第2話 1日目
Load...WorldData........Complete
Struct...World...........Complete
Check...Consistency......Complete
Call...Guest.....Complete
SystemAllGreen
気が付くと、視線の先に青空が広がっていた。微かに草の青い臭いがする。
どうやら地面に寝転がっているようだ。そんなことをするのは何時以来だろう?
(いやいや、そんな覚えないから!)
がばりと上体を起こし、周りを見回す。
「どこだ、ここ……?」
360度、のどかな草原の風景が広がっている。大分離れたところに道のようなものが見えた。
異常な事態に、こめかみを押さえながら昨日のことを思い出す。
(確か、Lv150でのテストを行った後、報告書を書いてGMに送ったんだったよな。
それで眠くなって……ベッドに入って眠った……ハズ……)
どう見ても住んでいた街の近くではありません。本当に何なんだぁ?
考えろ。Coolになるんだ。冷静になれ。思考をスマートにするんだ。
オレなら出来る! 頑張れガンバレ!
まずは自分の姿を確認する。
身体の要所を守っている軽量タイプの金属鎧―――オレはこれを知っている。
ICFのゲーム内でキャラクターが装備していたミスリルチェインだ。
腕には古く物々しい篭手、足にはミスリル金属と革で出来たブーツ。
頭には恐らくバンダナだろう。眼鏡も装着している。(リアルではコンタクトだ) 腰には片手剣がぶら下がっていた。
片手剣を抜き、刃のところを鏡に見立てて自分を見ると、ICFのゲーム内で使っていた自分のキャラそっくりの顔が映っていた。軽く唸って剣をしまう。
薄汚れたマントは火鼠のモノ。首にはあまり好みではない煌びやかなネックレスと、左手の人差し指には杖代わりの魔法の指輪。
少し離れたところに、半透明の盾と例の武器―――でかい直刀、それとズダ袋が置いてある。
袋の中身は毛布と竹の水筒だった。
普段、不要なアイテムはほとんど持ち歩かないが、覚えのないコレは旅の必需品と言ったところだろうか?
そこで、ポーション類を幾つか常備していたことを思い出す。腰の辺りを確認すると、試験管に入ったスリムポーションが青と白10本ずつ、丈夫な布バッグに入って釣り下がっていた。布バッグは中に金属板が仕込んであり、ちょっとやそっとでは割れないようになっている。
ちなみに本来の丸いフラスコタイプのポーション(店売り)だと、左右にそれぞれ3本くらいずつがせいぜい。
ICFには重さとは別に嵩張り度合いみたいなのがあり、あまりにもアイテムを持ち過ぎると行動にペナルティが発生する。他のゲームにありがちな、明らかに無理な保持が出来るアイテムのインベントリは無いのだ。
そして軽戦士タイプとして理想を追求した結果がこの軽荷重モード。普通の戦士は中荷重なのがほとんどだった。
あと他に、世界樹の葉が3枚と世界樹の雫イン・ミニ試験管5本が、レザーベルトの胸ポケットに仕舞われているのを確認した。緊急用高級回復アイテムだ。
「で、コレは夢なのか?」
自分の頬を抓ってみる。痛い。
鼻に残る土と草の匂い。空を流れる雲は様々に散り、一方では綺麗に棚引いている。
眩しい太陽光は、一般的な照明では有り得ないレベルだ。
自分の手を見てみる。指貫きの形態となっている為、指先は露になっており指紋が確認できた。
近くの草を観察していると、テントウムシが飛び乗り、よじ登っている。
その草を毟るとテントウムシは飛び去ってしまった。残った草を更に千切ると、青臭さが濃くなり咽せそうになる。
到底、夢や幻ではない。バーチャルリアリティで実現できる表現も超えている。と言うかここまで再現出来たらノーベル賞がダース単位で取れる。
結論。現実……だと……? 有り得ん!
あひゃひゃひゃひゃ! うひゃひゃひゃひゃひゃ! きひょーーーっひょっひょっひょっ!
