第8話 武闘大会
夜明けの徴連盟本部は、ある館を丸々借りて置かれていた。
館の1階ロビーには連絡事項が貼られている。その一つにこんなものがあった。
『連盟の関係者は、シドネイでの武闘大会に参加しないこと。また、連盟関係者でなくともプレイヤーは参加しないよう呼び掛けて下さい。』
昨日の朝、そこに貼り紙が追加されていた。
『ただし、カジナは除く。』
カジナの朝はやや遅い。
ネジ巻き式の時計が午前8時を指す頃、起床する。同居しているサシャが朝食を作っており、その匂いに釣られる形だ。
「おはよう」
「おはようございます、アナタ」
カリカリに焼けたベーコンと玉子2個の目玉焼き。オニオンコンソメスープに雑穀のパン、生野菜のサラダと切ったフルーツに牛乳が朝食だった。
「いただきまーす」
椅子に座って早速食べ始めるカジナ。サシャも遅れて席に付き、食べ始める。
「今日は朝からお仕事でしたっけ」
「ん~? ……嗚呼、陳宮さんのところへ寄ってから、武闘大会への登録だな。試験にも同行させて、レベル上げも兼ねてしまおうってことだったか」
ある程度の実力がないと予選にも出られない。大会への参加登録は今日が最終日で、参加登録時にドラゴン種族の討伐が義務付けられている。
ドラゴン種族と言ってもワイバーンやアースドラゴンは少し腕の立つ冒険者ならば狩れることもある。大会でのチェックは討伐証明箇所の納品なので、他人から買い取ってしまう不届き者も存在した。
「確かドラゴンを狩らなきゃイケないんだったな~」
「そう聞いてます。でも、大丈夫ですよね?」
「まあ、な。ハイウィザードにでも同行して貰って魔法でエアーズロックへ行って、近くのエルダードラゴンでも狩れば問題ない」
「…………」
エルダードラゴン討伐をするとあっさり宣言されてしまったサシャは、フリーズした。達人級の冒険者でもまず出来ない、AA難度だ。
1分ほど固まっていると、カジナに「どうしたんだ?」と言われて復帰する。
心の中で、「ああ、この人はAAAの伝説級冒険者なんだっけ」と呟いた。
「危険はありませんか?」
「皆無だな。ボスのエンシェントドラゴンだって10秒で殲滅出来るんだ、【フライト】での移動時間の方が長い」
最早、呆れて声も出なかった。
カジナはレベル150であり、仮に階級が存在するとすればAAAの6段階上なのだから文字通り世界が違う。
「こっちのモンスターはリポップなんてしないからな。絶滅させないよう考えながら狩らないと」
ゲームと違い、有限の資源である。レベル100ならともかく、レベル150で驚異的な攻撃力を誇るカジナが遠慮なく狩ってしまうと、モンスターの絶滅が危惧された。
この世界へ来てから日が浅いものの、プレイヤーたちの活躍により各地のモンスターはかなり数を減らしている。いずれモンスターの勢力が十分弱まったら、プレイヤーの狩りに制限を掛ける案は出ていた。既に、食料や材料目的で狩られているモンスターに対しては、注意しながら狩るように通達されている。ちなみにアンデッドモンスターなどは、狩りの規制の対象とはなっていなかった。理由は言うまでもない。
手早く食べ終えたカジナは、出掛ける準備をしていく。ルーンブレードは奪われてしまった為、背中にはクリスタルシールドのみ。腰にはギルド倉庫から取り出した汎用狩り用片手剣、+2オリハルコンブレードを下げた。無論スロット付きであり、モノリスブロスと言うちょっと狩り難い特殊なモンスターの稀結晶が付与されている。効果は物理与ダメージ+10%。他の装備は変えるのが面倒な為、そのままだ。
効率や安全性を考えるならば、狩り場に適した武器防具に毎回変えるべきなのだが、カジナの強さはそれが誤差になるほどに超越してしまっていた。
「行って来ます」
サシャの頬にキスをして、カジナは借家を出て行った。完全に新婚夫婦である。
武闘大会の受付人は、あくびを噛み殺していた。昨日は夜遅くまでカードで遊んでいたのだ。大会の申し込み受付は2ヶ月と言う長期間なのも、退屈を加速させる一因となっていた。
締め切りは今日だが、申し込みしてから数十日間はドラゴン討伐に行くのが普通で、最終日は仕事があるとしても討伐証明部位の確認などとなる。例外として、事前に倒していた者にとっては、保管していたソレを渡すだけの簡単なお仕事になる。
だから、カジナが登録を申し込んだ際には怪訝な表情をしていた。
「本日一杯で、受付は終了ですよ? あ、日付が変わるまでではなく、太陽が沈むまでですからね。と言っても、これからドラゴン退治なんて無理でしょう? 諦めたら?」
不躾な言葉を投げ掛ける。
「心配無用だ。さ、行こうか、陳宮さん、イルやん」
「イルやんは止めろと言っている」
「ハイハイ、レベリングの為、エルダードラゴンを狩ってくれるんですよね? よろしくお願いしますよ」
