表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
94/162

ep34 操られし六大将軍



 状況は一気に悪化した。



 それは逃れる事は愚か、対等に戦う事さえも許されない。



 ――この状況は、抗う事さえも不可能な状況だ。絶望さえも抱けない、正にどうする事も出来ない。



 敵が六大将軍、しかも五人全て?冗談にも程がある。



「……エリーザ。これもシールカードの力なのかしら?」



「ご明察。――亡霊のクローバー、『憑霊の輪廻』。私のカードの中に潜む霊が悪夢の最中にある人物に憑り付き、自由自在に操らせる。……例え六大将軍であっても、容易い」



「――くっ」



 イルディエは苦虫を噛んだ様に、顔を歪ませる。



 今日ほどシールカードの脅威を味わった日は無いだろう。カードの力は恐ろしい物だと認識していたが、改めて実感された気分だ。




 ……正直な所、イルディエは六大将軍の中でも弱い部類に属する。




 速さではユスティアラに劣り、力ではアルバートにも劣る。更に総合力に関しては、ゼノスの方が圧倒的に卓越している。




 勝てる見込みは――ほぼゼロだ。




「――ッ。ゼノス、ゼノス――ッ!しっかりして下さい、ゼノス!」



「…………」



 ゲルマニアがゼノスに呼び掛けても、一向に反応を示さない。



 彼はまだ悪夢の最中にいるのだ。ゲルマニアが見てきた過去の様に、あの絶望的な記憶を、何度も何度も繰り返している。



 それは他の六大将軍も同じだ。




 彼等もまた、絶望を体験し続けている。




「無駄ですわ。幾ら呼びかけても、彼等が意識を取り戻する事は有り得ない。既に彼等は……私の奴隷ですわ」



「――――許さないッ!」



 激昂したゲルマニアは、大剣を持ってエリーザへと急迫する。




 しかし。




 ――ガキンッ



「……ッ!?」



 エリーザを庇う様に立ちはだかり、大剣を抑えたのは……ゼノスであった。



 ゲルマニアは戦慄する。




 今すぐ退かなければ――斬り裂かれると。




「……はあッ!」



 ゲルマニアは強引に後退する。そして案の定、ゼノスの剣は容赦なく振るわれていた。



 あのままその場所に留まっていたら、首を持って行かれただろう。



「――ゲルマニアちゃんッ!」



 と、イルディエが何かに反応した。




 ゲルマニアが慌てて周囲を見渡すと――自分を囲う様に、ユスティアラ、アルバート、ジハードが強襲してくる。




 何も抵抗出来ないゲルマニアであったが、イルディエだけは何とか反応し、行動に出る。



 瞬時にゲルマニアの元へと接近し、まずはユスティアラの刃を跳ね返す。そして間髪入れずに槍を両手で構え、アルバートによる豪快な大斧の一振りを逸らす。――つまり、絶妙な槍捌きによって軌道をずらしたのだ。



 だがそれだけでは無い。尋常ならざる反射神経を用いて、イルディエはジハードの正拳突きを蹴りで相殺させる。余りの衝撃に激痛が走るイルディエであったが、何とか阻止出来た。



 この間、一秒も経過しない。六大将軍同士の戦いに際して、一秒という世界は余りにも遅い。彼等の戦いは素早く、且つ躍動感に溢れている。




 三人を相手にしたイルディエは、息つく間も無く次の攻勢に備える。




 流石は武の達人と言うべきか。彼等は既に体勢を直し始め、更にそこにゼノスが襲来してくる。




 ――六大将軍、その内四人の同時攻撃。




「洒落に――ならないわねッ!」



 イルディエは死に物狂いに回避していく。



 まるで激しい雑踏の中を潜り抜けるかの如く、怒涛の攻撃を何とか躱し続ける。……かすり傷を負いながら、微かな痛みを伴いながら。



 攻撃する事は愚か、タイミングを見計らう事さえも叶わない。



 例え操られているとしても、実力はそのまま。……いくらイルディエとはいえ、彼等を倒す事など不可能。



 だが死ぬつもりも無いし、後ろには皇帝陛下もいる。




 自分が守らずして――誰が守るか。




「――多少、死ぬ覚悟でいなきゃかしらね」



 そう、これはもはや死闘だ。



 今目前にいる者達は、自分の知る仲間では無い。



 自分の実力を発揮しなければ――勝機は見えないッ!




