ep36 野心家とギャンブラーの末路
ゼノスは、今この時を非常に喜んでいた。
彼女は優しかった為に、あらゆる事に関して自分を主張出来なかった。人間として見れば最も魅力的なのだが……皇帝として見れば、酷く小さな存在になってしまう。
――それがどうだろうか。
あのアリーチェが自らを主張したのだ。
これを喜ばずして、何がランドリオ騎士か。この感情はゼノスだけで無く、皆が素直に歓喜していた。
…………ようやく、この剣を捧げる時が来たと。
思う存分、彼女に尽くす事が出来ると。
「「「「「仰せのままに。我が麗しき皇帝陛下」」」」」
彼等は頭を垂れ、アリーチェの命令に従う。
先程とは違い、今の彼等は生気に満ち溢れている。その力は先の数十倍以上……いや、もっとかもしれない。
これこそがランドリオ六大将軍の本来の力。
エリーザが勝てる見込みは――ほぼゼロに等しい。
「ふ、ふふ。そうやって意気込むのも今の内……ここは私の領域ですわ。例えどんな敵がいようと、さしたる問題では――――ッ!」
と、強気な態度を見せる寸前だった。
大量の亡霊が漂っていた筈が、その全てが光の炎によって消え去って行く。
一瞬でだ。跡形も無く、奴等は成仏していく。
「――白銀の聖炎。ここが貴様の領域だとしても、俺達には関係の無い事だ」
「くっ、戯言を!亡霊は無限に召喚する事が出来る…………行きなさいな、我が忠実なる霊達よ!」
彼女は指をパチンと鳴らす。
その音に呼応するかの様に、この場所全体を埋め尽くす程の亡霊達が発生していく。だがその亡霊達は、どこか雰囲気が違う。
およそ素人連中では無い事は、容易に察知出来る。
「……ふふ、どうでしょう。古い文献や歴史書、英雄伝を聞いた者ならばすぐに分かる者達ですわ」
「……」
確かによく見ると、資料上の人物によく似ている者がちらほら存在する。
隙も見えないし、纏う覇気も尋常じゃない。更に言えば、彼等が持っている武器もまた伝説上の名剣や名刀ばかり。彼等が英雄である事をよく物語っている。
――しかし、臆する気は毛頭ない。
「おいアルバート。あまり派手に暴れるなよ……この屋敷は民の血税、いずれは金に換えて民衆の保障に当てなければならないからな」
「んな事は分かっとるわい。お前も気を付けるんじゃぞ」
こんな状況でも、ゼノスとアルバートは力を出し過ぎるなと注意し合う。
「……下らぬ。所詮は戦死した弱者であろうに」
「嗚呼、ですがこれは素晴らしい一面ですよ。……美しく戦い、そして死んで行った過去の英雄。そしてそれに仇なすのは、現代の若き英雄達。これほど素晴らしい体験は存在しない!私は端っ子で見守り、六大将軍の新たなる武勇伝を記憶せねばっ!!」
「ホフマンさん。あんたそれじゃ自分が蚊帳の外だぜ……」
彼等からすれば、過去の英雄なぞ強敵とは思えない。……これが最高の対策だと思っているならば、とんだ思い上がりだ。
「――――ッ。――――ッ」
エリーザは遂に堪忍袋の緒が切れた。
声にならない叫びを上げ、その美しい容姿を醜く崩していく。
いつも高貴に振る舞い、多くの者を相手に優雅に去なしてきた彼女。自分よりも強い敵とは出くわさなかっただけに……今宵の彼等との出会いは、エリーザ自身を追い詰めていく。
「――過去の英雄共、あの愚か者達を殺しなさい!」
激しい怒りと共に、彼女は亡霊と化した英雄達にそう命令する。
今まで沈黙していた英雄達は、一気に行動を始める。
それぞれが武器を手に、雪崩の様に突撃してくる。猪突猛進に見えて、ココの動きには一切の無駄が存在しない。
「何とも馬鹿な連中じゃ。己の力量を図れず、こうして突っ込んで来るとは……恥を知れい!」
まず先陣を切ったのはアルバートであった。
なるべく力を抑え、彼は自慢の大斧を掬い上げる。大斧から衝撃波が生じ、目の前の英雄達をことごとく斬り裂く。
だがそれだけでは無い。衝撃波による振動は大地を鳴動させ、その場にいた英雄達の大半の体勢を崩して見せた。
「今じゃ!」
「――無論、心得ている」
アルバートの合図に、ユスティアラが答える。
彼女もまた刀を腰に添え、走りながら抜刀の構えを取る。
「――天千羅剣術、『山崩斬』」
抜き身のまま、ユスティアラは抜刀する。
刀身から放たれるのは、アルバートと似た衝撃波。しかしそれは単なる衝撃波では無く……研ぎ澄まされた覇気が含まれている。
絶対不可避の波動が、容赦なく群衆へと流れ込んでいく。――だが、
爆音と共に弾け飛んだのは、僅か五名の英雄だけ。
弾け飛んだ連中はとても高度な魔術で、自己を犠牲にして後方を守り抜いたのだ。
「……烏合の衆では無さそうだな。それと身体が妙に怠い……これは悪夢の影響か?」
