プロローグ
「シャール・コンセール」とはフランス語で「戦車管弦楽組曲」とかいう意味です。一作目が「パンツァー・リート(戦車の歌)」だったので同じ様に音楽関係の名前がいいな、と適当に付けてしまいました。
時期的には「パンツァー・リート」のプロローグと本編の間の話です。
辺りは暗闇に包まれ、月明かりすらない。
そんな森の中を、獣の様な唸り声を上げて、鉄の塊は走っていた。
「ちくしょうちくしょうちくしょう!」
男は歯を食いしばりながら、そんな鉄の塊―――戦車のハンドルを握る。
「なんでだっ、なんでだっ、ちくしょうッ!」
そう男が焦れる様に、戦車はノロノロとした速度で森の中を走っていた。
「む? 少し速くなってるぞバンベール君! 少しスピードを落としたまえ」
そう声をかけてくるのは、後ろの砲塔に乗っている車長の男だった。
「あんた状況わかってるのか? 敵に追われてんだぞっ!」
「分かっているからこそ、私は指示を出しているのだ。我々の戦車で歩兵の脱出を支援しなければ」
車長の男が言う通り、戦車の周りには随伴する多くの歩兵の姿があった。
彼らは暗闇の中、必死で戦車に追いすがる様に息を切らして走っている。
「じゃあ、あんたは歩兵に合わせてノロノロ走って死ねって言うのかっ!」
「歩兵を守るために我々が盾になるのだ。名誉の戦死と思いたまえ!」
「くっ・・・・・・」
バンベールと呼ばれた男は、車長に話が通じない車長に頭痛を覚えた。
「イカれてやがるっ。・・・・・・そもそも戦車を歩兵なんかと一緒に運用するのが間違ってんだ」
歩兵の速度と彼ら戦車の速度では、二十キロ以上の差がある。そのため、歩兵と共に行動することによって、戦車の機動力はまさに死んでいた。
「何のための戦車なんだよッ!」
怒りに打ちひしがれながら、バンベールは歩兵の速度に合わせ戦車を走らせるしかなかった。ノロノロと走る戦車は、まさにただの歩兵のための盾になり下がっていた。
「十一時方向、敵戦車!」
歩兵の一人が声を張り上げて報告する。
「停止したまえ、バンベール君!」
「ふざけるなっ! 的になりたいのかあんたはッ!」
「このシュルクB18は我が軍の誇る重戦車なのだ。そう簡単にはやられんよ!」
「くっ・・・・・・!」
バンベールは諦めたようにブレーキを踏みこむ。
彼らの重戦車―――シュルクは急停止した。
「奴らに我々の騎士道精神をみせてやる!」
そう言って、車長は砲弾を装填すると、砲塔を後方へ旋回させる。
照準器を覗き込むと、真っ暗闇の森の中、発砲炎の上がった方向へと撃ちこんだ。
しかし、手ごたえはない。
「逃げたか?」
「おいっ、見失ったのか? だったらファルジア達の歩兵部隊にも置いてかれてるし、行くぞ?」
「もうちょっと待ちたまえ。もしかしたら追ってきていないのかも―――」
その時、突如として車体に衝撃が走る。
「くっ! どこからッ?」
バンベールは声を張り上げると、車長はキューポラから頭を出して辺りを見回していた。
「今度は三時方向からかっ? いつの間にそんな方に移動したんだ?」
緊張感のない車長の声だったが、バンベールはそれを聞いて戦慄した。
「逃げるぞっ!」
言うが早いか、バンベールはアクセルを踏み込んでシュルクを走らせていた。
「待ちたまえ、まだ様子が―――」
「あんたどこまで呑気なんだっ! 今まで十一時方向にいた敵が三時方向に現れる訳がないだろう! 俺達は複数の戦車に囲まれてんだよッ!」
「なるほど。ならば、応戦せねば!」
そう言って、車長は砲塔を旋回させ、やみくもに暗闇の中へと発砲した。
「馬鹿っ! そんなことしたら―――」
彼がそう怒鳴った瞬間だった。
装甲が弾ける事と共に、車内に生温かい液体が飛び散った。
「がはッ。・・・・・・なぜっ?」
「ちっ。言わんこっちゃねえ・・・・・・」
バンベールが振り返ると、砲塔内で車長は腹部を押さえて呻いていた。
押さえた手の間からは、真っ赤な血があふれ出ていた。
「暗闇で発砲炎なんか出したら、こっちの位置がばれるんだよ・・・・・・。これだから、歩兵上がりの奴は嫌いなんだ」
そう言いながらも、バンベールはアクセルを踏み込む。
全速力で走るシュルクだが、それでも重戦車の最大速力はそれほど速くない。
追いつかれるのは必然だった。
「―――ぐッ」
砲弾が命中したのか、激しく車体は動揺する。
勢いでバンベールは頭を覗き窓へとぶつけた。
「痛てぇ・・・・・・。ちくしょう、・・・・・・こんなところで、死ねるかよ」
バンベールは朦朧とする意識の中で、ただ暗闇を走り続けた。
何度も撃たれ、車体が激しく揺れる。
さすが重戦車だけあって、シュルクはびくともしないが、何度も車体に撃ちつけられるバンベールの体は限界だった。
そして、朦朧とする意識の中で、どのくらい走っただろうか。
シュルクは突如としてがくんと溝の様なものに落ち、停車していた。
派手に車体に頭をぶつけたバンベールは、意識が遠のいていくのを感じた。
「死ぬのは、嫌だ・・・・・・」
バンベールは抗う様にハッチに手をかけたが、それを開けた所で力尽きる様にして気を失ってしまった。
彼らの乗っているシュルクのモデルはB1bisです。