした。
栗色の、背中の真ん中ぐらいまであるさらさらふんわりストレートの髪。毛先だけが少し波打っている。
ナチュラルな黄緑色の瞳。
白い肌。
萌葱色の、袖口がラッパみたいに広くなってる、柔らかいシャツワンピース。
焦げ茶色の革のロングブーツ。
首には若草色のリボンを花の留め具で横に留めている。
裾から覗くベージュのコットン風レースが、動くたびにふわりと揺れる。
うむ。なかなか、かわいいのができたと思う。
オーガニックかわいい系っぽい感じ? いや違うか。なんていうんだこういうの。ナチュラルかわいい系? カントリー系? わからん。まあいいや。ようするにそんな感じだ。
巽は俺のキャラを見て、んーちょっとおとなしすぎるんじゃないの、と言っていた。こんこんとダメ出しされた。うるさいほっといてくれ。つーか、お前の欲望丸出しなキャラと比べたら誰でも大人しくなると思う!
強そうな男のキャラで剣もって前線で先頭きって敵の攻撃を真っ向から受けて、仲間を守りながら戦って俺様主人公、強えええ! ──なプレイも恰好良くて楽しそうだが、俺は剣もって前線で戦いたくないのでやめた。
パーティの先導なんて、面倒な役目やりたくないし。
そんなにガンガン戦う気もないし、どうせなら、かわいいキャラを眺めながら、ぶらぶら観光気分で遊ぶ方が、自分には合ってるだろう。そっちのほうが楽しそうだ。
それに、当分の間は、慣れた人達の後ろを付いていくことになるのだし。
そういうわけで、職も後衛職を選ぶ事にした。
フィールドは敵がうろうろしてるところもあるから、ということで、1人──ソロでもそこそこ外をぶらぶらできるように、と巽のお勧めの職に。
【幻草使い】
まあいわゆる、召喚職っぽいやつだ。
この職は、植物系の精霊術を使い、契約した精霊や幻獣などを【使役魔】として使役して戦う遠隔タイプだ。
一番最初の【使役魔】は────頭に1つ花が咲いたコケ玉だ。手のひらサイズ。
俺は画面の前で、大笑いした。
名前をつけれるらしいから【コケ太郎】にした。
俺の主なプレイスタイルは、以下の通りだ。
魔物と戦ったり、フィールドを探索したりして、珍しい植物の種を手に入れては、自分のパーソナルエリアにある、畑に植えて育てる。
うまく育ったら、採取して、いろんな薬やアイテムにして売ったり使ったり。
そんなプレイをしながら遊んでいたらすっかり────はまってしまった。
リアルマネーで畑と庭の拡張までしてしまった。
最大まで。
後悔はしていない。
自分が植えたものが、生き生きと育っていく畑を眺めては、ニマニマとする日々。楽しい。苦労して、全100色の花を揃えた庭は、なかなか壮観だった。100色クリアの証として、【百花繚乱の幻庭】という名前が花のアーチ扉のクリア特典とともに、庭に設置され、表示された。やった──!
