第7話 貴族派
夜明けの徴連盟が発足してから2週間が経った。
王都シドネイには、ブライズベインからの難民が押し寄せ始めていた。
王国の上層部にも、壊走した軍の報告が早い段階で届いており、都市の外での受け入れ態勢が整っている。
しかし国民には、ブライズベインが魔物の軍団によって落とされたことは周知されておらず、不安が蔓延していた。徐々に情報は漏れているが、秘密裏に緘口令が敷かれている為、噂が広がろうとしては阻止されていた。
打つ手なし―――国の軍部は連日会議を催していたが、1万もの精強な魔物に対しての反応は概ね消極的であった。
一方、プレイヤーの連盟は精力的な活動を行っていた。
まず、目的と活動内容について冒険者ギルドを通し広く大陸全土に周知、プレイヤーの協力を仰いでいた。
プレイヤーは基本的に、各国の冒険者ギルド本部へ一度は寄る必要がある為、そこで大々的な告知を行っている。
今では231のクランが参加を表明し、協力プレイヤー数は1万8千以上、レベル100のプレイヤー数も1万以上協力を約束している状態だ。レベルが偏っているのは、高レベルほど早くギルド本部へ到達し、指輪や腕輪の再発行手数料に支障がないからである。噂では、レベル40程度のプレイヤーはお金が足りなくて困っていたりするそうだ。勿論、連盟の関係者に連絡・相談してもらえれば、無償で肩代わりしてくれる手筈になっていた。
連盟はシドネイに本拠地を構え、仕事によって部署を分けてそれぞれ予算を割り当てていた。
ブライズベイン攻略、500。
ハンターバレー王国内活動に800。王族への対応に100、貴族への対応に200、ブライズベインの再建計画関連に400、難民や一般市民への対応に100の内訳。
スチュアート共和国内活動に300。ブライズベインの再建計画関連に200、永世中立都市の認可根回しに100の内訳。
カーペンタリア合衆国内活動とウルル・カタ・ジュタ皇国内活動も、スチュアート共和国内活動と同様の割り当てである。
なお、単位はGS、金貨1,000万枚単位だ。
連盟による様々なものの買い占め、職人などとの誘致込みの契約により、物価は王都で50%から100%増し、大陸全土では20%から50%ほどの上昇が見られていた。
他にも、必要があると判断されれば新たに予算を付けられ、各部署に後付けで振り分けられ管理されている。予算は始めに責任者へ与えられており、使わなかった分は後日返却の緩い規律だった。多少の私的な使い方は黙認され、目的を達成することが最優先されている。
一応最低限のモラルを持った人が責任者になっていた為、現状で問題は発生していない。連盟の盟主である棔は、ほぼ全ての仕事を部下に丸投げしていて暇であり、ちょくちょく各部署や各地の現場へ顔を出していたので、抑制にもなっていたと言える。御用の際には、盟主の部屋で待機となっているロロに連絡をすれば、クランチャットで呼び出して1分後にはテレポートで駆け付ける。
何度も呼ばれると棔の機嫌が悪くなり、呼ばれる原因を無駄に精力的かつ的確に突き止めて適当な責任者を『任命』し、呼ばれる事案を無くして遊び歩く、と言うのが一つのサイクルとなっていた。
999TSを提供したデバッガーの陳宮は、連盟内でハンターバレー王国内・貴族関連部署のトップを務めていた。
「なあ、陳宮さん。どうしてオレが付いていかなきゃならないんだ?」
カジナが客室で愚痴っていた。
「それは貴方が暇で、私が特別な待遇だからです。本来ならレベル上げを手伝って貰う約束なのに、ブライズベイン攻略と限界突破クエスト開放まで見合わせることになっているんだから、当然でしょう」
砂糖がふんだんに使われた高級クッキーを摘む。メイドの淹れた紅茶は少し濃過ぎて、カジナの好みではなかった。
「それで、この貴族派のまとめ役のところに、一体何の用なんだ?」
訪れている対象は、ハンターバレー王国でも有数の貴族で、キンダル=ネフツ=カンベラー侯爵。国王派とは国政を二分する勢力争いをしている。
ハンターバレーでは国王と言えど、勝手な政は出来ない。諸侯と相談し、賛同を得なければ大きな決め事は出来ないのだ。国王派が10の力を持つとすると、貴族派は7と言ったところ。国王直轄のブライズベインを失い、奪還出来なければ今後国王派は一割か二割、力を減じると見られていた。
「懐柔が出来れば、したいくらいなんだが」
コンコン
部屋のドアを叩く音がする。そして返事を待たずに即座に入ってくる人物が居た。
陳宮が起立して御辞儀をした為、カジナも倣って同じことをした。
「夜明けの徴連盟の陳宮と申します。以後お見知り置きを」
「あ、オレはこいつの護衛で……」
豪奢な服を着た人物が、カジナの自己紹介を止めるよう迷惑そうに身振りをした。
「護衛如きの自己紹介を聞いていては日が暮れる。やめろ」
カジナの好感度が5下がった!