イルやんと呼ばれたのは、無色の虹のクラン戦副指令担当「イルルヤンカシュII世」である。支援型付与魔術士で、レベルは当然の如く100。と言うか、無色の虹は基本的にレベル100のメンバーで構成されている。若干の例外があり、それ故に平均レベルは99となっていた。
「では、行きますよ。【ワープ・ゲート】チンカラホイ!」
気の抜ける掛け声で、空間移動魔法が発動する。3人がそれをくぐり、受付人は口を開けて呆けていた。
【ワープ・ゲート】の出現先から3人とも【フライト】で1時間強移動し、エルダードラゴン2体を狩った。適切な大きさに切り分けた後、【ワープ・ゲート】で戻ったのは受付人が昼食を食べに行こうとした頃だった。
エルダードラゴンの頭部を持ち上げ、「ぎゃおー、食べちゃうぞー」とカジナが巫山戯たところ、受付人が失禁して気絶してしまった。試験には合格したものの、判定が出るまで余計な時間が掛かったのだから自業自得と言えよう。
その日の夕食はドラゴンステーキだった。
武闘大会は全日程四日。その内、カジナが予選に掛かった時間は四戦併せて15秒。
全て片手剣の峰打ちで相手を場外へ吹っ飛ばした結果であり、15秒は審判が場外を認識して勝敗を告げるのに掛かった時間であった。
相手の選手は5メートルから15メートルほど飛んでおり、何箇所も骨折した。怪我は治癒魔法で完治したが、砕けた鎧は元に戻らない。ひっそりと鎧砕きの二つ名が付けられていた。
189名による予選が終わり、三日目からは本選の第一戦が始まった。
「これって優勝賞金とかあるの?」
「金貨1万枚だそうだ」
「へー」
「至極、要らなさそうだな?」
「何を今更。庶民ならともかく、プレイヤーだと辛うじて食費の足しになるかどうかだろ。でも、プレイヤー以外の視点からすると、妙に多い気がするな」
「今頃そこに気が付くとは……。連盟からも賞金に出資してるからな。10MSほど」
「ふーん。……ってちょっと待て。残り9MSはどこ行った!?」
「だから阿呆だと言っている」
「いや、言ってないからネ?」
恒例となっている、陳宮とカジナのやり取りである。
カジナは予選と変わらず、本選の第一戦も一撃で沈めていた。相手は両手剣を使う冒険者で、カウンターを狙おうとしたところ、そのままカジナの攻撃が決まって敗れたのだった。技量の差が大き過ぎると、地味な戦いになる見本であった。
カジナはさっさと終わらせ、闘技場の周りの出店で買い漁り、味見をしている。先ほどの対戦相手のことなど、10分で脳内から完全削除である。
串カツとソーセージ串、焼きモロコシにサンドウィッチ、ビール、ホットワイン、お湯割り焼酎など節操なしに手にしていた。あるプレイヤーがポップコーンを出店していたのを目敏く見付け、喰い付いていたことも付け加えよう。
国王も観戦する最後の本選二日目。準々決勝の第二戦、準決勝の第三戦、決勝の第四戦が行われる。
カジナの第二戦は、騎士団から推薦されたビッコフ=オーラディーが相手だった。シード扱いで予選を免除されている。
近づくだけで威圧を感じる、全身フルプレートで大槌を持つ巨体の騎士であった。
「始めッ!」
審判が開始の合図をした途端、カジナが距離を詰める。膝を蹴り抜き、傾いたところをジャイアントスイングもどきで投げ飛ばした。鎧と合わせれば200kgはありそうな重量を、水平距離で20メートル近くも、だ。
本選での場外は、テンカウント以内に場内へ戻れば問題ない。
しかし片足を砕かれ、重い鎧を纏ったビッコフ選手はまともに匍匐前進すら出来ず、号泣しながらテンカウントを迎えた。
準決勝の第三戦は、双剣使いの冒険者が相手だった。予選と同じく峰打ちで場外まで吹っ飛ばし、負傷で戦闘継続不可を理由に棄権を宣言して決着。面白みも何もない戦いだった。
決勝は、前回優勝者のジークフリード=ハイゼンベルク。そしてプレイヤーのカジナである。
ジークフリードは、魔剣レーヴァテイン(自称)を持つ凄腕の傭兵。傭兵とは、警護を主な仕事とする冒険者を指す。
審判の合図により決勝戦が開始され、しばらくは睨み合っていたが、岩を砕くような音と共にカジナの姿が掻き消えた。
場内でカジナの居たところは足下の石が踏み砕かれており、カジナの身体はそれほどの力を以ってしてジークフリードを中心とした対角線上の逆側へと運ばれていた。
置き土産に、レーヴァテインを叩き折って。
カジナの剣は健在である。
「まだやるかい?」
柄だけになった剣を呆然と見つつ、頽れたジークフリードは、小さく「参った」と呟いた。この瞬間、呆気なくカジナの優勝が決まった。
表彰式。本来なら試合後の高揚感で盛り上がるのだが、今年はカジナの戦い方のせいで若干白けていた。
しかしそんな中でも普段通りにやらなければいけないことはある。
国王直々のお褒めの言葉だ。
