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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep25 ――守る為に、生き続ける――




 闇夜が支配する森の中で、その死闘は繰り広げられていた。……死闘……いやこれは、一方的な虐殺と言ってもいいだろうか。




 グラナーデ騎士団前衛部隊、総勢300百人。



 森に潜み、始原旅団に奇襲攻撃を掛けたその数十分後――現在はドルガを含めて、総勢30人程へと減少した。



 奴等は奇襲を察知し、迅速に対応してきたのだ。野生味溢れるその身体能力を駆使して、野蛮な殺戮を展開してきた。




 ――まるで月とスッポンだ。




 相手が悪過ぎる。かの有名な始原旅団と聞いて覚悟はしていたが、実際刃を交えると……その覚悟は絶望へと変化していった。



「――――ちえいッ!」



 しかし、ドルガは尚も抗い続けていた。



 迫り来る複数の旅団員を目にしても怖気づかない。大剣を大振りし、一気に殲滅していく。




「前衛部隊、決して散開するな!俺の近くに密集し、味方を背にして戦い続けろッ!」




 ドルガは的確に指示しつつ、この絶対絶命の状況を切り抜ける光明を探し続けていた。



 ……しかし、何も手立てが見つからなかった。



 敵の誘導は見事なものだった。当初ドルガ率いる前衛部隊は、始原旅団が降り立つであろう浜辺へと待機し、そこで一戦を交える予定だったのだ。



 だが見ての通り、始原旅団はそこまで甘くなかった。



 迅速かつ隊が乱れる事なく彼等は森へと逃げ込み、圧倒的不利な状況を作ったのだ。――敵は森での戦いに優れているらしく、こちらの勢力は一気に瓦解した。



 強すぎる。一人一人の戦力が計り知れず、その戦法は狂気に満ちている。一種の殺戮兵器と言ってもいいだろう。



 退路は既に塞がれ、ドルガ達前衛部隊は敵に囲まれている。



 雨脚も強くなり、視界も鈍くなっているせいか……敵がどの辺りにいるかさえも明確に掴めない。




 ――絶体絶命の状況だ。




「……こんな所で死んでたまるかよ」



 ドルガは敵の攻撃を受けながら、そう愚痴る。



 そうだ、自分はまだ死ねない。ここで死んだら祖国グラナーデが陥落し、生まれた時から世話になった人々を苦しませてしまう。


 


 ――まだ死ねない。




 自分が死んだら、誰がガイアから聖騎士流剣術を教わる?



 自分が死んだら、誰がゼノスの遊び相手になってあげられる?





 ……自分が死んだら、一生彼女に……コレットに自分の想いを告げる事が出来ないだろう。





 そんなのは嫌だ。自分はまだ生きる理由がある。



 だから戦う。皆を守る為にも……グラナーデ王国騎士団の団長としてッ!





