ep33 不死の女王
死の舞踏会は開幕していた。
ゲルマニア達が牢屋を出ると、辺り一面は異様な雰囲気に包まれている。どこからともなく怨嗟の嘆きが反響し、複数の視線が疾走するゲルマニア達を見送る。
生と死の狭間。現実とは程遠い感覚に、自然と二人の脳裏に恐怖という言葉が過ってしまう。
特に幽霊の苦手なゲルマニアは、さっきから冷や汗をかきっぱなしだ。
「――ゲ、ゲルマニアッ!今私達は、どこを走っているのですか!?」
「……そ、それが」
アリーチェの疑問に、ゲルマニアは言葉を詰まらせる。
昼間はそう長くないと感じていた廊下が、今はどこまで走り続けても突き当たりが見えず、延々と同じ場所を走っている様な錯覚に襲われている。
いや、これは錯覚などでは無い。
事実上――この廊下は長くなっているのだ。
それが誰の仕業かなんて、大体予想がつくというもの。
「ゲルマニアッッ!」
突如、アリーチェが悲鳴にも似た声を上げる。
彼女が一体何に対して怯え、ゲルマニアに忠告を放ったのか。
……分かっている。後ろに――『異形の何か』が迫っている事は。
注意深く後ろを振り向くと、案の定――
多くの死者達が、恨めしそうな表情で追い駆けてくる。
胸を斬り裂かれた男、両目を抉り取られた女、血塗れのまま泣き叫ぶ子供、それ以上にもっと酷い怪我を負った者達が、二人を捕えようとする。
「――ひっ」
ゲルマニアは恐怖に顔を歪ませる。
如何に平静を装うとしても、怖いものは怖い。勇敢な意思よりも、今は恐怖に彩られていた。
「――ッ。あッ」
と、そこで思わぬ事態が起きた。
あろうことか、アリーチェは余りの恐怖に腰を抜かしてしまった。ゲルマニアの手を離してしまい、その場に座り込んでしまう。
亡霊共は好機と見たのか、呪詛にも似た叫び声を上げながら、真っ先にアリーチェ目掛けて突進する。
「アリーチェ様ッ!」
しまった。自分が迂闊だったばかりに。
ゲルマニアは自分の失態を後悔し、彼女へと近付こうとする。……だが、亡霊共の猛威から免れる術は無いと悟る。
「く…………アリーチェ、様」
――絶対絶命。
亡霊の恐怖に勝てなかった自分を恥じ、ゲルマニアはこの先起きる最悪の事態を想像し、思わず目をギュッと瞑んでしまう。
…………最悪の事態を覚悟してから、一秒。
二秒。
三秒。
……十秒以上経った所で、ある異変に気付く。
「――――えッ」
ふと目を開けると、そこには思わぬ光景が広がっていた。
現実か、はたまた幻想なのか。それさえも区別出来ぬ世界の中で――その女性は存在する。
「――あら駄目じゃないの、ゲルマニア。『この程度の連中』に怯えちゃ、騎士として失格よ?」
その呑気な声音は、二人が知る人物のもの。
先程まで陰湿だった空間を紅蓮の炎が包み込み、炎獄の海にて舞い続ける一人の踊り子。
――彼女が舞い踊ると、新たな炎が生まれる。
狂おしい程に激しく燃え盛り、見る者全てに炎の雄大さを思い知らせる。しかしその炎は恐怖を植え付けず……ゲルマニア達に確かな温かみと、絶対なる安心感を与えてくれる。
とても優しくて、美しい紅蓮の火。
それは紛れも無い、かの有名な『不死の女王』が手に入れたとされる――不死鳥の炎。――モハヌディ・イルディエ・カラ・ハリヌが魅せる、『槍の炎舞』だ。
「……イルディエ様。イルディエ様ッ!」
「ふふ、喜んでくれて何より。……でもごめんなさいね、まずはこの哀れな者達を片付けるから……ね?」
「は、はい!」
ゲルマニアの返事に、納得を示すイルディエ。
彼女は自分の身長よりも長い黄金の槍を胸に抱き、やがてその槍を巧みに振り回す。
「――さあ、お逝きなさいな。私の舞踊を見て、盛大に成就しなさい」
イルディエは妖艶に微笑む。
大半の亡霊は、その炎に苦しみ悶え……その末に安らかな顔で、天国へと昇天する。だが一部の霊はなおも立ちはだかり、イルディエに襲い掛かってくる。
その哀れな魂を――槍で薙ぐ。