その隣の稀少な薬草畑も、苦労したかいがあって、植物園みたいになっていて、美しい。収穫物を売っても美味しい。
このゲーム、細かくシステムが組んであって奥深い。
【幻草魔】──いわゆる使役魔も一緒に戦ったりしていればレベルが上がっていく。
最初は手のひらサイズでコロコロしていた【コケ太郎】も、いまではすっかり大きくなって────サッカーボールぐらいの花玉になった。
見た目は、花版マリモだ。
まるいぽよぽよした表面にレベルが上がるごとに1つずつ、身体に小さな花が増えていくのを見て、俺は大笑いした。
小さな枝みたいな手と足も生えてきた。ものすごくかわいいけど、歩く姿はぎこちなくて、見てると笑いが込み上げてくる。
ちょっと離れたつぶらな黒い瞳がかわいらしい。頭に咲いたピンクのデイジーみたいな花がチャームポイントだ。最近は、コケ頭のデイジーが光るようになった。夜になると光ってるのがよく目立つ。ゆらゆらゆれる、頭に咲いた花。
頻繁に友人の巽や、ゲーム内でできた共通の友人の【シグ】さんに戦闘に引っ張っていかれるお陰で、レベルは結構上がっていった。
巽のキャラは【タツミ】。
──そのまんまじゃないか。いいのかそれで。
巽曰く、男の背中みてプレイするより、女の後ろをおっかけてたほうが楽しいという崇高な(本人談)理由で、胸と尻と太股がばっちり飛び出た、金髪碧眼美少女の姿だ。おまわりさん、こいつです。
職は、【短剣使い】。
長い金髪に青い目、真っ白い肌。きわどい所まで胸の開いた着物に、黒い網目のインナー。黒パンツ丸見えミニスカ。ニーハイソックスとミニスカのコーディネートを駆使して、究極の(本人談)絶対領域を作り出したらしい。加えて、うなじスキー(変態)なので、基本ポニーテール。──ほんと、わかりやすいなおまえ! 変態の本能のままに生きてるな!
つかまってしまえ!
一方、【シグ】さんは、黒髪に濃い紫の瞳、2メートルぐらいある長身で、細身だけど筋肉はしっかりついた青年姿だ。
巽がゲームを始めた頃に、同じように始めたシグさんと知りあって、フレンドになったらしい。
とてもいい人で、あとから入った新規の俺にもいろいろ教えてくれたり、いろんな場所やイベントに連れていってくれたりする。言動も行動も騒がしい巽とちがって、とても静かで、指示は的確だし、いつも落ち着いていて、大人だ。
ただ、俺の知ってる前衛職プレイヤーのほとんどはガンガンいく性格なのに、シグさんだけ、前衛職なのにちょっと性格がのんびりしているところが、なんだか見てて時々、吹き出してしまう。ごめんなさい。だって、「うーん。困りましたねー」とかのんびり言って激戦中に突っ込んでくんだもん。笑うわ。
職は、【魔剣使い】。
大剣使いの派生ジョブらしい。魔法剣士系っぽい。前衛職はよくわからんが、剣にいろんなバフをつけたり、剣を媒体にして魔法を使ったりして戦う感じだ。
シグさん前衛、タツミが攻撃と補助、後衛の俺、とコケ太郎、あとは入れ替わり立ち替わりのフレンドさんたち、という布陣で、いままでいろんな敵を倒したり、クエストをこなしたりしてきた。
先日、俺達は、偶然にも。
【特殊クエスト】の起動キーアイテム──【薄汚れた壊れし王冠】を手に入れた。
特殊クエストとは、グラナシエールに無数にちりばめられ、隠された物語や隠しダンジョンなどの総称だ。何らかの条件下で、そのクエストの起動の鍵となる、【キーアイテム】を手に入れることが出来れば、その隠されたクエストをプレイすることができる。
そんな特殊で貴重なアイテムを、偶然、フィールドで巽が拾ってきてくれたお陰で、俺たちはその特殊なクエストをやることができたというわけだ。
その特殊なクエストのタイトルは──────【暝き黒霧の狂王】。
ストーリーの演出がものすごく上手くて、臨場感があって、自分まで物語の中に入ってしまったかのような気分になるくらいの良作クエストだった。
これ作った人すげえ。細部まで本当にリアルで、現実に、この古城はどこかに存在してるんじゃないかと思うくらいのリアルさだった。
ストーリーは全部で2部構成になっていた。
過去を追想する第1部。
盗掘屋が封印を解いて、目覚めさせてしまった狂王を倒しにいく第2部。
俺はのめり込んだ。
ファンタジー系は元々大好きで、小説とかもよく図書館で借りたり、買ったりしている。その中でも、こういう、ダークな香りのするリアル王道ファンタジー系は結構好きな部類だ。
俺たちは、協力してくれるフレンドさんたちに手伝ってもらって、特殊ダンジョンを次々クリアしてった。特殊なだけあって、でてくるモンスターも特殊で、なかなかに強かった。
数々の全滅を繰り返して、ようやくたどり着いた古城の最上階。
