潔癖症と床掃除
昼休みが終わり、掃除の時間である。
掃除の時間、毎日役割じゃんけんというものが俺らのクラスには存在している。箒、雑巾がけ、机を運ぶ人、そして黒板の掃除、そしてこのじゃんけんは俺の友人、海にとっては命懸けと言っても過言ではない。
「大丈夫……大丈夫……勝てる、勝てる」
何か怨念のようなものを体から発しながら海はジャンケンの輪へと入ってきた、当然ある程度人からは距離を置いている。
「たかがじゃんけんだろ、何をそんなに自分を追い込んでるんだよー」
クラスの男子、是澤が海に言った。
海は鋭い眼光で是澤を睨む。
「僕にとってはこれは戦争と言っても過言ではない」
「過言だろ」
恐ろしい程真剣な目をして語る海に俺はツッコミを入れる。
「じゃあ、やるぞ、じゃーんけーんっぽん!」
海以外が出した手はパー、海が出したのはグーだった。途端教室に重い空気が流れる。
「……まあ、仕方ないよな。じゃあ、海、お前雑巾な」
そう言うと海は自分のロッカーへと向かって行った。取り出してきたのは膝あてと使い捨てのナイロンの手袋、それにマスクだった。それらを身につけた海はまるで武装しているかのようだった。
「こういう時のために準備しておいた」
ちょっと得意気に言う海にその場にいる全員が注目する。
「それだけあれば雑巾がけも平気だろ」
「いや、そうでもない」
「何で?」
「だって、汚い床をさらに汚い雑巾で拭くんだぞ?負の連鎖じゃないか、綺麗になんてならない。それに汚い埃まみれの床に這いつくばって顔を近づけるんだ……考えただけで憂鬱だ」
そう言って俺の顔の前に年季の入った雑巾を近づける。相変わらずカビの臭いがする。ここ最近雨ばかりでろくに乾いていない雑巾は激臭を放っている。
「おい!そんなものを顔に近づけんなよ!」
「む、すまない」
「ったく、しょうがない奴だな。代わってやるよ」
持っていた黒板消しを海に渡す、そして雑巾を手に取り濁った水の入ったバケツまで歩く。
「……いいのか?」
「別に俺は何でもいいし」
「樹、すまない」
「いいよ、気にすんなよ」
海の肩に手を置くと海の体は固まった。
「どうした?」
「……今、触ったな、雑巾を持っていた手で」
「あっ、ごめんごめん」
再びロッカーへと歩いて行き肩に消毒液を吹きかけている。流石にそこまでされると俺でも心に来る。
そうして掃除の時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。バケツと雑巾を片づけ手を洗う。
「樹」
名前を呼ばれて後ろを振り向くとそこにはチョークの粉まみれになった海が立っていた。
「おまっ、どうしたんだよ!」
「黒板消しを叩いていたらこうなった……」
「ああ、あれか、難しいよなー風向きとかもあるしな。まあ、チョークだし叩けばのくから」
よく見ると海の黒い髪はチョークの粉が結構降り積もっている。雑巾がけもの事ばかり考えていて頭の防御までは考えていなかったらしい。
海は頭や服を叩きながらこう言った。
「目出し帽ってどこに売ってるか知らないか?」
「知るわけないだろ……」
その装備で目出し帽を被ればもう不審者にしか見えない。いや、今も危ういところだが。
「宮内!お前、なんて格好をしているんだ!」
「あ、先生」
生徒指導の先生が不審者姿の海を見てこちらへ早歩きで向かってくる。叱る先生に冷静に反論する海はまた明日の掃除も武装してするのだろう。
そんなことたった数ヶ月くらいの付き合いでもわかる事だった。