ep34 操られし六大将軍
状況は一気に悪化した。
それは逃れる事は愚か、対等に戦う事さえも許されない。
――この状況は、抗う事さえも不可能な状況だ。絶望さえも抱けない、正にどうする事も出来ない。
敵が六大将軍、しかも五人全て?冗談にも程がある。
「……エリーザ。これもシールカードの力なのかしら?」
「ご明察。――亡霊のクローバー、『憑霊の輪廻』。私のカードの中に潜む霊が悪夢の最中にある人物に憑り付き、自由自在に操らせる。……例え六大将軍であっても、容易い」
「――くっ」
イルディエは苦虫を噛んだ様に、顔を歪ませる。
今日ほどシールカードの脅威を味わった日は無いだろう。カードの力は恐ろしい物だと認識していたが、改めて実感された気分だ。
……正直な所、イルディエは六大将軍の中でも弱い部類に属する。
速さではユスティアラに劣り、力ではアルバートにも劣る。更に総合力に関しては、ゼノスの方が圧倒的に卓越している。
勝てる見込みは――ほぼゼロだ。
「――ッ。ゼノス、ゼノス――ッ!しっかりして下さい、ゼノス!」
「…………」
ゲルマニアがゼノスに呼び掛けても、一向に反応を示さない。
彼はまだ悪夢の最中にいるのだ。ゲルマニアが見てきた過去の様に、あの絶望的な記憶を、何度も何度も繰り返している。
それは他の六大将軍も同じだ。
彼等もまた、絶望を体験し続けている。
「無駄ですわ。幾ら呼びかけても、彼等が意識を取り戻する事は有り得ない。既に彼等は……私の奴隷ですわ」
「――――許さないッ!」
激昂したゲルマニアは、大剣を持ってエリーザへと急迫する。
しかし。
――ガキンッ
「……ッ!?」
エリーザを庇う様に立ちはだかり、大剣を抑えたのは……ゼノスであった。
ゲルマニアは戦慄する。
今すぐ退かなければ――斬り裂かれると。
「……はあッ!」
ゲルマニアは強引に後退する。そして案の定、ゼノスの剣は容赦なく振るわれていた。
あのままその場所に留まっていたら、首を持って行かれただろう。
「――ゲルマニアちゃんッ!」
と、イルディエが何かに反応した。
ゲルマニアが慌てて周囲を見渡すと――自分を囲う様に、ユスティアラ、アルバート、ジハードが強襲してくる。
何も抵抗出来ないゲルマニアであったが、イルディエだけは何とか反応し、行動に出る。
瞬時にゲルマニアの元へと接近し、まずはユスティアラの刃を跳ね返す。そして間髪入れずに槍を両手で構え、アルバートによる豪快な大斧の一振りを逸らす。――つまり、絶妙な槍捌きによって軌道をずらしたのだ。
だがそれだけでは無い。尋常ならざる反射神経を用いて、イルディエはジハードの正拳突きを蹴りで相殺させる。余りの衝撃に激痛が走るイルディエであったが、何とか阻止出来た。
この間、一秒も経過しない。六大将軍同士の戦いに際して、一秒という世界は余りにも遅い。彼等の戦いは素早く、且つ躍動感に溢れている。
三人を相手にしたイルディエは、息つく間も無く次の攻勢に備える。
流石は武の達人と言うべきか。彼等は既に体勢を直し始め、更にそこにゼノスが襲来してくる。
――六大将軍、その内四人の同時攻撃。
「洒落に――ならないわねッ!」
イルディエは死に物狂いに回避していく。
まるで激しい雑踏の中を潜り抜けるかの如く、怒涛の攻撃を何とか躱し続ける。……かすり傷を負いながら、微かな痛みを伴いながら。
攻撃する事は愚か、タイミングを見計らう事さえも叶わない。
例え操られているとしても、実力はそのまま。……いくらイルディエとはいえ、彼等を倒す事など不可能。
だが死ぬつもりも無いし、後ろには皇帝陛下もいる。
自分が守らずして――誰が守るか。
「――多少、死ぬ覚悟でいなきゃかしらね」
そう、これはもはや死闘だ。
今目前にいる者達は、自分の知る仲間では無い。
自分の実力を発揮しなければ――勝機は見えないッ!
