第5話 連盟
「ブライズベインが、大量の魔物に襲われ―――――陥落しました」
コンさんが言葉を切り、沈黙が部屋を支配する。
言葉の意味を理解するのに10秒ほど掛かった。
「何……だと……? 都市の一つが? 魔物に?」
代表者の一人が、震える声を絞り出す。
「被害はどうなんだ? 魔物がそこまで団結するなど前代未聞だぞ!? プレイヤーに被害は?」
「落ち着いて下さい。これから詳細をお話しします。
まず、ブライズベインは人口30万弱の大きな都市でした。低いながらも壁があり、少々の襲撃ならば常備兵もあり問題ありません。
しかし今回の魔物の襲撃は異常でした。
今までは50から精々800前後の数と聞いてます。ですが、今回の魔物の数は推定1万。
異常なのは数だけではありません。普段はゴブリンやオーガ、コボルトなどが多数を占めているらしいのですが、トロール、エント、ドラゴンにデーモンも混じっていたそうです。指揮官クラスにはボスモンスターが存在していたとの報告もあります。
常備兵は1,500人程度。一般市民を逃した後、半数が死傷し、残りは敗走してシドネイに向かっているとのこと。一般市民にも多少の犠牲が出ており、生き残りは同じくシドネイに向かっているらしいです。
シドネイに到着するのは、最も早いので三日後、遅い難民は十日から二十日前後、日数が掛かると予想されます。
プレイヤーは1,000人ほど居ましたが、ほとんどが戦闘を恐れて避難。勇敢な51名のプレイヤーが、魔物の迎撃と一般市民の避難の警護に当たり―――3名が死亡。48名はワープ・ゲートによりシドネイで保護。
以上が概要となります」
1万って、何だよそりゃ。ドラゴンとかボスモンスターまで居た? 冗談にしては笑えない。
「これから述べることは、あくまで推論・予想となります。その点御留意下さい。
ブライズベインの奪還は、ハンターバレー王国には無理です。
理由は、兵力の不足。正規兵は約2万居ますが、今回の強度の魔物を相手に出来るほど強い兵士ではありません。ドラゴンすら混じる1万の魔物の軍団を退けるには、最低5万、出来れば10万の正規兵が必要です。
……いきなり徴集した民兵では、犠牲を増やすだけでしょう。魔物の軍の平均レベルは60~70前後と見ています。正規兵でも40あれば良い方で、民兵では15レベルに達するかどうかです。
では、プレイヤーではどうか? 結論から言うと、可能です。ツァラ君、解説を頼む」
ここでオレの横に控えていたツァラ氏に話が振られた。正確には『Zarathustra』だが、良くある名前だ。特にゲームでは。
「はい。『無色の虹』にてクエスト関連の仕事を総括していたツァラトゥストラです。ツァラとお呼び下さい。
まず初めに釈明したいことは、今回の件、ICFのゲームが現実になったことと、魔物の襲撃を含めたこと諸々ですが、ICFの管理会社には何ら関係がないと言うことです。
何故言えるか? それは私が……正確には私の中の人が、ICFの9人のルーラーを束ねる責任的な立場、ゲームマスターであるからです」
は? 何を言ってるんだ、この人は。
「信じられない、でしょうね。あくまで個人的なアカウントであり、元々公開するつもりはなかったのですから、仕方ありません。
ではカジナ、貴方の持つ情報を少し利用させてもらいましょう。
カジナはICFのテスターの一人でした。……これは確かですね?」
「ああ、間違いない。親しい人たちには伝えていたし、守秘義務で公開出来ない情報は漏らしてなかったはずだ」
「……こちらに飛ばされる前の日、次期アップデートのテストをお願いするボイスメールが送られてきましたね?」
トクン、と心音が乱れた気がした。
「……ああ、確かにな」
「実際、彼はテストを始め、感想を私―――GMに送ってきました。『バランスがおかしい』と」
