ep37 カードに絶望を込めて
盛大な爆発の連鎖は終わった。
冷や汗は止む事を知らず、心臓の鼓動はまだ早いまま。だがそれは未だ生きている証であり、自分はまだ死んではいないようだ。
爆発後、辺りは一気に静かになる。
……ゼノスはそっと目を開け、目前の状況を見てみる。
会場は見る影も無く、豪華なシャンデリアや調度品の類は炭と化している。テーブルや椅子は原型を留めておらず、それらしき物が存在している。窓ガラスは割れ、窓からは光が差し込んでくる。そろそろ夜が明ける時間なのかもしれない。
一方のゼノスはと言うと……全くの無傷だった。
無傷でいられたのは……きっと、ゲルマニアのおかげだろう。
彼女はあの一瞬でゼノスが入れないと気付き、急いで抜け出してここまで来てくれた。そしてシールカードの力で助けてくれたのだ。
「……ゲルマニア、大丈夫か?」
ゼノスは傍で倒れているゲルマニアに声を掛ける。
「は、はい……。ゼノス、は?」
「俺は大丈夫だ。――どうやらも皆も平気なようだな」
ゼノスが指差す方向には、皆がいた。
ジハードの翼が爆発から守っていたので、皆も大した怪我は無いようだ。
「お、おいゼノス。大丈夫だったか!?」
「ああ、平気だ。…………さてと。後はやる事を片付けようか」
ゼノス達はある方向を見る。
そこには――エリーザとマーシェルが無残に倒れ伏している。
「う…………ぐっ。く……まさか、あんな事をするとは……夢にも、思いませんでしたわ…………」
エリーザは火傷だらけの身体を引き摺りながら、怨嗟の瞳を向けてくる。
その言葉に対応すべく、ホフマンが一歩前へと出る。
「――如何でしょうか、『粉塵爆発』の味は?」
「ふ、ふふ…………何て、機転の回る策士かしら。あの状況で、まさか錬金術師の持つ金属粉を見つけて……それを粉塵爆発の材料にしようなんて……」
「単なる偶然ですよ。……そして単に経験を生かしたまでです。以前に小麦粉農家を視察中、自分を殺そうとした暗殺者がいましてね。――まああの時は、倉庫にあった小麦粉を使わせて貰いましたが」
ホフマンはそう言いながら、また後退する。
彼の作戦は完璧だった。
気体中に可燃性の粉塵が浮遊した状態で、尚且つ一定の濃度と引火を引き起こす火さえあれば、粉塵を爆発させる事が可能となる。
咄嗟に彼は錬金術師を見つけ、タルには錬金術の代償となる金属粉がある事も知っていた。しかし錬金術師は重騎士に阻まれていて、その上である考えが浮かんだ。
それは屈強な力を持つアルバートを先行させる事。更にタルを器用に吹っ飛ばせるであろうゼノスを付かせる事。
その後にユスティアラの風を利用し、全体に金属粉を撒き散らす。そしてあらかじめジハードが竜帝だと知っていた上で、ジハードに爆発を引き起こさせたのだ。
一瞬で爆発の程度を理解し、樽分の金属粉であれば最小限の被害で済ませられる。……ずさんな計画だったが、結果としてエリーザの意表を突いて屈服させた事になる。
彼の作戦は、全て現実のままとなった。
瞬時に大胆且つ現実性のある作戦を作り出す男。それこそが六大将軍、ホフマンの戦い方だ。
「――結果はこの通りだ、エリーザとやら。俺達はお前の悪夢から抜け出し、ここまで追い詰めた。…………覚悟は出来ているか?」
ゼノスは彼女へと近付き、倒れ伏す彼女の腹にリベルタスの刃先を置く。複雑な表情でアスフィがそれを見るが、そんな事は気にしない。
――こいつは、してはならない事をした。
皇帝陛下を殺そうとした挙句、自分達の過去をまた追体験させたのだ。あの苦しくて、悲しい現実を……また思い出させた。
ゼノスは見てしまった。そして、あの時は知り得なかった真実も、この目で見届けてしまった。
コレットとドルガの死の直前。そして、ガイアの日々の葛藤も……全部だ。
