表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
86/162

ep26 ――例え死が確実だとしても――




 ガイアは雨具を着こみ、ゼノスを抱き抱えながら歩を進める。




 自分の家を出て、歩き慣れた街道を進んで行くと……目前に誰かが佇んでいる事に気付く。



 立ち止まり、その誰かと対峙する。




 ――始原旅団特有の戦闘衣、それを着崩し、何とも艶めかしい服装でいるその女性は……ガイアの知る人物だった。




「……奇遇だな。こんな所で昔馴染みの貴殿と出会うとは…………散歩か?」



「うふふ、出会い頭に失礼な事を言う。――今のあたしの立場を理解しているならば、大体想像がつくだろうに」



 その女性は不気味に微笑みながら、持っている大きなナタを肩に乗せる。そのナタは既に血塗れであり、血が肩を伝うが……女性は嬉しそうに血を拭きとり、舐める。



「全く想像つかないな。――始原旅団副首長であるお前が、何故前線を離れてこんな場所にいる?……今の私は、お前に関わる程価値の無い人間だぞ」




「く、くく……あは、あははははははッッ!全く、そのくそ真面目な性格は治ってないようだねえ?」




 彼女は嗤う。腹の底から響かせ、さも愉快に……。




 嗤い続けた後に、舌なめずりをしながら近寄ってくる。



 一歩、また一歩と。まるで獲物を狩ろうとしている蛇の如く、相手を魅了するかの如く、ガイアを見据える。




「――それを決めるのは、あたしの勝手だ。ただ来たかったからここに来た……普通の男なら、それでイチコロなのだけれど?」




「生憎、私は色気に惑わされる歳でも無い。……ではな、人殺しも程々にしとけよ」



 そう言って、ガイアは何事も無かったかの如く過ぎ去ろうとする。



 ……だが副首長の隣を横切る瞬間、




「――待ちなよ、冴えない男。せっかくあたしが来てやってんだ……話の一つぐらいは聞いてくれよ?」




「……」



 ガイアの首元に、鋭いナタの刃が当てられる。



 一瞬でも動いてしまえば、ガイアはナタの餌食になるだろう。



「……私は忙しんだ。手短に願おうか」



 ガイアの冷たい突き放しに、副首長の笑みは更に増す。




「おや、本当につれないねぇ。……あんたはもう分かっているんだろ?このグラナーデ王国は――――あたし達の手により、既に崩壊したって事ぐらいはさ?」




「……」



 分かっている、そんな事は。



 国王や民達の気配も消え失せていて、始原旅団がグラナーデ王城を占領した事も……全て分かっている。



 無言を肯定と受け取ったのか、副首長は更に言葉を続ける。



「でもさあ、ほんっとこの国の武人達は弱いねえ。あたしの太刀を受ける者も無く、呆気なく死にやがったッ!せっかく熱い戦いをしたかったのに!あたしの血液が誰かの手によって噴出したいと、心から願っていたのにッ!」



「……狂人よ。何を望む?」



 ガイアが神妙に尋ねると、副首長は目を剥き出しにして振り向いてくる。



 もはや、人としての理性を失い欠けている表情だ。






「――ねえ、あたしを満たしてよ。あんたなら、このあたしを満たせると思うんだ……」






 副首長はナタをそのままに、ガイアへと抱き着いてくる。



 甘い吐息をガイアの頬に吹き、その手をガイアの胸に押し当てる。さながら恋人の様な仕草だ。




「……嗚呼、楽しみ。こうして互いが感じ取っている血の温かみが、互いの皮膚にかかり合うんだね……。嗚呼、どきどきする……あたしはあんたに恋をしたのかもしれないッ!あは、あははッッ!」




 それが愛ならば、何とも歪んだ恋心なのだろうか。



 彼女は初めて出会った時と同じままだ。幾年かの時を経て、こうして美しい少女へと成長したにも関わらず……異様な言動と態度は直っていない。



 ――始原旅団で育ったのだから、当然の結果…か。



「……哀れだな、副首長セラハ。祖父アルバートに愛情を注がれず、遂に気でも狂ったか」



「そうかもしれないなあッ!でも、今はそんな事どうでもいい!さあ楽しもう、二人で、鮮血で繋がった愛を示そう!さあ……さあ!」



 副首長――セラハは狂気に満ちた笑みで迫る。



 セラハのナタは一度ガイアの首元を離れ――勢いよくナタを振り下ろす。今度は寸止めでは無く、間違いなくガイアを斬る覚悟でいる。



 戦闘は免れない。――そう思った瞬間だった。





 ガインッッ!





