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たった二両の電撃戦

 翌朝。

 まだ、太陽さえ出ていない真っ暗闇の中。

 唯一ハンナの家の納屋からは、煌々と明かりが外へと漏れていた。

「エンジン始動」

 そんな納屋の中へ並んだ二両の戦車は、合図と共に排気ガスを吐き出し、荒々しい唸り声を上げていた。

「エンジン良好。問題なしです」

 操縦手からそれを聞いたシグは、ヴォルフのハッチから上半身を乗り出す。

「行けるか、ジャンっ?」

 彼がそう声を張り上げると、隣の戦車の砲塔の後ろのハッチが開き、少女がはい出ていた。

「大丈夫だってさ!」

「よし」

 ハンナの返答にシグは満足そうにうなずくと、ヴォルフをゆっくりと前進させる。

「作戦開始と行こう。攻撃開始時刻は夜明け。合流地点で会おう」

 それだけ言うと、シグのヴォルフは納屋から出て行き、あっという間に加速して闇の中へ消えて行った。

 それを見送って、ハンナは砲塔内へと戻り、ハッチを閉める。

「僕達も行こうよ!」

「まあ、そう焦るなって」

 そう、ジャンは足元の操縦席で煙草を燻らせていた。

「夜明けまで、まだ時間があるんだろう?」

「うん。まだ一時間ぐらいあるけど・・・・・・」

「だったら、早めに行くだけ損だ。ゆっくり行こう」

 そう言うと、ジャンはアクセルを踏み込み、ギアを入れてクラッチを繋げる。

 戦車はゆっくりと走り出し、唸り声を残して納屋を出て行った。

「さーて、本場の機甲戦って奴を見せてやろうぜ」


 ライトを消した状態のヴォルフは、畑から森の中へと入った。

 すると、辺りには月明かりもなくなり、完全に真っ暗になってしまった。

「ライトつけろ」

 シグがそう指示すると、ヴォルフのヘッドライトが点灯し、森の暗闇を切り裂く。

 そんな中、木々を避けながら、ヴォルフはゆっくりと進みだした。

「目印は墓、か・・・・・・」

 シグはそう呟いて、辺りに目を凝らす。

 すると、森の中に人工的な十字架の姿を見つけた。

「あっちだ!」

 シグが指示した通り、ヴォルフが十字架に近づくと、それは木の棒を十字に汲んだだけの簡単な墓だった。

 その下の土はまだ掘り返して間もないのか、湿っている。その近くには森の中で詰んだと思われる花束と、見覚えのある煙草が一本供えてあった。

「・・・・・・そうか。シュルクは本来、三人乗りの戦車だよな」

 その墓が、恐らくジャンの乗るシュルクの乗員の一人のものだと理解したシグは、軽く祈りをささげる。

 そして、辺りを見回すと、目的のものを見つけた。

「よし。前進しろ!」

 そこには、戦車一台がすっぽり入るほどの、大きな溝があった。


林の中から見張りとして双眼鏡で村を眺めていた帝国兵は、大きなあくびをする。

「ああ。昨日、村人から貰ったサンドイッチは美味かったなぁ。早く戦争が終わって、家に帰れねえかなぁ」

 そんな事を呟きながら、兵士は何の変哲もない村を眺めていた。

 すでに何度あくびをかみ殺したかわからなくなった頃。

 ふと、村の方向から動くものが見えた。

 最初は、動物か何かかと思ったが、近くの建物と比べると余りにも大きすぎる。

 額の冷や汗を拭いながら、彼が良く良く目を凝らすと、それは戦車だった。

「来た! 来た来たっ!」

 彼は慌てて、後ろの茂みに隠された戦車へと走った。

「おい! 敵の戦車だっ!」

「・・・・・・ん? あんだって・・・・・・?」

「だから敵の戦車だ! ほら早く起きろ!」

 彼が怒鳴りつけると、戦車の周りで野営していた兵士達は慌ただしく起きる。

 彼が再び畑の方まで戻って慌てて双眼鏡を覗くと、敵の戦車は遠く離れた畑をゆっくりとこちらに前進して来ているようだった。

 そうこうしていると、背後から唸り声と共に味方の戦車―――T‐16が現れた。

「見えるか?」

「見える見える。―――よし、主砲、徹甲弾装填!」

 ハッチから身を乗り出した車長が命じると、砲塔内で装填手が砲の後ろから弾頭を押し込む。

「装填完了!」

「目標、前方の戦車!」

「・・・・・・照準よし」

 砲手の返答を聞いて、車長は号令を下す。

「―――撃てっ!」

 夜明け前の山間に、砲声が響き渡った。


 突如、シュルクに衝撃が走る。

 ハンナは慌てて壁を押さえて耐えた。

「な、なにっ?」

「敵の砲撃だろうな。けど大丈夫だ。T‐16の主砲は短砲身75ミリ。このシュルクの装甲を貫通する事はねえ」

「け、けど撃たれたんだよ!」

「わかってる。一応、距離を一定に取りながらジグザグに走る。お前は撃ち返せ」

「わかった!」

 ハンナは足元から砲弾を取り出すと、砲の後ろに押しこむ。

 閉鎖器が閉まるのを確認すると、旋回と俯仰角のハンドルを握って照準器を覗いた。

 しかし、目の前の林は真っ暗で、敵の姿は見えなかった。

「いない・・・・・・。いないよ!」

「落ち着け。敵が撃って来た時に発砲炎が見えるはずだ。照準器じゃ確認しづらいだろうから、上のキューポラを覗け。発砲炎が見えたのなら、そこへ数発撃ちこめばいい」

 ジャンに言われ、ハンナは座席に立ちあがってキューポラに頭を突っ込んだ。

四角い隙間から見える林に目を凝らすと、一瞬炎が上がる。

「見えた!」

 しかし、次の瞬間、車体が揺すぶられた。

 ハンナは慌てて座席に突くと、照準器を覗く。

 そして、発砲炎が見えた方向へ砲を向けて、引き金を引いた。

 不整地を走りながらだいたいの方向へ撃った射撃など、当たるはずがない。

 しかし、その砲弾はハンナには見えなかったが、敵のT‐16の手前に着弾。土埃を巻き上げた。

「くっ。あの戦車、こちらの砲弾にまるでびくともしないな・・・・・・。陣地転換するぞ」

