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OVER THE RAINBOWシリーズ番外編です。今回の主役は武彦。ベーシストだけでなく役者の仕事もするようになっています。その中で起きたエピソードのひとつ。

※SMD競演参加作品です。

 静かに降り続く雪を見上げ、全身で受け止める。頭や肩に積もるそれを払いのけずにいると、冷たさで死にいたることができるだろうか。死の淵に立たされた人の気持ちを理解できるだろうか。夜の中で闇に連れ去られるだろうか。

 死の影を知りたかった。そのときの気持ちを体験したかった。人は自分の死期を悟ったとき、恐怖以外の感情が湧いてくるのだろうか――。

 そうやって死ぬときのことを考えながら、雪の降りしきる中、氷室武彦はひとりで立っていた。

「氷室クン、何してるの。そんなことしてたら風邪ひくでしょ!」

 突然怒鳴り声と同時に、背後から傘をさしかけられた。ふりむくと水無瀬ゆきが口を真一文字に結んでにらんでいる。

「すみません」

 ひとまわり上の大女優に叱られ、武彦は思わず頭を下げた。すると、顔を上げる間もなく腕をつかまれ、山荘のリビングに引っ張り込まれた。半ば押しつられるように渡されたタオルで、髪に残った雪を拭き取る。暖炉にともされた炎は暖かく、そばに立つと生き返った気がした。

「ココア入れたから、飲んで体を温めなさいね」

 ゆきはテーブルにマグカップをおいた。武彦は礼を言ってソファに座り、それを手にした。

「どうしてあんなことしてたの? わたしが気づいたから良かったものの、そのまま凍えてしまったらどうするつもりだったの」

 正面に座ったゆきが、腕を組みながら訊いた。

「死に直面した人物の気持ちが知りたくて、雪の中に立ってました」

 と告白すると、また叱られてしまった。

「気持ちはわかるけど、無茶して寝込みでもしたらどうするつもり?」

「すみません、そこまで考えがおよばなくて」

 もう一度謝ると、ゆきは苦笑いして、マグカップにくちづけた。


 ロックバンドのベーシストである武彦に芝居のオファーがきたのは、去年のことだった。ルックスの良さを買われてのものだったが、もともと凝り性の武彦は、熱心に演技の勉強をして仕事に挑んだ。結果、予想以上に評判が良く、その後も演技の仕事がくるようになった。

 そして今は、映画のロケで雪深い山に来ていた。一日の撮影を終え各自の部屋で休んでいる中、武彦はベッドに横になって考えを巡らせていた。

 死を目前にしたときの演技は、今回の役の要だ。なのにどうしてもうまくできない。これまでの人生で死を意識したことがないので、役に入り込めないでいる。理屈では分かっても、今ひとつ実感できない。

 こんなことで躓いていては、演劇を続けていく自信もなくなってしまう。それはやがて、本来の音楽をストップさせてまで役者を続けていいのか、これを機にバンド活動に仕事をしぼるべきだろうか、という悩みに変わりつつあった。

 考えるのに疲れた武彦は、気を紛らすべく窓辺に立った。いつのまにか外は雪が降り始めていた。何かに引かれるように窓を開けると、冷たく凍える風が部屋の中に吹き込んだ。

 暖かい場所から冷たい世界に引きずり出されたような気がした。

「あれ? なんだろう、この記憶」

 唐突に昔の出来事が、脳裏によみがえったような気がした。心の奥に沈めた記憶をたぐり寄せることができたなら、今の躓きから抜け出せるかもしれない。

 糸口が見え始めたら、もうじっとしていられなくなった。武彦は後先考えずに、外に飛び出した。


「そうだったの。たしかに死にかけるような体験なんて、めったにできることじゃないわね。でもそれが雪の中に薄着で飛び出す理由にはならないでしょ」

「……はい」

「で、何かきっかけがつかめた?」

「ええ。幼いときにおれは、一度死にかかったことがあったようなんです。それを思い出しました」

 ゆきは口を半開きにして息を飲み込んだ。

「興味深い話ね。よかったら聞かせてくれない?」

「夢かもしれない話です」

「それでも、氷室クンの記憶にあることにかわりはないでしょ」

「あ、いえ、でも……」

「お願い」

 そう言ってウィンクをするしぐさは、とてもひとまわり離れた女性には見えない。ゆきが持つ色香と無邪気な可愛さにどぎまぎしているうちに、とうとう押し切られてしまった。

「あれは、おれがまだ小学一年生の冬のことでした」

 武彦は目を閉じて、幼い日の記憶をたどり始めた。



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