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オペレーション・アハトアハト

 時間帯は朝とはいえ、辺りはまだ闇に閉ざされていた。

 そんな中、帝国兵はライフルを担ぎ、東街の南に位置する一つの出入り口から、外の平原を睨んでいた。

「しかし、歩哨も面倒だよな・・・・・・。どうせ前線はずっと前で、この辺に敵なんざいないのに見張り続けるなんてよ。ま、お偉いさんも建前上やるしかないんだろうけど」

 そう言って、帝国兵は胸ポケットから煙草を一本取り出すと咥える。そして、持っていたライターで火をつけていた。

そうしてしばらく煙草をふかしていたが、ふと、目の前の草むらで何か動いた気がした。

「あ? なんだ?」

 帝国兵はライフルも構えずに、草むらに近づく。

 しかし、その瞬間、近くにあった別の草むらが向くりと立ち上がっていた。

 帝国兵は驚いて、慌ててその草むらにライフルを構えようとした。

 だが、それよりも早く、そのライフルは取り上げられ、後ろから口を塞がれていた。

「んんんっ!」

 帝国兵は慌てて口をふさぐ手を掴んでもがくが、それよりも早く後ろから首をひねりあげられていた。

「ぐっ」

 帝国兵は変な声を上げると、そのままぐったりとする。後ろから拘束していた草むらが手を離すと、帝国兵はその場にばたりと倒れていた。

「アルノー、油断するな」

 その草むらがそう呟くと、今まで帝国兵の前にあった草むらが向くりとあ立ち上がって応えていた。

「すみません、ファルジア隊長代理。煙草を吸っているだけだと思って油断しました・・・・・・」

「まあ、丁度良く歩哨を始末出来たから今回はお咎めなしだ。次は気をつける様に」

 そう言うと、軍服の上から草むらの偽装を施したファルジアは、倒れた帝国兵の胸ポケットから煙草の入った小箱を拝借する。

「ジャンにでもやるか。―――よし、全員いるか?」

 ファルジアがそう声をかけると、辺りの草むらが一斉に立ち上がる。

それは、総勢三十八名のファルジアの部下達だった。

「全員ついて来てます!」

「よし。歩哨を始末したので、匍匐を止めてこのまま突入する。武器を携帯せよ」

 すると、草むらの偽装をした兵士達は、担いでいたライフルを構える。

「よし。続け!」

 そして、ファルジアが街に足を踏み入れると、兵士達も続々とそれにづづいて街に突入していった。


『こちらファルジアです。東側のホテルの前までたどり着きました。兵の配置も完了です』

「了解。そんじゃ、始めるとするか。―――シグは?」

『言わずもがな』

 その返事を聞くと、ジャンは無線機を戻し、自分の操縦席へと収まる。

 そして、エンジンをかけると共に、後ろの砲手席を振り返っていた。

 そこには、緊張した面持ちで飴玉を口へと放り込むハンナの姿がある。

「行くぞハンナ」

「うん。オペレーション・アハトアハト、開始だね」

「どうもネーミングセンスのねえ作戦名だな」

「いちいち文句付けないでよ。シグさんが8.8センチは公国ではそう呼ぶって言ってたからそう名付けたんだから」

 飴で頬を膨らませ、不機嫌そうに言うハンナの言葉を聞きつつ、ジャンは笑ってアクセルを踏み込んでいた。


 太陽の光が差し込み、辺りは少しずつ明るくなってきた。

 線路が脇を通る中央の検問にいた帝国兵は、太陽の光に照らされた平原を眺めていたが、ふと、遠くの街道に上がる砂埃を見かけた。

「ん?」

 慌てて詰め所に置いてあった双眼鏡を手にすると、その砂埃を見つめる。

 そこにいたのは、ずんぐりむっくりとした戦車だった。それがこちらへと真っ直ぐ向かって来ていた。

「て、敵襲うぅ―――――っ!」

 彼が叫ぶと、検問の詰め所にいた帝国兵が警報を鳴らす。即座に、朝の静かな街へとサイレンが響き渡っていた。

『敵襲! 敵襲! 東側より戦車が一両接近してくる模様!』

 街の中に響き渡る叫び声に、街の中は即座に慌ただしくなる。

 荷物の集積場に止められていたT‐16もそれを合図に目を覚まし、エンジンの唸り声を響かせていた。

「車長、司令部より入電です」

 そのT‐16の中、車長へと通信士が声をかける。

「車種は不明ですが敵戦車は一両、囮である可能性が高いそうです。そのため、西側に配置した戦車は動かさないらしく」

「わかった。まあ、妥当な判断だろう。二両のT‐16がいればよほどの戦車でなければ十分だからな。―――よし、前進しろ」

 車長がそう命じると、T‐16はエンジンを唸らせ、二両連ならって動きだしていた。


「来たぞ」

 操縦室のジャンの言葉を聞いて、ハンナは慌ててキューポラに頭を突っ込んでいた。

 そこには街の東門が見え、そこから出てくる二両の戦車の姿が見えた。

「T‐16が二両だね」

