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戦車とボク

「精が出るなぁ、ハインリヒ」

 ハインリヒと呼ばれた子供は、畑を耕していた鍬を置いて、呼ばれた方を振り返る。

 そこには、馬車に乗った男性の姿があった。

「あ、どうも村長さん。何か御用ですか?」

 ハインリヒが声を張り上げて問うと、男もそれににこやかに応える。

「どうも最近、戦争の影響で軍人の略奪が多いって話だ。お前さんも一人暮しなんだから、気をつけてな」

「ありがとうございます。けど、そんな盗まれる様なものもないですから」

「それでも、気をつけるに越した事はない。何かあったら、村の方に伝える様にするんだぞ」

「わかりました」

 男はそれだけ言うと、馬車をゆっくりと走らせて去って行った。

 残されたハインリヒは、再び鍬を持って畑を耕し始める。

 辺りには、広大な畑が広がり、さらにその周りを山と森が覆っていた。

 しかし、その畑は明らかにハインリヒ一人の手には余るほど広大であった。

 それでもハインリヒは、鍬を握り、永遠と畑を耕し続ける。

 まるで、それしか生き方を知らないかのように。


 延々と広がる畑をハインリヒは淡々と耕していたが、さすがに日が高くなる頃には、ぐうとお腹が鳴っていた。

「―――そろそろお昼にしようかな」

 ハインリヒは鍬を置くと、畑の脇に置いてあったバスケットへと歩み寄る。

 ハインリヒがバスケットの蓋を開けると、中にはサンドイッチが入っていた。

「うん。じゃ、いつもの所で食べるとしますか」

 今日、初めての笑顔を見せたハインリヒは、畑の周りに広がる森へと向けて歩き出していた。

 森と言っても、この辺の森は木材として適度に伐採されているため、鬱蒼としたものではなく、太陽の光が差し込み穏やかな様相を呈している。

 そんな森には、ハインリヒのお気に入りの場所があった。

それは、そんな森に一本だけ流れている小川の淵。

 小川の周りには原生の花々が咲き乱れており、辺りには小鳥達の鳴き声もする。リスなどの小動物の姿も見れ、まさにそこだけ絵本の様な世界が広がっていた。

 お気に入りのこの場所で食べる昼御飯だけが、ハインリヒの唯一の楽しみとも言えた。

 しかし、今日のそこは、いつもと様子が違った。

 ハインリヒがたどり着いてみると、そこには見慣れない巨大な鉄の塊が、花々を押しつぶし小川に落ちて各坐していたのだ。

「なんだ? これ?」

 ハインリヒはお気に入りの場所を台無しにされたことでがっかりはしたが、むしろ好奇心の方が勝ってしまった。

恐る恐るハインリヒが近づいてみると、どうやらそれは大きな乗り物の様だった。タイヤなどはないが、車体をぐるりと覆う様な鋼鉄の履帯が付いており、車体の上には半球状のドームのようなものがついていた。