そして、クエストのボス──────【黒霧の狂王】を、激戦の末、ようやく撃破することができた。
黒い霧が立ちこめる、魔物の巣窟と化した古城。
全てを拒絶するかのように、黒い棘だらけの蔦が城の内外を覆っている。
もう人の姿すらしてない、異形と化した、嘗ては王子だった男。
狂いし王は、折れ曲がった血まみれの手を、虚空に延ばした。
「私、は……私は、なんだったの、だろうな……。誰にも、母にすら、名を呼ばれたことがない……私は、いらないもの、いても、いなくてもよい、誰にも、世界にすら、お前はいらぬと、不要だと……また、再び、消されてゆくのか────」
ボロボロの王座の前、狂いし王が天を仰ぎ、最後に慟哭し────倒れた。
周囲を侵食していた黒い霧と、城を覆っていた棘だらけの黒い蔦が、少しずつ薄れていく。
盛大なファンファーレが鳴り響いた。
クエストをクリアした合図だ。
10人ぐらいのプレイヤーキャラが踊り出し、飛び跳ねたりしだした。
チャット欄が喜びの悲鳴や会話で埋まっていく。
[ひゃっほー! クリアだああああ!]
タツミも飛び跳ねている。
[最後のほう、少し危なかったですが、クリアできましたね。よかったよかった]
シグさんも嬉しそうだ。
[クリア、おめでとおおおお! ありがとおおお!]
俺も飛び跳ねた。
『キュー!』
コケ太郎も、花をまき散らしながら飛び跳ねている。
ふと、ボロボロになった王座が視界に入る。
俺は、誰もいなくなって、何もなくなってしまった城を見て、少しだけ────切なくなった。
ストーリーは、なかなか重い話だった。
────物語は、メインナビゲーターでもある城仕えの司祭だった老人の、昔語りから始まる。
長命種のエルファーシ族である老人は、当時、まだ駆け出しの若い神官だった。
よくある話ではあるけど、双子の兄弟王子が生まれて、圧制によって民衆に不満がたまっていく王政の中、確実に火種になる弟は王によって暗い地下牢へ幽閉された。
湧き出る汚水のような地下水で咽を潤し、忘れた頃に差し出される生ゴミのような食事で空腹を満たす。
そんな中、王が病で倒れ、兄が王になった。
兄王の治世は長く続かなかった。
王制廃止の動きは止まらず、兄王は自室で暗殺されてしまう。
王政を廃止したくない王族と私腹を肥やしたい貴族は、兄王の死を公表せず──
──地下牢の弟王子をひっぱりだした。
弟王子は、王族と貴族たちに奴隷のようにあつかわれながら、形だけの王になった。
母には化け物を見るかのような目でみられ、
裏では使用人にすら、まるでやつあたりのように殴られ、蹴られ、毒味だと言われて床に置いた食事を犬に食わせてから、残ったものを床で食べさせられる。
奴隷のように、いや、人以下に扱われる日々。
王は、ますます暗く、狂っていた。
そんな時、暗い闇から、暗い魔の者が現れた。
「──深淵に近づくほどに暝き心をもつ王よ。暗き瞳。虚無。すばらしい。人はどこまで堕ちていけるのだろうか? 興味は尽きぬ……さあ、どうだい。この世の全てを、暝く塗りつぶしてみたくはないかね?」
魔の者が、楽しそうに、王に提案を持ちかけた。
王は、魔の者の手を取った。
魔の力を得た王は、まず自分を連れ出した者たちを殺した。
次に、自分を殺そうとした母。
次々に、魔の力で殺していった。
魔の力の前には、武器など役に立たない。
為す術もなく、殺されていく人々。
殺すほどに、黒い霧が満ちていく。
暗い霧からは、魔物が次々に現れた。
このままでは、国は滅ぶ。
このままでは、国どころの話ではなくなるかもしれない。
人々は、狂った王を討つことにした。
王の魔の力は強大で、倒しきる事はできなかったが、多大な犠牲を出しながらも、どうにか封じる事はできた。
王は、暗い城に封じられた。
城のある山は霧が満ち、城下も霧が満ちるようになった。
人々は霧の満ちる国には住めず、皆、去っていった。
すこしずつ、人々の記憶から忘れ去られていき、300年────
盗掘屋たちが、王を封じていた封印の要である、【清らかなる神木の杖】をぬいた。
黒い霧が、再び、少しずつ漂い始めた…………
──という、ハード&ホラーちょっとエグイ系?なストーリーだ。
でも──
──誰にも、名を呼んでもらえなかった王子。
──母にすら。
あまりにも可哀想すぎる。俺だったら耐えられない。
誰にも名を呼んでもらえず、死ぬまで、独りで──
ちょっと城の中を見て回りたいから、と言って、俺は残った。
巽はバイトの時間が迫ってるから、と言って慌ただしくログアウトしていった。
他の仲間も、次々に別れの挨拶をチャットに書き込んでは、別エリアへテレポートしたり、ログアウトしていった。
[サクヤさん?]