「ああ。それ以外の戦車が来ない事を祈るけどな」

「シグさんは大丈夫だって言ってたじゃん。前線じゃない方から来る一両の戦車に、T‐20程の戦力は割かないだろうって」

「さすが、軍事大国の士官様。言う事が違うよ。そんじゃ、行くぞ」

「うん!」

 そう言うと、ハンナは砲塔から車体へと降りる。

即座に重く大きな75ミリの砲弾を手にすると、慣れた手つきで砲の後ろから込めた。

 そして、ジャンが照準器の向こうに小さなT‐16をおさめ、引き金を引く。

 轟音と共に車体から放たれた砲弾は、T‐16の目の前に大きな爆発を起こしていた。

「あれはもしや共和国の重戦車か?」

 砂埃を被りながら走るT‐16の中で、車長はペリスコープ越しに敵戦車を確認していた。

「主砲、徹甲弾装填!」

「はっ。・・・・・・装填完了」

「目標、目の前の敵重戦車」

「・・・・・・照準よし」

「撃て!」

 二両のT‐16が同時に砲撃すると、一発はシュルクの手前に着弾し、もう一発は車体に命中していた。

しかし、砲弾は貫通することなく、金属音を響かせてシュルクの装甲に受け止められていた。

「ちっ。この距離では貫通しないか。一気に近づくぞ」

「はっ」

 二両のT‐16はペリスコープから見えるシュルクの姿を頼りに、アクセルを吹かして一気に向かって行く。

 その間も、シュルクは走りながら当たるはずもない車体の榴弾砲を撃ちまくっていた。

 T‐16の周りには何度も爆炎が上がり、粉塵が巻き起こる。

 その内、辺りに砂埃が漂い、視界は少しずつ悪くなっていった。

「もう一両に右に散開するよう伝えろ。しかし、こんなに視界が悪くなるとは・・・・・・」

 帝国軍のペリスコープのガラスは、実は気泡が浮いていたりと非常に質が悪い。そのため、ただでさえ視界が悪く、砂埃が漂う現在、T‐16の車長は目の前のシュルクのシルエットがなんとか判別できる程度であった。

 しかし、二手に分かれた二両のT‐16は、すでにシュルクにかなり接近しており、位置さえ分かれば充分貫通出来る距離だった。

「よし。充分だろう。停止しろ」

「停止します!」

「副砲、徹甲弾装填」

「・・・・・・装填完了」

「目標、敵重戦車」

「・・・・・・照準よし」

 そして、車長が号令を叫ぼうとした瞬間、突如として爆発音が響いてた。

 しかし、それはシュルクのものではない。

「なっ?」

 車長は驚いて、ハッチを開けて身を乗り出す。

 すると、反対側からシュルクに迫っていたT‐16が炎に呑まれていた。

 だが、左右から迫るT‐16に対し、正面を向いたままのシュルクの二門の砲に撃ち抜かれるなど、あり得なかった。

「ど、どう言う事だっ?」

 砂埃が漂う中、車長が慌てて辺りを見回すと、遥か遠く側面にシルエットが浮かんでいた。彼が良く目を凝らすと、そこにはもう一両の戦車―――ヴォルフの姿があった。

「粉塵に紛れて側面にっ?」

 車長は慌てて脱出しようとしたが、即座にヴォルフが放った砲弾が砲塔を貫通していた。

 それはT‐16の弾薬をを引火させ、その爆炎に車長は巻き込まれていた。


 T‐16が東に向かったのを確認すると、ファルジアは高射砲の置かれた広場の手前の通りへと待機していた兵士達に声をかける。

「目標は司令部であるホテルと高射砲の確保。いいな」

 それに兵士達が頷いたのを確認すると、ファルジアは一気に号令をかけていた。

「突入する。続け!」

 ファルジアがライフルを構えて進むと、兵士達もそれに続く。

 そして、司令部となってるホテルの裏側へ回り込むと、ホテルの裏口に数人の歩哨が立っているのを見つけた。すると、ファルジアは角の死角から、ライフルを構える。

 そして、ファルジアがライフルが連射すると、歩哨達はその場に倒れていた。

「よし。突入!」

 ファルジア達は裏口を確保すると、素早く中へと突入する。

 裏口から無人の厨房と従業員室を通り抜け、エントランスへ出ると、そこでは帝国将校が慌ただしく外へ駆けて行く所だった。

 ファルジア達共和国兵が容赦なく発砲すると、帝国将校はバタバタと倒れていった。

「一班は玄関から広場を警戒しろ。二班は二階、三班は三階、それ以外は私と共に四階を制圧する」

 兵たちは素早くエントランスを確保。窓から広場へと銃を向けていた。

 そして、なだれ込むように他の兵が階段を駆け上がる。

 二階、三階にいた将校たちはすでに戦車の接近で外に出てしまったらしく、がらんとしていた。

 ファルジアが兵を引き連れて四階に突入すると、奥の部屋の前に帝国兵が立っていた。

 彼は銃声を聞いてすでに警戒していたのか、ファルジア達が姿を現すと同時にライフルを発砲。ファルジアの隣にいた兵士が倒れるも、彼は素早く持っていた手榴弾を放り投げ、倒れた兵を引きずって階段へと逃げる。