しばらく高らかに笑ってみる。ツッコミがない。……虚しい。
大きく息を吸って、少し気持ちを落ち着けてみる。……が、無理ッ。
まあ一応、どうやらICFのゲーム内みたいな感じと言うのは分かった。いや、良く分かんないけど。
正確には自分だけICFのキャラクターっぽくなっちゃってる感じ。
ステータスとか見えないかなーと思って念じてみたが、どうやらそう言ったところは無駄に現実的みたいだ。
直前のキャラクターのステータスを出来る限り思い出してみる。
CharacterName:カジナ 性別:♂ 種族:ヒューマン Age:23
有利な特徴:魅力的+1、反射神経+1、頑強+1、幸運(小)+1
不利な特徴:近眼-1、好色-1
器用度16/敏捷度18/知力18/筋力20/生命力19/精神力19
職業:剣匠150Lv、魔術師70Lv、祈祷士70Lv、医師70Lv、薬師70Lv、教師70Lv
LifePoint:5,130 MentalPoint:3,591
一般人はLv3~20くらいの設定だった気がする。平均的な騎士がLv40で、Lv60ともなれば腕利き・一流のプロと言われる領域だ。
ん? そう言えばお金がないな。ゲームだとデータ的に処理されてるから意識しないんだが……記憶では640Mほどあった気がする。
身体中をまさぐってみても、ずだ袋の中をひっくり返しても、それらしい物は出て来ない。
無一文? やだ、何それ怖い。
現状、何が問題だろうか。少し整理してみる。
一、お金がない。装備があった為、何らかの形で保持されているかも知れない。希望はあるが今のところ不明。
二、世界はどうなっているのか。オレと同じようなプレイヤーはいるのだろうか。
三、言葉は通じるのだろうか。日本語以外は、英語が片言程度だぞ。猛烈に心配。
四、キャラクターとしての力はどうなっているのか。
力の使い方は、ゲーム中のスキル名を意識すると脳内に関連知識が思い出される。
身体の動かし方は肉体と共に刻み込まれているようで、実戦でも迷い無く高度な使い方が出来ると何故か確信出来た。実際に、バク転やジャンプ、剣の素振りが達人級で行えた。眼鏡は魔法アイテムで『絶対に』ずり落ちない。安心。
魔法の方はどうだろう? 試しに、初級魔法のライトを唱える。
「闇を払い照らせ。【ライト】!」
ポウっと掌に光が灯る。ふむ、魔法は使えるか。余談だが、光精霊のバンダナの効果、光関連の魔法消費MP-2でライトのMP消費は0だ。
メインのジョブは戦士系の最高峰・剣匠だが、魔法はとても便利な為、サブジョブで魔術師と祈祷士をともに習得している。
ふと顔を上げてみると、遠くの方で炊事の煙が昇っているのが見えた。
1つではなく、4つか5つくらい。道の先に集落でもあるのだろうか。
目を細めて見てみると、4kmほど先か、それらしきものが微かに見える。
「とりあえず、住民と接触しないとどうしようもないよな」
不安と期待が混ざった微妙な表情で歩み始めた。
村の入り口の看板には、「マルナの村」とあった。文字は読める、か。しかし、村かぁ……村かよ……。
まずは入ってみるか。警備兵みたいなのはおらず、すんなりと入れる。家が10軒ほどの小さな村らしい。
少し歩くと井戸が目に入ってくる。近くに女性がいて、桶に水を汲んでいた。
近づいてみると女性は結構若く、黒い髪を纏め上げていて実にオレ好みだった。……はっ、いかんいかん。うなじに見とれている場合ではない。
「すいません」
「えっ?」
僅かに驚き、運びかけていた桶を下ろしてこちらに向き直った。
胸は小ぶりながら、体型はスラッとしていて良い感じだ。顔の造詣も悪くはない。
「少し聞きたいことがあるんですが」
「……冒険者の方、ですよね?」
こちらを観察した後、そう返して来た。
ああ、やっぱりICFのゲームと同じく冒険者がいるのか。そしてオレは、その格好をしていると。
まずは言葉も通じてくれて、最大の懸念は払拭されたことを喜ぶ。御都合主義万歳!
