第10話 開戦
ブライズベインが陥落してから、およそ一ヵ月。そこに巣食う魔物の軍団を殲滅する作戦が始まった。
シドネイの郊外、急設された夜明けの徴連盟用の広場で、『攻略の手引き~ブライズベイン編~』と言う小冊子をカジナは眺めていた。これは三日ほど前に配られた物で、参加する1万人のプレイヤーは既に読み込んでいる……ハズである。
大雑把な内容は以下の通り。
・魔物の軍団は、大多数が都市の施設をそのまま利用して駐屯している
・ブライズベインに人間の生き残りはいない為、更地にするつもりでやっちゃってOK
・シドネイから【ワープ・ゲート】で、ブライズベインから少し離れたところへ転移
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都市ごと大規模殲滅魔法で攻撃するので5分ほど待機
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手傷を負った相手を、各リーダーの指示に従って包囲殲滅
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敵の殲滅が確認されたら、順次都市の再建へと移行する
修学旅行でも行くかのような軽い雰囲気である。小冊子を作ったのはプラナ・リーヤさん。クランでも参謀を務めていた彼は、こういった準備に定評がある。
『遊撃隊』の旗のところで待っていると、コンさんがやって来た。そろそろ時間か。
「カジナ、準備は良い?」
「まあ、大体は」
「しっかりしてよね! この戦いの要は、レベルが異様に高いカジナの双肩に掛かってるのよ」
「作戦通り、ボスっぽいのはオレがなるべく担当するよ」
「危険を感じたら、いつでも言いなさい。実戦での大規模戦闘はこれが初。状況次第で撤退しても構わないから、被害がなるべく出ないよう見極めて」
いつになく真剣な声色のコンさんだった。そりゃそうか、1万人もの人命に気を配る必要があるのだから。
ジャーン! ジャーン! ジャーン!
事前の打ち合わせ通り大きな銅鑼が打ち鳴らされ、開始時間になったことが知れた。
3分後、もう一度ジャーンと打ち鳴らされ、それと同時にコンさんが呪文の詠唱を始める。ブライズベインへの【ワープ・ゲート】だ。
出現した黒いゲートへ入ると一瞬で視界が切り替わる。見上げた先は曇天、視線を少し下げると200mほど離れたところに低い城壁が見えた。
パーティメンバー全員がこちらに転移して来て、最後にコンさんが来た。
ブライズベインは南から東に掛けて大きな河があり、海へと繋がっている。その海は東から北にあり、都市を陸路から攻めるには、北西、西、南西の方角からしか選択肢がないと言えた。
グループは大まかに3つへ分かれており、オレたちは真ん中、西から攻めることになっている。同じグループの人が腕輪での連絡を打ち切ると詠唱を始めた。文言から大規模殲滅魔法と推測される。
「我らの言葉をここに束ね 我らの願いをここに集め 我らの想いをここに現そう
六芒の形容により導く 力の奔流
三種の界 二面を以て 一つの歌謡に流れよ
滔々と静粛に 朗々と荘厳に 轟々と鳴動すべし
宇宙を旅する原始の欠片 天空に流れる瞬き煌き
大地と同じ起源を持つモノ 逸れし其は悠久の時を越え交わらん
我らが声に 我らが願いに 疾く応え給へ
今ここに 彼我を繋ぐ回廊を開こう
大地を穿ち 敵を撃ち砕き 爆散撃滅せよ! 【メテオストライク】!!」
300人を超える最上級魔術師が合同で、かつ増幅付きで唱える。
通常一人で行使した場合は、百メートル以内の指定ポイント半径5メートル以内に攻撃し、着弾点の半径10メートルほどに対してダメージを与える魔法となる。直撃した場合は大ダメージを与えられるのだが、基本的にそれは叶わない。どうしても指定した着弾点とは誤差が出てしまい、正確には狙えないからだ。とは言え、余波の効果範囲内ならばオークやゴブリン程度は殲滅出来る。また、大きな建物や薄い壁ならば的が大きく、直撃出来るので、不動物を狙うならば劇的な効果が期待出来る。