 すると、敵のT‐16は一時、林の中に後退し、陣地転換を開始する。

「当たったのかな?」

 ハンナはそう言って首をかしげていたが、牽制射撃としては充分だった。

「どっちにしろ、この距離なら敵の攻撃は大したもんじゃない。撃ちまくっていいぞ」

「わかった!」

 そう言って、ハンナは次弾を装填する。


「あれは、共和国の重戦車だな・・・・・・」

 何度か射撃を繰り返しているうちに、ふと一両のT‐16の車長が呟いた。

「どんな戦車なんです?」

 次弾を込めていた装填手が問うと、車長はふむと唸って応える。

「戦車ってのは、もともと塹壕を越えるための歩兵支援を目的にした車両だったんだ。しかし、それを共和国軍が初めて歩兵と切り離して、戦車だけの集中運用を提唱した」

「へえ。じゃあ、もしかして我々より進んでるんで?」

 しかし、装填手が振り返ってみれば、車長は皮肉気に笑っていた。

「いや、それも一昔前の話だ。なんでも、それを提唱した将軍が辞めちまうと、それを受け継いだ別の将軍がその方針を一変して、戦車は歩兵支援用のものとしたんだそうだ」

 それには、装填手も唖然としていた。

「せっかくの先進的な方針を潰しちまったんですか。じゃあもしかしてあの戦車は?」

「ああ。その方針が転換されてから生み出された戦車だ。だから、飽くまで歩兵の壁になるために重装甲。想定されてる敵も歩兵だから、車体の榴弾砲がメインで、砲塔には小口径砲しか積んでないらしい」

「はあ、戦車を集中運用するのが当たり前になった現在じゃ、時代遅れって訳ですか」

「作られた時代は同じだから、時代錯誤と言った方が正しい戦車だろう」

「けど、どうします? こっちの主砲じゃ抜けませんよ?」

「大丈夫だ。幾ら固い戦車とは言え、接近して側面や背後をとれば脆弱なものだ。一気に接近して仕留める。他の三両にも伝えろ」

「了解」

 無線手が、即座に他の三両へ通信を繋げる。


 ヴォルフは真っ暗闇の森の中を、エンジン全開で走り抜けていた。

 周りの溝は上手くヴォルフの車体を隠してくれている。

「よし、いい感じだ」

 シグはそう言って、不整地で跳ねる車体の上で踏ん張っていたが、ふと、東の山間が明るくなりつつあるのに気がついた。

「やばいな。時間がない・・・・・・」

 ヴォルフは高速で回転する履帯で川の水を跳ね飛ばしながら、全力疾走する。


「ジャン! 敵の戦車が出てきた!」

 ハンナのそんな言葉に、ジャンは背筋が冷たくなるのを感じた。

「おいおい。また思いきって来たな!」

「こ、攻撃が利かなくてヤケになったのかな?」

「バカ、この戦車の砲塔を貫通してたのはあいつらの砲だ。接近すれば、あいつらの砲でも抜けるんだよ」

「えぇ! じゃあどうすんだよ!」

 ハンナの絶叫に、ジャンはハッチから頭を出す。

 すると、すでに東の山間は明るくなりつつあった。

「夜明けまでもうちょっとだ。持ちこたえるぞ!」

「もう! 結局こうなるのか!」

 そう言って、ハンナは手早く装填すると、砲を旋回させる。

「ハンナ! 射撃するときは言え、停車してやる!」

「―――じゃあ、今!」

 その言葉に、ジャンは慌ててブレーキを踏む。

 シュルクが停車すると共に、ハンナは素早く照準をつけ、向かってきたT‐16へと発砲する。砲弾はハンナの狙い通り真っ直ぐ、T‐16へと飛び、車体を貫通していた。

 しかし、致命傷にはならなかったのか、真っ直ぐ向かってくる。

「くっ」

 ハンナはすぐに次弾を装填し、再び照準を覗きハンドルを握る。

 だが、その間にT‐16は左側面に回り込みつつあった。

 ジャンが機転を利かして慌てて後進したが、すでに真横に食いつかれつつある。

「停止して!」

 ハンナの叫びに応じてシュルクは急停止。

 すると、T‐16も好機と見たのか、停止していた。

 ハンナはその間にも素早くハンドルを回し、T‐16を照準いっぱいに収める。

 ハンナは夢中で引き金を引いた。

 しかし、次の瞬間、T‐16も同時に発砲。

 すると、T‐16の砲弾はシュルクの砲塔に命中。

そこはついこの間まで穴の開いていた部分だった。だが、昨日のうちにシグ達が補強してくれていたため、敵の砲弾は幸運にも後方へと弾かれていた。

そして、反対に砲弾を叩き込まれたT‐16は、照準の向こうで吹き飛んでいた。

「・・・・・・ふぅ」

 額にびっしょりとかいた汗を拭いつつ、ハンナがそうため息を漏らすも、再びシュルクに衝撃が走る。

「まだ終わってないぞ! 気を抜くなハンナ!」

「う、うん!」

 慌てて立ち上がってキューポラに頭を突っ込むと、今度は右からT‐16が向かって来ていた。

 その間にも、ジャンが車体を敵戦車へと向けており、ハンナはすぐに次弾を装填し、照準器を覗いていた。

「停止!」

 ハンナの言葉に、ジャンは即座に応じて停止する。

 そして、照準器にT‐16を収めてトリガーに力を込めようとすると、突如左から衝撃が走った。

「なにっ?」

「ちっ。もう一両もきやがった! 思ってたより敵が攻勢に出るのが早い!」

「ど、どうするのっ?」

「後退する! 牽制で良い。撃てっ!」

「う、うん!」

 シュルクが後進を開始すると、ハンナは敵の戦車に向けて主砲を発砲。

 走りながらなので正確な射撃は出来ないが、幸運にも右側にいたT‐16の砲塔を掠めた。

 しかし、その間にも左側からきたT‐16が一気に間合いを詰める。

そのままそのT‐16はシュルクの真横で急停車すると、車体についている小型砲塔の37ミリ砲をピタリと向けてきた。キューポラからそれを見たハンナは、思わず戦慄する。

「ちっ。クソがッ!」

 すると、ジャンは咄嗟にギアを入れ替えてハンドルを切り、シュルクをものすごい勢いで旋回させる。シュルクが咄嗟に敵に対して車体を斜めに構えると共に、T‐16の37ミリ砲が発砲。