「まあ、そんなようなものです。本当はプレイヤーと言うべきなんだろうけどね」
「プ、プレイヤー様!?」
吃驚した表情でこっちを見てくる。何? 何なの? プレイヤーって単語に反応するとは思わなかった。
「し、失礼しました。……でも、こんな何もない村にプレイヤー様が何か御用ですか?」
「……うーん、そのプレイヤー様って、何?」
「プレイヤー様はプレイヤー様です。冒険者の中でも腕利きの、あるいはそうなる素質のある方々をそう呼んでます」
フーン? 良く分からんが、他にもオレと同じような奴がいるってことだろうなぁ。
「ところで、この村には店や宿はあるのかな?」
「お店は、あそこに雑貨を取り扱っているのがあります。でも正直、冒険者の方が利用されるようなものではありませんよ? それと、この村に宿はありませんね。お客人でしたら村長の家に泊まっていただくのが習わしとなっています」
O.K.把握。店らしい店がないのか……しかも宿がないとか。一文無しだから、宿があっても今はどうしようもないけどね。
「ちなみに村長の」
「こちらを真っ直ぐ行っていただいて、突き当りのあの大きな家がそうです」
「そうですか。御丁寧にありがとう」
「どう致しまして」
「お礼に桶を運びましょう」
「え? ちょ…良いですって! わっ、力持ち!?」
水のたっぷり入った桶を、軽々と持ち上げてみせる。
ゲーム内のステータスが有効なのだろう。筋力は20だったハズだが、確かステータスは18でオリンピック出場レベルとかだ。子供が5~7で、大人で9~13が普通の範囲。
女性に先へ行くよう促して桶を運ぶが、全然疲れない。良いな、この身体。
様々な物品が積まれて薄暗い店の中、タバコの煙が充満している。
「すいませーん」
教えられた雑貨店に入って奥の方に声を掛けてみる。
「あいよー。って誰だい? 村の人じゃないみたいだが」
カウンターでは、パイプタバコを吹かしながら壮年の男性が気だるそうにこちらを伺っていた。
「冒険者なんだけど、ちょっと聞きたいこととかあってね」
「ふーむ?」
まずは基本的なことの確認からだ。
流通貨幣の把握は重要だろう。だが、これには然程問題を感じていなかった。
実はゲーム内のクエストに貨幣関連があり、銅貨と銀貨、金貨について色々知ることが出来るのだ。
確か、銅貨20枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚の価値だった記憶がある。ちなみにそのクエストはプレイヤー応募が採用されたもので、応募者は硬貨のデザインを詳細に添付していたらしい。ゲーム内では美麗な画像が堪能出来るのだが……閑話休題。
「実は戦闘で軽く記憶が飛んでしまったみたいでね。どうしてこの近くで倒れていたのかとか、ちょっとした基本的なことをど忘れしちゃってるみたいなんだ」
ここへ来るまでに考えていた言い訳。
「ほう。それは難儀だな」
「で、まあ。財布も手元になくてさ……手持ちのアイテムでお金になるものでもあったら、とりあえず売って路銀にしようかと」
「買い取り希望か。何を売る?」
右のバッグからホワイトスリムポーションを1個取り出す。
「これって、買い取ってもらえる?」
「……なんだい、そりゃ」
おおっと、手応えが微妙だぞ。
「ホワイトスリムポーションさ」
「冷やかしなら帰ってくれ。ホワイトポーションならともかく、そんな聞いたこともないアイテム、買い取れんよ」
うっわ、NPC対応だ。スリムって付いてるだけだろ!
ゲーム内でもレアアイテムやプレイヤー作成のアイテムは最低額の『1』でしか買い取ってくれなかったっけ。
「ちなみに、ホワイトポーションだと幾らで買い取ってくれるんだい?」
「銀貨500枚ってところだな。金貨なら5枚だ」
NPC価格は1,000だったはず。買取は半値だとすると、銀貨がゲーム通貨と同じ扱いっぽいな。
「果物とかは幾らで売ってもらえる?」
「うん? そこにあるオレンジなら1個で1C。3個で2Cだ」
「1シーって、銅貨1枚ってことだよね?」
「当たり前だ!」
「すまん。ちょっと記憶が混乱しててな。確認なんだ」
肩をすくめて申し訳なさそうに謝る。
「あー、そう言ってたっけか。いやいや、こっちこそ悪かった」
「理解してもらえて助かる。さて、売れるアイテムだが……」
サッと自分の装備を眺めてみるが、ICFの仕様上余計なアイテムを持たない、持てないってのがネックになってる。
冒険者ギルドの貸し倉庫にあった装備やアイテム等はどうなってるかな?などと考えながら、腕を組んだ。
「にーちゃん、二刀流なのかい?」
「ん? いや、別に」
「背中にでかいの背負ってて腰にも良いのがあるみたいじゃないか」
おお! そう言えばそうだ。
紫の刀身の直刀(以後、ルーンブレード)はかなりの攻撃力で、以前の(クラン戦での)主武器、オリハルコンブレードを軽く凌駕してしまっている。持ち歩く意味は薄いだろう。
と言っても、これ売れるのか?
