ep28 ――安らぎの眠りへ――
世界は残酷で非道だ。
いつまでも続くと思っていた日々、皆が愛しいと感じていた充実感。
……それは気付かぬ内に築かれ、気付かぬ内に崩壊していく。
まるで走馬灯の様に。
何の遠慮も無くやって来る。
抗う事も出来ず。
ただただ――
――死を受け入れるしかない。
「……よお、コレット。まだ……生きてる、かよ」
ドルガは、最愛の彼女に声を掛ける。
倒れ伏すコレットに、何度も……何度も。
腕の力だけで全身を引き摺らせ、彼女の元へと近寄る。
「……なあ、答えてくれよ。いつもみたいによ……強気な声を、聞かせて……くれよ」
涙声になりながら、ドルガはコレットの身体を抱く。
もう体温さえも感じない。コレットの身体は冷え切っていて、まるで美しい人形の様だった。
自分に笑顔を見せてくれない。
何も……話してくれない。
ドルガは抱き締める。強く抱き締める。
「……う、うう。コレット…………コレットぉ」
彼はすすり泣く。
コレット自身がどう思っていたのかは分からない。ただ友として、好敵手としてドルガと接してきたのかもしれない。
――しかし、ドルガは違った。
小さい頃から彼女の強さに憧れ、尊敬を抱き……同時に恋心を抱いていた。
どんなに悲しい時も、どんなに苦しい時も、彼女が傍にいてくれたからこそ、自分は生きてこれた。
……そう、ずっと一緒だったのだ。
だから泣くしかなかった。だから……絶望するしかなかった。
「う、ああ……あぐッ……う……くッ……」
涙がぼろぼろと零れる。
情けない声は、雨音と共に消える。
「…………」
泣いても。泣いても――
それでも、コレットが口を開く事は無い。
どんなに彼が嘆いた所で――もう『死んでしまった彼女』が、言葉を発する事は有り得ない。現実的では無い。
――思い出の中の彼女とは、もう会えない。
「……」
ドルガは最後の力を振り絞って、彼女を抱き上げる。
出血がより一層増すが、そんな事は関係ない。虚ろ眼のまま、ただ正面だけを見据えて……無言のまま歩き始める。
歩いて、時々転んで、それでも彼女を抱え直して歩く。
――歩いて、歩いて、歩き続けて。
無我夢中に突き進み。
ドルガは、街道沿いにそびえ立つ大樹の下へと辿り着く。
「ぐっ……」
遂に力を失ったドルガは、大樹へと寄りかかり、崩れ落ちる様に座り込んでいく。
――もう出る血さえ存在しない。
隣には相も変わらずのコレット。雨のおかげで付着していた血は洗われ、大樹のおかげで、彼女が濡れる事は無い。
――そう、たったそれだけ。
死んだ彼女の為に、ドルガはここへとやって来たのだ。
「…………何がしたかったんだろうな……俺。……これじゃ、ただ馬鹿みたいに歩いて来ただけじゃねえか」
力なくそう呟き、漆黒の夜空を見上げる。
……気付けば、雨が止もうとしている。
曇り空から眩い満月が姿を現し、ドルガとコレットを仄かに照らす。今まで真っ暗だった世界が、鮮明に見え始める。
――ふと、コレットの顔がドルガの肩へと乗る。
「――――」
その表情を見た瞬間、ドルガは僅かに動揺した。
……コレットは、微笑みを浮かべていたのだ。
まるで好きな人と共に過ごしているかの様に、愛しい余り想い人の傍に寄り、甘えてくるかの様に……彼女は微笑していた。
「……」
ドルガは彼女の手を握る。
しっかりと、絶対に離さないという勢いで。
「…………なあ、コレット。お前はもうさ……天国に行ってるのか?」
「……」
「俺も……行けるかな。…………行けたら…………いつものお前に……会える、かな」
彼女は返事をしないが、それでもドルガは問いかける。
自分達が行き着く場所は、争いも憎しみも無い……本当の平和が存在する世界なのだろうか?
――自分達は、もう戦わなくてもいい世界なのだろうか?
だとしたら……何て素晴らしい世界なのだろう。
「……ああ、やばい。……何か、眠くなってきたよ…………」
ドルガもまた笑みを浮かべ、コレットに寄り添う。
安らかな心のまま。
ただ眠気に誘われて。
彼もまた、眠りにつく事にした。
――二人は愛し合いながら、まだ見ぬ楽園を夢見て