「チン=キュウと言ったか? 私がキンダル=ネフツ=カンベラーだ」
キンダルは対面に座りながら、ワインを持ってくるようメイドへ指示した。
「ワインはこの国の特産でね、良い物が出来る。おっと、冒険者ではワインより安上がりなビールか? ハハッ」
「この国では大変良いワインが手に入り、嬉しい限りです。私たちプレイヤーの一部にも熱狂的なファンが少なくありません。何でも、幾つか蔵元ごと買い上げたプレイヤーも居るとか」
部屋の空気が少し張り詰めた。
「迷惑なことだ。味も分からん素人風情が買い漁ってからに……」
「ふむ。私たち連盟が、知らず知らずの内に御迷惑をお掛けしてしまっているようですね。もし宜しければ、こちらをお納め下さい」
懐から取り出したのは、封筒に入った一枚の紙切れ。
キンダルが中身を確認すると、そこには『100,000,000S』と書かれた100MS小切手が入っていた。
小切手は任意の金額を発行出来る。手数料として金貨10枚が掛かり、偽造出来ないよう特殊な魔法が掛かっているのだ。
キンダルの後ろに待機していた頭の切れそうな男が、【アナライズ】を使って真偽を判定した。
「本物です」
「……金貨100万枚相当か、なかなかのモノだな。それで? 一体何が望みなんだね?」
小切手は既に懐の中へ入れながら陳宮に問う。メイドの用意した、グラスに入ったワインを飲みながら姿勢を崩した。
「いえいえ、それはあくまでお近づきのしるしです。もし今後、御懇意にさせていただければ―――」
メイドに目配せをする。
客室に案内された際、武装は解除されている。そして、手土産の一つも没収されていたのだ。
鞘に入った一振りの片手剣を、メイドは持って来た。
キンダルの後ろに控えていた、体格の良い護衛と思しき男が、それを受け取る。鞘から引き抜いて、キンダルの目前に差し出した。
「これは……この輝きは……?」
「……神の金属、オリハルコン」
護衛の男が搾り出すように言う。
「バカな! オリハルコンは貴重品だぞ! 剣として存在するなど、国宝級ではないかっ!」
「もし、私たち連盟に便宜を図っていただけるようでしたら、更に9本、同等の剣を差し上げます」
「…………ッ!?」
ちなみにこの片手剣は、スロット付きが出来るまで鍛造して貰った際の余り物。つまりスロット『なし』である。市価にすると2~3MSで、カジナにとってはゴミのような認識だ。+3のスロット付きが出来上がるまでに鍛造した本数は、およそ150本。まとめてギルド倉庫に放っておいたのを、陳宮が買い入れたのだ。
プレイヤーならば少なくともスロット付きを選ぶし、出来れば+2、理想は+3まで強化したいので、スロットなしの強化なしは売れる代物ではない。が、それはプレイヤーの話で、一般人からすればとんでもないお宝だ。プレイヤーが7万人も居たからこそ、それほどの値崩れがする状態だった訳で、本来なら存在すら危ぶまれる貴重品なのである。
この世界はプレイヤーの認識がありながら、プレイヤーが存在しない前提での物価や品揃えだったのだ。
「話を聞いてやろう」
「有り難うございます」
取って付けたような笑顔で、陳宮が応じる。