腰から外し、カウンターに置いてみる。
店主のおっちゃんが恐る恐る手を伸ばし、鞘から引き抜いた。
「こいつは凄い。業物だな」
「ああ」
加工の難しいオリハルコンを片手剣として鍛練し、更にその中からスロット付きを厳選。それを限界の+3まで強化し、モンスターの力の結晶を埋め込んである。
剣自体は50M、埋め込んだ稀結晶は800Mもする逸品だ。
「残念だが、とても買い取れないな。手持ちがない」
ガックリ。まあ仕方ない。稀結晶はそもそもNPCが値段をつけないものの一つだし、仮に剣自体が50Mの半分の25Mとして、金貨換算で25万枚だ。
ゲームならともかく現実っぽいこの世界のこの店に、そんな大量の金貨があるとも思えない。
となると、代わりに売れる物は―――ないぞ?
装備品の中で一番安いだろう+1龍神の篭手でも、18Mくらいが相場だ。眼鏡は売れん。近眼っ子には魂にも等しい!
「売れるアイテムが、ない」
「……なんだよ、売るしかないんじゃなかったのか?」
「じゃあ、買い取ってくれるのかよ!? この篭手、金貨18万枚が相場だぞ!」
「18……なんだって?」
「18万枚」
おっちゃんが鼻で笑う。目が言っている。嘘を吐け、と。
「18枚の間違いだろう」
「嘘じゃねーって! プレイヤーの間ではそれくらいのレアアイテムなんだって!」
「プレイ、ヤー、だと……?」
嗚呼、そう言えばプレイヤーは凄腕の冒険者みたいな意味合いがあったっけか。
「冒険者の奴等の金銭感覚だって、庶民から見てぶっ飛んでるんだ。プレイヤーは最早、理解不能だよ」
異物を眺めるような視線を向けてくる。オレは溜め息を吐いた。微妙に不幸だ、と。
「ん? その剣の鞘、随分凝った装飾をしてるな」
先ほどの、オリハルコンブレードの鞘を眺めている。
忘れていたが、念願の稀結晶を手に入れて剣を完成させる際、クランメンバーの連中が『せっかく物凄いレアなんだから、鞘も相応のモノにしろ』と煩かったので、ちょっとお金を掛けて装飾を施したのだった。
ゲーム内ではフレーバーと呼ばれる、実益の伴わない行為だ。
「知り合いにやってもらってな。結構良いだろ?」
「うむ。これなら金貨50枚は下らないんじゃないか?」
「……節穴かよ。散りばめられた宝石を見ろ! サファイアとルビーとエメラルドなんかがこの大きさであるんだぞ!」
足下を見られるってレベルじゃない。全然価値を知らな過ぎる。
鞘は材料費だけで1.5M、経費込みで3M掛かっている。金貨3万枚分だ。
怒りがトサカに来たオレは、剣を引っ手繰る様にして奪い返すと、無言で店を出て行った。
腹を立てながら雑貨屋を後にし、村長の家へ向かった。どうにかして泊まらせて貰えないと村の中で野宿だ。笑えない。
「もしもーし」
「……ぉーう」
しばらくして、ガタイの良い壮年の男性が扉を開けてくれた。
「村長さんの御宅でしょうか?」
「いかにも。ワシが村長のゼブラじゃが、何用かな?」
村長の先入観で老人を想像していたが、歳はそれほど取っていなかった。白髪混じりだが、受け答えもしっかりしている。
「実はオレ、冒険者なんですが、戦いの影響か前後の記憶と手持ちの金が無くて……」
「ふむ。…………良かろう、入りなさい。この村には宿屋がないからのぉ。ここに泊まると良い」
オレの全身を眺めた後、満面の笑みで快く迎え入れてくれた。心の中でガッツポーズ!