大地に祝福され、アステナ民族もまた大地をこよなく愛する。
彼女はその中でも山に愛され、活火山の王たる不死鳥に力を授けられた。ほとぼしる火は、その恩恵と言ってもいい。
――彼女は火そのものだ。
火は全てを包み込む。例えそれが何者であっても、彼女は炎を槍に纏わせ、どんな存在をも葬る――否、救って見せる。
華麗にリズムを取り、情熱的なダンスと共に――槍もまた踊るかの様に、縦横無尽に矛先が飛び行く。
行く先は……無論、可哀想な者達の元へ。
貫かれた亡霊は輝く炎に導かれ、在るべき場所へと還って行く。
その一連の行為は、見る者全てを魅了する。永遠と続いて欲しい、この豪華絢爛なる舞台が終わらないでほしい――。ゲルマニアやアリーチェは、そう思わずにはいられなかった。
……だが、始まりあれば終わりも在り。
どんなに楽しい一時も、永遠に続くわけがない。
だから彼女は最後まで堪能する。
荒れ狂い、アステナの血が煮えたぎり、彼女に更なる高揚感をもたらす。
炎も踊る。火の粉が舞い散る。愚者を燃焼させ、嬉々としてイルディエと共に楽しむ。
――何度も、何度も。その意気が尽き果てるまで。
あの懐かしき律動を思い起こし、心行くまで――全てを燃やし尽くす。
そして、彼女の舞踏は終焉を告げた。
コツッ
イルディエの甲高いヒールの音だけが目立つ。……なぜなら、炎は一気に消え失せたからだ。燃え盛る音は愚か、周囲の些細な音まで聞こえない。
元の雰囲気へと逆戻り。
――亡霊達は、跡形も無く消失していた。
「ふう……。お待たせ、二人共」
イルディエは何事も無かったかのように、いつもの調子で言う。
「あ、有難うございます…………って、違う違う。イルディエ様、何で動けるんですかッ!?」
「何でって……さあ、何でかしら?」
イルディエは疑問符を浮かべ、うんうんと唸り始める。
ゲルマニアの疑問も尤もだ。だってエリーザの言う通りならば、今は屋敷中の人間が悪夢にうなされている筈だ。
なのに彼女は起きている。――何故?
「……というか、状況さえよく把握出来てないのよねえ。過去の夢にうなされ、目を覚ましたかと思えば、屋敷がこんな状態になってるし。ゲルマニアちゃん達は原因を知ってるのかしら?」
「いえ、詳しくは知らないのですが……現状だけは分かっています」
ゲルマニアは気持ちを改め、経緯を粗方説明する。
屋敷内の人々は悪夢にうなされ、エリーザと名乗るギャンブラーがその原因であった事。やはりマーシェルはシールカードと結託していた事。……そして恐らく、イルディエを除く六大将軍は、覚めぬ悪夢にうなされているかもしれないという事。
全てを簡潔に言い終えると、イルディエは合点がいった様に頷く。
「なるほど、ね。……さっきユスティアラやアルバートを起こしても起きない理由は、そういうわけと」
「――確実とまで言えませんが、その様に判断した方が妥当かと」
「……全く、六大将軍ともあろう者達が仕方ないわねえ。特にゼノス、アリーチェ様を守るとかいいながら……」
「あ、あのイルディエ様ッ」
ふとそこで、アリーチェが彼女の名を呼ぶ。
「…………私は見ました、貴方の過去も。それは壮絶なもので、尋常ならざるものでした。……なのに何故、悪夢から脱出出来たのですか?」
その瞬間、妙な間が生じる。
聞かれたイルディエは、ただジッとアリーチェを見据える。……まるで、全てを悟ったかの如く。
「――――さあ、分からないものは分からないわ」
イルディエは「さっさと敵を倒しましょう」と言って、先へ進もうと歩み始める。
しかし、歩はすぐに止まる。
「……あ、でもこれだけは言えるかも」
ふと何かを思いついたように、彼女は振り返る。
相も変わらず、美しい微笑を浮かべながら。
「私の場合、過去の事はもう全部区切りを付けているから。――だから、悪夢から逃れられたんじゃないかしら?」
「……区切り?」
「そう、区切りよ」