ブライズベインの都市は広大だ。その為、広範囲をカバー出来るよう儀式魔法として発動させていた。通常より長い詠唱に加え、多人数での儀式、および都市を巻き込むほど巨大な魔方陣の補助。魔方陣は、夜中に潜入して特殊な魔石を配置し発動させているらしい。簡単な物だが、範囲を拡大する際には極めて有効な手法である。事前の準備が抜かりなさ過ぎて少し怖い。
都市は直径10kmを少し超える大きさで、今回の【メテオストライク】はその城壁を含めるくらいになっていた。例えるならば、山手線内の敷地ほどと言えるだろう。
圧倒的な魔力が立ち昇って遥か上空、2,000メートルほどに無数の魔方陣を描き、宇宙と繋ぐ空間魔法を発動させる。暗く黒い空間が現れ、中から岩石が零れ落ちて来た。宇宙から飛来した場合よりも速度・威力は格段に劣る。しかし二十秒ほどの落下によって時速は300kmを越え、隕石群は凄まじい破壊エネルギーを撒き散らした。
轟音と共に、家が、壁が、土が、砕け散る。
衝撃波によって瓦礫や土塊が吹き飛び、モンスターの血の臭いが混じる。突然の襲撃に、魔物たちの混乱気味な悲鳴と怒号が聞こえて来た。例え家屋の中に居ても、民家程度ならばダメージを吸収し切れない。堅固な建物でも直撃があれば崩れ落ちるほどだ。そんな中に悠長に居座っていては、下敷きになって怪我をする恐れがある。ワラワラと建物の中から魔物たちが出て来ていた。
クレーターが無数に出来、直撃した城壁が崩れ落ちる。壁の半分近くは無くなり、意味を成さなくなっていた。無人が多いのだろう家屋はバラバラとなり、残骸を晒している。
「地獄絵図、ですね」
弓使いの女性プレイヤーが、目を細めて様子を伺っている。スパッツにスカートの出で立ちで、短いスカートが風で捲れ易い為、男性諸君の視線を集めていた。見えてもスパッツなのに、男の条件反射だろう。
「時間だ。行こうか」
ルーンブレードを鞘から外して握り締める。直後に敏捷度アップと魔法抵抗力向上の支援魔法がオレに掛かった。
軽くなった足で、敵への距離を詰める。生き残ったモンスターたちの一部がこちらに気付いたようだ。都心部へと向かう者と、城壁の近くで徒党を組む者の二組に別れている。
迎え撃つつもりの魔物どもに早足で近づき、残り100メートルほどで疾走へ切り替えた。
タッタッタッタッ
ダンッッダンッッダンッッ
ドンッ!
徐々に歩幅を広げて走り、最後の方は土の地面が変形するほどの強さで蹴って飛び上がる。正面に来るのは、ゴブリンの亜種だ。
この距離を一呼吸で詰めるとは意外だったらしく、驚きの表情で迎撃の態勢が間に合っていない。そのままルーンブレードで一閃し、肩から袈裟斬りに両断した。一気に血の匂いが強くなる。
周りを見ると、同じゴブリンの亜種が3体、側で佇んでいた。一体の喉を突きで貫き、移動するついでに二体の頭部を斜めに切り裂く。目の前に、身体の大きなオーガが現れた。
「ウガァァァアアアアアアア!!!」
2メートル以上の巨体が咆哮と共に振るう棍棒は脅威だが、速度を上げてオーガの左足に乗り、勢いのまま心臓部位へルーンブレードを滑り入れる。根元まで大した抵抗も無く刺さった剣を、上へと跳ね上げて肩を切り裂きながら脱出させた。オーガの腕に握られた巨大な棍棒が、地面に落ちる音がする。
索敵。0時方向15メートルにオーガ、同方向40メートルにトロール亜種、2時方向25メートルにコボルト4体、9時方向45メートルにゴブリンの1個分隊(=10体)。手近な敵を確認すると、ややゆっくりと歩いて前進した。
距離があるトロールに対し、遠距離物理攻撃の【遠雷】を当てる。トロールは再生能力が厄介で生命力も高く、オレの通常攻撃一撃では仕留め切れない。だが【遠雷】は改造したスキルで、威力も射程も強化してある。直撃したトロール亜種は腹部で真っ二つとなり、傷口からはみ出る腸や内臓を押さえながら、上半身が滑り落ちそうになるのを阻止していた。