「さあさ、中へどうぞ。のどは渇いているかね? ……そうかい、それではまず寝室に案内しよう。その装備のままではくつろげないだろうし」
そう言って廊下の方へと歩き始めた為、あとを追った。
凄い筋力設定のお陰で装備も大して重くはないけれど、嵩張るから身軽にはなった方が良いか。
廊下の最奥、突き当たりの部屋に案内される。
「では夕食までしばらく、ゆっくりして下され。用意が出来たらお呼びしますので」
1時間くらい経ってからだろうか、呼ばれて食堂に入ったオレは、そこで村の井戸にて出会った女性と再会した。
こちらを視認すると深く深くお辞儀をしてくる。
「や、やあ……」
「先ほどはどうも、御親切にしていただきまして誠に有り難うございます」
「ふむ、既に顔合わせは済んでおったか」
いや、何で居る?
「サシャにはワシの食事の用意をしてもらっているんじゃ。今日は冒険者殿も居るから、ついでに追加でな」
「村で未婚の女は私だけですので、いろいろ村の細かい家事などを手伝ったりしているんです」
「なるほど」
つまりフリーってことですね、ヒャッハー!
「ところで冒険者殿の名前を聞きそびれてましたな」
「ん? ああ、そうだったっけ。カジナって言うんだ」
「ほうほう、カジナ殿ですか。……おっと、スープが冷めてしまう前にいただくとしよう」
見れば、サシャがスープを木の皿に盛り付け、テーブルへと運んでいた。
パン以外には燻製肉のスライスしたものや、果物を食べ易い大きさに切ったものが並んでいる。
現代の食事事情からするとやや貧相なものだが、十分だろう。平民からすると豪華な方かも知れない。
村長に勧められた椅子へ座ると、サシャが右隣へ遠慮がちに座り、ワインを注いで来た。
彼女はすぐに帰るのだとばかり勝手に思い込んでいた。そのため少し戸惑ったが、食前酒なのだろうそれを、少し嗅いでからおもむろに味わう。
おおう? 結構芳醇な味わい……。
「美味い」
「ほう、お分かりですか。さすが冒険者をされているだけある。各地の美味も知り尽くしているのでしょう。ハンターバレーの12年物です」
「えっ、それって村長さんの秘蔵……」
口元を手で覆って言葉を途中で飲み込むサシャ。仕草がちょっと可愛い。
「無粋なことは抜きにしましょう。今日はカジナ殿と巡り合えた良き日」
そう言ってシチューみたいなスープを食べ始めるゼブラ村長。
えっと、これって凄い歓迎されてる?
でも何か嫌な感じがする。普通オレみたいなのは荒事がないと穀潰しだからな。
警戒を怠らないまま、食事をいただくことにした。
「彼女も年頃なんじゃが、いかんせん身近に相手がおらずにのぉ……。次の成人予定者は、まだ11歳のベル坊じゃて」
「へえ、それは可哀想ですね」
「サシャは今年で幾つだったかの?」
「……17です」
「ふむ、15で結婚相手を探し始めるから、もう2年か」
農村だし、若い頃から結婚するのが自然なのだろう。
「ここだけの話、サシャをどう思います?」
「えっ……えーっと、凄い美人と言う訳ではないですが、可愛い方だと思いますよ」
キラーンと村長さんの目が光った気がする。
「どうでしょう? カジナ殿さえ良ければ……」
その言葉に、彼女、サシャは顔を真っ赤にして俯いてしまった。うんうん、そう言ったところが可愛い。
「……って、へ? 良ければって、何です?」
「冒険者は危険な職業ですが、実入りも桁違いと聞きます。特にカジナ殿は凄腕なのでしょう? 愛人の一人や二人」
「ちょ、ちょ、ちょ! そんなの、不誠実でしょ! 二股とか三股とか、ダメ! 絶対ッ!!」
「ほう。となると、正妻としてなら問題ない、と」
「ん? いや、ちっがーーーーう! 問題、そこじゃない! 本人の意思を無視しちゃダメだよ?」
「本人? この場合はサシャの考えですか。……サシャ?」
「私は、その。あの……愛人でも構わないのでお情けをいただければ」
最後の方は消え入るような声だった。これはあまりにも卑怯過ぎる。
恥じ入った女性の可愛さは、ある男によると+250%だそうだ。だが敢えて言おう。そんなのは生ぬるいッ! 1000%バーニング!