 爆発と共に破片が飛び散ると、ファルジアは倒れた兵を別の兵に任せ、突入する。

 そして、一斉に爆発で吹き飛んだ奥の部屋へ踏み込むも、テーブルを盾にして帝国兵将校が拳銃を乱射してきた。

「ちっ」

 ファルジアは再び、部屋の前へ戻る。

「降伏しろ! ホテルは我々が占拠した!」

「何を言うか! ここは帝国の重要な補給拠点なのだ! 貴様等の様な小部隊に占拠されてなるものか!」

 それを聞いて、ファルジアはやれやれと肩をすくめていた。そこへ、隣にきた兵が言う。

「やはり、お偉いさんは説得には応じませんね」

「ま、想定内だ。時間かけて説得する時間もないからな。制圧する。―――ほらアルノ―、手榴弾を」

 そう言って、ファルジアは兵から手榴弾を催促し受け取ると、容赦なく部屋の中へと投げていた。

 次の瞬間、盛大な爆発と共に、銃声は止む。

 ファルジアが改めて踏み込むと、さっきまで銃を撃っていた将校はずたぼろの雑巾の様になって床へ倒れていた。

「ホテル内、全て占拠しました」

 そこへ、新たに入って来た兵が報告すると、ファルジアはすぐに命じる。

「四班は四階で何か使えそうなものがないか探せ。それ以外は一階から広場を制圧せよ」

「了解しました」

 兵が戻って行くと、入れ違いに無線を担いだ兵が入って来て、ファルジアはその無線の受話器をとる。

「司令部であるホテルを占拠しました。やはり司令官は降伏しませんでしたので始末を」

『そうか。こっちもT‐16を始末した所だ。すぐにそっちに行く。高射砲は?』

「準備できております。お待ちしてますよジャン」

『おう。―――それより、シグの方を頼む』

「分かりました」

 そう言うと、ファルジアは近くの机に置かれていた電話から、〈戦車〉と書かれた電話を手に取る。そして、無線を担いだ兵を連れて、ホテルの北側の部屋へと向かった。

そこの窓からは、街の北側―――駅方面が見渡せる。

 すると、丁度窓の外では、東門から入ってきた二両の戦車が、街の北と南に別れたのが見えた。

電話の受話器をとると、ファルジアは話しだす。

「敵の戦車が集積場へ向かった。T‐16を二両、向かわせろ」

『了解しました』

 ファルジアは受話器を置くと、今度は兵が担いでいた無線の受話器をとる。


「ハンナ榴弾装填!」

「わかった!」

 ジャンはアクセルを踏み込んで、シュルクの巨体を街の中で疾走させる。

止まっている車や街灯は容赦なく踏みつぶし、その状況に大半の帝国兵は逃げ惑っていた。

そしてシュルクがたどり着いたのは、高射砲の置かれた広場。

そこでは、高射砲の周りに布陣する帝国兵と、ホテルから応戦する共和国兵の銃撃戦が繰り広げられている。

「くらえッ!」

 シュルクが広場に現れたと共に、ジャンは75ミリ砲の引き金を引く。車体から放たれた榴弾は、高射砲付近の土嚢と敵兵を一度に吹き飛ばしていた。

 その間にも砲塔に戻ったハンナは、同軸機銃を敵兵に向けて撃ちまくった。

「うわあああぁぁ――――っ!」

 目をつぶっての乱射だった為、弾はまるで当たらなかったが、敵兵は驚いて広場から撤退して行く。

すると、ホテルから共和国兵が一斉に出て来て、高射砲の周りをあっという間に占拠していた。

 そして、ジャンの操縦するシュルクは、四輪の車の様な高射砲の前へ、お尻を向けて停止する。ジャンはハッチから顔を出して、周りの共和国兵へ指示を出していた。

「よし。高射砲を連結してくれ。それと砲の操縦を習った兵士は搭乗しろ」

「了解しました!」

 共和国兵が帝国兵に撃ち返す中、一部の兵が即座に高射砲の周りへ集まると、固定されていた車輪を解除し、シュルクへと近づける。

 そして、シュルクの後ろの鎖を高射砲へと巻きつけて行く。


橋を渡ったT‐16は司令部からの指示通り、駅の北側―――集積場へと向かった。

 しかし、集積場に入った所で、T‐16は二両そろって停止する。

「敵の戦車はどこへいった?」

 集積場には、帝国から列車で運ばれて来た木製コンテナやドラム缶がうず高く積まれている。種類で別けられ、個別に詰まれたそれは一種の壁で、集積場は見通しが悪かった。

「仕方ない。二両で別れて探す。もう一両に伝えてくれ」

 車長は無線手にそう言うと、T‐16を前進させた。もう一両は無線の内容を聞いたのか、曲がって別のルートへと行く。

「さて、いぶり出してやろう。進め進め!」

 車長はそう言うと、T‐16はものすごい勢いで集積場の中を走り回る。ぶつけたコンテナは吹き飛ばし、ドラム缶は踏みつぶす。

「さあ、何処にいる! 逃げるばかりじゃなく姿を現わしたらどうだ!」

 しかし、その瞬間、突如として車内が真っ赤に染まった。

「っ?」

 一瞬、何が起きたかわからなかった車長だが、隣でぐったりした砲手を見て戦慄した。砲手の身体には大きな穴が空き、車内は血だらけに染まっていたのだ。

「ど、何処からっ?」

 車長は慌てて、ハッチから顔を出して辺りを見回す。

 そして後ろを振り返れば、そこには戦車の姿があった。

「なっ、いつの間に!」

 しかし、そこにいた戦車―――ヴォルフは容赦せず次弾を放つ。それはエンジンに命中し、T‐16は動かなくなっていた。

「だ、脱出! 脱出しろ!」

 車長がそう言うと、T‐16からわらわらと兵が逃げ出して行った。

 それを見て、ヴォルフの砲塔内でシグは喉元のマイクへと話す。

「ファルジアの指示通りだ。上手く敵の背後をとれたよ」

『当然です。こちらからは全て見えてますから』

 そう応えたのは、ホテルから無線を繋ぐファルジアだった。

『あともう一両です。気を抜かずに行きましょう。―――一度バックして、一本前の通りを北へ』

「了解。全速後退!」

 シグがそう指示を出すと、ヴォルフはものすごい勢いで通りを後退し、一本前の通りを北へと向かった。

 その一方で、残ったT‐16の車長は慌ててハッチから上半身を乗り出していた。

「ちっ。一両がやられたか。敵め、うちの国の戦車の視界が悪い事をついて来たな」

 帝国軍の戦車は辺りを見回す事の出来るキューポラを持っていない。その代わりペリスコープを持っているが、これだとペリスコープの向いている方向しか見渡せないのだ。さらに、辺りがコンテナやドラム缶に覆われている集積所は、非常に視界が限られていた。

「しかし、ハッチから頭を出せば視界の悪さなんて関係ない。次こそは仕留めてやる」

 すると、その目の前の通りを戦車が横切る。

「こっちが視界が限られた状態だと見くびるなよ。あっちだ、追え!」

 車長が指示すると、T‐16は即座に戦車が横切った通りへと向かった。

 その通りを曲がった所で、また敵の戦車の後ろ姿が曲がるのが見えた。

「次の通りを左だ!」

 T‐16はそれを猛スピードで追いかける。

 そして通りを曲がると見える戦車の後を、T‐16はひたすら追いかけていった。

「徹甲弾装填」

 そして、タイミングを見計らって、その後ろ姿へT‐16は砲撃を行う。

「撃てっ!」

 しかし、走りながら撃ったため、砲弾は逸れて傍にあったコンテナの山に着弾していた。吹き飛んだコンテナの中身は缶詰だったらしく、派手に吹き飛んだ液体が車長に降りかかった。

