魔の森
初投稿です。よろしくお願いします。
魔の森、と呼ばれる魔物や魔者が住む広大なこの森には場違いな西洋式の城が存在する。
いつからそこにあるのか、なんのために建てられたのか、下手をすれば城の存在自体、ほとんどの人間は知らない。そんな外部とは隔絶された魔の森の中心部にその城は建っている。そして城の存在を知る極一部の人間からは畏敬の念を込めて魔王城と呼ばれていた。
「ひーまーじゃー!」
魔王城中央広間にて、豪奢な白色のドレスに身を包んだ女神のように美しい少女が叫んでいた。
その声を聞いた執事であるローレンは、またかと思いながら掃除を中断して彼女のもとへ向かう。
「どうされましたアリス様」
魔王城中央広間には大の字で床へ仰向けで横になっているアリスの姿があった。腰までとどく美しい黒髪は床と彼女の背中に挟まれてサンドイッチの具と化している。
それを見たローレンは思わずため息を吐いてしまう。これでは時間をかけて髪を梳いた意味がない、と。
「なんじゃローレン。そんなに私が迷惑か。終いにはこの退屈な日常と、おまえに迷惑がられた悲しさから泣いてやるぞ」
「齢三百歳を過ぎた吸血姫が泣くなんて、みっともないからやめてください。ただでさえ少ない威厳がさらに少なくなりますよ」
「そんなものどうでも良いわ。それより暇で暇なこの現状をどうにかしてくれぬか。このままだと本当に私が死んでしまうかもしれぬぞ」
「冗談でも不謹慎なことを言わないでください。それと、そんなに暇なら掃除を手伝ってくれませんか? 流石に一人で城全てを掃除するのは骨が折れますので」
「嫌じゃ」
大の字で寝ているにもかかわらず、アリスは偉そうに拒否をする。まあ、ニヤついているのでふざけて言っていることは丸わかりであった。
「即答ですか。ーーわかりました。それでは一つ公務をしていただけませんか? というかしてください」
「執事とは思えぬ言いようじゃな」
「そんなことはありません。主を甘やかさないことも執事の責務です。と、話が脱線してしまいましたね。それで公務の内容ですが、今朝がた城門に設置された目安箱を確認したところ二通の投書が入れられていました。内容はどちらもケンタウロスと狼男の若い衆の諍いを止めて欲しいというものでした。ちなみに差出人は両種族の長からです」
「‥‥‥‥‥‥それは止めるために暴れても良いのかのう?」
「‥‥‥‥やむを得ず、なら問題ないと思われます」
「うむ。わかった」
言うが早いかアリスは大の字で寝ていた状態からピョンと飛び起きると中央広間にある人ひとりほどの大きさがある窓を開け、飛び出していった。慌ててローレンが窓から外を覗いたが、時はすでに遅かった。視界に捕らえたのは漆黒の翼を広げ、凄まじい速度でケンタウロスと狼男が住まう集落へと向かうアリスの姿だった。
心の中でケンタウロスと狼男たちにご愁傷様です、と唱え大きく開かれた窓を閉める。本来ならば執事として主の暴走を止めなくてはならないのだろうが、ローレンは止めない。なぜなら面倒くさいから。
「それに若い者は痛い目にあった方が良いんですよ」
ローレンの独白がひっそりと響いた。
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魔の森北区林道。
普段は通る者も少なく、物静かな林道が珍しく喧騒に包まれていた。
魔の森から外へ出る道を行かんとする狼男。それを阻まんとするケンタウロス。両者の間には激しい火花が散っていた。
若いケンタウロスが何度目になるかわからない苦言を叫ぶ。
「何度言ったらわかるのだ! この愚か者! 森の外へ出て人間を襲うなど愚の骨頂だぞ!」
それに対して若い狼男も何度目になるかわからない反論を叫ぶ。
「違う! 境界ぎりぎりをうろつく怪しい人間にお灸を据えてやるだけだ!」
「それが愚かだというのだ! わざわざ挑発に乗る必要などない! 勝手にさせておけば良い!」
まさに一触即発。というかすでに何度が戦っていた。お互いの体には少なくない傷がついている。
お互いに埒があかないと判断した二人は戦闘態勢に移行する。ケンタウロスが脚に力を、狼男が両腕に力を入れ、ギャラリーが固唾を呑んで見守り始めたとき、それは起きた。
「喧嘩、両成敗!」
言葉と同時に現れたアリス。ドレスを翻し凄まじい速さで放った回し蹴りをケンタウロスの横っ面に。そして勢いを殺さぬまま狼男にも逆の足で回し蹴りをお見舞いする。時間にして一瞬。両種族の若頭はそれぞれ綺麗に飛んでいった。その勢いはとどまる所を知らず、途中、進行方向を遮った木すらも薙ぎ倒し二人が地に着いたのは距離にしておよそ百メートルほど飛んでからだった。
こうして目安箱に投書された依頼は物理をもってして解決したのだった。