 すると、斜めになったシュルクの側面に命中した砲弾は、後ろへと綺麗に弾いていた。

「す、すごい!」

 思わずハンナはそんな声を上げるも、シュルクは急旋回の影響で一時停止してしまっていた。

 すると、ハンナはその一瞬の隙を見逃さず、咄嗟に左のT‐16へと照準をつけていた。

 そして、自分でも驚くほど冷静に、引き金を引く。

 次の瞬間、砲声と共にT‐16の覗き窓には穴があいていた。

「よし、上手いぞ! このまま後退する!」

 左のT‐16の動きを封じた所で、再びシュルクは後退を始める。

 しかし、動きを封じただけで、主砲は無事だった。

後退するシュルクに、二両のT‐16は停止して親の仇の様に砲弾を浴びせてきた。

幾ら貫通しないとはいえ、激しい衝撃が車体を揺さぶる。

「くっ!」

「うわぁっ!」

 外から乱暴に叩かれている様な衝撃に、ハンナは涙目で耐えた。

「平気かハンナっ!」

「こ、怖くないよ!」

「よーしっ、その意気だ!」

 そう言うと、ジャンは突如後進を止める。

 そして、停止したかと思えば、今度はジャンはギアを即座に入れ替え、荒っぽくアクセルを踏み込む。

すると、シュルクは急前進していた。

「なななっ、なにするのっ?」

「見ろ! 夜明けだっ!」

 その言葉に、ハンナははっとしてキューポラに頭を突っ込む。

確かに辺りには日の光がさし、東の山間からは太陽が顔を出していた。

「降りて来いハンナ!」

 その言葉に、ハンナは慌てて激しく揺動する中、車体へと降りる。

 そして、即座に75ミリ砲の砲弾を手にすると、砲へと押し込んでいた。

「分かってんじゃねえか!」

「当然だよ!」

 すると、そのままジャンはこちらに再び回り込もうとしていた右側のT‐16へと一気に突っ込んでいく。

 そして、敵のT‐16を目の前に収めた所で、シュルクは停止。

ジャンは容赦なく引き金を引く。

75ミリ砲の砲弾は薄いT‐16の車体を貫通。

内部の弾薬に引火したのか、砲塔を天高く吹き飛ばしていた。

「よし!」

「けどもう一両はっ!」

 そう、操縦席をやられ動かなくなっているとはいえ、砲が無事なT‐16が残っている。しかも、今は完全にそちらへと側面をさらしていた。

「―――大丈夫だ」

 すると、ジャンはそう言って、すでに咥えていた煙草に火をつけていた。

「何言ってるのさっ!」

だが、気が気でないハンナは砲塔に戻って慌ててキューポラに頭を突っ込む。

すると、左側のT‐16はこちらに砲塔を向けていた。

 だが、次の瞬間、その砲塔の右から左へ砲弾が突き抜ける。

 そして爆発するT‐16の姿に、彼女が目を丸くしていると、次の瞬間、林の方から姿を現したのはヴォルフだった。

『―――間に合ったみたいだな』

 その声は、ジャンの後ろに配置されている無線機からだった。

 ジャンはそのマイクをとって、口を開く。

「別に夜明けにこだわらなくても良かったんだぜ。・・・・・・正直死ぬかと思ったんだからな」

『いや、悪い。思ったより道が悪くて、全速力でたどり着いてこの時間だったんだ』

「んで、残り一両は?」

『林の中をうろうろしてたんでな。先に始末した。そっちには行かなかっただろう?』

「その分は正直助かったぜ。これ以上の数を相手するのは無理だったからな」

『ハンナの言う通り、あの川は林の方までつながってたよ。そのおかげで、上手く敵の背後をつけた』

「そんな作戦だったから、囮だったこっちは死ぬ思いしたけどな」

『そもそも言い出したのはお前だろ。けど、そっちでドンパチやってくれたおかげで、こっちはエンジン音すら気がつかれなかった。敵の位置も昨日の地図の通りだったし、奇襲攻撃としては完璧だよ』

「今回ばかりは、全てが味方してくれたからな。―――さあ、俺達の撤退戦はここからだ」

『そうだな。じゃあ、うちのヴォルフが先行して偵察する』

 そう言うと、ヴォルフは旋回して、再び林の中へ入って行った。

 ジャンがギアを入れてクラッチを繋ぐと、シュルクはその後を追う。

「―――ハンナ、村との最後のお別れだ」

 すると、唐突にジャンが口を開いてきた。

 彼は振り返りもしなかったが、気を使ってくれたんだなと、ハンナは砲塔後ろのハッチを開ける。

 そこには、朝の日差しを浴びて、キラキラ輝く小さな集落の姿があった。

「―――良い村だったな」

 ジャンのその言葉に、ハンナは笑顔でうなずく。

「うん。僕の村だもん」

 その姿を良く目に焼き付ける様に、ハンナは最後まで見つめていた。

 やがて戦車が林に入り、その姿も木々に隠れて見えなくなると、ハンナはハッチを閉める。

 目元に浮かんだ涙は、ジャンに知られない様に拭った。

「さあ、ジャンの国に行こう!」

「ああ。長い旅になるけどな」

 二両の撤退戦は、ここから始まろうとしていた。


 村が包囲されていたので、恐らくこの辺りは全て敵の勢力圏になってしまったのだろう。

 そうなれば、当然堂々と街道を走ることなどできない。

 二両は必然的に道なき道を地図とコンパスを頼りに進むしかなかった。

 川や村、遺跡など目印になるものまでヴォルフが先行して偵察。後から、足の遅いシュルクが追いついて合流。そんな行為を何度も繰り返し、二両は少しずつ、しかし着実に前進して行った。

 そして、一日が過ぎ、辺りが薄暗くなった頃。

森の中にある小川のたもとで停車していたヴォルフに、シュルクが追いつくと、ジャンがハッチから身を乗り出して声を張り上げていた。

「今日はこの辺で野営しよう」

 その言葉にシグも同意して、乗員達は野営準備を始める。

 シグ達は四本の木に防水シートを括りつけて簡易的なテントを作っていたが、ジャンはシュルクの側面にシートをひっかけ、反対側を木に結んで簡単なテントを作っていた。

「シュルクは背が高いから便利だね」

 ハンナがそれを見てそう言うも、一方でジャンは肩をすくめていた。

「何言ってんだ。背が高いって事は、それだけ撃たれやすいんだぞ?」

「あ、そっか。けど、なんで撃たれやすいのにわざわざ背が高く作ってあるのさ?」

「高く作ったんじゃなくて、仕方なくそうなったんだよ。ほら、こいつ車体に大砲積んでんだろ? そう言う設計だと、車体が戦闘室になるから、小さくするのは不可能なんだよ」