目の前に村長がいなければ、お持ち帰りを敢行していたネッ。ふぅ、危ない危ない。
自己完結で危機を脱したついでに、思い出したことを尋ねてみよう。
「それはともかく、ゼブラさん。何かあるのでしょう?」
「……これはこれは。見抜かれてましたか。いやはや、参りましたな」
全然参った風には見えないが、村長は言葉を続けた。
「実は村の近くにゴブリンどもが定住してしまいましてな。20匹ほど居るのですが、凄腕の冒険者殿ならば問題ない数かと」
ふーむ? 20匹のゴブリンか。村が被害を被っているのだとしたら、オフラインモードでの初級の最終クエストに似ているな。
だがそのクエストは平均Lv10前後で発生してしまい、とてもじゃないがその時点で20匹は倒せない。レベルが低い場合、助っ人でNPCの冒険者が手伝ってくれたと記憶している。
ちなみに最適解は、クエスト発生前にオンラインモードに移行し、一般クエストを幾つかこなしてLv20以上にしてからオフラインに戻り、このクエストをNPCの助っ人ありでこなす、となる。
だらだらと何も考えずプレイしていると足下を掬われる、いわゆる罠クエストだ。
「被害は?」
「村の農作物がそこそこと、家畜が数匹。しかし今のうちに討伐しておかないと、奴らはすぐ増えますから」
「ごもっとも」
ゴブリンやコボルドなど低級妖魔の特徴として、繁殖力の強さが挙げられる。
20匹も居たのなら、来年には40匹になっているかも知れない。
「報酬はお支払いします。銀貨で80枚。それと、村での宿泊を無制限に無料。定住されるのでしたら、全力でお世話させていただきます」
決まりだ。銀貨『たったの』80枚。なのにゴブリン20匹と言う無茶振り。例のクエストに間違いない。
ゴブリンなら1匹あたり5Sくらいが相場だろう。20匹もの群れなら危険度は倍以上に跳ね上がる為、200Sは欲しい。だがしかし、本来この時点でのプレイヤーは相場など知らないのだ。
「相場より、大分低いですが―――やりますか」
「おおっ、やって下さいますか!」
今は何より、先立つ物が必要だ。具体的には現金。
「ちなみに、カジナ様の冒険者ランクはどのくらいなのですか?」
サシャちゃんが首を傾げて聞いてきた。
「記憶が正しければ、AAAだね」
「ト、トリプル!?」
「エー、ですと…?」
吃驚された。まあ、最高ランクなのだから当然ではある。
駆け出しでGランク、レベル10相当。Fで20、Eで30、Dで40、Cで50、Bで60、Aで70、AAで80となる。
90レベル以上はAAAってことになっている。今のオレは150だけどね。多分。コメットシュートが使えたから超越者なのは確定。
「さすがプレイヤー様ですな。しかし、証明できるものがありますか?」
「証明かぁ。ギルドへ行けば出来るんじゃないかな」
「冒険者ギルドの支部は、一番近いのでワイアラの町ですよね」
「ふむ……失礼ですが、ギルドが発行している指輪は?」
サシャちゃんが何気に重要情報を吐露った。ワイアラって名前の町が近いのか。んで、ギルドの指輪? 記憶にないな。ゲームの中でも持っていた覚えがない。
「いや、持ち物を検めては見たが、それらしいのはなかったな」
「となると、現金とともに失くされたと見えますな。そもそも本人以外には使えない代物、首都アデレイドにある本部で再発行してもらえるでしょう」
どうやら、登録証の代わりになるブツらしい。冒険者ギルドの運営する銀行口座の管理にも使用されているとのこと。
他にも、ワイアラまでは徒歩で8時間ほどであり、そこから乗り合いの馬車が定期的に出ていることを聞いた。スチュアート共和国の首都アデレイドまでは、その馬車で4日掛かるとも。