驚愕に目を見張った。GM以外にはほぼ知り得ない内容だ。
「そこで私は、『それで良い』旨の返答を返し、ある添付ファイルを送りました。それは―――」
「「レベル150までの必要経験値表」」
オレとツァラ氏の声が重なった。間違いない、彼はGMだ。何て身近に……そして納得の行く隠れ蓑なのだろう。
ツァラ氏はICFのクエストを暴くのに異様なまでに執着していた。本来、とても一人のプレイヤーが調べられないような情報まで調べ、公開していた。だがそれは、今考えてみればICFのゲームをより楽しんでもらう為の、GMからのささやかなアプローチだったとも考えられる。
余談だが、情報をまとめたWikiの利用料(ICF内の通貨だが)と言う形で、全てのサーバー/ワールドのWiki利用者から金を集め、クランに集積していた。試しに僅かばかりの利用料を設定してみたら、積もり積もって膨大になったと言うのが真実だったりする。少しお金に無頓着なところがあるから、実は天然系かも知れない。以前経理のすももちゃんに聞いた際、クランの預金額は28Gを越えていた。意味不明である。
「これで証明になったかな?」
代表者の一人が「しかし、それだけでは……」と若干納得していない様子だったが、周りの雰囲気を察して飲み込むことにしたらしい。
「ところで、オレのレベル、テスト時の150のままっぽいんだけど、これについてはツァラ氏は何か知って―――!?」
「「「ひゃくごじゅう!?」」」
周りから驚きが伝わってくる。
「……カジナ。正直分からん。だがそれは大きなアドバンテージだ。今後の作戦の中枢に組み込まれることを覚悟してくれ」
「えっ」
藪蛇!? やばっ、要らんこと言ったかも。
「ともかく、この場ではカジナのレベルについては追求しないで欲しい。一人の戦力では到底意味のない話し合いになるからだ」
ツァラ氏の言葉に、皆が不承不承頷いた。
「さて、話を戻しましょう。
私がGMである前提がないと、これからの話に信憑性がないので、ね。
第七サーバのプレイヤー数は、現実世界では約7万人でした。他のサーバにも接続していたプレイヤーは1万人弱です。リアルマネートレード、通称RMTも横行していた関係もあるのでしょう、意外と多いです。
この中で、レベル100に到達していた人数は1万4千人弱。全体の20%近くが上限に達していました。
魔物の軍団は1万程度。ならば、我々は半分の5千人ほどもレベル100の者を集めれば、死の危険がほとんどない状態で相手を殲滅出来ると踏んでいます」
「ツァラ君、ありがとう。
方針としては、極力犠牲を出さないよう、参戦はレベル100に限定する。
人数を揃える為、各クランには協力を要請する。
いや、ここはいっそ一つのクランにまとめてしまう方が手っ取り早いか? ともかく、ブライズベインに居座る魔物の軍団を殲滅する為、我々プレイヤーが一致団結し、事に当たりたい。賛同願えるだろうか」
そう言うと、コンさんは頭を深く下げた。
クランマスターのこんなところは真似が出来ないなと、正直に思う。
「……異論はない。協力させてもらおう」
「賛同する」
「協力させてくれ」
「同盟クランに連絡を取り、相談させてくれ」
代表者たちが意見を述べていく。
「何の為に、ブライズベインを奪還する?」
それまで寡黙だった、カウボーイハットにマントを羽織った男が呟いた。
「ブライズベインの魔物は、更に西北西の森からやってきたそうです。そこの調査もしなければ……」
「調査だろ? 調査だけすれば良い。ブライズベインは放っておいて」
場が静まり返った。
「我らプレイヤーの命は軽くない」
「……この世界に生きる者たちも、軽い命ではない」
「だが、我らと比べたら? 優劣を付けるならば、彼らのそれは、低い」
それは……それは正しいのか?