「現在、沢山のプレイヤーがこの大陸に飛ばされています。これは放っておくと大きな混乱を招きます。そこで連盟は、ブライズベインの魔物の軍団を打ち払う代わりに、連盟が彼の地を支配・管理することと、都市を永世中立都市として扱うことを認めていただきたいのです」
「ふんっ、国を削ることを認めろと? 話にならんな」
「ですが、ブライズベインは国王の直轄地です。貴族派としては逆に好都合なのではないでしょうか」
「ハンターバレー王国全体の国益を考えなければならないのが貴族なのだ。俗な考えで私を軽く見て貰っては困るな。……この剣はついでに貰っておいてやろう」
蛇の様な笑みを浮かべながら、キンダルは立ち上がった。
「客人が帰るそうだ。見送ってやれ」
客間を退室する際、キンダルは振り返って付け加えた。
「そうそう、護衛が持っていたあの大剣、なかなかの業物だな。勿体無いから私が有意義に使ってやる」
カジナが自分の剣のことだと気付くと、殺気をキンダルに向けた。
「おい、お前。人様の物を勝手に奪うと泥棒だって、習わなかったのか? 赤ん坊からやり直せ、この腐れ外道!」
「はっ、ハハッ。貴重な武器を、相応しい者が使うだけだ! 悔しかったら武闘大会で優勝でもして、あの大剣に相応しいと証明して見せるんだな。まあ、貴様如きが出来る訳もないだろう」
「あ゛あ゛? 優勝くらい、楽勝だぜ!」
「言ったな平民が」
「その代わり、絶対返せよ? もし返さなかった場合は……」
「ふん、下らん。下民の戯言に付き合っていられるかっ」
足早にキンダルは去って行った。
カジナの肩に、陳宮が手を置く。
「行くぞ」
「ちっ」
怒りを露に、乱暴な足取りで館を出る。
しばらく歩いて、城壁の外へ到着する。彼ら連盟の住居は、土の魔法で突貫工事をして組み上げた、質素な建物であった。
王都だけでもプレイヤーの滞在人数は1万を越える。それほどの人数がいきなり泊まれるほど、宿屋も空き物件もない。故に苦渋の策である。
とは言っても、豊富な金に物を言わせて調度品や食料品などは極めて高レベルの、贅沢な住まいとなっていた。
空間移動の魔法のお陰で山海の新鮮な珍味が豊富に手に入り、職人たちの手によって美味な料理に生まれ変わっていた。端的に言うと、王族の生活のそれを凌駕していた。
二人はプレイヤーが経営する店へと入って行く。店名は「蟹無口海老固め」。それぞれが蟹フルコースと海老フルコースの両方を頼む。
「おい」
「……何だ」
「正直、スマンな」
「……何を言ってるんだ? 謝られる理由が分からん」
「貴族を挑発したのは私だ。だから、今日の件の責任は私にある」
蟹の脚を齧りながら、カジナが微妙な表情をする。
「そんなことか。別に気にしてねーよ。剣を奪ったのはアイツなんだし」
「いや、言い直そう。今日の件は、カジナが剣を奪われることまで含めて折り込み済みだった」
カジナは顔を顰めた。
「……続けろ」
「あの貴族がああ言った態度を取るのは予想されていたんだ。だから、カジナを餌に面子を潰してやろうと計画してるんだ。プレイヤーの居ない武闘大会など、楽勝だろ?」
それを聞いたカジナが口の端で笑う。
「ああ、勿論だ。ってことは、オレが勝てばアイツの鼻を明かせるのか?」
「予定通り事が進めば、な。いずれアレは、けちょんけちょんにする」
今度は陳宮が、薄く残酷な笑みを浮かべた。