潔癖症と他人の手作り
潔癖症の人間が嫌う食べ物はおにぎりだと俺は思う。根拠は今目の前にいる俺の友人が証明している。
「弁当忘れた」
「どうすんだよ」
「食べずに頑張る」
「それは無理だろ、ほら、ちょっと分けてやるよ」
弁当の蓋に卵焼きやおにぎり、ウィンナーを乗せて海に渡すとすぐに返された。
「いや、遠慮しとく」
「何でだよ。腹減ってるんだろ?」
その証拠に海のお腹は空腹を一生懸命に訴えている。聞いているこちらが気の毒になってくる。それに俺は空腹の人間を前に一人で食べられるほど無神経ではない。
「僕に遠慮せず食べてくれ」
「食べれるか!」
「僕は他人の手作りは食べられないんだ」
「あー、なるほどな」
このままでは俺まで食べそびれてしまいそうなので遠慮なく食べることにした。
だが、海の腹の音が気になって喉に通らない。
「……その腹の音すごい気になるんだけど」
「む、すまない……気にしないで食べてくれ」
「気にするわ!今日だけでも我慢して食え!」
「無理だ」
「毒なんか入ってねぇよ!?」
「入っているさ、菌という名の毒が」
「お前失礼だぞ!」
「無理なものは無理だ。樹の母さんはちゃんと手を洗って作っているのか?卵の表面にはサルモネラ菌がたくさんついているんだ、それにおにぎりは……それは手で握ったやつなのか?」
「ああ、そうだけど」
そう言うと海は深くため息をついて首を横に振った。
「何だよ今の、腹立つな」
「おにぎりを手で直接握るなんて……手垢おむすびの完成だ」
「やめろよ!人が食ってる時に!」
「断然、サランラップを使って握った方が清潔だ」
「そんなの気にしたら負けだろ!」
俺は潔癖症の抗議など受け入れずに弁当を食べた。全く面倒くさい奴だ。
「おい、帰るぞ」
「……」
6限目が終わった時、海は生きる屍となっていた。椅子に力なくもたれたまま虚空を見つめている。
「だから、食えって言ったのによ」
「……お腹がすいて力が出ない」
「どこのヒーローだよ、お前は」
まあ、自業自得だが可哀想なのでポケット中の飴をあげた。
「ないよりましだろ」
「……くしゃくしゃだな、いつから入ってたんだ。食べられるのか?これは」
「いいから黙って食え!」
「ありがとう。いただきます」
今日は食べたが普段なら絶対に食べないだろう。
空腹にも勝る潔癖症、おそるべしである。