「これって、・・・・・・戦車って奴だよね?」

 ハインリヒは村を出た事のない田舎者だが、そう言うものがあると言うのは、新聞などで見た事がある。

「この辺で何かあったのかな・・・・・・?」

 戦車をぐるっと観察してみると、車体の横に上へとあがる梯子を見つけた。このまま放っておく訳にも行かず、ハインリヒはおっかなびっくり戦車の上へとのぼって見る。

 すると、ドームの様な形の砲塔の後ろのハッチが開いており、そこから何かが車体の上に出ているのに気がつく。

 覗きこんでみると、それは仰向けに倒れた人だった。

「ひっ!」

 それは一目見て、死んでいると分かった。

 胸に空いた大きな穴から、大量の血が流れ出て、車体の上で乾いて固まっていたのだ。

「戦争があったのかな・・・・・・?」

 ビビりながらも、ハインリヒは車体の上に立って観察を続ける。

 ぐるりと死体と砲塔を眺めてみると、砲塔には大きな穴があいていた。恐らく、砲弾が貫通して乗っている人も貫いてしまったのだろう。

すると、車体の前の方にも開いたままのハッチを見つけた。

青い顔をしながらも覗きこんでみると、どうやら操縦室らしい。

すると、やはりそっちにも、頭から血を流した人の姿があった。

「こっちも死んでる・・・・・・」

 しかし、ハインリヒがそう言うと、まるで返事をするかの様に、その男はふがっと鼻を鳴らしていた。

「なんだ・・・・・・。こっちは寝てるだけか」

 だが、ハインリヒは辺りを見回す。

 辺りには平和な鳥の鳴き声が響き渡るだけで、人の姿はない。

「僕が助けるしかないよね・・・・・・」


「あ?」

 男が目を覚ますと、そこは柔らかく暖かいベットの上だった。

 しかし、見た事のない天井に、男は咄嗟に体を起こそうとする。

「痛っ!」

 だが、途端に頭に痛みが走って、思わず押さえつける。

 すると、手には包帯の感触があった。

「あ、起きましたか?」

 そう言って、部屋に入って来たのは、見知らぬ子供だった。

 男にしては長めの肩までの髪。ワイシャツにサスペンダー、泥のついたズボンという格好なので、恐らく農民だろう。

「なんだお前?」

 目付きの悪い男にそう問われ、子供は少し強張った表情で応える。

「ぼ、僕はハインリヒ。の、農民です。あ、あなたは?」

 すると、男は部屋をきょろきょろしながら、応える。

「俺はバンベール。軍人だ。・・・・・・ここは?」

「ここは、僕の家です」

「俺は、いったいどうなった?」

 まるで記憶喪失の様な問いをする男―――バンベールに、ハインリヒは持ってきた水差しからコップに水をつぎながら応える。

「森に戦車が止まっていて、あなたはそれに乗っていたんです。それを、僕がここまで運んできたんですけど」

 すると、バンベールも少しずつ思い出して来たらしい。

「そうか。俺は確か撤退戦で、置いてかれたんだ・・・・・・。そう言えば、もう一人いただろ?」

「ええ。けど、もう亡くなっていて・・・・・・。森に埋めてあげましたけど」

 ハインリヒが残念そうに言うと、バンベールも落ち込むかと思ったが、彼の反応は真逆だった。

「はははっ! そうか! やっぱ死んだかあの野郎!」

 そう言って笑うバンベールの姿は、正直ハインリヒには良い印象ではなかった。

 村長にも軍人の略奪に気をつける様にと言われたが、彼を助けてしまって失敗しただろうかと、ふと後悔がよぎる。

「あ、あの、どうぞ・・・・・・」

 そう言ってハインリヒが水を差し出すと、バンベールは遠慮なく受け取って口をつける。

「・・・・・・じゃあ、ここはフィデルランドの村か」

 そう言う男に、ハインリヒは頷く。

「ラルトゥフと言う村です」

「ラルトゥフ、か。ここまで来た記憶はないが、だいぶ逃げてこれたんだな・・・・・・」

 撤退やら逃げてきたという言葉からすると、どうやらバンベールは撤退中にはぐれた兵らしい。

「バンベールさんはどこの国の兵隊さんなんですか?」

「俺か? 俺は共和国の兵隊だ」

 そう言うと、バンベールはコップをベッドの脇の机に置いて、立ちあがっていた。

「じゃ、世話になったな」

「えっ? どこ行くんですか?」

「そりゃ、決まってるだろ? 本国まで逃げるのさ」

 そう言って、バンベールは歩き出したが、途端によろけるようにして床に倒れ込む。

「くそっ。なんだこりゃ? 目が、回る・・・・・・?」

「だ、だいぶ出血してたから。あの、もうちょっと休んでからの方が」

「ちっ・・・・・・。しょうがねえ。そうするしかねえか・・・・・・」

 ハインリヒが手を差し出すと、体を借りる様にして、バンベールはなんとか立ち上がっていた。


 ハインリヒに肩を借りる様にしてバンベールがこの家のリビングまで来ると、すでに机の上には夕食の準備がされていた。

 しかし、それを見てバンベールはやれやれとため息をつく。

「貧相な飯だな」

「こ、これでも僕の一般的な食事ですっ」

 机の上にはパンの入ったバスケットと、シチューだけ。

 しかし、ハインリヒの住む様な田舎の食事としては、一般的な食事と言えた。

「軍人って、やっぱりいいもの食べてるんですか?」

 椅子にバンベールを降ろしながら、ハインリヒが訊く。

「そうだな。肉も普通に出たし」

「へえ。お肉は最近食べてないなぁ」

 そう言いながら、ハインリヒも向かいに机につく。

「ど、どうぞ」

「いいのか? 俺、大して金とか持ってねえけど」

「大丈夫です。この家、僕一人ですし。食べ物はいっぱい貯蔵してありますから」

「そりゃ、安心だ」

 そう言って、バンベールは遠慮なくパンへ手を伸ばしていた。

「しかし、・・・・・・お前、何で俺を助けたんだ?」

 シチューにパンをつけながら、唐突にバンベールが口を開く。

「死にかけてる軍人を助けた所で、お前には何の得にもならないだろう?」

 すると、ハインリヒは何を言われてるのか良くわからないと言った表情をしていた。

「けど、人が倒れていたら、普通助けるものじゃないですかね・・・・・・」

 その言葉に、バンベールはやれやれとため息をついていた。

「田舎的な考え方だな」

「そ、そうですかね・・・・・・」

 つっけんどんとしたバンベールの言い方にハインリヒは困った様な表情をする。

しかし、不意にバンベールの方がにやりと笑っていた。

「しかし、そんな田舎者のおかげで俺は助かったぜ。一度はさすがに死を覚悟したけどな」

「そう、だったんですか?」

「おうよ。なんせうちの小隊長は驚くほどの間抜けでな」

 それから、バンベールは手ぶりを交えて、今回の戦いでどれだけ小隊長が間抜けだったかを面白おかしく話してくれた。死んだ人を笑って話すのはどうかと思ったが、目付きが悪く怖い印象だったバンベールは、思ったより気さくな人の様だった。

「―――それであいつ『騎士道精神をみせてやる』とか言った訳よ。歩兵の癖に!」

「あははっ。歩兵上がりなのにっ!」

「そう、戦車に乗っただけで騎士様気取りだぜ? 態度がでかくなるにも程があるだろ?」

 そんな風に談笑しているうちに、なんだかんだ二人は食事を終えていた。

「いやぁ、貧相だが、美味かった」

「お口にあって良かったです」

 食器をまとめて、ハインリヒはキッチンへと行く。

「じゃあ、今日の所はゆっくり休ませてもらうか」

「明日には出て行くんですか?」

「まぁ、怪我と戦車の様子を見て、だな。戦車の様子を見てみて、まだ動くなら動かして逃げるし。動かないなら徒歩で逃げる。ま、そんなに世話になるつもりはねえから安心しろよ」

「・・・・・・はむあむ、そうでふか、はむ」

 瓶に汲んであった水で食器を流していたハインリヒだったが、途端に喋り方があやしくなる。

「どうした?」

 その後ろ姿にバンベールが近寄ると、振り返ったハインリヒの口には赤黒い板の様なものが加えられていた。

「あっ、それジャーキーじゃねえか!」

 バンベールがハインリヒの口元のそれをひったくろうとすると、ハインリヒも思わず逃げる。

「こ、これ僕のですよ! 最後の取っておいた奴なんですから!」

「んだよ! 俺は血が足りないんだぞ。肉の一切れ位良いだろう!」

「嫌ですって! さっきバンベールさんがお肉の話するから食べたくなったのに! わあ、乱暴しないで!」

 ハインリヒの襟首を掴んで、バンベールは取り押さえる。

 しかし、ハインリヒが暴れると、まだ怪我で朦朧としているバンベールは思った以上に簡単に体制を崩してしまった。

「うおっ」「わあっ」

 二人は折り重なる様にして倒れた。

 すると、バンベールの顔面は、とても柔らかいものに受け止められる。

 そこはハインリヒの胸の辺り、とても男の胸板の感触ではなかった。

「お前、まさか・・・・・・」

 バンベールが慌てて起き上がると、ハインリヒは真っ赤な顔をしていた。

 そこへバンベールが改めてハインリヒの胸に手を当ててみると、そこには確かに柔らかい感触があった。

「―――女だったのかっ!」

 バンベールがそう声を上げて驚くと、ハインリヒの顔は見る見る間に青くなる。

「だ、誰にも言わないでっ!」

 しかし、その懇願に、バンベールの顔がにやりと歪む。

「ははーん、何か訳ありか? いいぜ、交換条件と行こう」

「なっ?」

「まず、その肉」

 そう言ってバンベールはハインリヒの持っていた食べかけのジャーキーを指さした。ハインリヒが怯えたように渡すと、バンベールは間接キスなど気にもせず、噛みついていた。

 ハインリヒはそれでも、再び懇願する。

「お、お願い! 村の人にだけは言わないでっ!」

 それに、バンベールはにやにやと笑いながらふむと唸る。

「さーて、どうしようか?」

「うぅっ。そうじゃないと僕、土地が取り上げられちゃうのに・・・・・・」

「は? 土地・・・・・・」

 思ったのと違うハインリヒの言葉に、バンベールはしばし呆然とする。

「どう言う事だ?」

「ふ、普通は、土地や家を相続するのは長男だから。だけど、僕一人っ子で、両親はもういないから・・・・・・。女の子だとわかったら、誰かに引き取られて、土地まで取られちゃう」

