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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
一章 最強騎士の帰還
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ep8 金に困る騎士(改稿版)



 ゼノスは空腹を誘う通りを歩いていた。


 既に夜の帳は下り、城下町の家々からは夕食の匂いが漂ってくる。


 じっくりと煮込んだビーフシチューの香り、甘辛いソースを絡めた七面鳥の匂い、様々な風味を効かせた香草のパンーーそれから。


 ぐぎゅるるるる。



「……」



 腹から響き渡るのは、抗えない生理現象。色々と想像を膨らませていたせいか、より一層空腹に近付いたようだ。


 なら宿舎に戻ればいいのに、と誰もが指摘するだろうが、今日のところはそうもいかない。



「……ちくしょう。誰も帰ってこないから、結局外で食う羽目になったぞ」



 眩暈を覚えながら、恨めしそうに呟くゼノス。


 一応ゼノスは騎士団の給仕係(自称)を担当しているが、今日は全員揃って誰もいない。リリスもあれからもう一度調査に出掛けてしまい、まだ帰って来ていない。


 それでは飯を作る意味がないわけで、仕方なくゼノスも町に繰り出しているわけだ。


 ……二年ぶりの城下町。当時はゆっくり散策できなかったせいか、こうして街中を歩くのは新鮮に思えてしまう。


 とても平和で、とても賑やかで。まるで六大将軍や……白銀の聖騎士なんていらないかのように。



「……」



 駄目だ、どうしても感傷的になってしまう。


 早くここから出て行かないと、どうになってしまいそうだ。


 アリーチェや騎士団の仲間なんて忘れて、またどこか遠くに行きたい。過去の自分の噂さえ聞かない、今の自分にとって楽な場所へと――。


 ……ぐぎゅるううう。



「はあ……考える余裕もないか。とにかく今は飯を確保しないと」



 そう呟きながら、ゼノスはジャケットのポケットから小さい革袋を取り出す。


 これは財布なのだが、財布にしては硬貨の音が全く聞こえない。それどころか財布は細くしおれ、今にも風と共に飛び去りそうだ。


 皮袋の口を結んでいた紐をほどき、反対の手の平を受け皿代わりにし、硬貨を出そうとするが……。


 ――出てくるのは、一番価値の低い銅貨。しかも一枚だけである。



「……やっぱないよな」



 残念だけど、これだけでは林檎一つしか買えない。


 この儚い現実に直面し、ゼノスはある後悔に駆られる。


 それはランドリオに来る前日のことだ。ラインとロザリーの三人で漁港酒場に行き、ゼノスの金で二人は、それはもう酒を水のように飲んだわけで。……それが理由で、今は絶賛金欠中なのである。


 あと三日で給料が入るのだが、それまではサバイバル生活を送らざるを得ない。白銀の聖騎士時代とは大違いだ。


 ――さて、どうしたものか。


 ふらついた足取りで歩いていたゼノスだが、ふと足を止める。


 いつの間にか酒場の前にたどり着いたようだ。店内は喧騒としており、多くの人間がそこで飲み交わし、楽しい一時を過ごしていることが分かる。


 ……いや、ゼノスが気にしているのはそこだけではない。


 

「思い出した。そういやここの酒場、確か『依頼掲示板』とかいうのがあったな」



 うろ覚えだが、確かにあったはず。


 城下町の民達が多くの困りごとを依頼にし、その内容が書かれた依頼書を貼り付ける場所――それが依頼掲示板だ。


 本来は傭兵や冒険者あたりがこなす依頼ばかりだが、時折個人だけでは手に負えない依頼――それこそ国が請け負うべき依頼も少なからずあった。


 そういったものはマスター経由でランドリオ騎士団に報告され、騎士団内部の人間を派遣して対応したこともあった。ゼノス自身は流石に直接対応したことはなかったが、リリス辺りが稀に対応していたことを覚えている。


 ……もし掲示板に依頼があれば、すぐに金を得ることが出来るかもしれない。


 正直、これほど望ましい金稼ぎはないんじゃないか?