「彼らを……この世界に生きる彼らを守りたい。それではイケナイのか?」
「個人が賭すならば、それもありだ。だが、他人に求めるのは筋違いではないか?」
着物姿の男の発言に、カウボーイの男は冷たく返す。
「確かにそうだ」
意外なところ、コンさんから同意が出て来た。
「我々に多少とは言え危険がある以上、無償の善意では済まされない。
守りたい気持ちは確かなものだ。だがそれだけでは足りない。何か―――何かないか? カジナ」
はいィ!? オレに振らないでくれっ! 頼む、無理!
「な、何かって、何かの利益が欲しいってこと? と言うか何故にオレ?」
「うむ、利益で良い。ブライズベインに巣食う魔物たちを倒したら、何か我々にメリットがないか? あと、カジナはサブマスターなんだから、クランマスターの命令は絶対だ。意見を言え」
うわー、薄く笑ってる。こう言う時、コンさんはオレで遊ぶ癖がある。酷く迷惑だ。
「単純に考えれば、集まっている魔物が居なくなれば、それだけ脅威がなくなる。安全だ。
ブライズベインに拠点を構えれば、その魔物の発生源の調査も容易くなるんじゃないかな。
あとは……難民の人たちを奪還したブライズベインに呼び戻せれば、それは―――って、オレたちの利益に繋がらないか。うーん。
あっ、そうだ。どうせハンターバレー王国に奪還が不可能なら、その領地を貰っちゃえたりしないかな?」
何人かがブッと噴き出した。
「領地を貰う、だと? 突拍子もないな。侯爵位でも貰えと言うのか?」
「あー、いや。でもさ、プレイヤーって何万人も居るんだろ? いきなりそんなたくさんの人間が増えて、この世界は迷惑なんじゃないかな、なんて」
「ふむ、一理あるな。
……………………既存の国に属するのではなく、独立国としてはどうだろう?
プレイヤーを中心とした、永世中立国。ブライズベインはその都市として。魔物を撃退する見返りに、永世中立都市の設立を認めてもらう、と言うのはどうか」
いや、なんつーか。コンさんらしい。
「西方のウルル・カタ・ジュタ皇国はあとでどうとでもなるでしょうが、北部カーペンタリア合衆国と南部のスチュアート共和国には根回しが必要でしょう。また、国や都市を経営するとなると、膨大なお金が必要となります。疲弊し、破壊された都市を再建するのは、並大抵のことではありません」
ツァラ氏が現実的な突っ込みをする。
「ですが先日、とあるプレイヤーから提案がありました。
彼はICFの管理会社からの依頼で不正対策のチェックの為、敢えて不正にゲーム内通貨を入手する方法を模索していたデバッガーの一人だったようです。
そして彼はこの世界に飛ばされる前日に、膨大な額の通貨を入手していました。本来ならそれを手土産に、管理会社から高額の報酬が貰える契約だったそうです。しかし今はこのような状況。
彼はその入手した通貨と引き換えに、身の安全の保証とレベルアップの協力を求めてきました。事前に調べてあった、『一般プレイヤーに混じってGMの個人アカウントがある』との情報を元に、私に接触を図って来ました。意図を汲んで、こちらからも手を伸ばしましたが……もし現実世界に戻れた場合、入手していた通貨について、GMに保証人になって欲しかったからだそうです」
あん? キナ臭い話だなぁ。そもそもお金なら、クランのが大量にあるんじゃないか?
