第6話 ハッカー
今回の仕事は、少し毛色の違った内容だ。あらかじめ了解を得ており、その上でやってしまって良いのだ。
報酬は『不正に得たゲーム内通貨をRMT相場で換算した額の1%』となっている。期間内に何も成果が挙げられなかった場合は、最低補償額が支払われるが、それも低い金額ではなかった。まあ、そんな端金を受け取る気は更々無かったが。
確か相場は、ゲーム内1Mが日本円にして1,000円だったか。10Tを目標にしよう。それだけ得れば、報酬は1億円になる。
金にさほど不自由はしていないが、こう言ったチャレンジングな作業は性格柄燃える。
まずは管理会社のことから調べようか。久しぶりに地味な作業になるな。
依頼を受けてから三ヶ月が経った。
現在は実際にゲームのことを知ろうと、ICFをプレイしている。レベルは52だ。あくまで調査がメインの目的な為、キャラクターの育成はほどほどに留めていた。
色々試行錯誤を繰り返した結果、元となるアイテムを複製してNPCに売っ払う方向で行くことにする。ターゲットは大金塊。NPCへの売却価格は25,000になる。
一応、クエスト達成時の報酬金獲得のパケットを解析し、利用を試みたが、当然ダメだった。特定の特殊なクエスト達成時、ある処理に仕様上の穴があってそれを利用すると僅かな額のお金を得られた時期があったらしい。その利用者は、結局数M得た時点で管理者に見つかったと以前のニュースであった。だから対処済みで期待はしていなかったが、別の何かがあるかも知れないので調査はしていた。
下準備は上々だ。
データベースの管理の方は、結構杜撰だった。
責任者が二人居て、片方がサーバの遠隔操作を日常的に行っていたのも大きい。彼が長期間旅行に行き、監視が甘くなる時を狙って仕掛けた。
偽装に次ぐ偽装。何もかも嘘だらけだが、IDとパスワードだけは本物。後でログを調べられるとヤバイ、がそれすらも改竄する為問題ない。ここまで侵入を許してしまった時点で終わっているのだ。
だが、普通に不正をやっていてはデータベースに矛盾が生じ、誤魔化すことが難しくなる。下手な改変はすぐさま管理者に知られることになる。履歴テーブルの存在も厄介だ。定期的なチェックも鬱陶しい。何か弱みはないだろうか探る……そろそろ責任者の交代の時間だ。余裕が無い為、重要そうなデータを吸い出し、1回だけ利用可能なバックドアを設置して退散した。
ローカルでデータを参照し、穴を探る。調べる。解析する。俯瞰的な視点から眺め、或いは全く別の角度から試み、情報を洗い浚い精査した。
3日間まともな食事を取らずに居たが、ついに光明を見出す。――――――コレだ!
たった一つの綻びから、方法を探り出し、予想し、計算して検証する。駄目出しをして再構築。検証、検証、検証―――。
空腹で倒れそうになった頃、一区切り付いた。身なりを整え、栄養を補給しに行く。好物のトンカツ屋へまっしぐらだ。箸で切れそうなほど柔らかい肉が、舌を蕩かす。至福。空腹を最高のスパイスとし、その上で上等な食事。指数関数的な幸福を味わった。
腹を満たしてから、改めて精査をする。……問題ない。以前、まともに頭が働いてない状態で実行を決断してしまい、失敗した経験から、最終チェック時には栄養補給を義務付けていた。
アメリカで技術を学ばせてもらった先輩ハッカーも、空腹は敵だと言っていた。そいつはちょっとしたデブだったが。ピザデブだ。毎日のように宅配ピザを頼み、汚い手でキーボードを叩いていた。そんなのでも腕は確かだった。ハッカーには技術が全てだ。だから仕事振りには敬意を払っていた。
結局、一つの小さなプログラムを作り上げた。データベースで動くプログラムを特定期間だけ僅かに狂わせ、用が済んだら痕跡を粗方消して自らも消滅する。自滅の際も、記憶媒体上にランダムなデータを上書きし、元のプログラムがサルベージされる可能性を極力排した一品だ。期間は、今度の土曜、21時から24時の間。
Saturday, 20:58.
ICFのゲーム内にログインしていた。キャラクターの手元には、持ち金の半分近くを注ぎ込んだ大金塊1個。
21:00―――。ギルドのNPCに話し掛け、大金塊を倉庫に仕舞う。
倉庫には確かに大金塊が納められ、手元には……大金塊がそのまま残っていた。
今度は倉庫から大金塊を取り出し、2つの大金塊を倉庫に入れる。それを繰り返す。
一度に持てるのは12個までだった。ちっ、面倒くさい。12個の大金塊を持ったまま、倉庫に入れることを繰り返す。
30分後には、倉庫の中が999,999個の大金塊で埋まっていた。それを半分、直にNPC売りする。売却金、12.5G。
しかしこれだと、時間が掛かる。十分に成果はあるのだが、目標には遠く及ばない。何かないか?
ふと、露店の商品が目に付いた。それは特殊なアイテム。NPCの発行する『1,000,000S小切手』。店主も遊びで置いているのだろうソレは、1.1Mの値が付けられていた。―――嗚呼、私は何て馬鹿なんだろう。こんなことに気付かなかったなんて。この30分は無駄な労力だった。
いや、そんな大量のお金は未だ持っていなかったから、仕方なかったと言える。手持ちの12個の大金塊を、その場に投げ捨てた。保持されるのは、『ギルドの倉庫に預けた場合のみ』だ。
とにかく、頭を振って意識を切り替え、NPCの運営する銀行へと向かう。発行してもらう物は、『10,000,000,000S小切手』。
続いて再びギルドのNPCのお世話になる。小切手が1枚、小切手が2枚、小切手が4枚―――1,024枚になった時点で嵩張る為、倉庫の中へと単純に入れていく。
倉庫の中には、100,352枚の10GS小切手。NPCに直売り。持ち金の表示が999,999,999,999,999を示し、上限に達したことを伝えてきた。
まだ2時間近くある。どうする?
王都の露店を覗き、商品をざっとチェックして行く。ミスリル銀塊とオリハルコン塊を1個ずつ購入。
大金塊も含めてそれぞれ限界まで増やし、微妙に減ってしまった持ち金も元に戻した。
3種の金属の塊を百万個近く倉庫に持っている。これだけで状況証拠は揃っているようなものだ。だが、自らの仕事を誇示する為、必要だと感じた。
時間は24:00を示している。魔法の時間は終わりだ。
だが、金は元に戻らない。アイテムも元には戻らない。痕跡は消え、結果だけが残る。ウィザードのマジックは人知れず仕事を終えた。電子上の儚いデータを、僅かばかり改竄したのだ。夢の泡のように。
おおっと、このまま全額をRMT換算すると1兆円相当になってしまう。1%でも100億円だ。さすがにそんなのは受け取れないし、向こうも支払えないだろう。
1億で良い。あの管理会社はかなり儲けているから、それくらいは楽に払えるはずだ。
心地よい達成感に包まれながら、私は眠りへと就いた。