「……醜い顔を、していますわよ……」
「黙れ。それ以上口を開くな」
ゼノスは怒りを示すが、彼女は尚も不気味な笑みを放ち続ける。
「ふふ……そう怒ってはいけませんわ。…………それでは、次の悪夢に……苛まれますわ……よ?」
「……次の悪夢、だと?」
ゼノスの疑問をよそに、エリーザは自らのカードを手に持つ。震える手のまま、カードを掲げる。
朝日と共に、カードは霧散していった。果たしてカードに何があったのかは、エリーザにしか分からない。
「ふふ、うふふ…………。嗚呼、楽しみですわ……。今この時から、貴方達の運命が私の手によって狂ったかと思うと…………胸が高鳴る気分」
「……皇帝陛下。この女を殺しても宜しいでしょうか?」
ゼノスの怒りは限界に達していた。
アリーチェもまた咎めず、コクリと頷く。
「うふふ、良い悪夢を」
「……それはこちらの台詞だ。亡霊のギャンブラーよ!」
剣に力を込め――腹にリベルタスを突き刺す。
「――――ッッッ」
彼女は声を上げるまでも無く、瞳孔を開かせる。大量の血反吐を吐いて、彼女は呆気なく絶命した。
その全身は光の源となって、空気中に溶け込んで行く。マルスの時は何かしらの記憶が見れたが……今回は何も無いようだ。
始末を終えたゼノスは血を振り払い、リベルタスを消失させる。彼女が死んだ以上、もう必要無いだろう。
……後は、もう一方の始末だけだ。
「……マーシェル。まだ生きていますか?」
アリーチェが前に出て、黒焦げのマーシェルにそう尋ねる。
マーシェルは全身をビクつかせ、醜く染まった火傷顔を露わにする。そして情けない事に、軽く悲鳴を上げながら後ずさり始める。
「アリーチェ様」
「分かっていますよ、ゼノス。――ユスティアラ、後にこの男をアルギナスへと収監して下さい。……じっくりと、聞く事がありますからね」
「承知。彼を拷問した上で、シールカードとの関連性、又は奴等の情報を可能な限り吐かせます」
「……ま、待ってくれ……いや待って下さい!わ、私は何も知らないッ!本当に奴等については分からないんだ!だ、だから……助けてくれ!」
拷問と耳にして、マーシェルは錯乱した状態で助けを乞う。
愚かな。結婚披露宴と称し、ランドリオの運命を、そしてアリーチェの人生を狂わせようとした張本人が何を言うか。
お前は拷問だけでは済まないだろう。何か証拠となる物が見つかり、反逆罪として罪を問われれば――間違いなく処刑となる。
今のアリーチェならば、それを臆せず下す事だろう。
「――連れて行きなさい」
「待って……私は無実だ!あ、あああの女に惑わされて……決して貴方様を裏切るつもりなど無かったんですよッ!だから、だから――ッ」
どんなに言い訳を繕っても、アリーチェが耳を貸す事は無い。
ユスティアラとアルバートに連行され、ただ醜い叫び声を上げるだけ……とても革命を起こそうとした人物とは思えない。
――マーシェルの野望は、エリーザの死と共に潰えた。
真夜中の騒動から翌日。
ヴァルディカ離宮での出来事に関して、各方面において様々な処理が行われていた。
大貴族マーシェルの企みを知り、一部の貴族は猛烈に嘘だと批判。これは皇帝陛下の虚言だとまで主張し始め、騎士達はそれの鎮圧に手を焼いていた。……貴族のこういった姿勢は、徐々に鎮静化させる必要があるだろう。
一方の六大将軍は、悪夢から目覚めても休む暇さえ無い。
ユスティアラはすぐさま牢獄部隊を呼び寄せ、マーシェルの身柄をアルギナスにまで護送した。ジハードは人手不足である離宮破損部の修復作業に貢献し、アルバートは周辺領民に対して説明会を行っている。ホフマンは前々から予定されていた外交会議の為、既に外国へと向かっている。
……さて、一方のゼノスであるが。