「勿論、我々が持つ莫大な口座預金だけでもかなりのことが行えます。『無色の虹』の預金額だけでも31GS。この世界の国家予算の十数倍にもなります。
ですが、先ほどのプレイヤー、デバッガーと言った方が分かり易いでしょうか? から得られる金額は、999TSです。
理解が追い付かないと思いますが、例えこの世界の経済が100倍のインフレを起こすような無茶な行動を取っても、使い切れてないほどです。
ちなみに、どうやら口座は神々の監視が入っているらしく、基本的に不正や違法取引は出来ません。故に、絶対の信頼が置かれています」
代表者は一様に口を開けてポカーンとしていた。「は? 何それ?」状態だ。
人気のMMO、ネットゲームでは大抵、ゲーム内通貨が現実のお金とやり取りされている。もし不正に増やせるなら、それはとんでもないことだ。だから、管理会社は一生懸命になって不正対策を採る。ICFのそれは鉄壁と言っても過言ではない。過去にあった不正行為と言うのも、せいぜい数MS程度であり、あまりの苛烈さに『ゲーム内で普通に稼いだ通貨をRMTした方が確実』とまでRMTerに言わしめていた。
つーか、テラって何だよ。テラって。
「それって、どれくらいのことが出来るの?」
「インフレを厭わなければ、大陸ごと買える金額です」
コンさんの質問に、ツァラ氏がしれっと答える。うん、分からん。
「じゃあ、ブライズベインの都市を一から作り直すことも出来る?」
「それくらいならば造作もないでしょう。仮に完全計画都市として1年で再建するにしても、3倍から5倍のインフレ程度で済むかと」
「うーん、インフレって庶民の敵なイメージがあるのだけど?」
「過大なインフレで一般市民が苦労するのは、主に食費でしょう。逆に言えば、食事さえ確保してしまえば、ある程度のインフレは大した問題ではなくなります」
「むむむ。でも、インフレ率はなるべく抑えたいわ。再建は人が住むところから優先的にやって、漸次的に都市開発を行うのはどうかしら?」
「初年度は限定的な施行に留めるのであれば……1.5倍から3倍程度のインフレでしょうか。1年で50万、3年で150万人の受け入れ可能な都市、と言うのはどうでしょう?」
ツァラ氏とコンさんの話が弾むと、碌なことにならない。1.5倍のインフレって、50%アップってことだよな!?
「庶民の生活を考えるなら、インフレの影響が大きな街では食料の配布を行うってのはどうだ?」
特攻服を着たリーゼントの男が提案する。
「国にばれては問題が起きかねないわ。国の財産である国民に、勝手に施しを行うな、なんて言われるのが関の山よ」
猫耳を付けたチャイナドレスの女性が意見を差し込む。
「まあ、ばれないように二重三重の方法を考え、対策して行きましょう。正直そこら辺を考えるのは実行する人たちに任せるわ」
おいおい。コンさんはこれだから。必殺、丸投げである。
「ともかく、予算は湯水の如くあるのだし、優秀な人たちに色々と任せるのも手よ。
私たちが決めるのは、大まかな舵なんだしね。
と言う訳で、ブライズベインを我々プレイヤーの新たな拠点とする為、また難民たちの為にも、魔物の軍団を排除し、永世中立都市として認めて貰う方向に活動するってことでどうかしら?」
パチパチと、小さな賛同の拍手が起こる。
先ほどの着流しの侍も、カウボーイの人も、拍手に加わった。代表者が全員、コウさんの意見に同意してくれたことを確認。
拍手が止んだところで疑問を口にした。
「ところで、新たなクランは作るの? 名前はどうする?」
「クランを作るまでもないわね。でも、これから活動する連盟として名称は欲しいところだわ。……うん、これにしましょう。夜明けの徴! どうかしら?」
皆が頷く。場違いかも知れないが、この一体感は気持ち良い。
すももちゃんが隣の部屋から何やらグラスとワインを持って来た。彼女の後からお手伝いさんが入って来て、参加者全員にワインを注いだグラスを配っていく。
「ではこれより、我々『夜明けの徴』連盟は、目標に向かって協力して行くことをここに宣言します。プロージット!」
「「プロージット!」」「「乾杯!」」
何故ドイツ語だし。
こうして、プレイヤーたちの一大組織となった『夜明けの徴』連盟は、活動を開始したのだった。