「まさか、そんで男の振りしてるってのか?」

 てっきり趣味的な事だと思っていたので、バンベールとしては調子に乗ってしまっただけに、ばつが悪かった。

「ああ。いや、悪かった。真剣な事だったんだな・・・・・・」

「だ、誰にも話さないよね?」

「おう、約束する。さすがに世話になっておいて、お前の住処を奪う訳にはいかねえだろ・・・・・・」

 確かに、それではとんだ仇返しだ。

「俺はまともな軍人じゃねえが、まともな人間のつもりでな」

 やはりバンベールは口は悪いが、悪い人ではない様だった。

「あ、ありがとう」

 笑ってみせたハインリヒは、確かに女の子らしい可愛い笑顔だった。

「けど、本名はハインリヒじゃねえだろ? 男の名前なんだし」

「うん。・・・・・・ほ、本当の名前はハンナだけど」

「もったいねえな。良い名前もっといて」

「パパの土地を守るためだから」

 やれやれと言った様子で、バンベールは立ち上がる。

「じゃあ、おれもジャンで良い」

「え? なにが?」

「名前だよ。ジャン・バンベール軍曹。滅多に呼ばせる奴はいねえんだから、ありがたく思えよ?」

 そう言うと、バンベールことジャンはそのまま部屋の出入り口へと向かう。

「じゃあ、さっきの部屋で寝ても良いんだよな。俺、先に寝るわ。まだくらくらするんでな」

「わかった。おやすみなさい」

「おう、おやすみハンナちゃん」

「そ、その名前で呼ばないでっ!」

 真っ赤になりながらハインリヒことハンナが言うと、ジャンは肩をすくめながら部屋を出て行った。


 翌日。

部屋に差し込む太陽の光で、ジャンは目を覚ました。

 ぼさぼさの頭を掻きつつリビングまで来ると、机の上には朝食のサンドイッチとスープが並べられていた。

「あいつは良い嫁になるな」

 ジャンはサンドイッチをスープで流し込むようにして食べると、すぐさま外に出た。

 家の前にあった井戸から水を汲んで、顔を洗う。

 ふと、広大な畑を見回すと、小さな人影がぽつんと動いているのが見えた。

 ジャンは胸ポケットから煙草の箱を取り出すと、中から一本咥えてライターで火をつけながら歩き出していた。

「よう、ハンナ」

 ジャンがそう声をかけると、畑に鍬を振るっていたハンナは、顔を上げて振り返っていた。

「その名前で呼ばないでよ」

「お前、もしかしてこの畑一人で耕してんのか?」

「うん。だって一人しかいないから」

「いや、けど広すぎんだろ・・・・・・。この辺は他の家もこうやって耕してんのか?」

「ううん。村の人達は家畜を使って耕してるけど」

「お前んちに立派な納屋あんだろ? 家畜は?」

「その・・・・・・、去年、食べちゃったから」

 落ち込む様なハンナの姿に、昨日食べたジャーキーを思い出した。もしかしたら、あれがそうだったのかもしれない。

「よし、じゃあ、村から家畜につけて耕す奴借りて来いよ」

「え? けど、家畜いないんだよ?」

「それなら用意してやる。そうだな三、四台まとめて借り来い」

「わ、わかった」

 そう言って、ハンナは納屋の方へと走って行った。そして、納屋から荷車を出してくると、村の方へと引いていく。

 そして、残されたジャンは煙草を燻らせながら、森の方へと歩いて行った。


「借りて来たけど」

 荷車の荷台に木製の耕し機を積んだハンナが戻ってくると、畑には鉄の塊が現れていた。

 それは、森で各坐していた戦車―――シュルクだった。

「動いたんだね、これ」

「まあな。小川に落ちた記憶はあったが、損傷した記憶はなかったからな。やっぱり動かす分には問題なかった」

「で、もしかしてこれに引かせるの?」

「その通り。じゃ、ちょっと手伝え」

 そう言って、ジャンは戦車の後ろの鎖を展開した。

 それに、ハンナが荷台から下ろした三台の耕し機を繋ぐ。

「これで良いの?」

 しかし、本来は人が持って溝を作る物の為、人が固定しないとばらばらになってしまう。

 それを、ジャンはハンナが持っていた鍬にロープで括りつけて一つにまとめていた。

「よし。じゃ、お前この鍬持ってろ」

 ハンナに鍬を持たせると、ジャンは戦車へと向かった。

 彼が操縦室へと潜り込むと、次の瞬間、黒い排気ガスを噴き上げてエンジンがかかっていた。

 ハンナが鍬を持っていると、シュルクはゆっくりと進み始める。

「わっ」

 引きずられる耕し機を慌ててハンナが支えると、走って行くうちに耕し機の歯が地面をえぐり、畑にうねを作って行く。

「すごい!」

 牛などの家畜とは比較にならないほどの勢いで、畑が耕されていった。

 そして、畑の端まで来たところで、シュルクは停止する。

「どうだった?」

 シュルクの上から見下ろして、ジャンは問うてきた。

「すごいよ! ものすごい勢いで畑が耕せてく!」

「はっはっはっ。これぞ科学の力ってもんだ!」

「へえ、戦車ってこんなことにも使えるんだね!」

「ま、農業用のトラクターが進化したもんだからな。で、どうする? この調子で全部耕すか?」

「あ、いや、三分の一ぐらいで良いよ」

「あん? そんなんでいいのか?」

「うん。豆まきとか収穫とかが忙しくなっちゃうから。僕一人じゃ全部耕しても使わないんだ」

「ふーん。じゃ、三分の一をやっちまおう」

 そういうと、ジャンは操縦室に戻ってシュルクを再び走らせていた。

 それに引きづられて次々とうねが出て行く様子を見て、ハンナはただ目を輝かせて見ていた。


 昼になる頃には、畑の三分の一は耕せてしまった。

「あっという間だったね!」

 未だに興奮が抑えられない様に、ハンナはそう声を上ずらせていた。

「まあな。トラクターがたくさん出回れば、きっとお前達もこんな風に楽できんだろうな」

「すごいなー。きっと未来はこういうのが当たり前になるんだろうねー」

 二人は街道に停車させたシュルクの上から足を投げ出して、バスケットから取り出したサンドイッチをパクついていた。

「何日かかけてやるつもりの仕事が一日で終わっちゃった」

「次は種まきか?」

「まだちょっと時期が早いけどね」

