畑に種を蒔きましょう
父が他界した。九十歳だった。
土地や家屋は家業をついだ兄が相続した。私にも小さな畑が遺された。現在住んでいる土地も、二十年前に父から譲り受けたものだった。
私が幼い頃には、この場所で葉たばこを生産していた。
マルチ張りから苗の移植、花摘み、葉の収穫、後片付けまで、いつも手伝わされた。
学校が終わって帰宅すると引きずられるようにトラックに乗せられる。遊ぶ約束をしたと言っても、問答無用で連行された。
おかげで、いつも翌日は約束を破ったと友達になじられたっけ。
葉たばこを収穫して家に持ち帰り、包んでいたコモを開いて、十枚づつ束にしてそれを専用の竿に紐で編み込み吊るしていく。次にボイラーの焚かれた部屋で乾燥させる。カラカラに乾燥した葉を紐から外し、木箱に詰め圧しゅくしてそれを出荷する。
ひどいときには日を跨ぐまで仕事をする両親。それにかわって小学生の私たちが夕食を作る事もしばしば。
まだまともな料理を作れない私たちは、素麺を湯がくぐらいしか出来ない。それですらテレビに気を取られ、湯がき過ぎた延びた麺を見た父に大目玉を喰らい、暗い夜道に懐中電灯を片手に泣きながら乾麺を買いに行った事もあった。
葉たばこを辞めた後も畑には里芋やゴボウなど、さまざまな野菜が作られた。晩年は近所の方に貸し出されたが、やはり野菜が作られてきた。
その畑が私の元にやって来た。小さいといっても家庭菜園には広すぎる。放置すると畑が荒れてしまうし雑草だらけになっては大変だ。むき出しの土のままだと風向きによっては家の中に大量の土埃が入り込んでくる。ご近所さんに貸し出すか。
さて、どうしたものか。
父は、母が好きだった花を庭一面に植えていた。花が切れる事の無いように、季節毎に苗を買って植え替えていつでも色とりどりに咲き乱れていた。
結果、貸し出すのは止めにした。
季節の野菜を買わずに済むように、畑の三割は家庭菜園ようにいろんな種類の野菜の苗を植えた。残りの畑には種を蒔く事にした。
畑に花を咲かせましょう。色んな種類の色の花。
畑に種を蒔きましょう。色んな種類の花の種。
父はきっと喜んでくれるでしょう。