「うわっ」

 車長は慌ててそれを拭うと、すでに目の前の通りに戦車の姿はなくなっていた。

「ちっ。どこへ行った!」

 車長は辺りを見回しながら、T‐16を進ませる。

 すると、一本の通りの奥に、戦車の後ろ姿を見つけた。

「そっちか! 右へ曲がれ!」

 T‐16は即座にその影へと迫る。

「徹甲弾装填!」

「・・・・・・装填完了」

「目標、正面敵戦車!」

「・・・・・・照準よし」

 そして、車長は敵戦車を見据えて怒鳴る。

「撃てぇ―――っ!」

 次の瞬間、爆炎と共に放たれた砲弾は戦車の砲塔を綺麗に貫く。

 それはいとも簡単に弾薬庫を誘爆させると、その戦車の砲塔を天高く噴き飛ばしていた。

「これで借りは返したぞ!」

 車長はそう言って喜んだが、落下してきた砲塔は、良く見覚えのあるものだった。

「―――これは、T‐16のものじゃないか・・・・・・」

 そう車長が戦慄するように、それは特徴ある円筒型のT‐16の砲塔。

「もしや、今射抜いたのは味方の戦車の抜け殻? じゃあ敵はっ?」

「ここだよ」

 その声に驚いて振り返ると、戦車の背後にピタリと停車するヴォルフの姿があった。

「悪いな。こっちには千里眼があったんだ」

 すると、T‐16の車長の方はその場でヘルメットを脱ぎ捨てる。

 そこから現れたのは、長い金髪だった。

「ふんっ。この借りはいつか返させてもらうぞ」

「ほう。美人に呪ってもらえるってのも、幸運体質のおかげかな」

「ふんっ。そういつまでも笑っていられると思うなよ?」

 そう言って笑う女性車長に、シグははっと気づいて戦慄した。

「・・・・・・まさか、お前?」

「ふふふっ。すでにT‐20を呼んである。貴様等に倒せるものならやってみろ! ―――脱出っ!」

 まるで負け惜しみの様に吐き捨てると、女性車長は脱出する。他の帝国兵がわらわらと脱出し終わってから、シグはT‐16に砲弾を叩き込んでいた。

そして、炎上するT‐16を見ながら、シグは喉元のマイクへと話す。

「まずいぞ。思ったより早くT‐20が来る。―――ジャンに急ぐよう伝えてくれ」


それを聞いたファルジオは、慌てて無線をジャンへと繋ぐ。

「ジャン! T‐20が来ます。高射砲はっ?」

 すると、ジャンから慌てた様子で返事が返って来た。

『もう来るのか? ―――ま、待て。まだ連結が終わってない!』

それを聞きながらファルジアが四階から広場を見ると、帝国兵が持ち出した機関銃によって、連結作業が滞っているようだった。

「そう言う事は早く報告してください!」

 ファルジアはそう言うと、ライフルを手に窓から外を狙う。

 彼が呼吸を止めると共に引き金を引くと、次の瞬間、機関銃を操作していた帝国兵が倒れていた。機関銃が止むと、共和国兵はすぐさま連結作業を再開する。

「あなたが戦車主兵論者である事は知っていますが、だからと言って歩兵をないがしろにしないで頂きたい!」

『す、すまねえ。通信に集中してて兵の様子を見てなかった・・・・・・。で、T‐20は?』

 それに、ファルジアは慌てて、ホテルの反対側―――西側へ走る。

 そこの窓からは、橋を含む対岸の街が見えた。

 双眼鏡を使って覗くと、確かに街中を一両の戦車がこちらへ向かって走ってくる。

「来ます! まだ対岸ですが、もうすぐ橋に差し掛かります」

『おいおい、まずいぞ。こっちはもうちょっと連結作業にかかりそうだ。このままじゃ入り組んだ街の中で戦闘になっちまう。幾ら対抗できる高射砲を使ったとはいえ、出合い頭の戦闘じゃ高射砲は不利になるぞ』

 それを聞いて、ファルジアは額に脂汗が浮かべた。

 歩兵であるファルジア達は、戦車と言う物の恐ろしさを良く知っている。

 戦車の主砲は彼ら歩兵を塵の様に吹き飛ばし、履帯は骨まで粉々にする。それでいて、彼らの持つ武器は戦車には利かない。まさにそんな戦車は、彼ら歩兵にとって絶望を具現化した様な乗りものだった。

 そんなものに、こちらの戦車であるヴォルフやシュルクがやられれば、後はどうなるか。

ファルジアには、火を見るより明らかだった。

脂汗を拭うファルジアは、ふと、壁際の机に追われた幾つかの電話を見た。

〈高射砲1〉〈高射砲2〉〈歩兵宿舎〉〈検問〉そう書かれた多くの電話の中で、ふと〈迫撃砲〉の所で視線が止まる。

「もしかすると・・・・・・。いや、やるしかない!」

 ファルジアは何か決意すると、咄嗟に〈迫撃砲〉と書かれた電話をとる。

「迫撃砲、聞こえるか?」

『はい、聞こえます! 何やら敵が入り込んだそうですね。お任せください! すでに我々迫撃砲隊は準備できております!』

「よし」

 頷いたファルジアは、窓の外を睨む。すでに敵の戦車は西の街を抜けようとしていた。

「今、敵戦車は橋を渡って西側に行こうとしている! 私の合図で橋の中央に砲撃しろ!」

『了解! 橋の中央ですね! 全車回頭せよ!』

 その間にも、街を出たT‐20は独特な傾斜装甲の姿を現す。

『準備完了しました! いつでも号令を!』

 電話からの声に、ファルジアは無言でうなずくと、橋にさしかかるT‐20を睨む。

 そして、ファルジアはさっきの狙撃と同じ様に一瞬息を止めると、号令をかける。

「撃てっ!」

 次の瞬間、西側の街から白煙を引いて砲弾が放たれていた。

 それは、弧を描いて街の建物を乗り越えると、一気に橋へと落下する。

 そして、そこには橋を渡るT‐20の姿があった。

 次の瞬間、降って来た迫撃砲はT‐20を直撃。

 最初の一発は逸れて履帯を切っただけだったが、そこへ雨の様に榴弾が襲いかかる。

 戦車の上面の装甲と言うのは、少しでも戦車を軽量化する為に薄くなっていた。そこへ空から榴弾が飛びこんだので、いとも簡単にT‐20の天板は貫通され、内部で爆発。それはエンジンどころか、弾薬庫も巻き込んで、T‐20はあっという間に爆発に呑まれていた。