「ちょっと短縮し過ぎたか」

「ううん。けど、すごく助かったよ! これで去年みたいに時期が遅れたりしない」

「あん? 去年は遅れたのか?」

「う、うん・・・・・・。パパがいた時と同じ様にやってたら遅れちゃって。そのせいで、ちょっとあんまり採れなくて・・・・・・」

 で、大事な労働力であった家畜を食べなければならなくなったのだろう。

「お前のパパさんがなくなったのは最近なのか」

「うん。一昨年、流行病にやられたんだ。村の方でも子供がいっぱい死んじゃったらしいけど」

「そうか。大変だったんだな・・・・・・」

「ど、同情とかだったらいらないからね。僕、家も土地もあるし・・・・・・」

 そう言って、サンドイッチに齧り付くハンナは、少し強情な様子で言う。

 なんとなくジャンには、強がりの様に見えた。

「そうだ。時間が出来たから午後に村に行こうよ!」

「村に? なんでだ?」

「今日、行商人が来る予定なんだ。手伝ってくれたお返しに何かご褒美買ってあげるよ」

「ご褒美って、俺は子供か・・・・・・」

 やれやれとジャンがサンドイッチを食べながら言うと、少しもじもじした様にハンナが言葉を続ける。

「あの、その時さ。もし良かったらでいいんだけど・・・・・・」

「ああ? なんだ?」

「その、戦車に乗せてもらっても良い・・・・・・?」

 すると、納得が言った様にジャンは苦笑していた。

「なんだ。お前、本当は乗りたかったのか?」

「だ、だって、車とか乗ったことなかったし・・・・・・」

「まあ、いいさ。だが、あんまり村に近づけると恐がられるから、途中までだぞ」

「わかった。―――やった!」

 そう言って、ハンナは両手を空へと上げてガッツポーズしていた。

 確かに車一台ない様な田舎に住んでるハンナとしては、畑を見る見る間に耕した戦車は魔法の道具の様に見えるのかもしれない。

「魔法の乗り物、か」

 そう言って、ジャンはシュルクの車体を見下ろす。

「そうだよな・・・・・・。こいつは戦争を変える、魔法の乗り物のはずだったんだ」


「凄かったね戦車! あんなにスピード出るんだね!」

「そうだな」

「けど、ゴトゴト揺れるしうるさいのは頂けないなぁ」

「まあ、今のお前も充分うるせえけどな・・・・・・」

 シュルクに乗ってテンションの上がったハンナを連れて、ジャンは歩いて村へとやって来ていた。

 村はハンナの住んでいる家より少し離れていて、井戸を中心に数軒の家が立っているだけだった。辺りにはやはり畑がひろがり、家畜を使って畑を耕している人々の姿があった。

「おう、ハインリヒ。買い物かい」

 畑道を歩いてる途中、そんな村人の一人に声をかけられた。

「また、食料が不足してるんなら分けるぞ?」

「いやそう言うんじゃないんです。今日はちょっと・・・・・・」

 そう言って、ハンナは隣のジャンへと視線を向ける。

 いかにも目付きが悪く、軍服に咥え煙草という男の姿を見て、村人は訝しげな表情をしていた。

「あんた何もんだい? ハインリヒの知り合いか?」

「あん? 俺が知り合いだったら文句あんのか?」

「ち、ちょっとケンカ腰にならないでよ!」

 慌ててハンナは前に出てきたジャンを後ろに下がらせる。

「大丈夫です。悪い人じゃないですから」

「そうなのか? 騙されてたりしてないだろうな。最近は軍人の略奪も増えてるって話だし」

「俺が略奪する様に見えんのか? ああん?」

「だからケンカ腰にならないでよ! ほ、本当に大丈夫ですから! こう見えて良い人ですから!」

 結局、村人には怪訝そうな表情をされたまま、二人はその場を後にする。

「もう、誰かれ構わずからまないでよ・・・・・・」

「あっちが俺を睨んできたんだぜ?」

「しょうがないよ。村って元々、見慣れない外の人には警戒しちゃうし。噂では最近軍人の略奪が増えてるって話だから、みんな慎重になってるんだよ」

「そういうもんかねぇ」

 納得できない様にジャンはうそぶく。

さすがにハンナも、ジャンの目付きの悪さにも原因があるだろうとは言えなかった。

 二人が井戸のある村の広場までくると、そこへは一台のトラックが止まっており、村人達が数人集まっていた。

「行商人って何売ってんだ?」

「基本的にはすぐ不足する様な日用品だよ。石鹸とか、油とか、紙とか。他にも鍬とかシャベルなんかの大きなものも売ってるけど、トラックには積んでないから、頼んでおくと次来た時に届けてくれるんだ」

「ほう、便利なもんだな。で、お前は俺に何を買ってくれるんだ?」

「言ってからのお楽しみだよ!」

 二人で幌のかかったトラックの荷台へと行くと、そこにはメガネをかけた男の姿があった。

「いらっしゃいハインリヒ君」

「こんにちはスバルさん」

 東洋人らしい顔立ちの行商人の男は、メガネの奥の目をさらに細くして、ハンナをトラックの荷台へと招き入れる。

「今日は何をお望みかな?」

 行商人―――スバルはトラックの中で大仰に手を広げて訊いて見せる。

 ジャンがハンナの後ろから覗きこむと、トラックの中には確かに石鹸や油の入った瓶、この地方では見ない果物、燃料の入ったドラム缶などが所狭しと並んでいた。

「あの、お肉ってありますか?」

「ほう、これは珍しいね。牛で良いかな? 干し肉と生肉があるけど」

「じゃあ、干し―――」

「―――生肉で頼む」

 そう後ろから口を挟んできたのは、ジャンだった。

「ええっ! 生を頼むのっ!」

「俺へのご褒美なんだろ? じゃあ、俺の好きにさせろよ」

「もう、仕方ないなぁ」

 すると、その様子をスバルは不思議そうに見ていた。

「そちらの軍人さんは?」

「ああ、ジャンだよ。森で倒れてた所を助けて、ちょっとお世話してて」

「人を拾ったペットみたいに言うなよ」

 それに、ジャンは不満そうに唇を尖らせていた。

「それでお肉とは、・・・・・・彼女に気に入られたんですね」

「まあ、気に入られたのは俺じゃねえけどな・・・・・・」

 しかし、ふと、ジャンは何か違和感を感じた。

―――あれ? 今こいつハンナの事、彼女って言わなかったか?

