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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep23 ――聖騎士を望む者達――




 グラナーデ元日祭における最高最大の催し、それが国王謁見式と言っても過言では無いだろう。




 グラナーデ王家は義を重んじ、礼を尽くす。建国者である騎士王トリノレは実力至上主義の元に家臣を登用し、多大なる功績を遂げた者には最上の褒美をとらせていた。



 その慣習の名残なのか、実力主義的な面は国王謁見式という行事として残り続けている。戦争、文化、宗教、学問、様々な分野にて活躍する者達が集まり、国王から称賛を浴びる――それが国王謁見式の主たる内容だ。



 実はガイアは、毎年この謁見式に招待されている。



 功績は戦争面――グラナーデ騎士団の教育に尽力し、毎年数多くの騎士を育て上げているという事で、現国王から大変感謝されているのだ。



 ――余生を過ごす場所として、このグラナーデ王国以上に最適な国は存在しないと思う。




「……さて、皆集まったかね」




 と、今まで玉座に鎮座していた国王が立ち上がり、玉座の間に彼の声が響き渡る。



 現国王レオン四世は前へと出て、目前に佇む家臣達を見やる。



「――今年も名誉ある者達が多く揃った事、大変嬉しく思う。全国民、グラナーデ王家を代表して、個人ごとに礼を述べたい」



 国王は厳格な表情から一変、皺ある顔を綻ばせる。『慈愛の老王』と言われるだけあって、一挙一動に嫌味が全く存在しない。



 ……こうして、国王に呼ばれた者は前へと出る。



 多くの民を守って来た騎士には栄誉ある赤いマントを授けられ、知力に富んだ物理学者には、可能な限りの研究資金を提供すると約束する。




 そんな皆が歓喜し、国王に絶大なる感謝を送り続ける中――ようやくガイアの出番が来た。




 名前を呼ばれたガイアもまた前へと赴き、皆と同じように片膝をつく。




「ガイア殿、去年はよく我が国に優秀な騎士達を送ってくれた。この恩は、感謝してもしきれぬ。……だが貴殿は、今年も我が褒美を受け取ってはくれぬのだろう?」




「はっ、左様でございます。国王陛下のお気持ちを無下にするのは心痛みますが……その褒美、どうか貧しい者達に贈る援助金として役立たせて下さい」



「ふふ、相変わらずで何よりだ」



 国王はガイアがこの国に来てからの知り合いであり、彼の性格は熟知しているつもりだ。これは形式的に言っただけで、褒美を受け取らない事は分かりきっていた。



 その騎士の鑑とも言える行為に、同じ騎士たる者達は一様に賛美する。




「――時にガイア殿。我如きが言うのも何だが……聖騎士候補はもう決まったのかね?」




「……いえ、今は決めかねている最中です」



 ガイアは驚きを表情に出さず、正直に答える。



「そうか。失礼を承知で言わせて貰うが、老いたる次に待ち受ける死は、唐突にして予知できぬ。その類稀なる技術と地位を、目の黒い内に継承した方良いぞ」



「は、承知しました。ですが、一つ申し上げても宜しいでしょうか?」



「何かね?」



「……私は俗世間を離れた身。なので政情や外交問題について把握出来ておりません。しかし、何となく思うのですが…………この国に、何か不穏な出来事が起ころうとしているのでしょうか?」



 その言葉に、国王の顔が真っ青となる。




 どうやら図星のようだ。




「……少し近寄るがいい」



 国王は手招きをしてくる。この場では言い難いのか、小声でその事実を教えてくれるらしい。



 ガイアは更に近づき、国王と同じ目線に立つ。



「――これは口外してはならぬ、王家と騎士団内での最重要機密なのだが……ガイア殿も決して関係の無い話ではない。詳細を省いて言おう」



 突如襲い掛かる、重苦しい雰囲気。



 周囲の者達は耳を傾けようとするが、両者の声が彼等に届く事は有り得なかった。だが聞こえない程度で話す会話に対して、いささか疑問と不安を抱き始めていた。




 ――話を聞き終えたガイアは、瞠目する。




「…………なる、ほど。そういう……事でしたか」



 事実を伝えられ、ようやく合点がいった。



 何故国王が次の聖騎士の選定を急がせるのか、そしてコレット達どうして突然『例の頼み』をお願いしてきたのかを。




「もう一度言うが、これは他言無用に願う。民を混乱と絶望の渦に晒したく無い」




「……騎士団だけで解決なさるおつもりですか」



 ガイアの問いに、国王はただ頷くだけだった。



 それ以降、国王が詳細について説明する事は無かった。最後に去年の苦労を労い、ガイアを後ろに下がらせた。




 その後に華やかな舞踏会が開かれ、人々は元日祭を心ゆくまで楽しむ。






 ――――ガイアと王家、グラナーデ騎士団を除いては。




















 舞踏会を終え、ガイアは騎士団詰所へと向かう。



 まだグラナーデ国民は歌い踊り、夜が明けるその時まで就寝する事は無いだろう。しかし城内の者達は既に寝静まり、騎士達は普段通り城内の警備を行っている。



 ――そんな中、ガイアはコレット達がいる場所へと辿り着く。



 先と変わらぬ騎士団専用の室内訓練場。今は訓練も行っておらず、ただ灯りが灯されているだけだった。




 部屋の中央に……コレットとドルガが佇んでいた。




「……もう来ていたのか。ゼノスはどこに?」



「今は遊び疲れて、私の自室で寝かせています。……ふふ、ドルガと城内で鬼ごっこを始めてしまって苦労しましたよ」



「おいおい、あれを提案したのはコレットじゃねえか。……にしてもゼノスの体力は凄かったなあ。ありゃいつか大物になるぜ、爺」



「……」



 二人の気楽な言葉に対し、ガイアが返す事は無かった。



 その雰囲気を感じ取ったのか、二人は表情を一気に引き締める。



「……話は聞かせて貰った。この国の現状を、そして何故お前達が突然『例の頼み』を打ち出して来たのか…………ようやく納得出来たよ」



 ガイアは国王から聞いた事実を、脳内で思い出す。





 ――グラナーデ王国は、今未曾有の危機に晒されている。





 かの有名な『始原旅団』が、グラナーデ王国に対し宣戦布告してきたのだ。



 