「へえ」

「ほら、お前はさっさと薪を集めて来い」

 ジャンに言われた通り、ハンナは森の中に分け入って、枯れ枝を集め始めた。

「―――ん?」

 しかし、ふと、視線を感じて辺りを見回す。

「―――気のせい、かな。ああ、森だから木のせい、なんちゃって・・・・・・」

 冗談を言ってみたが、辺りはしんと静まっており、急に恥ずかしくなったハンナは薪を抱えて慌てて戻っていった。


ハンナの家から持ってきたパンとチーズなどで食事を終えると、シグの部下達が銃を持って立ち上がっていた。

「どうしたの?」

 ハンナがたき火を木の棒で突っつきながら問うと、ジャンが感心するように応えていた。

「歩哨に立つんだろ」

「ほしょう?」

「見張りだよ、見張り。ご丁寧なこった」

 敵の勢力地なんだから当然なのではないかと思ったが、言葉からするにジャンはやる気はない様だ。

「あ、そう言えばさ。さっき薪拾ってた時なんだけど」

「どうした? なんか面白いもんでもあったか?」

「ううん。そうじゃないんだけど、なんか人の気配がしたんだよね」

 その言葉に、ジャンはさっと動きを止めていた。

 そして、じっとハンナを睨む。

「え? なに? 僕、変な事言った」

 しかし、ジャンはそれには答えず、突然ハンナの事を抱きしめてきた。

「うわぁっ! なっ、なななな何っ!」

 ハンナは真っ赤になって慌てたが、次の瞬間、パンパンっと言う乾いた発砲音がした。それはハンナも聞き覚えのあるジャンの拳銃の発砲音だった。

 ジャンはハンナを抱きしめる様にして守ると、腰の拳銃を抜いていたのだ。

「なにっ? なになに!」

「ばか、頭さげてろ!」

 ジャンにそう言われ、言われるがまま抱きしめられていたが、辺りからパンパンと言う発砲音が響いて来る。

「―――敵かっ!」

 そう言ってジャンは拳銃を暗闇に乱射する。

 しかし、唐突に射撃を止めていた。

「どうしたの?」

 ハンナが顔を上げて聞くと、ジャンは拳銃の銃身を持って手を上げていた。

 後ろを振り返ってみれば、そこにも同じ様に手を上げたシグの姿がある。

 その背後には、ライフル銃を持った人影があった。

「何やってんだシグ・・・・・・」

「すまんジャン。こいつらプロだ・・・・・・。機関銃持った俺ら戦車兵が敵うような相手じゃない」

 申し訳なさそうにするシグの後ろで、銃を突きつける兵隊は何か気がついた様だった。

「―――ジャン? もしかしてジャン・バンベール軍曹ですか?」

 その言葉に、ジャンは聞き覚えがあったのか、はたと気がつく。

「もしかして、ファルジアか?」

 すると、銃を突きつけていた人物はシグの背後から出てくる。

 その軍服は、ジャンと同じものだった。

「やっぱりファルジアか! 何だ味方かよ!」

「ジャンも無事だったのですか!」

 そう言って、ファルジアと呼ばれた男性と、ジャンは握手する。

「同士打ちは勘弁だぜ・・・・・・」

「申し訳ありません。この辺りに展開してるのはてっきり敵だと・・・・・・。おい、捕まえた者をすぐに解放してやれ」

 ファルジアがそう命じると、傍らにいた兵士がすぐに暗闇に去って行った。

「知り合いなのか?」

 それを見てシグが安堵した様にため息をついていると、ジャンが応える。

「うちの部隊の歩兵部隊だ。こいつらを逃がす為に残ったつもりだったが、結局逃げ切れなかったか・・・・・・」

「ええ。所詮、我々は歩兵部隊ですから。敵の戦車の機動力からは逃げ切れません。仕方なく、見つからない様に森などを隠れて進んできたところを、あなた方と遭遇したのです」

「タイミングが良かったんだか悪かったんだか・・・・・・」

 ジャンがやれやれと肩をすくめていると、森の中から兵士に付き添われてシグの部下達も姿を現した。彼らの姿に怪我がない所を見ると、ファルジア達歩兵部隊は相当上手く制圧していたらしい。本当に敵でなくてよかったとハンナは思った。

「死傷者は?」

「敵味方共になし!」

 ファルジアも部下から返って来たその言葉に安堵していた。

「今度は歩兵と一緒に撤退かぁ・・・・・・」

 しかし、それにジャンが頭痛がするかのようにこめかみを押さえていた。

「なんか都合悪いの?」

 ハンナが聞くと、ジャンにちょんっと頭を突っつかれた。

「考えても見ろ。俺は何でお前に助けられた?」

「ああ、そうか。歩兵を逃がす為の囮になってたんだっけ?」

「そうだ。それに、そもそも歩兵と戦車は機動力が違う。逃げるのも歩兵に合わせなきゃならねえ。せっかくの戦車の機動力を殺す事なるから、同時に運用するべきじゃねえんだよ」

「じゃあ、置いてくの?」

 しかし、眉をひそめたそんなハンナの言葉に、ジャンはばつが悪そうな顔をした。

「俺だって分かってるよ。・・・・・・まあ、一緒に行くしかねえだろうな」

 その言葉に、ファルジアも安堵した様だった。

「あなたの戦車の考え方は理解していますが、助かりますよジャン」

「気にすんな。どうせ俺の知識なんざ、親父の受け売りだよ」

「よし。第百十三小隊、ここで野営する!」

 ファルジアが命じると、暗闇の中からわらわらと兵士達が姿を現した。

「え・・・・・・? こ、こんなにいたの?」

 すると、その様子にはハンナが唖然とする。

「当たり前だろ? 小隊って40人ぐらいいるんだぞ。まさか、みんな戦車の上にでも載せりゃ良いや、とか思ってたんじゃないだろうな?」

「えへへ。・・・・・・やっぱ置いてこうか?」

 そう言って舌を出すハンナの頭を、ジャンは軽く小突いていた。


 歩哨には専門であるファルジア達の部隊が立ってくれる事になった。

 ジャンを含む戦車兵たちはゆっくり休む事が出来たのだが、シグは真っ暗闇の中目が覚めた。

 体中は汗でびっしょり濡れていた。

「・・・・・・また嫌な夢だ。一人生き残るってのも、良いもんじゃないな」

 そう言って体を起こして見れば、ふとシュルクの上に人影を見つけた。

 上ってみれば、そこで月の光に照らされていたのはジャンだった。

「寝れないのか?」

 シグが声をかけてみれば、振り返ったジャンは鉄製のカップに口をつけていた。

「まあな。―――ほら、これハンナの餞別に貰った葡萄酒だ。一杯やるよ」

「お、いいのか?」

 シグがカップを持ってくると、ジャンが葡萄酒を注ぐ。シグは口をつけて感想を漏らしていた。

「良い葡萄酒だな」

「ああ。たぶん、村長がお祝い用に取っといたもんだろう。それだけ、ハンナは大事にされてたってこった」

 すると、不意にジャンは自分のカップを見つめる。

「―――やっぱり、俺はハンナを連れて来るべきじゃなかったかもしれねえ・・・・・・」

「どうした? いきなり弱気になったな」

「さっき、ファルジア達に制圧されて思ったんだよ。俺は、本当にあいつを守ってやれるのかってな・・・・・・」

「騎士なのに、か?」

「そうだ」

 はっきりとしたジャンの肯定に、シグは再び葡萄酒に口をつけて、呟く。

「やっぱりお前、バンベール将軍の身内だったんだな」

 その言葉を聞いて、ジャンは肩をすくめて笑っていた。

「気がつくのに、だいぶ時間がかかったじゃねえか。―――そうだ。俺は共和国がかつて王国だった時代から続く、騎士の家系、バンベール家の人間だ」

 それに、シグも肩をすくめていた。

「気がつくのに時間がかかったのは、お前が戦車主兵論者だったからだよ。共和国では確かに異端だろうが、うちら公国では普通の考え方だ。公国の人間である俺がお前を異端だと気がつくのは難しいよ」