「夜明けの徴連盟に所属するカジナだったか。話は聞いておるぞ」
「ははっ」
一応形式的に跪いて、何とか礼の形を取っていた。
「何か望みがあれば申してみるが良い。地位ならば子爵まで、それ以外でもなるべく叶えてやろう」
「有り難うございます。なれば、一つだけお願いしたいことがありまして……」
「なんじゃ、言うてみい。遠慮は要らんぞ」
「はっ。それが……キンダル=ネフツ=カンベラー侯爵様へのお願いとなります。お呼びいただけますか?」
「ふむ、一体どんな願いやら。少々気になるが、まずは聞かねば進展するまい。カンベラー侯爵を呼べい!」
周りが慌しく動き、やがてキンダルがその場に現れた。
「お呼びですか、陛下」
優勝したカジナを一瞥し、肝が冷える思いに冷や汗を掻いていた。
「うむ。この者が、卿に願いがあるらしくな。さあ、申してみよ」
「はっ、恐れながら申し上げます。先日、キンダル=ネフツ=カンベラー侯爵様に奪われました我が愛剣ルーンブレードを、お返しいただきたく存じます」
「ほぅ? 『奪われた』だと?」
「無礼な! 何を根拠に、私がお前如きから得体の知れない物を盗んだと戯言を申すか!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすキンダル。
「確かに、根拠もなく貴族相手に『奪われた』などの発言は、死罪に値するぞ?」
国王が申し訳無さそうに指摘する。
「その点は私が証言致します。先日確かに、カンベラー侯爵様は、その者から愛剣を不当に奪い、追い返しました」
突然明後日の方向からの援護射撃である。キンダルが見回すと、いつもの護衛を担当する者の一人が、その発言をしていた。
「ほう? 一体何者じゃ?」
「はっ、先ほどまでカンベラー侯爵様の護衛を担当させていただいておりました、プライム=サーベスターと申します」
「ほっほっほ。これは意外なところから伏兵じゃのぉ。……カンベラー侯爵、申し開きはあるか?」
愉快そうに国王は笑っていた。
「貴様ァッ!! 裏切る気か! 飼っておいた恩を忘れおってからに……ッ!」
「あのような無法、貴族様とは言え許容出来る範囲を逸脱しております」
「ぐぬぬ……。こうなったら!」
突如キンダルは、もう一人の護衛に持たせていた、奪ったルーンブレードを掴んで刀身を露わにさせた。
「ヒッヒッヒ! これさえあれば、お前なんぞに負けはせん!」
カジナに向かって、キンダルは狂ったような目で睨み付けた。
対してカジナは溜め息を吐くと、国王に向かって鞘に入れたままの剣を放り投げた。
「こんな三下の雑魚相手に、武器は必要ない」
「抜かしおったな!? 死ねぇぇえええええ!!」
その凶刃は、一応訓練を積んだ者の太刀筋だった。だが明らかに、達人級だとは言えない鋭さだった。
カジナは半歩ずれて余裕で躱すと、拳を握り締めてスキルを発動させた。
「【ビッグバンインパクト】ォォオオオオオ!!!」
戦士系のスキルには、武器の種類で発動が限定されるものがある。しかしビッグバンインパクトの元のスキル、スマッシュIIIはどんな武器でも、例え素手でも、発動可能だった。
十分に手加減された一撃がキンダルの腹部に決まり、転がって闘技場の内側の壁にぶつかる。
血反吐を吐いて蹲るキンダルに、カジナはヒーリングIを使用して傷を癒した。
衝撃で手放したルーンブレードを、カジナが回収する。肩から提げるタイプの特別製の鞘も、キンダルの護衛の手から奪い返した。
「これにて、愛剣ルーンブレードをお返しいただきました。有り難うございます、陛下」
「う、うむ……」
剣技の腕だけでなく、治癒魔法も扱えることに呆れ返っていた。
「しかし、その剣についてはカンベラー侯爵が一方的に悪いのだろう。別の願いは……」
「我が願いは叶えていただきました、陛下。有り難うございます」
「………………」
気迫に圧されて、国王は言葉を失った。
「しかし敢えて言葉にさせていただきますと、我々夜明けの徴連盟の活動が滞りなく行えることこそが、プレイヤー全体の願いとなりましょう」
国王がどんな願いでもなるべく叶えてあげたいと思った、この時この局面で言ってこそ、重みの出るセリフだった。
ここまで、全て陳宮のシナリオ通りである。
「……あい、分かった」
搾り出すようにして溢した国王の言葉には、諦めが含まれていた。
後日、キンダル=ネフツ=カンベラー侯爵には処罰が下された。伯爵への降格と、領地の一部没収である。
陳宮のしたこと一覧
・貴族派のうち、キンダル以外の有力者3名への根回し(7日前)
・プライム=サーベスターへ協力を要請。(4日前) 報酬はオリハルコンブレードと国外逃亡への協力
・ネス=アーカム(キンダルのブレイン。魔術師)へ小切手の焼却を依頼。(7日前) 報酬は10MSと国外逃亡への協力
※時間軸基準は武闘大会最終日