だが、ハンナは気付かないのか、スバルから紙に包まれたお肉の塊を受け取っていた。

すると、スバルは思い出したように言う。

「そうだ。今日は飴は良いのかい?」

 それに、ハンナは苦笑いを浮かべて言う。

「大丈夫です。まだありますから」

「そうかい? だいぶ買ってないから、もうないんじゃないかと思ったんだけど」

 そんな会話を聞きながら、ジャンは箱におさまっている飴の瓶を見つけた。しかし、ハンナの家でこんなものは見かけた記憶はなかった。

 それを手に取ると、ジャンはそのままスバルへと差し出す。

「じゃ、俺これ買うわ」

「え?」

 ハンナは驚いた様だったが、ジャンはすでにお金を渡し、スバルから飴の瓶を受け取っていた。

「まいどどうも」

 二人はスバルに見送られながら、トラックを降りる。

「もう、買うなら言ってくれればよかったのに」

「いいだろ。俺が買いたかったんだよ」

 そう言うと、ジャンは瓶から飴玉を一個取り出すと、口に放り込んでいた。

 しかし、途端に顔をしかめる。

「ああ、けど失敗したな・・・・・・。そういやぁ、俺、甘いの苦手だったわ」

「え? 何それ」

「煙草がなくなると口が寂しくなると思って代わりに買ってみたが、失敗だった。やるよ」

 そう言って、ジャンは瓶をハンナへと渡す。

「あ、ありがとう。・・・・・・もしかして、これ、くれるために買ったとか?」

「そう言う勘繰りは止めろよ。それとも、そう言う気遣いを欲しかったのかなハンナちゃん?」

「ちょっ! その名前で呼ばないでよッ!」

 ハンナは慌ててジャンの口をふさごうとするが、ジャンはひょいと避けていた。

ジャンはへらへら笑いながら、ハンナはふくれっ面のまま、帰り道を歩き出していた。

「けど、お肉どうやって料理しようかなぁ」

「お、それなら任せとけ。俺が料理してやる」

「え? もしかして、それで生肉頼んだの?」

「そりゃ当然―――」

 しかし、そこで、ジャンは立ち止まって黙り込んでいた。

「どうしたの?」

 ハンナが振り返ると、ジャンは真剣な表情で村の外を睨んでいた。

「―――戦車か?」

「え?」

「戦車が来る」

 ハンナが驚いてジャンの睨んでいる方へ視線を向けると、そこには土埃が巻き上がっていた。

「なんで、あれだけで戦車だってわかるの?」

「よく見てみろ。土埃は横に複数立ってる。あれは一本の街道を走ってくる車のもんじゃねえ。畑みたいな不整地を高速で走れる車両が複数で来てんだ。この辺にトラクターはねえんだろ。それなら、戦車しかありえねえよ」

「じゃあ、もしかしてジャンの仲間?」

「どうだろうな。俺の仲間はこの辺から撤退してたんだ」

「じゃあ・・・・・・」

 すぐに青くなったハンナを見て、ぽんっとジャンはその頭に手をのせていた。

「なに、うちの軍隊じゃないってだけで味方かもしれねえ。ちょっと様子を見てみよう」

 そう言うと、ジャンはハンナの手を引いて、村の建物の裏へと駆けて行った。


「ありゃ、バトラス王国製のアルマロスだ」

 建物の陰から村に入って来た三台の戦車を見て、ジャンはそう断言した。

「知ってる戦車なの?」

「知ってるも何も、ありゃお前らフィデルランド王国の正規軍が採用してる戦車だよ」

「うちの国の?」

 その戦車はジャンの乗っていたシュルクに比べると、半分ほどの大きさだった。車高も半分ほどで、正方形の車体に長方形の砲塔が乗っているだけの簡単な戦車だった。

「なんか弱そうだね・・・・・・」

「まあ、古い戦車だからな。しかし、そうなるとフィデルランドの正規軍か?」

 三台の戦車は、村の広場の行商のトラックに集まっていた村人を取り囲む。

 二人がその様子を物陰から見ていると、戦車達に遅れて村にトラックが入って来た。

 それから降りてきたリーダー格らしい男は、ライフル銃を持っていたが、来ていたのは軍服ではなく農民となんら変わらないオーバーオールだった。

「俺達は帝国に対するレジスタンスだ! ありったけの食料を渡しやがれ」

 そして、そんな単純明快な脅し文句を言った男に、ジャンはやれやれとその場にしゃがみ込んでいた。

「なんだよ。ずいぶんと分かりやすい盗賊だな・・・・・・」

「え? けど、レジスタンスって名乗ってるけど?」

「そう名乗れば、建前が良いからな。上手くいけば騙されて協力してくれる奴もいるかもしれねえ。しかし、ありゃ戦車持っただけの盗賊だよ」

「な、何でそう言い切れるのさ?」

「人からものを奪う人間は、何と名乗ろうが盗賊だ」

 言われて、ハンナも納得する。

 しかし、その瞬間、銃声が響き渡っていた。思わず、ハンナは村人達の方へ視線を戻す。

 そこでは、リーダー格の男が空へと向けてライフルを放っていた。

「俺達はお前らの為に働いてるんだ! さっさとありったけの食料をよこしやがれ!」

「そ、そうは言っても我々にも日々の食べる分がある・・・・・・。君達に渡せる分は―――」

「ああ? 拒否するっていうのか? 非国民がどうなるか分かってんだろうなぁ。俺達は荒っぽい手を使っても良いんだぜ?」

 そう言って、男は対応していた村長に銃を突きつける。

「ま、まずいよ・・・・・・。このままじゃみんなが」

 ハンナがその様子を見て、ジャンを振り返る。

 しかし、ジャンは立ちあがって胸ポケットから取り出した煙草に火をつけている所だった。

「な、何してんの! 悠長な!」

「大丈夫だよ。あいつらが要求してんのは食料だけだろ? ああいうのは寄生虫みたいに、一つの村を強請って何度も食料を貰い続けるってのがやり方なんだ。今回渡せるだけの食料渡しゃとりあえず帰るって。―――ほら見てみろ」

 そう言ってジャンが指差すと、村長が困った様に男に話していた。

「わかった。出来るだけの食料を渡そう・・・・・・」

「分かればいいんだよ。分かれば」

 しかし、男はふと、そこへ止まっていた行商のトラックへ視線を向ける。

「おい、あのトラックは?」

「へい、行商人のもののようです」

 それを訊くと、男はそのトラックへと向かった。銃を突きつけられたスバルが脇に避けると、男はトラックの中を覗いていた。

 そして、改めて出てきた男は容赦なくスバルへと銃口を向けて―――。

 ズドンと言うライフルの発砲音が、山々へと響いていた。

「ぐっ!」

 腕を撃たれたスバルは、その場に尻もちをつく様に倒れていた。

「貰うってのは無しだ・・・・・・」

 そうして、リーダー格の男はにやりと笑う。

「―――全部殺して貰ってくぜ」

 そうして、村人達に銃を突きつけるレジスタンス達の予想外の姿を見て、、ジャンは咥えていた煙草を落としていた。

「なぜ・・・・・・、そうなる?」

 しかし、ジャンはその瞬間、スバルのトラックの中を思い出していた。

 確か、そこに彼らが良く見慣れたドラム缶があったはずだ。

「戦車の、・・・・・・燃料が目的かッ!」

 怒りをあらわにするように、ジャンは怒鳴っていた。

「ど、どう言う事?」

「奴ら、行商人の積んでた燃料に目えつけやがったんだ! それで、方針を変えやがった」

「けど、なんで殺す必要があるんだよ!」

「よく考えてみろ! 行商人なんかから奪ったりしたら、戻った行商人が仲間に伝える。普通なら警察や軍が盗賊の討伐でもする所だが、今は戦時下だ。下手すりゃもうそのルートに行商人はこねえ」