 ――何と、ナタは横からの受けによって防がれた。



 ナタを抑える剣と大剣――その持ち主は言わずもがな、






「……よお。爺を痛ぶるのも大概にしとけよな」



「――師匠、間に合って良かった」






 そう、ガイアを守ったその二人は……ドルガとコレットだった。




「――お前達」



 二人が生きていたのは知っていたが、まさか自分を助ける為に来るとは思ってもいなかった。



 ガイアは困惑しながらも、どうにかセラハから距離を離す。



「……誰、あんたら?」



 セラハは気が削がれ、憎々しげに両者を見つめる。



「はっ、てめえに語る名はねえよ。……それよか聞いたぜ。あんた、始原旅団の副首長なんだろ?」



 ドルガの大剣に力がこもる。ぐっとナタを押さえ付け、今にも折らんとする勢いで。



 セラハはコレットの胸元、ドルガの肩当てに刻まれたグラナーデ紋章を見て、合点がいく。



 

 そして、また下卑た笑みを見せる。




「ああ、成程ね。……さしずめ国を失い、怒りの矛先をこのあたしに向けている……それが今の状況かねえ」



「その通りよ。――祖国を屠ったその罪、万死に値するわ!」



 コレットは隙を見て、裾から仕込み刀を取り出す。



 剣を持つ反対の手で逆手に持ち、セラハの心臓目掛けて刺突する。



 しかし、相手の反応は更にその上を行く。セラハは後ろに跳び退り、その攻撃を軽く回避する。



「おっと危ない危ない。……うふふ、まあいい。そんなに死にたければ、まずはあんた達から殺してあげる。――ガイア、あんたとの逢瀬はまた後に」



 ガイアを見つめるその瞳は、殺意に満ち溢れている。



 まるでこの二人は眼中に無いと言わんばかりに。いや実際、二人とセラハの実力差は歴然としている。



「……お前達、ここは引け。今のお前達では、このセラハには太刀打ちできないぞッ!」



 ガイアは必死に彼等を止める。



 太刀打ちすら許してもらえず、このままでは弄ばれて殺されるだけだ。アルバートの孫娘だけあって、その実力は愚か……潜在能力も底知れない。



 絶対に勝てない。――だから頼む、お前達だけでも――





 ――お前達だけでも、逃げて欲しいんだ――





 こんな老害の為に死ぬなど、在ってはならない事だ。



 ……こんな何も守れない人間に、若い命を絶やす必要は無いはずだ!



 ゼノスだけでなく……お前達二人も大切な存在。




 ――だから、だからッ!





「……そんな泣きそうな面すんなよ、爺」




「……え」



 ガイアの唖然とした表情を他所に、ドルガは振り向かずに告げる。



「ゼノスを逃がすつもりなんだろ?だったら手伝ってやるから、さっさと逃げろよ。――ここは、俺達が死んでも止めてやる」



「――ッ。お前達が死ぬ必要は無い!私は死んでも構わないが、お前達にはまだ未来がある!……それに、私は」



 ガイアは何かを言おうとしたが、その続きは口に出せなかった。



 ドルガとコレットから発せられる殺気に、これ以上口を挟む事が出来なかったからだ。



「……ごめんなさい、師匠。私達も出来る事なら、ゼノスが立派に成長するまで見届けたかった。…………けど」



 二人は、セラハに切先を向ける。



 収まらない殺気と、気高き意思を胸に――その言葉を紡ぐ。






「「――騎士の誇りにかけて、祖国と大切な者達を救いたい」」






「………………」




 ……嗚呼、そうか。




 ここでガイアは、改めて確信した。



 例え何を言っても、二人が思いとどまる事は無いだろう。今彼等が持っている感情は、騎士として当然の物。ガイアもよく知っている馴染み深い意志。




 ――今彼等は、ガイアとゼノス、そして祖国を守る為に……戦おうとしているのだ。




「…………ッ」



 ドルガとコレットに対して、告げる言葉は何もない。



 ――と、ガイアが去ろうとした瞬間だった。





「ん…………あれ。ここどこ?」





 眠気眼のまま、ゼノスが起きたのだ。



 ゼノスは周囲を見渡し、視界にドルガとコレットの背中を見つけると、笑顔で手を振る。



「あ……ドルガ兄ちゃん、コレット姉ちゃん!今日も遊びに来たの?」



 ゼノスはただ無邪気に彼等を呼ぶ。



 何も知らず、何も考えず……。



「――ッ。よ、よおゼノス。いや悪いな、今日はそれどころじゃねえんだ」



 ドルガはセラハに意識を集中させながら、ゼノスに対して微笑みながら答える。……驚いた事に、セラハからは何も仕掛けてこない。まるでこの悲劇を楽しんでるかの如く、不気味な笑みを浮かべながら傍観していた。



「そうなんだ……。じゃあコレット姉ちゃんはっ?また歌を教えに来てくれたの?」



 今度はコレットに尋ねるが、彼女からの返答も素っ気ないものだった。



「ごめんね、ゼノス。……今日はお姉ちゃん達、忙しいんだ」



 コレットもまた曖昧な笑みを浮かべ、すぐにセラハへと向き直る。



 ゼノスは悲しげな表情をする。また何かを言おうとしているが、これ以上は時間が惜しい。




 ――全てを決断し終えたガイアは、ゼノスを抱えてその場から走り去る。




「おじいちゃん?」



「ゼノス、しっかり掴まっているんだッ!」



 切羽詰まったガイアは、ゼノスの疑問を跳ね除けて疾走する。



 ゼノスは何が何だか分からないまま……どんどん小さくなっていくドルガとコレット達に、大きな声で叫ぶ。





「――ドルガ兄ちゃん、コレット姉ちゃん、お仕事頑張ってね!それが終わったら……また今度遊ぼうよ!」





 果たしてその声が、二人に届いたかどうかは分からない。







 ――だが最後に彼等は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた様に見えた。










画像掲載サイト「みてみん」にて、「ドルガ」のイラストを投稿いたしました。参考までにどうぞ→http://6886.mitemin.net/i74956/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