「まあ、うちの親父が将軍辞めてから、軍が戦車の考え方を先祖帰りさせちまったせいで、俺らは異端視されるようになった訳だからな」

「けど、少しずつ変わりつつあるんだろう? 今回の戦争で、共和国の部隊が各個撃破されてるのに比べて、公国の戦車中心の運用が評価されてるんだから」

「それでも古い考え方を変えるのには時間はかかる。俺ら戦車乗りは、それまで煮え湯を飲まされ続けるのさ。―――それじゃ、女一人、助ける事も出来ねえのに」

 それに、シグは黙って葡萄酒に口をつけていた。

「ハンナを連れてきて、後悔したか?」

「ああ。間違いなくこれからもっと大変な目に会わせちまうからな。下手すりゃ死ぬかも知れねえ。後悔しない訳がねえ」

「当然の仕打ちだな。そもそも、戦争に女子供を連れ出すべきじゃない」

 シグの正論に、ジャンは手元のカップを見つめて顔をしかめていた。

「俺だって、分かってる・・・・・・」

 だが、シグは言葉を続ける。

「しかし、ジャンはハンナを戦争に巻き込もうとした訳じゃない。お前はあの子をもっと自由な外に連れ出してやりたかったんじゃないのか?」

 その言葉に、ジャンは顔を上げて、シグに視線を向けていた。

「そう、だな・・・・・・」

「じゃあ、お前のやる事はあの子を守ってやることじゃない。あの子に外の世界を見せることだ。だったら、あの子の事、普通に使ってやればいいんじゃないか?」

「使う?」

「ああ。ハンナは守られてばっかりのお姫様なのか? 砲手席に乗せてるなら、しっかり兵隊として数えてやれよ。そうしないと失礼だ」

その言葉に、ジャンは笑っていた。

「そうだな。あんな女っけのない奴、お姫様として扱う方が無理があるか」

「なっ? どう言う意味さっ!」

 その声に驚いて二人が振り返ってみると、そこにはハンナの姿があった。

「なんだ、お前起きてたのか?」

「だって・・・・・・、何度も僕の名前呼ぶから気になって」

「聞いてたのか?」

「うん。僕を連れて来るべきじゃなかったって辺から・・・・・・」

 そう言うと、ハンナはジャンの隣に腰掛けていた。

「―――僕、お姫様じゃないから」

「分かってるよ」

「けど、僕、今のままでも充分楽しいよ」

 その言葉に、ジャンは言葉を失っていた。

「村が嫌だった訳じゃないけど、こうしてみんなといるの楽しい」

 すると、ジャンは思わず吹き出していた。

「はははっ、お前相当な度胸だな! さっきのが味方じゃなかったら死んでたんだぞ?」

「わ、分かってるよ。けど、その、なんて言うか、今までより居心地は良いっていうか」

 その言葉に、ジャンは手元のカップを見つめて笑っていた。

「そうか。・・・・・・なんか悩んでた俺がバカみたいだ」

 すると、ぽんぽんっとジャンはハンナの頭を撫でていた。

「お前が良いなら、俺は良いよ」

 そう言うと、ジャンは立ちあがる。

「そんじゃ、おやすみ」

 シュルクの上から降りて行くジャンの姿に、ハンナはぽかんとしていた。

「なにそれ? どう言う意味さ?」

 どうやらジャンがハンナの事を中心にして考えてくれていると言う事に、本人は気がついていないらしい。まるで片思いみたいな愛情だなと、シグはやれやれと肩をすくめていた。

「きっと恋みたいなもんだろ。本人と話してすっきりしたんだよ」

 そう茶化す様に言うと、ハンナは眉をひそめて大きな声を出す。

「もう、だからそんなんじゃないって!」

 しかし、ハンナが振りかえってみれば、シグはカップに口をつけていた。そして、その傍らに置かれていたボトルを見て気がつく。

「ああ! それ僕の餞別に貰った奴!」

 ハンナが血相を変えて立ち上がると、シグは慌てたようにカップを置いていた。

「あ、いや! こ、これはジャンがだな! その、勝手に飲んでたからもらったって言うか・・・・・・」

 シグは慌てて弁解したが、ハンナにすでにいなくなったジャンの分まで怒られた事は言うまでもなかった。


 翌朝。

 ハンナは寝ぼけ眼を擦りながら、川に顔を洗いに行く。返って来たところで、ふと即席の机の周りに集まってるジャン、シグ、ファルジアの三人を見つけた。

「なにしてるのさ?」

 ハンナが声をかけると、ジャンが振り返る。

「ん? おう、この先の算段をな」

「んう? みんなで話し合う事なんてあるの?」

 そう言って未だに寝癖のついたままのハンナが近づいてみると、机の上には地図が載っていた。それには中央に太い青い線が入っており、どうやら川を中心にした地図のようだった。

「川?」

「ああ。この先にあるローレル川だよ。今どう渡るか考えてる所なんだ」

 そうシグは応えてくれたが、その地図は幾つも街が描かれている様な広域の地図ではなく、建物まで書き込まれている一つの街の地図の様だった。

「けど、もう渡る所は決まってるんだね」

「おう。川は深くて渡河出来ないから、橋を使うしかねえ。しかし、ファルジア達が他の橋をあたった所、もうこの橋しか残ってねえらしいんだ」

「残ってないってどういうこと?」

 ハンナが不思議そうに問うと、ジャンが胸ポケットをまさぐりながら応える。

「公国軍が撤退しながら落として行ったんだよ。少しでも帝国軍の侵攻を食い止める為にな。―――ん? 煙草が切れたな・・・・・・」

「けど、なんでこの橋だけ残ってるのさ?」

 それには、シグが応えてくれた。

「この橋は列車も通れる頑丈な石橋なんだ。戦車を通すだけの簡単な橋ならともかく、列車を通すような橋は掛け直すとしたらだいぶ時間がかかる。公国軍も物資の輸送なんかには列車は重宝してるし。爆破しなかったんだろうな」