 橋の中央で上がった爆炎を見下ろし、ファルジアはガッツポーズをする。

「やった! 戦車をやったぞ!」

『おお! やりましたか司令官殿!』

「ああ、ご苦労だった。共和国勲章ものだよ」

『は? 共和国? あの、それはいったいどういう―――』

 電話の向こうで兵は首をかしげていたようだったが、ファルジアは容赦なく電話を切っていた。そして、無線機を担いでいた兵から受話器をとる。

「こっちは一両始末出来ましたよ。さあ、ジャンの出番です」

 ファルジアが得意気にそう伝えるも、ジャンから返って来たのは、予想外の言葉だった。

『いや、ダメだ・・・・・・。高射砲は動かせねえ』

「は? どう言う事ですか?」

 すると、ジャンは絶望した様に暗い声色で言う。

『―――高射砲を操縦するはずだった歩兵が、死んだ・・・・・・』

 その言葉を聞いて、ファルジアは体中から冷や汗が吹き出すのを感じた。


 シュルクのハッチから飛び出したハンナは、そのまま地面へと飛び降りる。

 共和国兵が帝国兵と銃撃戦を繰り広げる高射砲まで伏せて走って行くと、土嚢の裏に一人の兵士がぐったりと倒れていた。

「大丈夫ですかッ?」

 揺すってみるも、彼が動く事はない。気がつけばハンナの手は真っ赤に染まっており、その兵の胸からはおびただしい量の血液がしみ出していた。

「そんな・・・・・・」

 高射砲を動かすのは、誰でも良いと言う訳ではない。機械である以上、高射砲にも操作と言うものがあるのだ。しかし、彼ら歩兵は銃を撃つのが専門であったために、その操作を一から覚えさせなければならなかった。そのため、昨夜のうちに筋のある兵にシグが簡単に覚えさせたのだが、その兵が死んでしまっては意味がなかった。