「…………さあ、踊りましょうか」
彼女はのらりくらりと揺れる。
全身の力を抜き、脱力した身体は今にも崩れ落ちそう。
――だが、騙されてはいけない。
翻弄するその動きは、まさに舞踏の始まり。
炎の真髄が、目覚める時。
「「「「「――ッッ!?」」」」」
五人の騎士達は、イルディエの気配を察知する。
底知れぬ殺気を間近に感じ、彼等は戦々恐々とする。例え自我を失っているとしても、恐怖という観念は健在のようだ。
今、彼女が身に纏うは――殺気に満ちた闘気の衣。
闘気に溢れた不可視の衣は、やがて沸々と煮えたぎり、激しい豪炎を吹いて周囲全体を包み込む。
イルディエの全身は、炎に飲まれて行く。
しかし、彼女は薄く笑む。
通常の人間ならば、その炎に焼き殺されている筈だ。……最も、イルディエは別だが。
彼女は炎と共に在り、炎と共に生きる。
それが彼女と、不死鳥フェニックスとの誓い。
彼女達の絆が――炎を支配する。
『…………この姿で勝てるかどうかは分からないけど』
イルディエは平然と呟く。
だがそれは当の本人だけであって、彼女の姿を見ている者達は、誰もがその神々しい姿に威圧感を覚える。
――炎は渦を巻き、徐々に形作り。
彼女は闇全てを葬る聖なる獣――不死鳥フェニックスとなっていた。
一回り大きく変化し、炎の羽毛を散らばせる。轟々と燃え盛る炎の身体に、黄金色の嘴を覗かせる。
その御姿は、正にアステナ民族達が崇拝していた不死鳥。
創世記よりも遥か以前――世界を築き上げた創始者の一人の出で立ち。
その姿は……強者を圧倒する。
「……」
彼等は焦りを覚えたのか、すぐさま武器を構える。
最初に飛び出してきたのはユスティアラだ。彼女は無言のまま、自分の持つ刀を突き出す。
そして巨大な氷の腕が出現し、彼女と同じ動作を取る。
氷魔人双手――更に、その手には風姫刀が握られている。
『――ッッ!?』
自分が知る限り、ユスティアラが持つとされる至高の奥義。かつて聖騎士を苦しめ、クラーケンを一撃で葬ったとされる究極の技だ。
濃色された自然の力は、何と恐ろしい事か。同じ自然を操る身として、言い知れぬ圧迫感を身に染みて感じてしまう。逃れたいと願うのに、逃れようと避けるのに――逃げられない。
清らかで洗練された刀が、容赦なくイルディエを斬り裂く。
「イ、イルディエ様!」
呆気なく一刀両断されたその姿を見て、思わずゲルマニアが悲鳴を上げる。
ユスティアラの刀術に、不可能は無い。
斬り裂かれた者は――必ず断たれる。
……けれどもそれは、あくまで物理的な面での話。
彼女が絶対の矛だとするならば、イルディエは絶対の盾。両者は矛盾しているが故に――――。
『……効かないわねえ。その程度じゃ、私を殺せないわよ』
一刀両断された筈のイルディエが、平気な様子で言う。
彼女の身体は断たれたが、その生命までは失っていない。やがて体も元通りとなる。
それでも六大将軍の攻撃は止まらない。
次に先陣を切ったのは、ジハード。彼はスーツを脱ぎ捨て、その場から大きく跳躍する。
不気味に蠢くジハードの全身。
……彼の全身から、黒の波動が溢れ出る。
波動は世界を飲み込み、会場を埋め尽くす。もはや人の手で造られた建造物は無くなり、周囲は暗黒に包まれる。
だがそれは真の闇に在らず。ジハードが織り成す世界は、この天より彼方に存在するそれ――宇宙だ。
数多に輝く星。雄大な流星群となりて、広大なる宇宙を駆け巡る。
『な……なによ、これ』
