ep24 ――次なる世代へ、受け継ぐ為に――
記憶は走馬灯の様に流れて行く。
今までゼノスの記憶を辿って来たゲルマニアは、元日祭の記憶を期に追憶の流れが速まった様に感じる。
――始原旅団の到来。半年という短い時の中で、ゼノスという少年は彼等の複雑な関係に晒されず……祖父の様なガイアに育てられ、兄姉の様なドルガとコレットに、休みの日はずっと遊んで貰っていた。
……これが自分の知らないゼノスの思い出。
暖かくも美しい、彼等にとっては一番平穏だった日常。
――だが
「…………」
世界は変革する。
まるで陽光が閉ざされたかの如く、光と記憶のコントラストは脆くも崩れ去っていき……戦場の戦火が視界を埋め尽くす。
それは一瞬の出来事。炎は次第に弱くなり、ゲルマニアにその悲惨な光景を映し出す。
聞き慣れた戦場の音。鉄と鉄が重なり合い、鈍い音と共に血飛沫が巻き起こる。荒れ狂う怒号と絶望のコーラスが鳴り響き、生と死を掛けた戦いを繰り広げる。
……嗚呼、そうか。もう辿り着いてしまったのか。
記憶は全てを見出してくれない。あくまで重要な部分を、まるで誰かが図ったかのように、劇的な場面だけを映す。
――ゲルマニアは確信する。
恐らくこの夢も、もう終わりに近づいているのだと。
ガイアは雨風が窓を叩く音によって、ハッと目を覚ます。
ゼノスに絵本を読ませて寝かせる最中に、どうやら自分も眠りこけていたようだ。――時計を見やると、夜中の一時を過ぎていた。
「…………」
ベッド脇からゼノスを覗き込むと、既に寝息を立てながら就寝していた。この穏やかな表情を見ていると、自然と心が安らいて行く。
ガイアはそっとゼノスの頭を撫でながら、微かな雷鳴と豪雨が鳴り響く窓外を見据える。
「……もう、始まっているようだな」
ぼそりと呟くガイア。
何が始まっているのか?――それは恐らく、グラナーデ王国民の中で知らぬ者は存在しないだろう。
――そう、今日は始原旅団が強襲を掛けてくる日だ。
グラナーデ国王は戦争を避けるべく、あらゆる手段を用いて始原旅団側と平和交渉を訴えてきたが……今ではもう水の泡だ。彼等は単に占領地域を増やしたいだけであって、同盟には興味を示さなかったらしい。
ガイアの勘だが、戦争は既に始まっている。
場所は……ここから道なりに進み、城下町とは正反対の方向かもしれない。ガイアの騎士養成学校がある岬をも通り過ぎ、その更に向こうの森林地帯……常人離れした聴覚を持って戦場の音を聞く限り、恐らくそこだ。
夜戦の上、森の中では視界もかなり遮られる。始原旅団とグラナーデ騎士団の戦力差を含めると……状況は圧倒的にこちらが不利だ。
…………あと数時間もすれば、グラナーデ王国は始原旅団に占領されるだろう。それは避けられない事実であり、ガイアも受け入れたくなかったが、こればかりは仕方ない。
――始原旅団の連中は、野蛮で見境なく人を殺し尽くす。
占領する為ならば国に住む者達を皆殺しにし、その国の王でさえも……躊躇いも無く殺すだろう。
……そう、全ては必然だった。
誰が悪いわけでも無い、全ては在るべき運命。……ガイアは半年前から、それを予期していた。
しかし、だからと言って何もしない訳がない。
グラナーデ王国は滅び、国王や親しかった城下町の人々、育て上げた騎士達の死は免れないかもしれない。そしてガイアは、全てを救える程の力を有してはいない。――――老いとは怖いものだ。
――だがそれでも、自分の愛しき弟子達だけは生き残れるだろう。
確証は無いが、そう感じていた。――否、そう感じるしか……この不安を拭い去る事は出来なかった。
自分は何も出来ない。――しかし。
「……ゼノス、お前だけは死なせない。私が何としてでも……」
ガイアは決意の籠った眼差しを、ゼノスに向ける。
――死なせない。その言葉を脳裏に反芻させながら、ガイアはすっと瞳を閉じる。
「――聖騎士流法技、伝心の理」
彼は久々の聖騎士流法技を発動させる。
伝心の理――それはガイアが編み出した、遠距離の相手との会話方法でもある。効果は極めて短いが、用件を話すだけならば困る事も無い。
ガイアは自分の法技が届いているであろう相手に、静かに語り出す。
「…………聞こえているか、私が認めた好敵手よ」
『聞こえ取るわい』
ガイアの問いに、野太い声音が聞こえてくる。
「……そうか。君はもう陸地に到着しているのか?」
『いや、まだじゃよ。天候も荒れているし、波も猛々しく荒れ狂っておる。全く、人遣いの荒いお前といい……』
「すまない。――だが、これは君の罪滅ぼしでもある筈だ。今グラナーデで起こっている現状を知っているならば……理解出来るだろう?」
『…………そう、じゃな』
相手は間を置き、弱々しく呟く。
一方のガイアはその場から立ち上がり、焦げ茶色のコートを羽織る。
「……待ち合わせ場所は変わらない。ゼノスを連れて、今からそちらへと向かう。そしてその後は」
『分かっとる。後の事は任せい』
相手はガイアの言葉を遮り、察していると告げる。
『――じゃが、お前はそれでいいのか?仮にもゼノスの育ての親じゃろうに…………きっと悲しむぞい』
「ああ、そうかもしれないな。ゼノスは私にも、コレットやドルガにも懐いていた。……だが、その悲しみを埋めるのも君の仕事だ」
ガイアのその言葉を期に、両者は暫く沈黙する。
伝心の理の効果がきれたのでは無い。単にお互いは、返す言葉も見つからないまま、無駄な時間を費やしていた。
『――――最後に、一つだけ言っておくぞい』
ふいに、相手が言ってくる。
『…………このアルバート・ヴィッテルシュタイン。まだお前との決着を着けとらん。――死ぬなら、儂との一騎打ちで死ねい』
会話の相手方、アルバートは皮肉にもそう告げてくる。
何度も刃を交わし、そして奇妙な友情が生まれた二人。その励ましに、ガイアは頬を緩ませる。
「……ああ」
長年の友にそう返し、寝ているゼノスを抱き上げる。
「――――さあ、行こうか。新たなる希望を……この手で送り出す為に」