「で、ここを渡らなきゃいけないんだね。けど、この橋の周りって街なんだよね」

「ああ。バリエッタ市って言う小さな街だ。見たとおり、川に架かった橋を中心に出来た街でな。小さな駅もあるらしい。だからこそ、帝国軍の物資集積地になってる可能性が高くてな。―――ああ、やっぱ煙草ねえ」

 そう言って、ジャンは今だ体中のポケットをまさぐっていた。

「で、みんなはどう突破するか考えてるんだ」

「そう言う事だ。しかし、情報がなくて困ってるんだよ」

「やはり私の歩兵部隊を何人か行かせましょうか?」

「そうするしかないかなぁ」

 ファルジアとシグの会話を聞いて、ハンナはふと思いつく。

「じゃあ、僕が見てこようか?」

 それには、シグとファルジアの二人が唖然としていた。

「何言ってるんです! あなたの様な子供にそんな仕事は任せられません」

「そうだ。危なすぎる!」

「べ、別に正面切って偵察に行く訳じゃないってば」

 ハンナがそう首を振ると、ジャンが補足するように付け加える。

「民間人に紛れて、街の様子見てくるって事だろ。それなら、確かにハンナみたいなのがスパイだとは敵も思わないだろう」

 しかし、そう言ってもシグは眉をへの字にしていた。

「そうは言ってもなぁ。もし何かあったらどうすんだよ」

「じゃあ、俺がついていくさ」

 そう言って、ジャンは腰の拳銃を引き抜いていた。

「誰かが様子を見ないといけないのは確かだ。それを、一番安全にこなせるのは、どう見ても軍人じゃないハンナだけだろ」

 それにはシグとファルジアは顔を見合わせていた。

「確かにそうだが、大丈夫なのか?」

「何言ってんだ。お前が言ったんだろ? 一人の兵隊として使ってやれって」

 それにはシグは、頭痛を堪えるかのようにこめかみに手を当てて唸る。

「そうだったな・・・・・・。分かったよ。頼んだ」

「おう。―――行くぞ、ハンナ」

「うん」

 二人は慌ただしくシュルクへと戻って行った。



「身分証明証を」

 帝国兵に言われ、ハンナはふるふると首を振った。

「もってません。だって私、ただの農民ですもの」

 すると、帝国兵はやれやれといった具合で肩をすくめていた。

「何のご用でこの街に?」

「この街にいる友達に会いにきましたの」

「そうですか。―――そちらの方は?」

 そう言って指を差されたのはジャンだった。

「私の夫です」

 ハンナがそう応えると、帝国兵は手元の記帳に何やら書き込む。

「分かりました。どうぞ。入って構いませんよ」

 ハンナはスカートの裾を持って軽く頭を下げると、街の中へと足を踏み入れた。

「うぅ、緊張したぁ」

「そうは見えなかったけどな・・・・・・」

 エプロンドレス姿のハンナと、ハンナの父の服に身を包んだジャンは、東側の街の検問をなんとか通り抜けていた。二人は並んで通りを歩くが、街の中は閑散としており、ちらほら歩いているのも帝国兵ばかりだった。