「だけど、それは殺したって同じじゃ・・・・・・」

「殺したのなら、少なくとも行商人は行方不明扱いだ。この時期なら戦争に巻き込まれたと思われるかもしれねえしな。そうなりゃ、とりあえず村への行商は他の人間が続ける」

「そうすれば、また燃料が手に入る・・・・・・?」

「そう言う事だ。戦車は盗賊にとっては強力な武器かもしれないが、動かすのには常に燃料が必要だ。しかし、このフィデルランドの田舎じゃ、なかなか燃料は手に入らない」

 ハンナがそれを聞いて真っ青な顔をしていると、不意にジャンは真剣な表情で彼女の目線に合わせる。

「―――お前、人殺せるか?」

「えっ?」

 唐突な質問に、ハンナの頭は余計に混乱した。

「なに、言ってるの・・・・・・?」

「お前、・・・・・・知り合いが死ぬのと、知らない人を殺すの、どっちが良い?」

 その極論とも言える質問に、ハンナは今にも泣きだしそうな顔をする。

「・・・・・・そんなの、分かんないよ!」

「わかってる。お前が混乱するのも分かる! けど選べ、今のお前にはまだ選ぶ事が出来る!」

 今までに見た事のないジャンの真剣な表情に、ハンナは顔を歪ませた。

「僕が、選ばなきゃ、いけないの・・・・・・?」

「そうだ。お前が選ばなきゃいけない。そしたら、俺もお前に従う」

 全く意味がわからなかったが、ハンナに言える事はただ一つだった。

「僕はッ、知り合いが死ぬのは嫌だっ!」

 その瞬間、彼女はジャンに強く手を引かれていた。

「よし、こい!」

「ど、どこ行くのっ?」

「守りたいものがあるんだったら、奪われる前に相手を消すしかないんだよ」


 村から少し離れた草むらに置いてあったシュルクへと戻ると、ジャンは車体へと飛び乗っていた。

「よし、来い!」

 そう言って、彼は上から手を伸ばしてくる。

「僕が乗るのっ?」

「そうだ。戦車は一人じゃ戦えねえ。お前が必要なんだ」

「けど・・・・・・、ぼ、僕動かしたことないし」

「それは簡単に教えてやる」

「だ、だけど・・・・・・」

「―――じゃあ、辞めるか?」

 そう問いかけてくるジャンの瞳は、冷徹だった。

「お前が乗らないなら、戦車は戦えねえ。お前の大事な人達はみんな死ぬだろう」

「そ、それは嫌だよ!」

「じゃあ、来い!」

 有無を言わせぬジャンの言葉に、ハンナは戦車の手すりを登り、最後にジャンの手をとって上まで上げてもらう。

「よし、入れハンナ」

「ちょ! だからその名前で呼ばないでって!」

「良いんだよ。誰も聞いてないだろ?」

 ハンナはジャンに言われるがまま、砲塔後部のハッチから車内に入る。そこにはちょこんとした椅子があり、座ると足が車内に宙ぶらりんになった。

「これが砲塔を左右へ旋回するハンドル。こっちが仰俯角の調整ハンドル。そんで、これが主砲の引き金、こっちが機銃の引き金だ」

 ジャンはハンナの目の前にあるごたごたとした砲の操作機を指差して次々と説明して行く。

「弾は足元の脇にある。取ってみろ」

 ハンナが言われるがまま砲弾を取って、ジャンに渡す。

「これをこっちの大砲の後ろに押しこむ」

 そう言って、ジャンは砲の後ろから砲弾をグーで押し込むと、閉鎖器が自動で閉じられていた。

「そしたら、砲が撃てる。引き金を引いてみろ」

 言われた通り、ハンナは持ち手を握り、引き金に手を当てる。

 恐る恐る握ると、次の瞬間、驚くほどの砲声が轟いていた。

「ひゃあ!」

「簡単だろ?」

「う・・・・・・、けど・・・・・・」

「迷ってる暇は?」

「ないよね・・・・・・」

 そう言うと、ジャンはハッチを閉めて、前の操縦室へと潜り込む。

 それは、丁度、ハンナの足元だった。

 ジャンが操作すると、シュルクのエンジンが唸り始めていた。

「よし行くぞ、ハンナ!」

「だ、だからその名前で呼ばないでよッ!」

 そのハンナの反応を楽しむようにジャンは笑うと、容赦なく戦車を走らせ始めていた。


 銃を撃ってみせると、村人たちは面白い様に逃げ出していた。

 殺されると理解したのか、追いかけるとまるで足元が定まらないかの様に慌ててふらふらと逃げていく。

「ははははっ」

 盗賊達はそれをまるで狩りでもするかのように、歩いて追った。

「逃げでも無駄だぜ? 誰も助けに来ないんだからよォ」

 盗賊達は逃げ惑う村人に、容赦なく銃を発砲する。

 訓練されている訳でもない人間が適当に撃ったのだから、当然当たるはずなどないのだが、武器を持たない村人たちは必死だった。

 それを、へらへら笑いながら、盗賊達は一方的に追いたてる。

 すると、リーダー格の男が撃った一発が、まぐれで逃げる村人の足を射抜いていた。

 その場で倒れ込んだ村人は男を振り返って、表情を強張らせる。

「お、俺達が何をしたって言うんだ!」

「何もしてないさ。何もしてないから、お前ら一般人は死ぬんだよ」

 そう言って、男は銃を容赦なく村人へと向ける。

 しかし、その瞬間、砲声が轟いていた。

「なんだ? 戦車の発砲は控える様に言っといたはずだぞ?」

 男は不審そうに後ろを振り返る。

 すると、視線を戻した時には、いつの間にか目の前で倒れていた村人は消えていた。

「ちっ、逃げたか」

 男は他の盗賊に追うように指示すると、広場へと戻る。

 そこには相も変わらず、戦車―――アルマロスが止まっていた。

「さっき発砲したのは誰だ?」

 しかし、アルマロスのハッチから上半身を出していた男は、首を振っていた。

「発砲なんかしてないぜ」

「じゃあ、さっきのはなんだ?」

「さあ?」

 すると、村の入口の方からエンジン音が響いて来た。

 ぬっとそこから現れたのは、車体の両側を履帯に覆われた巨大な鉄の塊。

「なっ? なんだこりゃ?」

 男は驚愕した様に言う中、その鉄の塊―――戦車は砲塔を入り口付近にいたアルマロスへと向ける。そして、次の瞬間、砲声と共に火を拭くと、呆気ない程に砲弾はアルマロスの砲塔を貫通し、吹き飛んでいた。

