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7thWorld  作者: 池沼鯰
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第9話 難民


 ブライズベインからの難民が多数シドネイに到着したのは、武闘大会の最終日から一週間ほどのことだった。

 ある者は徒歩で、ある者は馬車に乗り、家族で、二人連れ添って、或いは孤児が独り……3週間前後の道のりは、身体の弱い老人や乳幼児の命を奪うことすらあった。

 馬車や馬を利用出来た者たちはこれより早くにシドネイの外層へと到着していたが、そこでは難民担当官と兵士たちが待ち構えており、王都への入場を厳しく制限していた。これは大量の難民が無闇に入っては王都内部の治安が悪化するからであり、難民の生活を支援する体制は不完全ながら整えられつつあった。

 一例を挙げると、天幕の貸し出しが行われている。雨露をしのぐ程度の物だが、20万人近い人々を収容するのだから、贅沢は言っていられない。また食料も最低限の炊き出しが実施され、難民の飢えを癒していた。




 シドネイの城壁外、難民テントが張られているところからは少し離れたところに、プレイヤーたちの開いている店が幾つかあった。

 主に料理店だが、服飾や武器防具、薬品やマジックアイテムの道具屋などもある。どれもこの世界の一般常識からすると桁外れの常識外れであり、単価が高かった。

 一部広場では暫定的に露店が開かれ、少数の物の売買が行われている。レアな魔剣、魔法の劇薬、珍しい食品など。狩って来た魔物の肉を使用した、串焼きを販売しているところもある。そこにはカジナとサシャの姿があった。


「おっちゃん! それ8つ、くれ!」

「あいよ。1個金貨2枚なっ。全部で16枚のところ、オマケして15枚だ」


 金貨1枚は12gほどもあり、現代の貨幣価値に直すと10万円ほどで信用取引されている。つまり、串焼き1本20万円。


「ちなみに、これ何の肉だい?」

「応! グレートスタンプボアだ。C級の魔物だが、脂が乗ってて絶品だぜ?」


 ああ、あのデカイの、と納得したカジナが、8本の串を指の間に挟んで持った。


「無駄遣いはいけませんよ!」

「良いじゃないか、サシャ。武闘大会に優勝したんだから、少しくらい贅沢したって」

「そう言って! 連日散財しっ放しじゃないですか! 少しは自重して下さいッ」


 プイっと頬を膨らませて顔を逸らした。そのサシャの視野に、浮浪児のように汚れた四人の子どもたちの姿が映る。


「あれ……」

「ん? どうした?」


 もぐもぐと一本目の串焼きを頬張りながら、カジナがサシャの視線の先を見た。


「……ふーん。難民、かね」

「ですかね。でも、何か……」


 言い掛けたところで、一番小さい5歳くらいの少女のお腹が鳴った。彼らの視線は、カジナの手に固定されている。

 頬張った肉の咀嚼をしてから飲み込み、直ぐに2本目の串焼きへ齧り付く。一切れ一切れが大きいので、一本でもちょっとしたステーキ並みの重量があったりする。

 くぅ、と8歳くらいの少年のお腹も鳴った。恥ずかしそうに、10歳くらいの少女の後ろに隠れた。


「……喰うかい?」


 まだ食べていない右手の串を、子どもたちに差し出す。子どもたちの目が驚きに見開いた。


「良いの?」

「まあ、な。皆で喰った方が美味しいだろ? おっと、一人一本な」


 わあ、と群がり、カジナの手から串焼きを受け取る子どもたち。サシャは心配そうにそれを見つめていた。


「どうしてお腹を空かせていたのでしょうね」


 夜明けの(きざし)連盟が精力的に活動し、難民の為の即興の住居や生活用品、食料品などを大量に調達している様を見掛けていたサシャには、不思議な光景に思えた。


「大方、どっかの誰かが碌なことしてないんだろう。……なあ、お前たち。ちょっと聞きたいんだが、飯はちゃんと喰ってるのか?」

「んーとねぇ、ちょっとだけ!」

「うん。一杯だけ……」

「一日一回、ハイキューがあるの。ハイキューは誰でも貰えるんだって」

「大人じゃないと、半分しかくれないの。ケチ!」

「足りない」

「パンがないなら空気でお腹を膨らませろ、って係りのにーちゃんが言ってた」

「うん、よし、分かった。有り難う」


 3本目の串焼きを一口に頬張り、残りの一本をサシャに押し付ける。


「ど、どうしたんですか?」

「ちょっと待ってて」


 腕輪型通信機を使って話を始めるカジナ。サシャは串焼きを齧りながら、それを眺めていた。


「カジナだ。ちょっと確認したいことがあってな。今? ……プレイヤーの露店があるとこ。そ、難民の居住区に近い……あ゛? んなんじゃねーよ。……ちげぇ。だから難民の対処は誰が……。あぁ、ああ、なるほどな。それで? 政府側……王国側は? …………は? 何考えて……ったく。んじゃ、今からそいつのところ行くから……連盟の責任者も行く? 知るか。……わーったよ、5分だけ待ってやる。入り口の検問のところだな。了解」