「意外としっかり検問があるんだね」

「こりゃ間違いなく、敵の集積所になってるな。一種の拠点だよこりゃあ。―――そんなことより、お前それなんだ?」

 そう言って、唐突にジャンが聞いて来たのは、ハンナの持っていたバスケットだった。

「えへへっ、秘密兵器!」

「秘密兵器? また変なもの持ってくるなよ。怪しまれたらお終いなんだからな?」

「分かってるって」

 すると、ジャンは唐突に胸ポケットをまさぐる。

「あー、お前、飴持ってなかったか?」

「持ってるけど」

「一個くれ」

 ジャンの要求は良く分からなかったが、ハンナはバスケットの中の瓶から飴玉を一個取り出すと、ジャンに渡していた。ジャンはそれを口の中に放る。

「あれ? 甘いの苦手だったんじゃないの?」

「苦手だ・・・・・・。けど、煙草が切れたんだよ。口が寂しいから飴で我慢する」

「禁煙すればいいのに」

 何気ないその言葉に、ジャンは眉をひそめる。

「本当に嫁みたいな事言うなよな。っていうか、納屋の時もそうだったが、何で俺とお前が夫婦役なんだよ。お前、まだそういう年齢じゃねえだろ?」

「けど、僕の村はこの位でも結婚するよ? 幼馴染ももう結婚してるし」

「だからってわざわざ夫婦役はねえだろ? 兄弟とかで良いんじゃねえのか?」

 しかし、不意にすれ違った帝国の将校に声をかけられる。

「お出かけですかな?」

「え、ええ」

「いやぁ、夫婦仲睦まじくて良いもんですなぁ」

 そう言って、将校はにこやかに去って行った。

「ね? 二人でくっついて歩く男女を兄弟なんて普通思わないよ」

「なるほどな。確かに、兄弟って普通仲悪いもんだな・・・・・・」

 それにジャンは渋々と言った様子で頷いて歩いていた。

 街は川を中心に窪んでおり、浅い谷の様になっている。

 そのため、ハンナとジャンが中央の橋まで来ると、街が川の両側に坂の様に見えた。

「面白い街だね」

「そうだな。これだと街の両側の高い所からなら街全体が見渡せられる。丁度良さそうな建物ないか」

「あれとかは?」

 そう言って、ハンナが指差したのは街の東側の坂の上、つまり川から離れた位置にある大きな建物だった。

「ほう、確かにあそこなら、全部を見渡せそうだ。市役所かなんかか?」

「後で言ってみようか」

 そう言いながら、二人は寄り添って橋へと足を踏み入れる。

 橋の両側には木製のやぐらの様なものが組まれていて、上には機銃座が配置されていた。

「こりゃ、厄介だな」

「ファルジアさん達に任せるより、戦車でやった方が良さそうだね」

 二人が橋を渡り終えると、そちら側の中央の広場には、戦車が三両ほど並んでいた。ただし、大砲は太く短く、砲塔がなく車体に搭載されていた。

「これなんて戦車?」

「こいつは戦車じゃねえ、自走砲だ。戦車と違って大火力で遠くの敵を叩くんだ。しかし、この自走砲が積んでんのは迫撃砲みたいだな」

「迫撃砲って?」

「上に向かって大砲を撃って、弧を描いて障害物の裏の敵を叩くもんだよ。たぶん、街の中を砲撃する用だろうな。しかし、射程は短いはずだが」

「もしかして、街に入ってくる敵を叩く用なのかな?」

「だろうな。街の外側で食い止めて、安全な街の中から砲撃するって考えなんだろう」

 そうして二人でしばらく歩いていると、通りに見覚えのある戦車が停止してるのを見つけた。

「あ、T‐16だ! ちゃんと見たの初めてだよ」

 ハンナがそう言って駆け寄って行こうとするのを、ジャンは慌てて捕まえる。

「ばかっ、普通の女が戦車なんか嬉々として駆け寄るか!」

「ああ、そうだった。つい・・・・・・」

 すると、そこへもう一両、見慣れない戦車も並んでいた。それはシュルクやヴォルフ、T‐16とも違うシルエットを持つ戦車であった。

「あれは?」

 ハンナが聞くと、ジャンは舌打ちしていた。

「まずいなT‐20だ」

 その戦車は車体全体が傾斜しており、砲塔に至っては、傾斜と共に流線型の美しい形をしている。履帯も大型の転輪で、主砲もヴォルフやシュルクよりも大型のものだった。

「T‐20ってのは帝国軍の主力中戦車だ。先進的な傾斜装甲をとりいれてあってな、中戦車の癖にこっちの弾をことごとく弾く嫌な戦車なんだよ」

「強いの?」

「足はヴォルフ並み。装甲はシュルク以上。主砲はどちらよりもでかい。って言えば分かりやすいか?」

 それには、ハンナも青くなっていた。

「強いのは分かった・・・・・・」

「だろ? まともにやりあえねえな。なんとか方法を見つけないと。―――よし、どのぐらいいるのか調べるか」

 二人が街の西側をぐるっと回ってみると、戦車はT‐16が二台、T‐20が二台だった。

「勝てるのかなぁ・・・・・・」

 急激に弱気になるハンナの隣で、口の中で飴を転がしながらジャンは呟く。

「ま、考えるしかないだろうな」

 そう言って、二人は先程見かけた東側の坂の上の建物まで行ってみた。

 すると、そこはちょっとした広場になっており、その真ん中では高射砲が空を見上げていた。

「空にも気をつけてるんだね」

「いや、幾らなんでも早すぎるな」

「何が?」

「敵さんの展開だよ。この前俺達が追われて敵もこの辺まで来たっていうのに、もう対空用の高射砲を持ってきてるのか?」

「聞いてみようか?」

「ああっ?」

 ジャンが唖然とする中、ハンナは近くで歩哨に立っていた兵士に話しかける。

「こんにちは」

 すると、その兵士は振り返って驚いた顔をする。それをみて、ジャンは全身に冷や汗をかいた。

「何か?」

「あの、この高射砲はみなさんが運んできたんですか?」

 しかし、兵士はあからさまに眉をひそめる。

「そ、そう言うのは軍機ですので」

 すると、まるでそれを予想していたとばかりに、ハンナはバスケットから何やら取り出していた。

「ご飯に作っておいたのだけど、いかがかしら?」

 それは、何の変哲もないサンドイッチだった。

「え? あ、いいんですか?」

「ええ。多めに作ってしまったから」

 すると、兵士は嬉しそうにサンドイッチを受け取って、遠慮なくパクついていた。

「いやあ、助かりますよ。うちの軍隊、飯がまずくて・・・・・・」

「まあまあ、そうなんですかぁ。―――で、この高射砲なんですけど」

 すると、兵士はサンドイッチに齧り付きながらも、屈んでハンナの耳へと小声で話す。

「実は秘密なんですけど。この高射砲、ここに駐留していた公国軍のものなんです。幾つかは破壊されていたんですけど、二門ほど無事だったんで。折角だから、鹵獲して使ってるんです」