歩きながらスキルを発動させていたオレに対し、オーガが気付いて棍棒を持ち上げ、上段から殴り掛かって来る。即座に踏み込み、相手の足下を潜りながら股間から頭に掛けて斬り払った。オーガは割れながら着地し、息絶えて崩れ落ちる。先ほどのトロールも上半身がずり落ち、断末魔の嘆きを喚き散らしていた為、首を刎ねておいた。
その頃になってようやく、後続のプレイヤーたちがコボルトやゴブリンらと戦い始めた。幾ら亜種とは言え、100レベルのプレイヤー相手には善戦すら叶わず、モンスターは蹂躙される側となっていた。
ふと前を見ると、ドラゴンが3体こちらを見ていた。同時に、息を吸い込む動作をしている。
「【エア・ウォーキングI】」
下位の空中歩行魔術を発動し、レッサードラゴンの火炎の吐息を躱す。身体を捻り、回転ジャンプしながら、連続して3つのブレスを回避した。回避行動後は上空10メートルほどに位置しており、そこから順に【ビッグバンインパクト】でレッサードラゴンを輪切りにして行った。オーバーキルも甚だしいが、単体への効率は一番良いので仕方ない。
先ほどの空中歩行は1分しか持続しない為、近場の崩れそこなった家の屋根に登り、周りを見回す。街の中心部には、小さな丘のようなドラゴンが陣取っており、そこへ多数の魔物たちが集まろうとしているのが伺えた。一番近くなのは、3時方向10メートルほどにいるデーモンの一群だ。
こちらを視認したレッサーデーモン4体が、敵意を露に向かってくる。距離が丁度良いので、【コメットシュート】を発動して迎撃。ディレイがないため連発していたが、接近される前の3発目で全部砕け散った。
不意に危険を感じ、その場から飛び退く。一瞬後に、今までいた屋根へトライデントが突き刺さった。
「今のを避けるか。人間風情が!」
着地してから声のした方を向くと、六腕のアークデーモンが獣面を歪ませて睨んでいた。
「デーモン如き雑魚が、粋がってるな?」
斜に構え、冷たく見据えて言い返す。
「言ってくれる! 手足を先から切り刻んでも、その態度が変わらぬか、試してやるッ」
バスタードソードとグレイブで同時に斬り掛かって来て、追撃に蛇矛とハルバードを構えていた。トライデントを加えても、残り一つの腕が空いている。良く見れば、投擲動作後ではないかと気付けた。
冷や汗を掻きながら、迎撃から全力回避に切り替える。音も無くチャクラムが首筋を掠って行った。僅かに血が滲むが問題ない。
避けた攻撃動作を予備へと回し、アークデーモンは蛇矛とハルバードで仕掛けてくる。新しいチャクラムを構え、ついでにトライデントを回収していた隙の無さは、流石に魔神将だけある。
全部避ければ攻撃に移る余裕がなく、受け止めるには手が足りない。仕方がないので、【ビッグバンインパクト】を発動させつつ切り込んで行った。デーモンが真っ二つになって出来た安全地帯へ、身体を退避させる。後ろでトライデントが刺さり、それにチャクラムが当たって甲高い音を立て、攻撃動作中だった2つの武器が慣性のままに地面へ突き刺さるのを、目端で確認した。
本来の攻略法は、ダメージ覚悟で武器破壊技で受け止めながら手数を減らし、半数の武器を失った時点で攻勢に出ると言うものがある。しかし一撃で倒せてしまうスキルがあるのだから、ダメージを受けるよりかは格段に良いだろう。
己のチートさを実感しながら、一息吐く。やはり中心部にいるでかいドラゴンが怪しい。推測するに、エンシェントドラゴン級か。
目標を見据えてテレポートを唱え、自分を移動させる。目的地は街の中心部、視界内なので問題なく発動した。そこは、数百もの集まったモンスターたちと、【メテオストライク】で軽傷を負ったらしい40メートル近いドラゴンが会話をしているところだった。
『編成の終わった部隊から、疾く敵を迎撃しろ』
「オークが2個分隊、ゴブリンが1個小隊、コボルドが……ハッ!?」
『どうした?』
「竜公様、後ろに…ッ!」
「【ビッグバンインパクト】!!」
奇襲はした者勝ち! 情け容赦もなく、オレは必殺の一撃を巨大なドラゴンの首へと向けた。
スマッシュIII(ディレイ2秒) ―(改造)→ ビッグバンインパクト 威力約3,000倍