「もうそいつは手遅れだよお嬢ちゃん・・・・・・」

 近くでライフルを撃っていた兵がそう声をかけてくる。

「けど、そしたら、もう・・・・・・」

「おい、ハンナ大丈夫かッ?」

 唐突にシュルクの操縦室から頭を出したジャンが大きな声で訊いてきた。

 それに、ハンナは慌てて駆け寄って、シュルクの下で首を振っていた。

「ダメ! もう、息がなかった・・・・・・」

 それに舌打ちすると、ジャンは即座に車内に戻る。

 ハンナも車体のハッチから中に入ると、ジャンは無線機のマイクを手に取っていた。

「おい、シグ! 戻ってこれるか? 操作できる人間がお前らぐらいしかいないぞ!」

『今からかっ? 馬鹿言うな! その前にT‐20は橋を越えてくるぞ!』

「しかし、それしか方法がない! とにかく戻ってきてくれ!」

『わ、わかった。だが、絶対間に合わないのは承知していてくれ!』

 そう言って切れた無線に、ジャンは頭を抱えた。

「ちくしょう! どうしてこうも俺の機甲理論は上手くいかない!」

 そう言って、ジャンは無線機の前にうずくまっていた。

「俺の機甲理論は間違ってないはずなのに、どうしてこうも邪魔が入るッ!」

 ジャンは鋼鉄の床を何度も叩く。辺りには、何度も虚しい金属の鈍い音が響いた。

 彼の機甲理論は、何ら間違っていなかった。

 しかし、彼の国はその機甲理論についていけず、彼を異端視した。

 今まで畑を相手に育ったハンナには、彼の気持ちは分からなかった。

 だが、彼はその間違った機甲理論に殺されかけ、また今も仲間を失おうとしている。

 それは、どれほど辛い事だろうか。

 ハンナにも、そのぐらいの事は理解できた。

「―――僕が高射砲を操作するよ」

 その言葉に、ジャンは驚いた様に振り返っていた。

「バカな事を言うな。高射砲には操縦者を守る物が一切ついてねえんだぞ? ライフルどころか、榴弾の破片で死ぬかもしれねえ」

「だけど、他に操作できる人いないんだよ? 僕なら、今までシュルクの砲を動かしてたから大丈夫」

 それに、ジャンは首を振る。

「ダメだ。俺は、お前を戦争に巻き込む為に連れて来たんじゃねえ」

 しかし、ハンナは笑っていた。

「ジャンはそうかもしれないけど。僕のついて来た理由は違うよ」

「違うってお前・・・・・・。お前のやりたかった事はこんな事なのか?」

「そうだよ。―――僕が今、一番やりたい事は、みんなを守ることだから」

 それに、ジャンは言葉を失っていた。

「この先何をしたいのかは、僕も良く分からない。けど、今やりたい事ははっきりしてるから。ジャンは、僕が良ければそれでいいんだよね?」

その言葉を聞いて、ジャンは困った様に笑っていた。

「・・・・・・そう、だったな。お前って相変わらず度胸あるよ」

「伊達に農家の娘じゃないから」

 ハンナの笑顔を見て、ジャンはやれやれとその口に無理やり飴玉を突っ込んでいた。

「さ、行って来い!」

「むぐ!」

 ハンナが頷いて車体のハッチから出て行くと、ジャンは無線のマイクをとる。

「シグ、戻ってこなくて良い! ハンナに高射砲を任せる」

『な、何言ってんだ! お前、あんな子に危ない役を押し付けるつもりかっ!』

「本人たっての希望だ! 文句があるなら、ハンナに危害がないよう支援してみせろ!」

『わ、分かったよ。せいぜい嫁さんによろしくな!』

 そう言うと、ジャンは次にファルジアへと無線を繋ぐ。

「ファルジア、T‐20は?」

『一両がやられて、残った一両が慌ててこちらに向かって来ます。まだ橋までは時間がかかりそうですが』

「勝負は橋を渡る動きが制限されてる間しかない。指示を頼むぞ」

『はい。―――ああ、そうだ。ジャン渡したいものがあります』

「なんだ?」

 ジャンが砲塔のハッチから身を乗り出すと、ホテルからファルジアが何かを投げる。ジャンがそれをキャッチしてみると、それは煙草の入った紙箱だった。

「帝国の煙草じゃねえか」

「敵から奪ったものです! きれていたんでしょう?」

 ホテルの上からそう声を張るファルジアだったが、ジャンは貰った煙草は吸わずに胸ポケットへつっこんでいた。

「ありがとよ。けど、今は止めとく」

 そう言って、ジャンは持っていた飴の入った瓶をかざしてみせる。

「今は、こいつで充分だ」

 彼は瓶の中から一つ取り出すと、口に放っていた。


 ハンナは銃弾が飛び回る中、高射砲へとたどり着く。

 しかし、高射砲の操縦席の位置は高く、銃弾が近くで跳ねていた。

「今、上ったら危ないよね・・・・・・」

「ハンナ、行くぞ!」

 しかし、シュルクの操縦席から頭を出したジャンからそう声をかけられる。

「え? だけど―――」

「おい、お嬢ちゃんがこれを操縦するのか?」

 そこへ声を掛けられて、ハンナが振り返ると、そこにはライフルを持った共和国兵がいた。

「う、うん。それで、操縦席に上らなきゃいけないんだけど・・・・・・」

共和国兵も流れ弾が跳ねる高射砲の操縦席を見て、理解したらしい。すると、彼は何かを決意する様に頷く。

「よし。三十秒だけ敵を釘づけにする。その間に上ってくれ」

「え?」

「行くぞ! 一班、突撃する!」

 すると、その号令と共に辺りの兵は土嚢を飛び越えて、帝国兵が立てこもる一角へと突入する。彼らが一斉に銃を乱射すると、帝国兵が頭を下げたので、一時的に銃撃が止んだ。

 その間に、ハンナは急いで高射砲を上る。そうして高射砲の操縦席へと収まると、それを確認したジャンがアクセルを踏み込んでいた。

ゆっくりと高射砲を連結したシュルクは動き始める。

「やったよ! ありがとう!」

 しかし、そう言ってハンナが振り返るも、突撃した共和国兵達は帝国兵の反撃を受けていた。

 そうして、倒れゆく兵たちを見て、ハンナは歯を食いしばった。

「絶対、成功させるから・・・・・・」


「全車両がやられたぁ?」

『そうです。どうやら司令部を占拠されたらしく、まんまと引っ掛けられました』

「敵は何だ?」

『私の車両を撃破したのはヴォルフでした。恐らく、公国軍かと』

「ちっ、残ってた残党だな。わかった、ミロノワ少尉は脱出すると良い。やはり女性には、戦車戦は無理だろう?」

 その馬鹿にした様な言葉に、ミロノワと呼ばれた無線の相手は、不機嫌そうに言う。

『相手は相当なてだれです。気をつけた方がいいと思いますよ』

「ふん、安心したまえ。公国軍のヴォルフが何両いようとも、このT‐20を撃破する事は出来ないからね」

 そう言って、車長はT‐20で街を高速で走り抜け、橋までたどり着く。

 そして、橋の真ん中でクズ鉄になったT‐20を避けたところで、目の前の街の中から戦車が現れる。ずんぐりむっくりした戦車は、真っ直ぐこちらへと通りを走ってきた。