「……よし。まずは依頼があるかどうかだけ」



 やる気満々なゼノスは、勇み足で酒場へと入る。


 夜だけあって中はかなり騒々しかった。陽気な客達が馬鹿笑いしながら今日の疲れを発散させ、美人なウェイトレス達がセッセと働いている。中には傭兵らしき戦士達もテーブル席に座っており、彼等は難しい表情で依頼書と睨めっこしていた。


 酒場は民の憩いの場でもあり、同時に仕事を求めて尋ねる仕事斡旋場でもある。それはここ、ランドリオ帝国だけでない。他の国も同じような感じだ。



「掲示板は……お、あれか」



 ゼノスは賑わう大衆の間を潜り抜け、例の掲示板へと向かう。


 掲示板は奥のカウンター脇にあった。そこにはゼノスと同じく、依頼を受けようとする連中がたむろしている。


 どいつもこいつもイカつい外見をしているが、そのくらいで怖気付くゼノスではない。今まで死闘を繰り広げた化け物どもに比べれば、生まれたての赤ん坊に見えるぐらいだ。


 飄々とした面持ちで掲示板の前へと立ち、ざっと眺めてみる。


 依頼はランク別になっていて、上からSランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランクと区別されている。実はシルヴェリア騎士団も、こうした依頼を元手に活動していたことはある。……確か、Aランクあたりの依頼を受けていたはずだ。


 Aランクは危険を要する依頼が多い。主に賊や危険魔獣の討伐、そして内紛や戦争への従軍も多く含まれている。依頼主は一般市民というよりも、ほぼ貴族連中に多いかもしれない。だから報酬もかなり良く、一度の依頼で数ヶ月は生活できるぐらいだ。



『まあ、流石にAランクを受ける気はないけどな』



 そもそもAランクは期間が長い上に、かなりの人手を必要とする。はっきり言って、個人で請け負おうとは決して思えない内容ばかりだ。


 必然的にゼノスはAランクのスペースから右にずれ、Cランク、Dランクの依頼スペースの前へと立つ。


 ゼノスは両腕を組みながら、じっくりと掲示板を眺める。


 やはりCランク、Dランクは手頃なせいか、紙はほとんど剥がされている。依頼の紙は二枚ぐらいしか貼られておらず、しかもその依頼は長丁場になりそうな物ばかり。もちろんボツである。



「エトラス山中腹に住む老人の介護に、ランドリオ漁港で見習い船乗りを募集……割に合わなすぎだな。……仕方ないからBランクも見てみるか」



 ゼノスは少し左にずれ、今度はBランクの依頼を吟味する。


 Bランクは数枚張られており、ちょうど今いる人間はこの辺りに目を付けていた。



「Bランクって、稀に猫探しとか楽な依頼もあったよな」



 しかもBランクだけあって、報酬もそれなりなはず。一つの依頼で、三日分の食事は間に合うかもしれない。


 ゼノスはよく注視し、数々の依頼用紙に視線を巡らす。すると、ゼノスが期待していたような依頼が目に入り、その紙を取った。




 緊急依頼!裏通りの痴漢魔撃退の勇士求む。


 最近毎日、毎日裏通りで痴漢魔が出現しています!被害者の女性たちは涙を流しています。


 どうか痴漢魔をとっ捕まえ、私たち裏通り女子達の前に引っ張り出してください!お願いします!


 腕っぷし歓迎!


 イケメン大歓迎❤


 詳細はランドリオ城下町第七番地区のエリス宅まで。


   報奨金 三千ゴールド




「……ふむ、見事に条件が一致してる」



 報奨金も悪くない、腕っぷしもある、自分はイケメンの部類……なはず。今まで容姿面でいじられた経験はないし、恐らく問題はないはずだ。ーーそうなれば、全く文句無しじゃないか!


 いつになくだらしない表情を浮かべながら、ゼノスはその可哀想な娘達の場所へと向かおうとする。


 ――が、現実はそうさせてくれなかった。



「うわ、てめえ!俺がその依頼受けようとしたんだぞ!」


「馬鹿、それは俺様のだ!おいガキ、その紙を寄越しやがれ!」



 どっかの馬鹿どもがゼノスの前に割り込み、無理やりにでも紙を奪おうとする。やっぱりこの依頼は目星が付いていたか!