 その熱風を浴びながら、男は呆然とした。

「なんで、戦車が、こんな田舎に・・・・・・」

 しかし、男ははっと正気に戻ると、慌てて指示を出す。

「撃てっ! 撃ちまくれ!」


 ハンナは引き金を引いた手がびっしょり濡れている事に気がつく。

「ぼ、僕が、撃ったんだ・・・・・・」

 彼女はその手を覗きこむと、小刻みに震えていた。

「迷うなよ? お前が撃たなきゃ、誰かが撃たれてたんだ」

 ジャンはハンドルを握りながら、至って冷静にハンナに声をかけていた。

 すると、次の瞬間、砲声と共に車体が激しく揺れる。

「―――な、なにっ?」

「撃たれたな」

「だ、大丈夫なのっ?」

「安心しろ。このシュルクは曲がりなりにも重戦車だ。旧式のアルマロスの47ミリ砲じゃこいつの装甲は抜けねえよ」

「そ、そうなの?」

「覗き窓や穴の空いてる部分を撃たれない限りはな。だから、撃たれる前に撃て、俺も死にたくないんでな」

「わ、わかった・・・・・・」

 すると、再びハンナは照準器を覗きこむと、左右と仰俯角の二つのハンドルを握る。

 辺りの盗賊達はこちらにライフルを乱射してくるが、ジャンの言う通り、シュルクはびくともしなかった。

 彼女が衝撃が伝わってきた方向へ砲塔を旋回させると、確かにそこにはこちらに砲塔を向けたアルマロスの姿があった。

 ハンナは唇を噛んで引き金を引く。しかし、弾が出ない。

「あ、弾入れてないや!」

 彼女は慌てて足元から砲弾をとると、砲の後ろから押しこんで装填する。

 その間にもう一度砲声と衝撃が走ったが、再び照準を覗きこむと、アルマロスは砲身から煙を吐き出していた。

 彼女はアルマロスを見据えて引き金を引く。

 砲声と共に撃ちだされた砲弾は、アルマロスの車体を撃ち抜いていた。

 すると、行動不能になったのか慌てたように砲塔から盗賊達が逃げ出して行く。

「その調子だ。前進するぞ」

 ジャンがそう言うと、シュルクはゆっくりと村の中心へと進みだした。

 盗賊達は何とか阻止しようとライフルを撃ちまくるが、シュルクはそれを跳ね返しながら進む。

 すると、そんな盗賊達の中に、逃げ惑う村人へ銃を向ける男の姿があった。

「機銃を使え!」

 ジャンに言われ、慌ててハンナは照準器に男の姿を入れ、引き金に手を当てる。 

 そこには、今までの様な戦車の様な無機物ではなく、動いている人間の姿があった。

「うっ・・・・・・」

 躊躇うハンナだったが、目の前の男は今にも村人に引き金を引こうとしていた。

「う、うわああああああッ」

 目をつぶって絶叫し、思いっきり引き金を握る。

 改めて目を開けた時には、照準の男は穴だらけになってそこへ倒れていた。

「よし、その調子で抵抗する盗賊は片付けろ」

「か、簡単に言わないでよ!」

 涙目でハンナは絶叫する。しかし、ジャンも大きな声を出していた。

「俺だって分かってる! 俺だって、お前みたいなのを巻き込みたくなかったさ」

 そう言うと、ジャンはハンドルを回して車体を一気に旋回させる。

 すると、シュルクが振り返ったそこには、後ろに回り込もうとしていた残りのアルマロスの姿があった。

「けど、戦車は一人じゃ動かせねえ。戦車の背面は薄い。だからそれをカバーする為に誰かはずっとハンドルを握ってなきゃいけないんだ」

 それに、ハンナはしょげた様に応える。

「ご、ごめん・・・・・・」

「―――降りて来い」

 ジャンが静かにそう言ったので、怒られるかと思ったが、彼女が車体に降りてくると、ジャンの隣には砲塔の中にあった大砲と同じ様な機構があった。いや、砲塔のものより大きい大砲だ。

「そこの砲弾を装填しろ」

 言われた通り、狭い車内を動いてジャンに言われた砲弾を持ち上げる。

 それはやはり砲塔の大砲より巨大な砲弾だった。

 ハンナは言われた通り、車体の大砲の後ろへと押し込む。

 すると、ジャンは砲の引き金に手をかけ覗き窓の下にある照準器を覗きこむと、車体をゆっくりと旋回させアルマロスへと合わせる。

 すると、撃たれると分かったのか、アルマロスからわらわらと盗賊達は逃げ出していた。

次の瞬間、ジャンが容赦なく引き金を引くと、車体の大砲から放たれた砲弾は無人になったアルマロスに命中。徹甲弾ではなく榴弾だったらしく、アルマロスは爆炎に呑まれていた。

 戦車が全部やられると、盗賊達もやっと不利な状況を理解したのか、慌てて逃げ出していた。

「逃げてく奴は良い。抵抗する奴や村人に手を出す奴がいたら容赦なく撃て」

「わ、わかった」

 ハンナが再び砲塔に戻ると、シュルクは村の中をゆっくりと走った。逃げて行く盗賊が大半だが、中には両手を上げて降伏する盗賊の姿もあった。一方で村人たちは、建物の陰などからこちらの様子を見守っている。