ICFの世界は、オーストラリア大陸そのままの地理を模倣して作られている。文化や技術は、中世から産業革命前程度。
4つの大国に分かれている現状は、ゲーム内の設定と同じ。東のハンターバレー王国、南のスチュアート共和国、北部カーペンタリア合衆国、西部のウルル・カタ・ジュタ皇国。それぞれの国の首都に、ギルドの本部は置かれている。
冒険者ギルドは国境を越えて活動する為、他の3つの本部をハンターバレー王国首都シドネイの総本部が更にまとめている形になっている。ゲーム内でも一番繁栄しているのは王都シドネイだ。
ちなみに、南部のスチュアート共和国の首都アデレイドは大陸南部の海岸、真ん中付近にある。ワイアラの町はそこから北西の海岸沿いにあり、ここマルナの村は更に北西の内陸部川沿いに存在している。
情報収集を兼ねた食事が終わり、オレは与えられた部屋へと戻って行った。
ベッドで寝転がり、軽く寝入りかけていた頃、扉をノックする音が聞こえた。
「へあ? っと、スマン。どうぞ」
「……失礼します」
涎を手の甲で拭いながら見ると、先ほどのサシャちゃんが入って来るところだった。
「どうしたんだい? そろそろ夜も更けてきたし、寝る頃じゃないかな?」
「…………」
ただならぬ様子で沈黙を貫き通すサシャ。
何か相談でもあるのだろうか? 緊張を察したオレは、ベッドから起き上がると彼女用に椅子を移動させて来て、少し離れて対面になるようベッドへ腰掛けた。
「どうぞ、座って」
「あ、ハイ……」
もじもじしながら遠慮気味に腰を下ろす。この小動物みたいな動き、可愛い。抱き締めたいなぁ!
微妙に色っぽいと感じていたのだが、薄く口紅をしていることに気付いた。
「それで、どうしたの?」
「……ッ! …………」
少し吃驚したみたいに跳ねるが、やはり沈黙したままだ。
話してくれなくてはどうしようもない。しばらく様子を見るしかないな。
「……そ、その…! ……あ……」
「ん?」
「えっ、あの! ……私を……抱いて下さい!!」
「……へ?」
混乱する頭を誤魔化しながら、何とかサシャから事情を聞き出した。
それによると、この村だけでなく付近の村でも適正な男性がおらず、サシャは浮いた存在になってしまっているらしい。
仕方がないので町か首都へ出稼ぎに行き、そこで男性を探すつもりだった……と言うのがサシャの言葉。
だがまあ、多分村長とかの入れ知恵の部分が大きいだろうな、とは思う。別に村に居ても、食糧難と言う訳でもないらしい。
「責任を取って養っていただけるのでしたら、私を好きにしていただいて構いませんッ!」
椅子に腰掛けながら、上目遣いで様子を伺うように潤んだ瞳でこちらを見て来る。
ガシッ
立ち上がって彼女の両肩に手を掛ける。そしてそのまま―――椅子から立たせた。
背中を押して、扉の前まで誘導する。部屋の扉を開けたら、ダメ押しに廊下へと彼女を追いやり、やや乱暴に扉を閉めた。
ふぅ、危ない。暴走しかけた。
恐らくオレの目は血走っていたことだろう。彼女の肩に手を掛けた時点でほとんど押し倒すことしか頭に無かった。
辛うじて、「責任無く抱いたらダメだ!」と言う理性で何とか部屋から排除したのだった。
下半身から湧き上がってくる猛烈な欲望は、まるで思春期の性欲を増幅したかのようだ。
……これが、もしかして「好色」の効果なのだろうか? 確かにこれだけ強烈なら、少し気に入った相手とならヤりまくるかも知れない。
しかし現代の倫理観を多少なりとも持つオレとしては、軽々しく肉体関係を持つのは抵抗があった。
……はずだが、今度同じ機会があったら負ける自信がある。情けなし、自分。
ベッドの上で毛布に包まり、無理矢理意識を手放そうとする。けれど先ほどの艶かしいサシャの唇を思い出してしまい、悶々としたまま過ごしたのだった。