「……ちっ、諦めてたまるか!」


「こ、のクソガキが!てめえやっぱりあれか!?俺のアイドル、マルティーニちゃん狙いなんだろ?そうなんだよな!?」


「誰だよマルティーニって……おい、シャツを掴むな!この世界じゃ手に入らない服なんだぞ!!」


「何を訳わからねえことを抜かしやがる……。マルティーニちゃん知らねえなんて、他の奴が許しても俺だけは許さねええええええええ!!!」



 男は目が血走り、今にも襲い掛からんとしている。


 ああ、もう面倒だ!ゼノスは無理やり紙をひったくり、そのまま逃走しようと企む……が。


 びりりいいいっ!



「「……あ」」



 ――うそ、だろ?


 この馬鹿野郎が、依頼書を見事なまでにちぎってしまった。


 紙吹雪が舞うなか、酒場全体が一気に静まる。



「……おい、貴様。この責任は取ってくれるんだよな?」



 ゼノスは血の涙を流さん勢いで馬鹿野郎を睨む。


 歳相応とは言えない威圧感に飲まれ、依頼容姿を破った奴は絶望的な表情に染まる。



「ひっ……!わ、悪かったよ兄ちゃん。だから、んな怖い顔をぶええええっ!」



 ゼノスは間髪入れずに、相手の股間をおもいっきり蹴とばした。相手は泡を吹き、苦痛と共に意識を失っていく。自業自得だクソ野郎、と心を込めた一蹴りであった。


 蹴りを入れてスッキリとした所で、ゼノスは再び破けてしまった依頼書に目を落とす。




 緊急依頼!裏通りの痴漢魔撃退の勇士


 最近毎日、毎日裏通りで痴漢魔が出現していま


 どうか痴漢魔をとっ捕まえ、私たち裏通り女子達の


 腕っぷし歓迎!


 イケメン大歓迎❤


 詳細はランドリオ城下町第七番地区のエリス宅まで。


   報奨金 三千ゴールド




「よ、良かった……肝心な部分は何とか残ってるか」



 一時はどうなる事かと思ったが、どうやら依頼を断念する必要はなくなったようだ。例え依頼用紙が破れていても、当の依頼主が困っている事に代わりはない。場所さえ分かれば十分なのである。


 ゼノスはすっかりと機嫌を取り戻し、未だ呆然とする周囲に意を介することもなく、依頼主の待つ場所へと改めて向かおうとする。


 ――だが、突如酒場の扉を荒々しく開ける男がいた。


 荒っぽい入店に驚く客達。そんな様子を気にもせず、男は焦燥しきった声音で言い放った。



「はあ、はあ……だ、誰か助けてくれ!やたら強い賊に、俺の、俺の商隊が襲われちまった!」



 それは唐突な発言であった。陽気な雰囲気から一転、酒場の皆は一気に不安と恐れに襲われる。


 しかし男にそれを察知する余裕はなく、一生懸命に事の顛末を物語った。


 男は地方からやって来た商隊の一員であり、仲間と共にランドリオ帝国へとやって来たという。泊まる宿も見つからず、商隊は路地裏の広場に留まる許可を得て、そのまま野宿する事にしたらしい。


 しかしテントを張ろうとした矢先、賊とやらは急に現れたらしい。


 商隊の中には事前に護衛として雇われた傭兵が何人かいたらしいが、その者達も一瞬にして惨殺され、商隊の仲間は皆殺しにされたと言う。自分は敵から察知されなかった場所にいて、その場面を目にしてすぐさま逃げた。――それが彼の言う顛末であった。



「ほ、他にも仲間の商隊が離れた場所にいるんだ。もし奴等が俺達を標的にしているのなら……た、頼む!誰でもいいから、奴等を倒してくれ!」



 男は必死に叫ぶ。――だが、周囲の反応は男の希望を打ち砕く。



「お、おい。賊って……例のガウゼン卿を暗殺した奴等じゃないか?」


「そ、そうに違いないわ!助けなんて聞かない方がいいわよ」


「なぜだ?商隊というのだから、それなりの報酬はあるだろ」


「馬鹿、そういう問題じゃねえって。賊がもしガウゼンを暗殺した奴等だとする。ガウゼン卿は剣の腕前に関しては一流の男だったらしいぜ?俺達が助けようとしても、命を粗末にするだけだよ」