窓から差し込む月明かりを浴びながら、イルディエは瞳を閉じる。
「……アリーチェ様は勘違いをしているわ。私達は確かに最強を名乗っているけれど……心は未だ弱いまま。現に彼等は、悪夢という鎖に縛られている」
アリーチェは、六大将軍は過去を克服した存在だと思っている。
だが、それは大きな間違いだ。
「――私達はね、弱さを補う為に『区切り』を付けようとしているの。……区切り、つまりは『自分の生まれてきた意味』を見出してね……」
「…………生まれて来た、意味」
「そうよ。…………そしてアリーチェ様もまた、その意味を知らなければならない。自分の生まれて来た意味を……今の自分の立場をね」
「……」
その問いかけは、ゲルマニアの質問と似通っていた。
一体彼等が、アリーチェに対して何を求めているのかは、現段階では全くと言っていい程理解不能だ。
理解は出来ない。――けれど、
何かが分かるような……そんな気がする。
「……さてと。それじゃあ、自分の仕事を始めようかしら」
イルディエは持っていた槍を背に担ぐ。
「――六大将軍が一人、このイルディエがいる限り……皇帝陛下に指一本も触れさせないわよ?」
イルディエ達以外は誰もいない廊下。そこで彼女は、ある人物に対してその言葉を投げかける。
すると廊下の先にて、エリーザが再度姿を見せる。
「……不死の女王。まさか……貴方まで起きるとは予想外でしたわ」
言葉の端々から苛立ちが滲み出るエリーザ。
無理も無い。彼女が今対峙しているのは、紛れも無い六大将軍の一人。始祖は別として、ゲルマニアやアリーチェならば他愛も無いと思っていた為に……焦りを感じずにはいられなかった。
「ふうん。……どんな奴かと思ったけど、案外大した事なさそうね」
「……なんですって」
イルディエの煽りに対し、エリーザは怒りを露わにする。
「おまけに品性の欠片も無いし、女としての魅力にも欠ける。――話にならないギャンブラーね」
「ッッ…………ふ、ふふ。口が達者のようですわね。でも……それがいつまで保つのか、楽しみですわ」
「随分と強気ね。――言っとくけど、さっきみたいな小細工は通じないわよ」
彼女にとって、亡霊など敵にもならない。
悪夢も通じないとならば、まずエリーザには勝ち目がないだろう。
しかし、エリーザは口を吊り上げる。
「うふふ、何とも浅はかな女。――あの程度の力が、私の本気だと誤解しないでくれませんこと?」
――刹那、嫌な予感が脳裏をよぎる。
エリーザはまたもや指を鳴らす。
すると周囲の景色が変化していく。世界を歪曲させ、不快な音を立てて……目に見える光景を変えて行く。
廊下だった場所は――イルディエ達の知る場所へと移り変わる。
「……ここは、披露宴の会場」
華やかだった雰囲気は消沈し、今ではシャンデリアに灯りさえついていない。だが広大な空間に沢山のテーブルが置かれている為、一目でそこだと分かった。
……だが、様子がおかしい。
ここに移動されてから、イルディエの悪寒は尚も止まらない。
「ふふ、何かを感じ取っているの?」
「…………ええそうね。まるで、死神に睨まれているような感覚を」
「――なら、自分の目で確かめてみなさいな!」
バッ、とエリーザは両手を大きく広げる。
シャンデリアに火が灯り、会場は一気に明るさを増す。
……そして、イルディエ達は瞠目した。
「――――――これは、やばいわね」
イルディエが六大将軍になってからの、初めての弱音。
彼女達を囲むように――五人の騎士が佇んでいた。
一人は深緑色の軍服を、一人はボロ絹のマントに使い古された甲冑を、一人は貴族の服を、一人は濃紺のスーツを。……そしてもう一人は、赤のジャケットを。
彼等――ユスティアラ、アルバート、ホフマン、ジハード、そしてゼノスは虚ろな眼のまま、それぞれの武器を構える。
その矛先は、イルディエ達に。
「――さあ、小細工は無し。思う存分この一時を楽しみなさいな」