「てめえら、調子に乗るのもいい加減にしやがれえええええええええッッ!」





 どこから出たのか分からない、絶叫に似た叫び声。



 始原旅団が一瞬動揺を示すのを計らい、ドルガは捨て身の状態で前進していく。何も恐れず、何も考えようともせず――




 ――斬る。殺す。斬る。殺す。




 胸中に刻まれた言葉は、たったそれだけ。



 驚く程のスピードで敵を薙ぎ倒し、蠅を叩くかの如く全てを殺し尽くす。



 獣の様に荒れ狂うドルガ。だがその立ち振る舞いには、どこか騎士たる気品と勇猛果敢さが入り交じっている。……その姿を見た騎士達は、誰もがそう思うしかなかった。



 ……そして、敵は残り一人となった。



 如何に始原旅団と言えども、ドルガの実力は更にその上だった。流石聖騎士に鍛え上げられただけあって、常人離れした強さを誇っている。




「――らあッ!」




 ドルガはその最後の一人と剣を交わし、激しい攻防を織り成す。



 どうやらこの男は、始原旅団部隊の一隊長らしい。他の旅団員とは違う青のバンダナを被り、その実力も部下以上だ。



 相手は巧みに剣を振るい、急所を狙ってきている。とてもやりにくい戦法だが……相手の戦い方は、どこかコレットの戦法と似ていた。



 だがコレットの方が実力は上回るし、相手には大きな隙がたまに生じる。



 ――だから、この勝負は勝てる。



「ここだッ!」



「――ッ。ぐ、ふ……ッ」



 ガイアは敵の甘い斬り返しを読み、大剣でその剣と共に相手を一刀両断する。



 ……森にて、始原旅団の一部隊を残らず撃退した。



「くそッ。おい、何人生き残っている!?」



「はっ、少々お待ちを」



 近くにいた騎士に対し、荒々しげにそう尋ねる。



 周囲を確認し終え、その数を聞く。




「……たった五人、か」




「……それに調査隊からの報告によると、第二部隊が既に浜辺に到着していると……言ってました」




 騎士達はおろか、ドルガもまた絶望に暮れる。



 ――そう、先程のは第一部隊だ。始原旅団の中でも捨て駒として投入され、いわば特攻隊として攻めてきた者達。



 次の部隊が来れば、ドルガ達前衛部隊は間違いなく全滅するだろう。




「……後退しよう。城門を塞いで後衛部隊と連携し……あとは」




「――ド、ドルガ団長ッッ!」



 ふいに騎士の一人が駆け寄ってくる。



「どうした、また何か………………ッ!?」



 振り向くと、そこには有り得ない人物が立っていた。



 全身に返り血を浴び、自らもまた重傷を負い、騎士達に肩を借りている女性。……艶やかな銀髪を血に染めたコレットが、そこにいた。



「……よ、よかった。生きてたのね」



「コレットッ!」



 ドルガは急いで彼女の元に寄り、その身体を支える。



 彼女の全身を確かめると、腹部は抉られていて、左腕を骨折しているようだった。……それに、出血も多い。



「お前何でまた…………こ、後衛部隊は!?」



 ドルガは率直に問うが、コレットはすぐに答えなかった。



 目尻に涙が溜まり、嗚咽を漏らし始めるコレット。その様子を見た途端、ドルガは全てを悟る。





「………………まさ、か」






「……ごめん、ごめんね。私が未熟なばかりに…………始原旅団に裏を取られて……皆……殺されちゃった」





 ――国王も、グラナーデの民も、共に戦ってきた騎士達も



 始原旅団は本気だった。コレットの話によると、始原旅団の別動隊がグラナーデ王城裏手にある崖を登り、直接城内に侵入してきたらしい。



 しかもその中に始原旅団副首長もいて、破壊の限りを尽くしたのだ。抵抗も空しく、騎士団員達は残酷な殺され方をして……国王含む王家も全て虐殺された。



 コレットはその事実を知らせる為に、ここまで生き延びてきた。




 ――この先には、絶望しかないのにも関わらず――





「……ねえドルガ。これから私達……どうなるの?」




「…………」



 二人はもはや、何も考える事が出来なかった。



 守るべき祖国は死に絶え、帰るべき故郷は始原旅団に占領された。もうここに留まる事は出来ないし、第一ここから逃げる延びる事が出来るかさえも分からない。



 ……だが。




 それでもドルガには、まだやるべき事が残されている。






「――皆。今から言う事に従ってくれ」






 生き残った騎士達が俯く中、ドルガははっきりとした声音で言う。



 絶望と諦めが交差するこの雰囲気の中で、ドルガだけは諦めの色を示さなかった。それどころか、生気に満ちていた。



 そんな態度を見せられて、騎士達やコレットは自然と耳を傾ける。




「……聞いての通りだ。俺達の祖国は今日を以て崩壊し、俺達が帰るべき場所も見失った……。けど、俺達はまだ生きているッ!まだ死を受け入れる時じゃねえぞ!」




 ドルガは皆を叱咤する。しっかりしろと、そんな態度でどうすると。



 悲しむのは当然の事であり、ドルガも例外では無い。生まれた時からこの国に居て、死んで行った人々によってドルガは今日まで生きて来た。




 ――悲しいのは当たり前だ。だからこそ――




「――俺達にはまだやるべき事があるだろう?一体誰がこの事実を伝える?一体誰が……この歴史を伝えるんだ?――俺達だろう?」




「……ドルガ……団長」




「だから死ぬな、生き続けろッ!敵から逃げて、この国から出ろ!……そして、吟遊詩人になったつもりで……この国で起きた惨劇を、歴史を伝えて来い!」




 それがドルガの最後の命令。



 もしグラナーデ王国を想う気持ちがあるならば、この事実を世界中の人々に伝え続けるしかない。



 在りのままの現実を……この祖国で育った皆でだ。




 ――騎士達は泣いていた。皆が泣いていた。




 ようやく実感が湧いたのか、皆がこの現実を嘆き、苦しんでいた。親を失い、友を失い、妻と子を失った者達の涙は……止まらない。




「何してやがる……早く逃げろ!泣くのは後だッ!」






「「「「「――はっ!今まで……今まで有難うございましたッ!」」」」」






 騎士達の言葉に、何の揺らぎも無かった。



 全てを失ったとしても、自分達には成すべき事が存在する。



 ――嗚呼。一人、また一人とこの場から消えて行く。




 残されたのは、ドルガとコレットの二人だけであった。




「……行こうぜ、コレット」



「行くって……どこに」





「――決まってんだろ。爺とゼノスを探しに行くんだ。爺は簡単に死ぬタマでもねえし、ゼノスも爺の傍に居る筈だ」





「――ッ」



 コレットはようやく理解し、一気に思考が戻る。



 そうだ。まだ自分達には守るべき大切な存在が残っている。




 ――小さい頃から剣術を教えてくれ、自分達に様々な英雄伝を聞かせてくれたガイア。親を早くに亡くした二人からすれば、彼は自分達の親同然でもあった。




 ――そして、ゼノス。




 たった半年間だけれども、彼もまた切っても切れぬ存在となった。




 時には成功を祝い、時には叱ったりもした。悲しい時は一緒に泣いてあげて、嬉しい時は一緒に喜び合った。




 ……二人にとって、ゼノスは弟同然の存在だ。



「俺達も簡単には死ねないんだ。……そうだろ、コレット?」



「……うん。そうね」



 コレットは強い意思を抱き、頷く。







 二人は傷を忘れ、森の出口に向かって疾駆した。









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