 人々は例のガウゼンの噂と賊が重なったらしく、この男の救いに手を差し伸べない。仕舞には見てみぬ振りをし、明らかに男を避けていた。


 その正義の無さに対し、ゼノスとしては怒りを通り越して呆れを示すばかりだった。


 確かに己の力量を知り、その上で賊に立ち向かおうとしない。利口な判断であるのは明らかだが、ゼノスは男の願いを聞き入れようともしない、その意志に呆れていた。


 見ていられない、遠ざけられてあたふたする男を。そんな思いが過り、ゼノスは持っていた依頼用紙を、未だ蹴りの衝撃で倒れているクソ野郎の腹へと置く。



「お前、運がいいな……少々野暮用が出来たから、この依頼は譲ってやるよ」



 そう言い残し、ゼノスは傭兵達の前へと出た。



「おいそこの!――俺がその賊を退治する。勿論、報奨金は貰えるんだろうな?」


「ッ!あ、ああ当たり前だ!」



 依頼成立、商隊に関する依頼の報奨金額は確かに高いと聞く。これで美味い飯が食えて万々歳――と、ゼノスは自分の余計な正義を否定するのであった。



「場所は四番地区裏路地の広場だ……頼む、仇を打ってくれ!」


「はいよ、承知した。……さてさて」



 客がゼノスに注目する中、ゼノスは平然と酒場から出て行こうとする。賊が果たしてどんな連中かは定かではない。だがゼノスの長年の勘からすると――ヤバい奴等であると推測する。久しぶりに聖騎士としての技量を発揮して倒そうか……そう思っていた時だった。



「その依頼、私も受けて宜しいでしょうか?」


「――なっ」



 ゼノスは瞠目する。話を入口から聞き、言葉と同時に姿を見せた少女騎士。


 それは紛れも無く、ゲルマニアであった。



「ゲルマニア――ッ!お前、何でまたこんな場所に!?」



 普通、ランドリオ騎士団が酒場に行く事は滅多に無い。酒は城内でも飲めるし、彼等の仕事にも酒場に行き当たる様な内容は存在しない。――それにあんな辛辣な言葉を言った手前、ゼノスは何とも気まずい気分であった。


 だがゲルマニアはそんな事気にもしない様で、ゼノスへと近づいてくる。



「ちょっとした私用で来たのです。……しかし、とんだ事件が起こったようですね」


「ま、まあな。……でもいいのか?こんな依頼を受けて、明日の常務に影響が出るんじゃないか?」



 ゼノスはなるべくゲルマニアを刺激しない様、遠回しな言い方で依頼に同伴しないよう勧める。彼女が来たんじゃ本気も出せないし、ましてや迂闊に剣を抜く事も出来ない。



「いえ、明日に支障が出ないよう用心します。――それに、少々気になる事がありまして」


「気になる事……?」



 何だろう、気になる事とは?依頼を受けてまで知りたいものがあるのか……?



「……ゼノス殿、何を考えているのです?ほら、早く行きますよ。ここから裏通り四番地区へは時間が掛かるのですから」


「って、ちょっ、まだ一緒にやろうとは!」



 思案も空しく、ゼノスは了承する前に強引にゲルマニアに引っ張られ酒場を出て行こうとする。



「ゼノス殿、私はこの依頼で二つの疑問を確かめなければなりません」


「ぎ、疑問?」


「はい、疑問です。その一つに、私は貴方に感じる違和感という疑問があります。なので……」


「な、なので?」



 ゲルマニアは振り向き、笑顔で答える。



「今夜は、放しませんよ?」


「は、はあっ!?」



 ゲルマニアからの爆弾発言に、周囲は盛り上がった声と口笛でひしめき合う。何を勘違いしているか知らないが、今のゼノスには彼等を睨む事しか出来なかった。



「で、でもさ……もし奴らがシールカードだったらさ……危険じゃないかなあ、と」



 ゼノスは最後まで悪あがきをする。しかし、ゲルマニアは即返答をした。



「大丈夫です、いざとなったら私が助けますし、シルヴェリア騎士団にいる以上、貴方も実力はあるのでしょう?さあさあ、行きますよ」



「ちょ、まっ」



ゼノスの反論は空しく、彼はゲルマニアに引き摺られる形で酒場を後にした。


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