シグさんが、いつまでも動かない俺に気付いて不思議に思ったのか、テレポートをキャンセルして側まで戻ってきた。うぬぬ。行ってくれてよかったんだけど、戻ってきてしまったのなら、仕方ない。
[どうしたんですか?]
[うんー。ちょっと。この終り方ってさ。あんまりだなあと、思ってさ]
自己満足かもしれないけど、このまま勝ってすぐ立ち去るのは、少し気が引けた。
収穫したばかりの白系の花をとりだして、【作成】して束のアイテムにする。
【白い花束】
可憐な白い花でつくられた花束。清らかなリリーティアの花の香りは、受け取った者の心を安らげ、落ち着かせる。
それを、王が消えた場所にそっと置いた。
アイテムをなにもない場所に置くと、【廃棄】扱いで、30秒ぐらいしたら消えてしまうけれど。
[アルグレツィオ王子……安らかに]
「アルグレツィオ王子……安らかに」
狂王の本当の名前は──アルグレツィオ・ローディス・フォンガルディア王子。
本編で、その名を呼ぶ人は、誰一人としていない。
唯一、クエストの説明文に一行だけ、載っている名前。
たとえそれがゲームの中の、架空の登場人物の1人だとしても。
紡がれた物語は、例え作られたものだとしても、ここに、現実に紡がれて在るのだ。
そして、心に残る。
暗い地下牢で独り。
連れ出されても、独り。
狂って、魔に堕ちて、倒されるときも──独り。
だれにも、名を呼ばれる事もなく──冒険者に倒されて、終る。
このストーリーに、救済はない。
馬鹿みたいに人は死ぬし。
狂王の嘆きと怨嗟と慟哭と、全ての消滅と共に、その悲劇の幕は閉じる────
このストーリー考えた奴、鬼畜だろ。もしくは、ハッピーエンドを書き飽きて、アンチテーゼ的に、究極の悲劇ってやつを描いてみたかったのかもしれない。救いのない、ドロドロの奴を。
[なるほど]
[だって! なんか、この終わり方は悲しすぎるだろ!?]
少しだけ間があいて、シグさんが書き込んできた。
[サクヤさんは、やっぱり優しいですね。優しすぎて──ちょっと心配になるぐらいですが]
なんで心配されてんだ。
[優しくないよ! これで終わりじゃなんか後味悪いし……気になっただけだ!]
[そうですか]
なんか、絶対、向こう側で、笑われてる気がする。くそ! イタイ奴ですみませんね! だから誰もいなくなってからしようと思ったのに! シグさん戻ってくるから!
チャットで話してる間に30秒はあっという間に過ぎ去り、白い花束は床に吸い込まれるように、消えていった。
「……あれ?」
[何か、落ちていますね]
花束が消えた場所に、小さく光るものが落ちていた。
画面を近づけて見てみると──白っぽい金属の、小さな欠けらだった。
メッセージが出る。
[────【壊れた王冠の欠けら】を拾いますか?]