「オーケィ。んじゃちょっとばかし、担当の奴らと『お話』しなきゃいけないなぁ」

「はあ」


 余り良くない予感しかしないサシャだった。




 検問のところで待っていると、スーツ姿の男が走って近づいて来た。

 スーツなんて装備は無い為、この世界に来てから作ったのだろう。


「お、お待たせ……ぜぇ、ぜぇ……しま…した……。難民……関連…ゲホッ……の責任者、ヒューストン…です」

「行くぞ」


 挨拶もそこそこに、検問をしている天幕の中へと入って行く。

 ほとんどの難民はここ数日で到着していたが、体調の悪い者などは遅れている為、今後もしばらく検問の仕事はあるはずだ。ちなみに、やっていることは、名前と連帯者、家族の長の名などを一緒に記帳するだけだ。


「ちーっす、失礼」

「何者だ!」


 側に居た兵士たちに進路を阻まれた為、腕力で無理矢理どかして奥へ辿り着く。


「貴様! ヤナヴェスト様に無礼な!」


 兵士長らしき人物が片手剣を抜いて斬り付けて来る。鬱陶しい。

 ガキャッ


「な゛っ!?」


 カウンター技で剣を折っておく。この技は、相手より高い攻撃力を武器に当てると、かなりの確率で武器破壊を行える。今は素手だが、武器を持った相手より攻撃力が高かった為、剣の腹を掌底で叩き壊すことが出来た。恐らく数打ちのナマクラだ。普通は数回当てて蓄積ダメージを溜めてから折りに行くものなのだが、上質な剣や魔法剣では、この蓄積ダメージ自体が通常より軽減され、折ることが更に難しくなっている。