「…………さあ、踊りましょうか」




 彼女はのらりくらりと揺れる。



 全身の力を抜き、脱力した身体は今にも崩れ落ちそう。




 ――だが、騙されてはいけない。




 翻弄するその動きは、まさに舞踏の始まり。




 炎の真髄が、目覚める時。





「「「「「――ッッ!?」」」」」





 五人の騎士達は、イルディエの気配を察知する。



 底知れぬ殺気を間近に感じ、彼等は戦々恐々とする。例え自我を失っているとしても、恐怖という観念は健在のようだ。




 今、彼女が身に纏うは――殺気に満ちた闘気の衣。




 闘気に溢れた不可視の衣は、やがて沸々と煮えたぎり、激しい豪炎を吹いて周囲全体を包み込む。



 イルディエの全身は、炎に飲まれて行く。




 しかし、彼女は薄く笑む。




 通常の人間ならば、その炎に焼き殺されている筈だ。……最も、イルディエは別だが。



 彼女は炎と共に在り、炎と共に生きる。

 それが彼女と、不死鳥フェニックスとの誓い。

 彼女達の絆が――炎を支配する。


『…………この姿で勝てるかどうかは分からないけど』



 イルディエは平然と呟く。




 だがそれは当の本人だけであって、彼女の姿を見ている者達は、誰もがその神々しい姿に威圧感を覚える。



 ――炎は渦を巻き、徐々に形作り。




 彼女は闇全てを葬る聖なる獣――不死鳥フェニックスとなっていた。




 一回り大きく変化し、炎の羽毛を散らばせる。轟々と燃え盛る炎の身体に、黄金色の嘴を覗かせる。




 その御姿は、正にアステナ民族達が崇拝していた不死鳥。




 創世記よりも遥か以前――世界を築き上げた創始者の一人の出で立ち。



 その姿は……強者を圧倒する。



「……」



 彼等は焦りを覚えたのか、すぐさま武器を構える。



 最初に飛び出してきたのはユスティアラだ。彼女は無言のまま、自分の持つ刀を突き出す。



 そして巨大な氷の腕が出現し、彼女と同じ動作を取る。




 氷魔人双手――更に、その手には風姫刀が握られている。




『――ッッ!?』



 自分が知る限り、ユスティアラが持つとされる至高の奥義。かつて聖騎士を苦しめ、クラーケンを一撃で葬ったとされる究極の技だ。



 濃色された自然の力は、何と恐ろしい事か。同じ自然を操る身として、言い知れぬ圧迫感を身に染みて感じてしまう。逃れたいと願うのに、逃れようと避けるのに――逃げられない。



 清らかで洗練された刀が、容赦なくイルディエを斬り裂く。



「イ、イルディエ様!」



 呆気なく一刀両断されたその姿を見て、思わずゲルマニアが悲鳴を上げる。



 ユスティアラの刀術に、不可能は無い。




 斬り裂かれた者は――必ず断たれる。




 ……けれどもそれは、あくまで物理的な面での話。



 彼女が絶対の矛だとするならば、イルディエは絶対の盾。両者は矛盾しているが故に――――。




『……効かないわねえ。その程度じゃ、私を殺せないわよ』




 一刀両断された筈のイルディエが、平気な様子で言う。




 彼女の身体は断たれたが、その生命までは失っていない。やがて体も元通りとなる。




 それでも六大将軍の攻撃は止まらない。




 次に先陣を切ったのは、ジハード。彼はスーツを脱ぎ捨て、その場から大きく跳躍する。




 不気味に蠢くジハードの全身。





 ……彼の全身から、黒の波動が溢れ出る。





 波動は世界を飲み込み、会場を埋め尽くす。もはや人の手で造られた建造物は無くなり、周囲は暗黒に包まれる。



 だがそれは真の闇に在らず。ジハードが織り成す世界は、この天より彼方に存在するそれ――宇宙だ。




 数多に輝く星。雄大な流星群となりて、広大なる宇宙を駆け巡る。





『な……なによ、これ』




 イルディエはこの世界を体感し、言い知れぬ恐怖に襲われる。



 自分が知らない所か、ここはまだ人類が触れてはいけない境地……そんな気がしてならない。どんなに強き者でも、この世界の前では無に等しい。




 ――しかし、そこにジハードは佇んでいた。



 