「へえ」

 ジャンはその様子を見て、ひやひやしながらもやっと終わった事に安堵していた。

「―――そう言えば、この建物はなんなのかしら?」

 しかし、鈍感なのか度胸があるのか、ハンナの質問はそんなもので終わらなかった。

「え? この建物ですか?」

「ええ。ここ、ホテルって書いてあるけど。兵隊さんがうろついてるでしょ?」

「ああ。ここは今、うちの軍が徴用して宿舎兼司令部として使ってるんですよ」

 にこやかに二人は話していたが、ジャンの額には止めどなく冷や汗が浮かぶ。

「―――ちょっと、入ってみてもいいかしら」

 そして、ハンナがそう言いだした時には、ジャンは心臓が止まる思いだった。

「いいですよ。もともとただのホテルですから」

 兵士に案内されるがままにハンナはひょいひょいとついていく、ジャンは慌てて後を追って声をかける。

「バカっ! 何考えてんだ!」

 ジャンが小声で怒鳴ると、ハンナは兵士についていきながら応える。

「だって、見渡せるかどうか見といた方が良くない?」

「そりゃそうだが・・・・・・。直接頼むなんざ、お前頭おかしいぞ・・・・・・」

 兵士に案内されて、ホテルの二階にまで上がる。中は、将校たちがうろうろしており、不思議そうにハンナたちを見ていた。

「四階は司令部なので上がれませんが、三階までで良ければ。どうぞ」

「ありがとうございます」

 そう言って、兵士は親切に二人を部屋にまで入れてくれた。そこには西側の窓があって、二階とは言え、そこから街全体が見渡せた。

「凄いね。ほら、良く見えるよジャン」

 ハンナがそう言うと、兵士は頬を赤らめて話す。

「ふ、夫婦でいらしたりするのには丁度いいと思いますよ。我々ではもったいない景色と雰囲気ですから」

 なるほど、それで案内してくれたのかと、ジャンは呆れる。

 確かに、夫婦役で良かったかもしれない。

「良いホテルだな。今度来るときは一泊してくか」

「そうだねー」

 すると、ジャンはそう言ったハンナの顎を無理やり掴んで自分の方を向かせる。

「は・・・・・・?」

唖然としていたハンナだったが、唐突にジャンの顔が近づいて来て―――。

「んんっ!」

 キスされていた。

それには、ハンナも驚いたが、それ以上に兵士も驚いていた。

「ああ、すいません! 自分、出て行きます!」

 そう言って、兵士は慌てて部屋を出て行った。

「な、何するのさ!」

 キスから解放されたハンナが真っ赤になってそう言うと、ジャンは外を眺めながら呟く。

「・・・・・・やっと二人っきりになれたな」

 その言葉に、ハンナの胸は急激に高鳴った。

「え? な、なんだよ? 急に!」

 しかし、そんなハンナの頭には、唐突にジャンのげんこつが落ちる。

「ひゃっ!」

「バカか! お前がズカズカついてくから、二人で話せなかっただろうが!」

 何だそういう意味か、とハンナは頭を押さえながら変に安堵のため息をついてしまった。

「けど、ここまでこれたのは良かったでしょ?」

「ああ、上出来過ぎる。しかし、サンドイッチなんかどうして持ってきてたんだ?」

「ほら、この前村から脱出する時。元盗賊の人が帝国兵から情報聞きだすのにサンドイッチ使ったって聞いたから、真似してみたんだ」

「ずけずけと話して行くから、こっちは、冷や冷やしたんだぞ・・・・・・。まったく」

 そう言いながら、ジャンは胸ポケットから手帳を取り出すと、外の様子を書きこんでいく。

 ハンナも街を見渡すと、西側の中央には広場があったが、東側の街の中央には駅があった。

 この建物は駅から南側に位置するが、北側には大きな広場があり、大量のコンテナが並べられていた。

「あそこが物資の集積場になってるんだな」

 その付近には、T‐16が二両止まっている。

「これで、敵の戦車はT‐16が四両、T‐20が二両ってことだね」

「自走迫撃砲が三両、高射砲が二門、歩兵が一個中隊ってとこか」

「うーん。戦車二両と歩兵小隊だけでなんとかなるものなのかな? やめといたほうが良いんじゃない?」

「ま、戦争ってのは数だけで決まるもんじゃねえさ。俺達人間には考える為の頭ってもんがある」

 そう言うと、ジャンは手帳を閉じて、部屋の出口へと向かいだした。

「さ、行くぞ。時間かけ過ぎると、夫婦で変な事してると思われかねないからな」

「思われかねないって、キスしてきたのはジャンじゃないか!」

「お前だって抵抗しなかっただろ?」

「び、びっくりして抵抗できなかったんだよ! 本当は嫌だったんだから!」

「もしかして普通のキスが嫌ってことか? そう言えば、今度は舌を入れる約束だったっけか。飴舐めた後だし、今なら甘ーい味がするかもな」

「もう、ふざけないでよッ! 人のキスをなんだと思ってるのさぁ!」

 ジャンは真っ赤になったハンナからぽこぽこと叩かれながら、部屋を出て行った。



「お二人がお戻りになられました!」

 歩哨に立っていた兵士の報告を聞くと、シグは安堵のため息をついた。

 それに続いて二人が現れると、立ちあがって声をかける。

「心配したんだぞ? 何も無かったか?」

「はっはー、何も無かったどころか、すげー情報が得られたぜ?」

 そう言って、ジャンは持っていた手帳をシグの胸にポンと差し出す。

 シグはそれを受け取って、開いて目を通す。

「えーと。―――玉ねぎの色が変わるまで良く炒めたら、ひき肉と混ぜる・・・・・・?」

「ばかっ、ページが違う! それはこの前習ったハンバーグの作り方だ!」

 そう言って、ジャンはシグから手帳をひったくると、ページを開き直して見せていた。

 そう言えばステーキも焼いてたし、ジャンって意外にも料理が趣味だったりするのか、とハンナは変な所で感心する。

「ほう、敵の戦力が全部分かったのか。それに重要な拠点の位置まで。ん? 何だこのスケッチ」

 シグが開いたそのページには巨大な大砲のイラストが書かれていた。

「敵が鹵獲してた公国軍の高射砲だ。お前が知ってるんじゃないかと思って特徴をスケッチしてきたんだが」

「ああ。これは8.8センチ高射砲だな。ほら、でか過ぎて砲の下が四輪の車みたいになってるだろ。当然こんなもの人力じゃ動かせないから、本来はトラックとかで牽引するんだ。しかし、でかいだけに威力は凄まじくてな。爆撃機なんかは当然撃ち落とせるし、水兵射撃はどんな戦車でも貫通するんだ」

「―――それ、使えないか?」

 ジャンのその言葉に、シグは唖然としていた。

「本気か・・・・・・? まあ、弾薬があるなら確かに無理じゃないが。対空砲だから、戦車砲なんかから操作する人間を守るものがないんだぞ? 操作する人間の命は保証できない」

「それでも、やれるのならやろう。恐らく、それが唯一のT‐20に対抗できる武器だ」

 ジャンの言葉に、シグは神妙な面持ちをしていた。

「確かに、そうかもしれない。・・・・・・わかった、この高射砲を軸に作戦を考えよう」

 すると、唐突にそんなシグへとファルジアが声をかける。

「シグさん、準備ができました」

 それにシグは応じて、ファルジアの元へと行く。そこには受話器が置いてあった。

「なんだそりゃ?」

 ジャンが後ろから覗きこむと、シグはウインクして応える。

「お前らが偵察に出てる間に、こっちは敵の司令部への電話回線をここまで引いてたんだ」

「電話を? しかし、それじゃ街にいる敵の司令部と話すだけだろ? 何するって言うんだ?」

ジャンには皆目意味が分からなかったが、シグは得意げにメモ用紙を取り出す。

「まあ、見てろって。この文章の通り伝えてくれ」

 シグにメモ用紙を渡されたファルジアは、メモ帳に書かれていた内容を見て受話器をとる。

「こちら、工兵隊です。橋に爆薬を仕掛け終りました。上層部に爆破の許可を仰いでもらえますか」

『なに? そんな話は聞いてないぞ? この橋は重要な橋頭保なんだ。爆破なんてとんでもない』

「分かってますが、これは上層部からの極秘の命令なんです。恐らく、いざという時の備えでしょう。仕掛け終ったら許可を貰うよう指示されているんです。だから、そちらの通信機で一応許可を仰いでもらっても良いですか?」

『むぅ? まあ、上層部の命令なら仕方ないか。わかった、伝えておこう』

 それだけ言って、ファルジアは電話を切っていた。

「なんじゃそりゃ・・・・・・?」

 ジャンは頭にクエスチョンマークを大量に浮かべていたが、シグは得意げに胸を張る。

「ま、飽くまでも俺なりの賭けをな。けど、俺は賭けで負けた事がないんだ」

 そう言って、シグは持っていたコインを親指ではじいて宙に放っていた。

ファルジアさん登場回です!

いや、いきなり出てきたファルジアさんって誰だよ、って思った方もいるかもしれませんが、実はプロローグに出て来ています。


そうえいば、ファルジアさんってイメージ的には超絶イケメンなんですよね。ジャンも口は悪いけど、良い人ですし。シグも別の作品の主人公だけあって、なかなかいい男です。

そう考えると、女子がハンナ一人だけになっているため、なんか書いてて乙女ゲーみたいです。作者も書きながらカッコいい周りのキャストにキュンキュンします。ちょっと、自分で自分に引きます・・・。

けど、書いてて楽しいんですよ。この作品。

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