懐かしい町並み
一時間に一本の各駅停車の鈍行に乗り、何十年ぶりかの故郷を目指す。既に両親も他界し、帰れる家はずっとほったらかしで、きっと、あちこちガタがきていて住めるものではないのだろう。電車にガタゴトと揺られながらそう考えた。親戚と呼べる者も、今は一人もいない。
無人駅の改札を抜けて、昔ながらの町に足を踏み入れる。錆び付いた町並みは、何一つあの頃と変わらない。足を一歩踏み出すごとに、時が遡って行くようで、私は、セーラー服にお下げ姿の少女時代に戻っていくような気がした。
色とりどりのお花屋さん。昔ながらの写真館。素朴な味の定食屋。大きめの素焼きの瓶の中には、メダカがスイスイ泳いでいる。子どもの頃、父に手を引かれ通った床屋の、赤、青、白のサインポールは随分と古ぼけた。小学校の上学年に成った頃には、美容室に行きたいと駄々をこねたっけ。
カンカンカン、ガシャンガシャン、ヴゥーン。遠くで工場の音。
車がやっと往来出来る幅しか無い道。歩道で幅を効かせる電信柱。登下校で毎日通った道。歩き馴れた道。楽しい事も、悲しい事も、憂鬱な気分の時も、嬉しかった事も、全部この道は知っている。
そんな田舎が嫌で、高校卒業を期に私はこの町を出て行った。あの頃は嫌で嫌でたまらなかった町並みなのに、なぜこんなにも私の心を和ませてくれるのだろう。ゆっくりと流れる時間がとても心地よい。
商店街を抜けると、ずっと奥まで田畑が広がっていて、その途中に点々と家が建っている。黄金色に輝く田園を眺めながら、ゆっくりと足を運んだ。想い出の中の風景を十分堪能した後、ふと、丘の上の公園に行ってみようと思い立った。
道行く人は誰もが、こんにちはと声を掛けて行く。お年寄りから小さな子どもまで、見知らぬ人にでもお構い無しに、人の良い笑みを浮かべる。「良い日よりですねぇ」と声を掛けてくれたお婆さんと母の姿が重なって、胸の奥が少しだけ痛んだ。この町の人は皆優しい。
駅から四キロの上り坂を登る。少し汗ばんだ額を袖口で拭いながら、止めておけば良かったかなと少し後悔した処で、漸く公園の入口が見えて来た。
ベンチに腰掛け、上がった息を整える。バッグの中からペットボトルを取り出して、ミネラルウォーターを口に含んだ。ホッと息を着き公園の中を見渡す。無邪気に駆け回る元気な子どもたち。はしゃいだ声が青い空に吸い込まれていった。
ブランコも滑り台もジャングルジムも新しい物に取り替えられ、芝も刈り揃えられ、記憶の中のものよりも綺麗に様変わりしていた。
改めて、高台から町を一望する。小学校の近くに懐かしい我が家が見えた。植木も庭の草も延び放題。家を直して、庭も手入れして、庭を花で一杯にしよう。畑には野菜も植えよう。私は眩しくて、太陽の光に目を細めた。
ただいま、帰って来たよ。
又、宜しくお願いします。
一陣の風に包まれて、私は故郷に心の中で挨拶をした。
小説家になろう様投稿二周年作品!! (と言う事にして下さい)
懐かしい風景は誰の心の中にもありますよね。この作品を読んで、そんな想い出の風景が頭をよぎったならば、嬉しい限りです!