「そうか。村の人達は味方かどうか分かってないんだ・・・・・・」

「よし、戦車は全部つぶしたし、降りてみるか」

 そう言うと、ジャンはシュルクを停止させると、ハッチから身を乗り出していた。

「はいはーい。味方ですよー、っと」

 彼はしばらくそう言って、辺りに手を振って見せる。

 しかし、村人達が寄ってくる気配はなかった。

「ハンナ、お前が出た方が村人が安心するだろ」

「そ、そうだね」

 そう言うと、ハンナは砲塔後ろのハッチを開けて、車体の上に立っていた。

「みんな! 僕だよ! 大丈夫だよ!」

 そう言うと、村人たちはしばらくお互いに顔を見合わせていたが、安堵した様に建物から出てきた。

「どうしたんだいハインリヒ。この乗り物は?」

「いったいどこから持ってきたんだ?」

「もしかして一人で動かしていたのか?」

 次々と出てくる村人達の問いに、ハンナは戦車から飛び降りて応じる。

「これは、ジャンの持っていたもので。えっと、ジャンって言うのは助けた軍人で―――」

 しどろもどろになって答えている所に、突然、銃声が轟く。

 一同が振り返ってみると、そこにはトラックの近くに倒れていたスバルを起こして、銃を突きつけるリーダー格の男の姿があった。

「お前ら動くなっ!」

 そう言った男の言葉に、集まっていた村人一同は凍りつく。

それを見てにやりと笑った男は、弱ったスバルを引きずる様に盾にしながら、スバルの行商用のトラックの運転席へと近づく。

 しかし、そのドアへと手をかけたその次の瞬間、男の体にぶしっと穴が開いていた。

 男は倒れ、その場でうずくまる。

 驚いてハンナが振り返ってみると、シュルクの砲塔に隠れる様にして、銃を構えるジャンの姿があった。

「―――はやく行商人を助けてやりな」

 彼がそう言うと、村人たちは気がついたかのようにスバルへと駆け寄っていた。

「・・・・・・もしかして、こうなると思ってすぐ降りて来なかったの?」

 すると、ジャンは車体から飛び降りて、銃を腰へと仕舞っていた。

「戦車兵のお約束としてな。戦車から不用意に身を乗り出すと、撃たれるんだよ」

「え? ・・・・・・じゃあ、もしかして僕を囮に使ったの?」

 ハンナが訝し気に問うと、ジャンはやれやれと言った様に首をすくめていた。

「バーカ、お前が出る前に俺が安全かどうか確かめただろ?」

 そう言えば、先に戦車から身を乗り出したのはジャンだった。あれは、住民に味方だとアピールしたのではなく、本当はハンナが出ても良いか安全を確認していたらしい。

「撃たれる心配はねえとわかったが、潜んでる盗賊が何をするかわからねえからな。出るのを躊躇ったんだが、正解だった」

「な、なんか、ありがと」

 ぎこちなくハンナが礼を告げると、ジャンは胸ポケットから煙草を出して火をつけていた。

「生憎と礼を言いたいのはこっちの方だよ。戦車持ってて、村人の虐殺を見てるだけなんてまっぴらごめんだったからな」

 そう言って、ジャンは煙草をくゆらせながら、ハンナの頭をくしゃっと撫でた。

「初めてにしては、上手い射撃だったぜ」

「だ、だって近かったし」

「それでも、撃ち返されてビビらなかったし、度胸据わってるよお前」

 褒められてハンナは恥ずかしそうに笑う。

「けど、僕、人を殺しちゃったんだよね・・・・・・」

「後悔したか?」

「ううん。撃つ前は躊躇ったけど、今は村の人達を救えてよかったって思ってる」

「それで良い。お前、頭の切り替えも上手いな。意外と兵士に向いてるかもしれねえ」

「そ、そうかな?」

 二人でそんな事を喋っていると、ふと、ジャンが何かを見つけて歩きだしていた。ハンナが追ってみると、そこでは村人が降伏した三人の盗賊を縛り上げていた。

 傍らにいた男が、困った様に盗賊達を見下ろしていた。

「どうしたもんか」

「どうしたの村長さん?」

 ハンナがそう問いかけていたので、ジャンにもその男性がこの村の村長だと分かった。

「こいつらの扱いだ。この村には警察も軍隊もいないから引き渡せんし。この村に置いておくと言う訳にも・・・・・・」

 すると、容赦なく盗賊達に、ジャンが腰から取り出した拳銃を向けていた。

「わあっ!」「そ、そんな乱暴な」

 ハンナと村長が驚いたが、一番驚いたのは盗賊達だった。

「ま、まってくれ! 俺達は降伏する。何でも言う事聞くから助けてくれ!」

 すると、ジャンは冷酷な声で言う。

「ふざけるなよ。てめえらは村人たちを殺そうとしたんだ。それが失敗して代償がなにもないなんて思うんじゃねえ」

「ち、違うんだ! 俺達だって好きで人からものを奪ってたわけじゃねえ! 最初はちゃんとしたレジスタンスだったんだっ・・・・・・」

「それがいつの間にか、ってか? そんなの言い訳になるか。最初はどうであれ、今やっていた事は盗賊だ。しかもお前達はこの人達の命まで奪おうとしてた。罪は償って貰わなきゃな」

 容赦なく銃を向けるジャンに、盗賊達は絶句した。

「や、やり過ぎだよジャン!」

 しかし、それをハンナが立ちはだかって止めると、ジャンは不満そうにしていた。

「お前達も甘いんだよ。今まで自分たちを殺そうとした相手を簡単に許すつもりか? 結果論的にお前達は助かったが、もし戦車がなかったら間違いなく死んでたんだぞ?」

 その言葉は正しかった。しかし、ハンナは首を振って続ける。

「結果論かもしれないけど、それでも戦いが終わってから助かった人を殺すなんておかしいよ! なによりも、僕達がそれで良しとは思えない!」

 すると、ジャンは諦めたように銃を引っ込めていた。

「まぁ、そうだな・・・・・・。殺しても、当事者であるお前達が納得できなきゃ意味ないな」

 それに、村長もうむと唸っていた。

「時間はかかるかもしれないが、盗賊達は近くの町から警察などを呼ぶとして引き渡すとしよう。その間は村で世話をするよ」

「言っとくが、奴らは犯罪者だ。なにか問題が起きても知らないぜ?」

「うむ、心配には及ばん。その時は私が責任を持とう」

 そう話がまとまると、盗賊達は安堵した様にため息をついていた。

「ありがとうございます。助かりましたよ」

 そこへ、そう声をかけてきたのは、村人に支えられたスバルだった。

「まさかこんな事になるとは思わず・・・・・・」

「そうだな。あんたさえいなきぇりゃこうはならなかった」

 やれやれと率直な感想を言うジャンを、ハンナは強めに肘で小突く。

「き、気にしないでくださいスバルさん。ジャンは口が悪くて・・・・・・」

「いや、本当の事だよ。私も大人しくしてれば盗賊も手を出さないと思ったけど、燃料に食いつくとは思わなかった。あなたには感謝しています」

 そう言ってスバルが手を差し出すと、ジャンはその手をとる前に、にやりと笑っていた。

「そうか。じゃあ、俺はあんたにとっては命の恩人以上の存在って事だよな」

「まあ、そうなりますが・・・・・・」

「じゃあ、一つ頼みがあるんだが」

「・・・・・・な、なんでしょう?」

 スバルは笑いながらも、何を要求されるかと、少し表情を強張らせていた。

 すると、ジャンは煙草をくゆらせながら、口を開く。

「燃料を安く譲ってもらえないか? 俺の戦車にも燃料が必要でな」

「あ、いえ、あれは別の村から発注されたものでして―――」

「―――俺はあんたにとっての?」

「わ、わかりました。お安くしておきます・・・・・・」

 諦めたようにスバルは肩を落とすが、その手を満面の笑みを浮かべたジャンが握り返していた。ハンナには、まるで最初からどう転んでもスバルが燃料を奪われるのは必然だったかのように思えたのだった。

作者はボクっ娘大好きです。

といっても、ただ自分の事を「ボク」と言えば良い訳ではありません!

他の口調も基本的に男の子で、ショートカットの似合うちょっとボーイッシュな娘がいいのです!


そんな娘を書きたくてこの話を書いたと言っても過言ではないです。

まあ、ゲームで不遇な扱いだったB1bisを活躍させたかったのもありますけど。

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