「はははっ、あれは古臭い設計の共和国のシュルクじゃないか! 良いだろう。ここに転がってる無能なT‐20と同じ様にクズ鉄にしてやる! 停止しろ!」

 車長がそう命じると、橋の真ん中でT‐20は停止する。

「徹甲弾装填しろ!」

「・・・・・・装填完了」

 すると、車長は照準器を覗きこむ。

 そこには、馬鹿みたいに真っ直ぐ突っ込んでくるシュルクの姿があった。

「死ねぇ!」

 彼が引き金を引くと、砲弾は真っ直ぐ飛翔し、シュルクの固い砲塔を、正面からいとも簡単に貫通していた。

「これが76ミリ長砲身砲の威力かよ。まったく、ハンナ乗せとかなくて良かったぜ・・・・・・」

 ジャンは強がりの様に笑いながら、全身に冷や汗を浮かべてハンドルを握っていた。

「ただのシュルクだと思って、なめんじゃねえぞ!」

 すると、唐突に彼はハンドルを切って、シュルクを横道にそらした。

そうすると、後ろの巨大な高射砲が、シュルクの後ろからT‐20の前へと姿を現す。

停車したそれは、ゆっくりと砲身をT‐20へと向けていた。

「徹甲弾装填!」

 そうして、ハンナは対地用の照準器を覗きこみながら、そう声を張り上げる。

 砲の後ろから共和国兵が砲弾を押し込むと、閉鎖器が自動で閉じた。

「装填完了!」

 それを聞いて、ハンナは射角と俯仰角のハンドルを握って、照準の真ん中へT‐20をおさめる。

「よし。行ける!」

そして、容赦なく引き金を引いた。爆音と共に、8.8センチ砲は火を噴く。

 しかし、あまり使われていなかった地上用照準はズレていたのか、その砲弾はT‐20の砲塔を掠めただけだった。

「そ、そんなっ!」

「バカっ、次弾装填しろ!」

 そう声を張り上げていたのは、前のシュルクのハッチから上半身を乗り出すジャンだった。

「慌ててる暇はねえ!」

「う、うん! 徹甲弾装填!」

 ハンナは慌てて次の指示を出すも、すでにT‐20の砲身がこちらを向いていた。

「榴弾装填しろ!」

 T‐20の車長はそう命じると、忌々し気に照準の向こうに現れた高射砲を睨んだ。

「ははっ、でかいだけのこけおどしか! そんなものを持ってきた所で何になるッ! まとめて吹き飛ばしてやるぞっ!」

 その照準のど真ん中には、高射砲に乗るまだ幼い子供の姿があった。

 それを睨んで、車長は引き金を引こうとした。

 しかし、その瞬間、衝撃が走る。

「な、なんだっ?」

 車長が驚いて砲塔の覗き穴から左側を見ると、街の川岸に一両の戦車が止まっている。

 それは、公国軍の誇る主力戦車―――ヴォルフであった。

そのハッチから上半身を乗り出したシグは、続けて号令をかける。

「撃て!」

 砲声と共に放たれた砲弾は、T‐20の砲身の上を逸れただけだった。

「脅しのつもりか? ヴォルフの豆鉄砲など何の意味もないぞ」

 T‐20の車長はそんな砲撃をもろともせず、改めて照準を高射砲に合わせて引き金を引く。

 だが、砲弾は照準の真ん中から、だいぶ右に逸れた建物へと命中していた。

 破片が高射砲に降りかかるも、被害はない。

「なっ、どうしてっ?」

「―――貫通出来なくても、公国軍の照準器の精度は世界一なんでね」

 そう言うシグが乗るヴォルフから放たれた砲弾は、先程からT‐20の細い砲身へと命中していた。すると、命中した砲身は穴が空いて破損するだけでなく、何度も受けた衝撃で少しずつ右へと曲がってしまっていたのだ。

「さあ、撃て!」そして、シグが喉元のマイクに怒鳴る。

「撃ってください!」ホテルから見下ろしていたファルジアが、咄嗟に叫ぶ。

「撃てハンナっ!」シュルクの上で、ジャンが声を張り上げた。

 全ての人達の声を受けるように、ハンナはズレを含めて照準の中にT‐20をおさめていた。

「これで、終わりだぁぁ―――――っ!」

 そして、ハンナは絶叫と共に引き金を引く。

すると、辺りを震わせるほどの衝撃波と共に、8.8センチ砲は火を噴いていた。

その砲弾は爆炎を貫き、空気を切り裂いて、真っ直ぐT‐20の車体へと吸い込まれる。

まるで紙でも引き裂く様に、砲弾はその装甲を貫通。

T‐20は、橋の真ん中で爆発、四散していた。

その爆炎を見ながら、ハンナは全身の力が抜けるのを感じた。

「やった・・・・・・っ」

 ハンナはまるで長く息を止めていたかのように深呼吸をして、高射砲の照準器へともたれ掛かる。

「やったんだ・・・・・・」

 そこへ、不意にぽんっと手が置かれる。

驚いて顔を上げると、そこにはジャンの顔があった。

「良くやった」

「・・・・・・うん」

 しかし、腰を上げようとして、ハンナは苦笑した。

「あはは、腰が抜けちゃった・・・・・・」

「仕方ねえ奴だな。ほら」

 そう言うと、ジャンはハンナを座った状態のまま抱きかかえる。

「わあっ! ち、ちょっと待って!」

「暴れるなって。落しゃしねえよ」

 ハンナを抱きかかえたジャンは、そのまま高射砲を降りていく。

 そして、周りで慌ただしく兵が走り回る中、シュルクへと向かう。

 すると、不意に正面の橋の手前の通りからヴォルフが現れて、こちらへ向かってきた。それはジャンの前で停車する。

「おつかれさん」

 そう言って、ハッチから上半身を乗り出したのはシグだった。

「そっちもご苦労だったな」

「まあ、たまには軍事大国の人間らしい事をしなきゃな。さあ、街全体を占領しよう」

「そうだな。けど、たぶんファルジアがすでに降伏勧告を出してくれてるみたいだぜ」

 そう言って、ジャンは辺りを見回す。

 共和国兵達はすでに橋を渡っているが、大した銃撃戦もないようだった。

「じゃあ、帝国の残存部隊もそれを受け入れたのか」

「そうだろうな。ファルジア曰く、戦車相手に戦争しようとする歩兵はいないとよ」

「俺ら戦車隊にはない発想だな」

 しかし、不意にシグが眉をひそめてヘッドフォンを押さえる。

「―――ああ、ファルジアか? ・・・・・・なに? 街の外に砂埃? わかった。見に行ってみる」

 すると、シグは難しい顔をして、ヴォルフをその場で旋回させた。

「なんでも西側に砂埃が見えるらしい。敵の増援である可能性が高い」

「そうか。なかなか上手くいかないもんだな。―――俺も行こう」

 ジャンはハンナを抱えたままシュルクの車体のハッチから乗りこむ。

 そして、ハンナを車内に下ろすと、操縦室へと乗りこんでいた。

「え? 僕はここに放置なの?」

「砲塔はさっき撃たれて破損してんだ。そんな所にお前を座らす訳にはいかねえだろ。足に力が入るまでそこでじっとしてろ」

 そう言うと、ジャンはヴォルフの後に続いてシュルクをを走らせていた。

 橋を渡って川を眺めている間に、ハンナの足にも力が入るようになった。彼女が、砲塔に上がってみると、砲塔の正面にはT‐20に撃たれた大きな穴が空いていて、もし乗っていたらと思うとぞっとした。

