言うべき資格がない。
福島市内はどこも混雑していた。
ガソリンスタンドに食料品店、ホームセンター。どこにも人が列をなしていた。
ガソリンには給油制限が設けられていた。
食料品は、保存食や飲料水を中心に買い占められていた。
空っぽの棚が無数にあった。
至るところに売り切れのポップが貼られていた。
皆、長期戦を想定していた。
僕はホームセンターに寄っていないので、これはあくまで想像なのだけれど、購入されていたのは対放射線装備だったのではないかと思う。
当時、放射線は風に乗って国道115号線や288号線を抜け、盆地である福島市や郡山市に集中していた。南方であるいわき市の方へは、それほど飛んでいかなかった。
あくまで「それほど」という話であり、直近の富岡町大熊町の比ではない。
だけど、不安になるのは当たり前だ。
無味無臭の見えない脅威が空中に漂ってるなんて、出来の悪いホラーみたいな話だ。
対放射線装備についていうと、メルトダウン直後はまだタイベックの防護服は一般に出回ってはいなかったはずだ。
だから、軍手、ゴム手、長靴、マスクにゴーグル、カッパ、ナイロンジャージ。そんなところが売れ筋だったのではないだろうか。それらをガムテープで結着すれば、とりあえずの防護は整う。
あとはなんだろう。
水が止まっているので着替え。緊急用のろうそく、マッチ、ライター、懐中電灯、電池にカセットコンロやボンベの類。ゴミ袋。
もし僕だったらそういったものを購入していただろう。
だけど、帰るべきところのある僕らは、一切そういう苦労をしなかった。
しなくて済んだ。
だから僕は、買い占めについては何も言わない。
言う資格がない。