イルディエはこの世界を体感し、言い知れぬ恐怖に襲われる。
自分が知らない所か、ここはまだ人類が触れてはいけない境地……そんな気がしてならない。どんなに強き者でも、この世界の前では無に等しい。
――しかし、そこにジハードは佇んでいた。
イルディエ以上に巨躯なる身体となり、立ちはだかる。
漆黒の鱗に包まれ、鋭利な牙を剥き出しにする。更に小惑星よりも大きな翼をはためかせ、金色の大きな眼をぎょろりと動かす。
獲物を射捉えた彼は――咆哮する。
これこそが彼の真の姿。
過去に何千回も、その時代の英雄達を葬った黒龍。
――竜帝、ここに参上。
『何で……何で六大将軍の一人が、竜帝なのよッ!?』
流石のイルディエも、この姿を見せられれば理解出来てしまう。そして、絶望のどん底へと落とされる。
何故。どうしてここに。様々な疑問が浮かぶ一方であったが――
竜帝の殺気が増大された事に気付き、ハッと正面を向く。
――気付けば竜帝は、口からあらゆるエネルギーを吸収していた。
物体、概念、感情、あらゆる万物の理を自分の力に変換させる。今彼の口元に集まっているのは、正しく全知全能。
世の条理を逸脱した彼だけが成せる、破滅の力。
世界の創造主たる不死鳥に相反するエネルギーが――七色のブレスとなって放出される。
天駆ける虹が、宇宙を飲み込む。
『――ぐっ、くうううッ!』
イルディエは紅蓮の翼を広げ、この宇宙を駆け巡る。
七色のブレスから逃れようと、無限なる世界を突き進んでいく。しかし七色の炎は徐々にイルディエへと切迫してくる。
『だ、駄目だ。――このままじゃ!』
全身へと纏わり付く七色の炎。
それだけでも全身に激痛が走り、気が狂いそうになる。
今の自分は不死鳥。不死の女王と呼ばれる所以は――どんな一撃をも耐え抜き、生き延びたという功績から与えられた故に。
そんな彼女でも――この一撃は耐え難い。
『…………ッ』
もう駄目かと思った瞬間だった。
――前方に、微かながら亀裂が生じていた。
幾ら宇宙と言えど、ここは竜帝が織り成す創造の世界。彼が魅せる幻想も完璧では無いという事か。
『一か……八かッ!』
視界が霞む。竜帝の炎が彼女を包み込み、その存在さえも消し去ろうとする。
それでも彼女は突き進む。
翼を折りたたみ、速さだけを意識する。
鋭い弾丸の様に亀裂へと向かい――そして、
バリンッ!
金属音に似た音と共に、イルディエの嘴が亀裂を貫く。
広大な宇宙の世界から抜け出し、元の場所へと戻って行く。
『がっ……は……ッ!』
無理をしすぎたか。既に限界を超えている。
しかし、彼等は容赦などしてくれない。
『ぐうっ!?』
彼女の翼に何かが突き刺さる。
それは――ユスティアラの風姫刀であった。
『う…あああああッッ!』
更なる苦痛がイルディエに襲い掛かる。
刀から風が巻き起こり、傷口を開かせる。血飛沫が紅蓮の身体に染みつき、地面へと堕ちる。
『…………ふ、ふふ。ここまでダメージを受けたのは……久しぶり、ね』
もうイルディエには、戦う力さえ残っていない。
彼女の身体は徐々に縮み、元の人間へと戻る。目立った傷は不死鳥の力によって再生しているが、精神的ダメージは大きい。竜帝の炎は……想像以上だった。
「……ぐ」
周囲を見渡す。
どうやらアリーチェは無事のようだが、ゲルマニアもまた派手にやられている。六大将軍の誰かに挑んだのだろう。
「………………アリーチェ、様――――」
イルディエは意識を失う。
その先の顛末を、自身の目で見届ける事は無かった。




