ep38 勇士達の再来
ゼノス達の物語に一区切りついたその頃。
西方大陸最西端の半島にてそびえる宮殿のテラス。
そこでとある少女が、雄大な海を眺めながら紅茶を啜っていた。――ゴシック調なドレスを着飾り、前髪を切り揃えた長い黒髪の少女は……大体十五歳かそこらだろうか。大人びた容姿とは裏腹に、どこか幼さが残っている。
蒼天に浮かぶ雲の狭間から、太陽の光が差し込む。光は海を照らし、黄金の海を表現させる。……それが何とも美しくて、少女はこの一時を大事にしていた所だった。
――しかし、それも長くは続かなかった。
今まで人気の無かった後ろに、誰かが佇んでいる事に気付く。それが誰なのかは分かっているので、振り向こうとはしない。
「……お嬢様。報告したい事がございます」
背後から聞こえるそれは、とてもしわがれた声だった。
てっきり新しい菓子か紅茶を持って来たのかと期待していたが、それを聞いて少女は途端に不機嫌となる。
「知っているわ、そんな事ぐらい。この私を誰だと思っているの?」
「は……失礼をば。ただお嬢様は、以前に昼寝をしていたせいで知りそびれた事がございましたので」
「……あ、あれは偶然よ。そう偶然だわ」
ばつが悪かったのか、少女は不貞腐れた様子で頬杖をつく。
だがそうしていては彼にも悪いので、少女は静かに立ち上がり後ろを振り向く。後ろに控える燕尾服姿の老人を見据え、腰に手を置く。
「――にしても、エリーザが死んだのね。あれは組織にとって厄介な存在だったけど……有用な人材でもあったわ」
「左様で。しかしながら、今回の件は彼女の独断の行動から発生したものです。……彼奴の死は、素直に喜んでも宜しいかと」
「……ふん。大人しそうな顔して、相変わらず非道な考えね」
だが現実問題、エリーザの死にデメリットは無かった。
亡霊のギャンブラーたる彼女は、霊を操ると同時に……この世の道理を覆す特殊な能力も兼ね備えていた。
彼女が一度それを使えば、全てがややこしくなる。
死んで良かったという感情も、分からないでも無い。
「はあ。で、あんたは『それだけ』を伝えに来たんじゃないのでしょう?」
「……勿論で御座います。口で説明出来る範囲ではありません故、実際ご足労願います」
「……分かったわ」
少女は髪を払い、背後に控えていた燕尾服の老人に付いて行く。
テラスから自室へと入り、自室を出て延々と続く廊下を歩き続ける。
やがて辿り着いたのは――花と木々に囲まれ、清らかな川が流れる大規模な庭園。海が見え、開放的な空間である為に、ここも少女が憩いの場としている場所でもある。
――その庭園の奥に進むと、何やら花畑に誰かが横たわっていた。
人数は……三人。死んだ様に眠っている彼等を見つけた少女は、途端に難しい表情を作る。
「……エリーザめ。死ぬ直前に、またとんだ贈り物を寄越してくれたわね」
庭園の芝生を踏み歩き、少女は三人の近くにいる鳩を見つける。
細枝に止まる鳩は一枚の手紙を咥えていたので、少女はそれを手に取る。すると鳩は飛び去って行く。
内容を確認した少女は、深く嘆息する。
「全く、食えない女ね」
「お嬢様、手紙には何と……?」
「大した事では無いわ。ただこの者達を使ってくれと言う、彼女なりの厚意を受け取っただけよ」
「左様でございますか」
少女は手紙を破り捨て、踵を返す。
「……大分戦力が揃いましたな、お嬢様」
「そうね。……始祖をこの手に掴む日は、そう遠くない」
少女は口を吊り上げる。
近い将来起こるであろう『戦争』を夢見て、興奮を抑えきれない。
「――世の真理を知るこの私、ジスカが動く日は……すぐそこに在り」
少女――ジスカはあらゆる感情を胸に、そう呟く。
『親愛なる我が主、ジスカ様へ
私の最後の力を、その結晶体を貴方に送りますわ。
……この三人は彼を苦しめる。始祖を取り戻す為にも、まず彼を何とかしなければなりません。
きっとお役に立つ事でしょう。――『第二次死守戦争』にて、
――この生き返った先代白銀の聖騎士と、その愛弟子二人がね
奇跡を呼ぶ者 エリーザより』