流石のユスティアラも苛立ちを露わにする。
よく見ると、群衆の中には高位に属していたであろう魔術師が点在している。アルバートの一撃は運良く入ったが、それが何度も続くとは思えない。
そして通常のユスティアラならば、魔術防壁を貫通させる事など容易かった筈。悪夢による影響で弱体化しているのは、言うまでもない。……それは皆も同じだ。
自分達の後ろにはアリーチェや、傷付いたゲルマニアとイルディエもいる。消耗戦はこちらの不利に繋がるだけだ。
「ちっくしょ~。調子こいてたけど、いざ竜化出来ねえ状態で戦うとやりづれえな。ゼノス、何か打開策はねえのかよ!」
「あったら今頃やっている!」
ゼノスは相手と剣を交えながら答える。
状況は最悪とまで行かないが、場所的に考えてもやりづらい。この屋敷の破壊は、皇帝陛下や自分達が望む事ではない。ジハードが竜化出来ない要因は身体の怠さと同時に、そういった原因も含まれている。
それに英雄達の人数も膨大だ。この場を埋め尽くす程だから……ざっと百人はいるだろう。
がむしゃらに戦うだけでは、彼等を駆逐する事は出来ないだろう。
「……嗚呼、私に良い考えがあります。ゼノス殿」
「良い考えって……うおっ!」
ゼノスが横を振り向くと、いつの間にかホフマンがいた。
こんな戦場の中で、しかも何の武器も無しに。
「お前下がっていろ!ここじゃ奴等に殺されるぞ!」
「分かっていますとも。しかし、これは一刻を争う事態……。どうかこの私めに、ある打開策を提案させて頂きたいのです!」
「む……」
ホフマンのその言葉に、それ以上口を挟む事が出来なかった。
彼は経済的側面で活躍する他に、軍事戦略においても多大なる貢献を果たしている。その実力を知っているからこそ、彼の言葉が偽りではない事を理解する。
「くっ、言ってみてくれ!」
「勿論ですとも。――では、手短に」
そう言って、ホフマンは概要を粗方説明する。
「……危険な策だな」
「ええ、そうですとも。……しかし、これを可能にするのが六大将軍の責務だと、私めは思います」
「……分かったから、その変態じみた笑みはよしてくれ」
言い終えると、ホフマンは満足げに後退していく。
多少の危険は伴うが、背に腹は代えられない。
――決心したゼノスは、聖騎士流法技、『心音派生』を発動させる。そして仲間達に、今の策を言い渡す。
『……というわけだ。協力してくれるか?』
『ぬう……儂は構わんが』
『……しかし、姫はどうする?その作戦は、姫に大きな被害が及ぶぞ』
「……」
ああ、ユスティアラの言う通りだった。
ゼノスの心配は、主にアリーチェにある。ホフマンの作戦は、今アリーチェの傍に居るアスフィを引き剥がす結果となる。上手く自分達が立ち回れば問題ないが、保障はまず無い。
やはりアリーチェの近くに誰かが欲しい。でなければ、彼女が死んでしまう可能性がある。
……しかし、一体誰がいるというのか。
『――皇帝陛下を守る任は、この私に任せて下さい!』
と、凛とした声音が脳裏に響き渡る。
『ゲ、ゲルマニア。お前大丈夫なのか!?』
ゼノスが後方を振り返ると、そこには満身創痍のゲルマニアが立ち上がっていた。苦しそうな表情ながら、それでもアリーチェを守ろうとしている。
『大丈夫も何も……私は、貴方の足手まといにはなりたくない。共に戦うと決めた以上、これぐらいでへこたれる気はありませんッ!』
『……ゲル、マニア』
彼女の強固な意志が伝わってくる。
不安で一杯だった気持ちが、何故か一気に無くなっていく。
『決まりのようだな、ゼノス』
『だ、だがなジハード。今のゲルマニアはまともに立てない状態だぞ。安易に任せるわけには』
『馬鹿野郎、ああいう女を侮っちゃいけねえよ。俺の嫁さんもそうだがな……あのタイプの女は、しっかりとやってくれるぜ?』
『……』
『なあ、任せてみようぜ。その方が、あの子にとっても良い選択だろうに』
『…………そう、か』
ゼノスは不承不承に頷く。
本当はゲルマニアも心配だ。あんな傷付いた状態で、一体どれほど耐えられるものか。
……しかし、ゼノスは彼女の意思を汲む事にした。
それが、彼女の為でもある気がした。
『――よし。ならさっそくやるぞ!』
危機は刻一刻と迫ってくる。
その中で、ゼノス達はホフマンの作戦を実行した。
激しい攻防の中、まずゼノスはその間を縫いながらアルバートの元へと近寄ろうとする。
しかし、敵もそう簡単に通してはくれなかった。
真正面から飛んでくる正拳突き。格闘家らしき英雄がゼノスとのタイマンを望んでくる。……しかしゼノスの四方八方から、英雄達が攻めてきている為、それに応える事は出来ない。
「くそ、聖騎士流剣術も容易に使えないのか。……だったら」