「難民担当官、だな?」

「……如何にも、陛下よりこの仕事を賜った。私はヤナヴェスト=ハウ子爵だ。頭が高いぞ平民」


 スーツ姿のプレイヤーに目配せする。


「……ああ、はい。ハウ子爵ですね。毎度どうも」


 ペコリとヒューストンが頭を下げた。ハウ子爵は不満そうに睨み付けて来る。


「何用だ? 私は忙しいのだがね……」

「嗚呼、ハイハイ、すぐ済みますよ~。正直にお答えいただければ、ですがね」


 そう言うと、懐から小型の筒状物体を取り出した。あれは確か……。


「これから録音・録画を始めます。

 あなたには黙秘権があります。

 供述は、法廷であなたに不利な証拠として用いられることがあります」


 スイッチの入った筒状の総合情報記録機器が投げて寄越されたので、左手で受け取る。効果範囲は半径10メートルほどで、この部屋程度ならすっぽり収まるか。


「あ? 何を言っている?」

「まず、連盟から援助がありましたよね。食料や天幕、日用品などと、当座の資金として金貨20万枚」


 兵士たちが、『そんなに』と驚いた目でハウ子爵を見た。日本円だと概算で200億円相当。


「……確かに受け取った」

「食料は日持ちするものしか提供してません。不足分は適宜資金で購入して充てる様に、と明言されていました。如何ほど購入されているのですか?」

「……適宜、だ。細かい値段など覚えておらんわ」

「明細を提出することが連盟からの援助の条件でしたよね。必要資料は手元にあるのでしょう? 見せて貰えますか」


 これはお願いではない。繰り返す、これはお願いではない、命令だ。


「貴様に見せる必要はない」

「私は夜明けの徴連盟所属、シドネイ地域の難民関連責任者、ヒューストンですよ? 確認する権利があり、ハウ子爵、あなたにはこれを拒絶する権利はありません」

「……ぐっ」

「もう一度言います。援助資金での購入明細および提供糧食の消費明細を提出して下さい」

「だがッ! それは……」

「これ以上の命令違反は、国王の閲覧時に心証を害する恐れがあります。よろしいですね?」

「な……に……?」


 こちらの手元の魔具、3(ディー)ビデオカメラを睨み付けて来た。


「……アルネリア、資料を」


 しばらく悩んだ後、近くに居た文官らしき女性にハウ子爵は声を掛けた。

 手早くその女性が持って来た資料を、ヒューストンが眺める。速読だろうか、異常に早いスピードで文字と数字を目で追っていた。


「ふむ。大体分かりました。まず、1日あたり金貨500枚程度しか資金を使っていませんね。何故です?」

「それは……その……難民にはそれくらいで十分だと、我々が判断したからだ」

「我々? 複数ですか? 具体的にはどなたとどなた? もしかして、貴女も?」


 資料を持って来てくれたアルネリア女史を指差す。彼女は猛烈に首を横に振って否定した。


「とんでもない! すべて、ヤナヴェスト様の独断です!」

「他の方は?」


 周りに居た、少し身なりの良さそうな3人の人物に質問を波及させると、それぞれ関与を否定する。


「独断かはともかく、資金の使用が規定より少な過ぎます。20万人以上の難民の『食費』に1日2,000枚以上の金貨を費やすことは、連盟からの絶対条件でしたよね」

「バ、バカな! 難民に金をそんなに使うなど……」

「しかも、提供した糧食の、この消費具合は何ですか? 指定した量の半分しか使っていないじゃないですか」

「それはだな……その……何かあったら困ると、節約を……」

「何かあった場合は別途用意する為、必ず規定量を消費するよう初めに明言しましたよね? 国王から伝えられてませんでしたか?」

「ぐっ……。伝え…られていた……気がする。失念……していた…………」

「では、すぐに規定を満たすよう、業務を行って下さい。……本日はもう無理そうですね。早速明日から出来るよう、手配して下さい」

「……分かった。ヒルト、ヴェーゼ、ニコラウス、アルネリア、聞いた通りだ」

「はい。保存糧食の使用量を倍に、ですね?」

「生鮮食料の買い付けを4倍に、ですか。了解です」


 どうやら部下はそこそこ有能らしく、全て言わずとも仕事を始めたようだ。


「やり過ぎた、いや、やらなさ過ぎたようですね、ハウ子爵」


 苦虫を噛み潰したような表情の子爵に、ヒューストンが言葉を掛ける。


「こんなに節約して、あとで差分を着服する気だったんですか? ……あっと、ここもおかしいですね」


 ハウ子爵の身体がビクンと跳ねた。


「食事を用意する料理人についてですが、難民からの就労者分、給料が出ていませんよ?」

「なっ……! そ、そう言えば、そんな話がありましたなあ。いやあ、申し訳ない。ハハハ」


 力なく笑っている。最早ヒューストンに逆らうまいとしているのだろう。


「では、そのように?」

「ああ、任せる。ニコラウス、頼む」

「え? あ、ハイ。難民からの手伝い、1,473人に対して日給を支払うのですね? 幾らにしますか?」

「銀貨5枚もあれば……」

「一人、銀貨10枚でお願いします。あ、これは本日からで」

「……任せる」

「了解しました。それと、食事を作る量が多くなるので雇う人数を増やしますね?」

「どうぞ~」


 無言で頷く難民担当官。

 銀貨10枚の日給は、日本円にして1万円相当。悪くない額だ。


「では、目的は達成出来ましたので、これにて失礼しますね。一応、たまに視察があるかも知れませんが、その際はよろしくお願いします」

「…………」


 ハウ子爵は魂が抜けたような表情をして椅子に座っていた。

 それを横目に、検問の天幕から抜け出す。


「GoodJob」

「いえいえ、こちらも早期発見出来て助かりました」


 帰る道すがら、先ほどの健闘を讃える。


「ですが、どうも必要最低限しかしていませんね」

「そうなのか?」

「ええ、先ほど見た資料では、本当に……」


 考えに没頭して声が尻切れになる。


「予算は未だあるんだろ?」

「ん? え、ああ、そうですね」

「なら、少しくらい使ってしまっても構わないんじゃね? コンさんも、各自の裁量をある程度信じて予算を渡しているんだろうし」

「……そうですね。そうしますか」


 スーツ姿の難民関連責任者は、妙に吹っ切れた表情をしていた。






 以下のような活動が、連盟主導で行われたことが判明している。

 魔法を用い、簡易ながら石壁の住居を用意。

 浴場を整備し、難民に無償提供。

 薬師と神官が無償で医療に従事。


 これに供し、ある噂が難民の間で流れた。それは―――ブライズベインの奪還作戦。

 ある者はデマであると一笑し、ある者は故郷を思って祈願し、ある者は悲しそうに諦観していた。

 共通する思いは、一万もの魔物の軍勢をどうにか出来ようか? そして、出来るならば実現して欲しい、と。


 だがプレイヤーの集まる連盟では違った。

 如何にして実現するか、それとその準備をどうするか。

 彼らの目には、不可能なこととは見えていなかったのだ。


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