 ハンナは砲塔の後ろのハッチを開け、後方へと流れゆく町並みを眺めていた。

 街のあちこちでは帝国兵が共和国兵に降伏しており、銃を突きつけられている。広場では自走迫撃砲隊が歩兵部隊に武装を解除されていた。

 通りには、今まで怯えて家に逃げ込んでいたらしい街人達がちらほら様子を見に歩いている。

 こうして見ると、戦いは一段落したかのように見えた。

 しかし、西側の出入り口にたどり着くと、確かに目の前に広がる平原に砂埃が上がっている。

 それは、こちらに向かってくる様に見えた。

 ヴォルフの砲塔の上に立って、双眼鏡で覗きこんだシグは渋い顔をする。

「あれはT‐20だな」

「あの砂埃、全部がか・・・・・・?」

 ハッチから上半身を乗り出したジャンが聞くと、シグは頷いていた。

「そうだ。たぶん公国へ侵攻してた奴が戻って来たんだろう。およそ二中隊、二十四両ってとこか」

「戦車二両に対し、また豪勢な歓迎だな・・・・・・」

「逃げるのも無理だろうな・・・・・・」

「しかし、生憎とうちの国の辞書には、不可能っていう言葉は存在しないんでね」

 ポケットから煙草を取り出して、悠々と火をつけるジャンの姿に、シグは肩をすくめる。

「それは見習いたいな」

 しかし、シグはそう言って涼しい顔でコインを放り投げる。

「けど、大丈夫だろ。―――俺は、賭けで負けた事がないからな」

 彼がそう言ってコインをキャッチした瞬間、向かってくるT‐20の一両が突如として爆散していた。

「な、なんだ?」

 一同が唖然とする中、シグは双眼鏡をジャンへと放っていた。ジャンはそれを受け取ると、戸惑いながらも覗く。

「線路の上だ」

 言われた通り、ジャンが線路の上を覗いてみると、そこには大きな大砲を搭載した戦車がいた。

 それが砲撃を行うと、次の瞬間、付近のT‐20が跡形もなく噴き飛ぶ。

 そして、その戦車が動き出してこちらに向かってくると、それは幾つもの戦車が線路の上で連なっていた。

「なんだありゃ? 軌道装甲車か・・・・・・?」

「そんなちゃちなもんじゃない。あれは装甲列車さ。本来、軌道上を走るのは飽くまでも軌道を守るためのものだった。だから、武装はレジスタンスを撃退する程度のもので、装甲は機銃弾ぐらいしか防げないような軌道装甲車が普通だが、あれは違う。―――我が軍事大国の誇る、大公殿下様の道楽品さ」

「道楽品?」

 ジャンは双眼鏡を外すと、後ろから来たハンナに貸してやる。

 その間にも、シグが得意そうに話していた。

「うちの兵器好きな大公殿下はな、列車のように大質量を高速で運べるなら、重武装を施したら強いだろうと考えたのさ。それを我が国の工廠に道楽で作らせたのが、あの装甲列車パンツァー・シュランゲだ」

 ハンナが双眼鏡を覗いてみると、確かにそこにいたのは戦車を一回り大きくして、砲郭を大量につけた様なごつい列車だった。それは周囲に火を拭いて、あっという間に辺りを制圧して行く。

「けど、軌道上の車両の目的はあくまでも軌道の安全確保だろう? 軌道上でしか運用できないのに、重武装するなんてオーバースペック過ぎんだろ?」

「だから道楽品だと思われてたんだ。―――けど、こういう時に役に立ったな。あの装甲列車のおかげで、軌道を中心に侵攻すると言う発想が出来たんだ。そもそも輸送も軌道中心だしな。だから、たぶん敵の補給の役に立ってしまうとはいえ、この街の橋は落とされなかったんだ」

「そういうことか。軌道上に限られたる道楽品とは言え、あいつを持ってくればあっという間に周囲は制圧できちまう。取り戻せる見込みがあるから、残しておいたって訳か」

「そう言う事だろう」

 そんな中、ハンナは双眼鏡を下ろして、ぽかんと口を開けていた。

 自分達があれほど苦労して撃退したT‐20を、装甲列車はいとも簡単に殲滅してしまっていたのだ。

「しかし、賭けに勝ったってどう言う事だ? 通信機もなしにどうやってあいつを呼んだ?」

 ジャンが怪訝そうに声をかけると、シグは砲塔へと腰かけていた。

「昨日、敵の司令部に橋に爆弾を仕掛けたって伝えただろう?」

「ああ。そう言えば、わざわざ電話線つないでそんな事してたな」

「あの通信は、帝国へ爆破しても良いか許可をとる。帝国軍からしたら命令してもない事だから無視されるだろう。しかし、その内容は公国軍も傍受するはずだ。そして、その内容を聞いて驚いた」

「帝国の補給路になるから、安全であろうと思っていた線路と橋が、落とされようとしてるんだからな」

「そう言う事だ。すると、道楽品はまったくの無意味になる。だから、慌てて投入したのさ」

 そう言って笑うシグに、ジャンはやれやれと煙草をふかしていた。

 そして、ハッチから出て、車体へと腰掛ける。

「なるほど、賭けか。味方が傍受してくれるか、解読してくれるか、道楽品を投入してくれるか。お前はその全ての賭けに勝った訳か」

「まあ、自信はあったけどな」

「博打で幸運だと、恋愛で不運だっていうぞ」

「だな。だから、せめてお前は幸運でいてくれよ」

 そう言って、シグはジャンの後ろで立っていたハンナを見る。

 すると、ハンナは驚いて、首を横に振っていた。

「だ、だから、僕はそんなんじゃないってば!」

 すると、ジャンは煙草の煙を吐き出しながら言う。

「じゃあ、お前はせめて自分の為に運を使えよ」

 その言葉が自分に向けられたものだと気がついて、ハンナはジャンを振り返る。

 すると、ジャンもこちらを振り返っていた。

「やりたい事、見つけるんだろう?」

 その言葉に、ハンナは頷く。

「うん。―――僕、やりたい事見つけたから」

 その言葉に、ジャンは唖然として、ぽとりと咥えていた煙草を落としていた。

ファルジアさんが超絶カッコいいです。


裏話ですが、実はファルジアさんは中盤まで登場する予定はありませんでした。本当はシグとジャンだけでT‐20という強敵を撃破して終わると言う地味な初期プロットだったのですが、レマゲン鉄橋っぽく橋を攻略するという目的を与えた所、出現させる必要が出た即席キャラクターです。

その割には、すごくいい働きをしてくれてます。

作者的にはお気に入りのキャラです。

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