彼はゲルマニアとアスフィと共に、重傷を負っているイルディエに集中治療を受けさせる為に、医療技術に特化したレディオの街へと旅立っていた。
馬車に揺られながら、ゼノスは茫然と窓を眺めていた。
あれから皇帝陛下の命を受け、ゼノス達は二台の馬車を借りてレディオの街へと向かっている。ヴァルディカ離宮からレディオの街へは相当な時間を有する。
一年を通して霧が立ち込める谷を越え、臆病な妖精が住まうと噂される森を抜けて、その先にレディオがある。……ゼノスの勘ではあるが、恐らく五日か六日はかかる距離だろう。
先頭の馬車にイルディエを乗せた馬車が、そしてその後ろにゼノス・ゲルマニアが乗り合わせた形となっている。あの事件の直後からか、彼等は無言のまま時間を持て余している。
――静寂。何よりも、空気が重く感じる。
……ゲルマニアはもう限界だった。
「あ、あの……ゼノス」
「……どうした?」
勇気を振り絞って、彼に声をかける。
顔を上げたゼノスは、やはりどこか浮かない様子だった。何に関して思い悩んでいるのかは……大体見当がつくが。
「過去を思い出して、後悔の念に駆られる気持ちは分かります。……ですが、今悩んでも仕方ない事だと思います」
「……そうか。アリーチェ様から聞いているが、お前も俺の過去を見て来たんだっけか」
ゼノスは深く溜息をつき、窓枠に肘を置く。
しばし沈黙した後、重々しく口を開く。
「――ああ、そんな事は分かってるよ。あれはどうしようも無かったって、あの頃の俺が、三人を救える筈が無いとな。…………しかしそれでも、悔やみきれないんだ」
「……ゼノス」
ゲルマニアは何かを言おうとするが、口には出せなかった。
何を言った所で、今のゼノスを元気付ける術は無い。例え言ったとしても、かえって彼の心を傷付けるだけだ。
「……私では頼りないかもしれませんが、相談があれば仰ってください」
「頼りない?いや、お前はそうじゃないと思うぞ」
「え?」
ふいに紡がれた言葉に、ゲルマニアは意表を突かれた。
「――エリーザとの戦いの時、お前は必死にアリーチェ様を守ってくれた。あれで俺はかなり負担を掛けずに済んだんだ。…………それに、俺を爆発からも守ってくれた」
そこまで出来て、ゲルマニアを頼りないと思う方がおかしい。
彼女が自分の実力に関してコンプレックスを抱いていた事は知っている。自分はゼノスの役に立っていないんじゃないか、と日々思い悩んでいたのだろう。
しかし、そんな事は無い。
そう思うからこそ、ゼノスは深く頭を下げた。
「――あの時は助かった。本当に有難うな」
「………………あ、あの。その……」
初めて、ゲルマニアは彼に感謝された。
それが嬉しくて、どこか照れ臭くて……。
心臓の鼓動が昂ぶり、何故かゼノスを見つめる事が出来なかった。
――この気持ちは、一体何なのだろうか。
「……どうしたんだゲルマニア?」
頭を上げたゼノスが、こちらの顔を覗いてくる。
あまりにも突拍子に来たので、素早くゲルマニアはそっぽを向く。
「なな何でもありません!いいから私を見ないで下さいいいいいい!」
「お、おい……一体全体どういうことだ?」
「うるさいうるさ~~~~~い!ゼノスの馬鹿、変態!馬鹿馬鹿馬鹿――――ッ!」
「な、何なんだ急に。変な事でも言ったのだろうか……俺」
先程の暗い雰囲気はどこへやら。
ゲルマニアのそんな態度に、ゼノスは徐々にいつもの調子へと取り戻していく。
彼女の言う通り、今更悩む事も無いだろう。
もう十年以上前の話だし、過去をやり直す事も不可能だ。それに気付かせてくれたゲルマニアには、本当に感謝している。
…………そう、あれはもう終わった事なんだ。
まだ一抹の不安を未だ残しつつ、ゼノスはそう思うしか無かった。