ゼノスは腰を低くし、その場にて全身を一回転させる。それと同時に剣を振るい、四方八方の敵に回転斬りを浴びせる。運良く剣撃は迫る者全てに当たり、霧散していく。
好機。ゼノスは低い姿勢のまま、そして敵を斬り付けて、道を開きながら走り抜けて行く。
あちこちに傷を作っても、無我夢中に走る。走る。走る――――
アルバートの姿を発見したゼノス。しかし目の前の英雄達が邪魔で、迂闊に進む事が出来ない。
機転を利かせ、こちらに背中を見せる英雄に向かって疾駆する。その背中を台にして、アルバートの元へと跳躍する。
「遅いわい、小僧!」
「すまない待たせた!」
合流を果たしたゼノスは、ちらりと全体を確認する。
この作戦の始まり。それは今までアリーチェを守護していたアスフィが前線へと出て、自分達が死守している側の反対へと回り、たった一人で守りきる事。どうやら、彼女は何とか抑えているようだ。
そして反対側のゼノスは、アルバートと共闘して……ある一点に向かって突撃しなければならない。
ある一点を見据え、ゼノスとアルバートは互いに頷き合う。
機を見て、二人はその先――多数の重騎士が立ちはだかる場へと駆け走る。
「――随分と重厚な鎧を着た連中じゃな。なるほど、この儂が選ばれた理由がよく分かったわい」
アルバートはニヤリと笑み、大斧を両手で持ち始める。
重騎士達も彼等の接近に気付き、斬りかかろうとするが……。
「踏み込みが甘いわあッッ!」
アルバートは叱咤と共に、その大斧を威勢よく振り回す。
重厚な鎧は見るも無残に砕け散り、全身はどこかへと吹っ飛ばされる。作業的に重騎士を薙ぎ倒していくその様子は、正に鬼そのもの。
例え肩に剣がめり込んでも、身体に無数の傷を負わされても……アルバートは咆哮を上げながら前進する。
「ぬっ、いたぞい。――あれがホフマンの言っていた奴じゃろ?」
「そのようだな……。よしっ」
ゼノスはまた腰を低くし、アルバートによって切り開かれた道を突き抜けて行く。
その先に居るのは――大タルを抱えた小太りの男。
ゼノスの狙いは、正しくそいつだった。
「悪いが、その樽を貰うぞ」
タルを抱えた男が奇妙な呪文を唱えてきたが、ゼノスは発動される前に男の頭に踵落しをくらわせる。――そして、昏倒。
「――野球は苦手だけど、四の五の言ってられないかッ!」
ゼノスは異世界の言葉を使いながら、リベルタスを肩に置く。
そして剣を大きく振りかぶって――樽に向かって剣の腹をぶつける。
普通の剣ならば折れてしまうが、リベルタスはそこまで脆くは無い。剣は折れる事なくタルに当たり、樽は空中へと吹き飛ばされる。
一体何をする気なのか?この計画的な行動を見て、エリーザは何か良からぬ雰囲気を味わう。
樽は宙を飛び、やがて群衆の中心部上へとやって来る。
……それを見計らったかの如く、ユスティアラが大きく跳躍した。
「…………斬る」
彼女は刀を構え、宙にある樽を一刀両断する。
すると――その樽の中から金属粉が姿を現す。
「――天千羅剣術、『風吹雪』!」
彼女は刀を振るい、周囲に豪風を巻き起こす。
それによって金属粉は周囲一帯に飛び散り、やがて空間全体を埋め尽くす。
……これが意味するもの。
それを理解した瞬間、エリーザに衝撃が走る。
「ま、まさか」
「……そう、そのまさかですよ。汚らわしい淑女」
ホフマンは嘲け笑う。
それと同時に、ジハードが背中から巨大な竜の翼を出す。急いで一点へと集まった仲間達を取り囲む様に、その翼で包み込もうとする。
――――しかし、ゼノスだけはそうもいかなかった。
「――ッ。お、おいゼノス!何してるんだ、早くこっちに」
「俺の事はいい!早く翼で皆を包み込め!」
何とゼノスは、ジハードとはかなり距離が空いていた。敵の猛攻によって苦戦させられ、このような結果となったのだ。……勿論、翼で包み込める範囲では無い。
――これから起きる事を考えると、翼の中にいなければ間違いなく死んでしまう。しかし自分を救おうとして、皆が死んでしまっては元も子も無い。そう結論に至り、ゼノスは翼に入る事を諦めた。
「――くそったれ。どうなっても知らねえぞ!」
翼で皆を囲み終える寸前。ジハードは、口から僅かながらの炎を吹き出す。
それを契機に――世界が光に包まれる。
それは爆発の光であって、金属粉の数だけ爆発が生じる。
……ゼノスの視界は光に呑まれる。
「くっ」
何か方法は無いのか?そうあらゆる回避方法を模索していた――その時だった。
「――――――ゼノスッ!」
ふいに、目前にゲルマニアが現れた。
ゼノスは彼女に何も言う事が出来ず、ただ彼女に抱き締められ――
――共に、爆発へと飲み込まれた。