 イルディエ以上に巨躯なる身体となり、立ちはだかる。



 漆黒の鱗に包まれ、鋭利な牙を剥き出しにする。更に小惑星よりも大きな翼をはためかせ、金色の大きな眼をぎょろりと動かす。




 獲物を射捉えた彼は――咆哮する。




 これこそが彼の真の姿。




 過去に何千回も、その時代の英雄達を葬った黒龍。



 


 ――竜帝、ここに参上。





『何で……何で六大将軍の一人が、竜帝なのよッ!?』




 流石のイルディエも、この姿を見せられれば理解出来てしまう。そして、絶望のどん底へと落とされる。



 何故。どうしてここに。様々な疑問が浮かぶ一方であったが――



 竜帝の殺気が増大された事に気付き、ハッと正面を向く。




 ――気付けば竜帝は、口からあらゆるエネルギーを吸収していた。




 物体、概念、感情、あらゆる万物の理を自分の力に変換させる。今彼の口元に集まっているのは、正しく全知全能。




 世の条理を逸脱した彼だけが成せる、破滅の力。




 世界の創造主たる不死鳥に相反するエネルギーが――七色のブレスとなって放出される。




 天駆ける虹が、宇宙を飲み込む。




『――ぐっ、くうううッ!』




 イルディエは紅蓮の翼を広げ、この宇宙を駆け巡る。




 七色のブレスから逃れようと、無限なる世界を突き進んでいく。しかし七色の炎は徐々にイルディエへと切迫してくる。



『だ、駄目だ。――このままじゃ!』




 全身へと纏わり付く七色の炎。




 それだけでも全身に激痛が走り、気が狂いそうになる。



 今の自分は不死鳥。不死の女王と呼ばれる所以は――どんな一撃をも耐え抜き、生き延びたという功績から与えられた故に。




 そんな彼女でも――この一撃は耐え難い。




『…………ッ』




 もう駄目かと思った瞬間だった。




 ――前方に、微かながら亀裂が生じていた。



 幾ら宇宙と言えど、ここは竜帝が織り成す創造の世界。彼が魅せる幻想も完璧では無いという事か。




『一か……八かッ!』




 視界が霞む。竜帝の炎が彼女を包み込み、その存在さえも消し去ろうとする。




 それでも彼女は突き進む。




 翼を折りたたみ、速さだけを意識する。



 鋭い弾丸の様に亀裂へと向かい――そして、





 バリンッ!





 金属音に似た音と共に、イルディエの嘴が亀裂を貫く。



 広大な宇宙の世界から抜け出し、元の場所へと戻って行く。




『がっ……は……ッ!』




 無理をしすぎたか。既に限界を超えている。



 しかし、彼等は容赦などしてくれない。




『ぐうっ!?』




 彼女の翼に何かが突き刺さる。




 それは――ユスティアラの風姫刀であった。




『う…あああああッッ!』



 更なる苦痛がイルディエに襲い掛かる。



 刀から風が巻き起こり、傷口を開かせる。血飛沫が紅蓮の身体に染みつき、地面へと堕ちる。




『…………ふ、ふふ。ここまでダメージを受けたのは……久しぶり、ね』




 もうイルディエには、戦う力さえ残っていない。



 彼女の身体は徐々に縮み、元の人間へと戻る。目立った傷は不死鳥の力によって再生しているが、精神的ダメージは大きい。竜帝の炎は……想像以上だった。




「……ぐ」




 周囲を見渡す。



 どうやらアリーチェは無事のようだが、ゲルマニアもまた派手にやられている。六大将軍の誰かに挑んだのだろう。




「………………アリーチェ、様――――」




 イルディエは意識を失う。







 その先の顛末を、自身の目で見届ける事は無かった。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