 始原旅団と言えば、その名を知らぬ者はいない筈だ。ガイアも若き頃、始原旅団の首長・アルバート・ヴィッテルシュタインと何度も一騎打ちを果たし、その仲間とも刃を交えた。



 奴等は化け物だ。一体ガイアは何度死にかけ、何千人もの仲間を奪って行ったか……。



 現在の首長はアルバートでは無いが、それでも始原旅団の脅威は凄まじい。――北の草原大陸を支配する彼等に、グラナーデ王国騎士団が立ち向かえるとは到底思えない。



 ……しかも、始原旅団は半年後に攻めて来ると宣言したらしい。



 たかが小国に奇襲をする気も起きない、そう思っているのだろうか?いや、多分そう思っているのだろう。



 ガイアの自慢の弟子であるドルガとコレットとて、始原旅団相手にどこまで保つか……一週間?もしかしたら……半日でグラナーデ王国は滅ぶかもしれない。





 ――ある一つの可能性を除いては。






「――国の為に、白銀の聖騎士になるつもりだな?」






 ガイアは辿り着いた結論を、簡潔に述べる。



 始原旅団に対抗する為、ドルガとコレットはどちらかが聖騎士になる事を望んでいる。この際白銀の聖騎士という地位と鎧はいらない、聖騎士流剣術だけ教えて貰うだけでもいい……そう思っていた。



 ……だが、ガイアの答えは辛辣なものだった。





「私は何度も言ったつもりだ。――残念だが、お前達には聖騎士流剣術を扱う事が出来ないだろうと」





「――ッ。だから、やってみねえと分からねえだろうが!」



 突如、ドルガが感情を剥き出しにする。



「あんたはいつもそうだ!そうやって言葉一つで終わらせて、何も教えちゃくれなかった!……でもな、今は祖国の危機だ。あんたがどう言おうと、今回は無理やりにでも聖騎士流剣術を教えて貰うぞッ!」



「……コレット、お前も同意見なのか?」



 ガイアの問いに、コレットもまた頷く。



「はい。このグラナーデ王国を守る為に、今は聖騎士流剣術が必要なのです。……お願いします、師匠。どうか私達に、その神技を」




 二人は懇願する。




 思えばドルガとコレットは、聖騎士たるガイアに憧れて騎士になろうとしていた。毎日の様にその技術を教えて欲しいと言われ、ガイアは毎回断ってきたのものだ。



 ――それは、今回も例外では無い。



「…………ならん」



「……どうして。どうしてだよ、爺ッッ!?」



 遂に、ドルガがガイアの胸倉を掴んでくる。そして同時に、コレットも涙を零しながらガイアへと近付いてくる。



「私の……私達の何がいけないんですか?技量ですか、意思ですか?私達の……何がいけないんですかッ!?」



 二人は激昂し、ショックを隠し切れない。



 自分達はガイアに認められていない。今まで頑張って来たのに、ガイアの様な立派な聖騎士になろうと、血の滲む鍛練を行ってきた。




 ――それでも、認めてくれない。




 何故、どうして、何がいけなかったの?



 ドルガとコレットはそう訴えかけていた。ガイアは勿論その訴えを承知した上で、剣術を教える気は無かった。



「私達は師匠が大好きだった!だから師匠の望む聖騎士後継者になろうと、今まで頑張って来ましたッ!………でも師匠は、私達が嫌いだから……聖騎士にしようとしなかったのですかッ!?」



 その理由は、単に彼等を愛していなかったから?



 …………違う。そんな事は有り得ない。



 ガイアは弟子である二人を心から愛し、かけがえのない者として接している。それは今でも変わらない……変えられない。



 二人の嘆きの叫びが部屋を木霊する中――





 ――ガイアは二人を引き寄せ……ぎゅっと抱き締める。





 二人は叫びを止め……ガイアの行動に驚愕していた。




「――あまり悲しい事を言うな。私はお前達を心底愛し、立派な騎士にしようと育ててきた」




 それは偽りの無い、正直な答え。



 でも、今のドルガ達には納得出来なかった。



「だったら……ッ。だったら何で」



「何でかって?――そんなの決まっているッ!」



 今度はガイアがドルガ達の言葉を遮り、怒声を上げる。




「聖騎士流剣術は、確かに最強を謳う剣術だ。その極意を取得すれば、始原旅団を追い払う事も可能だろう。……だがッ!」




 ガイアは二人を引き離し、二人の顔を見据える。



 ――彼の双眸から、涙が零れ落ちていた。






「……お前達の死に関わる剣術を……喜んで教えると思うか?」






「……え」



 二人は衝撃の事実を聞いて、唖然としていた。



 聖騎士流剣術は最強の力を得るが、その膨大な力に耐える素質と力が必要だ。もし素質無き者が剣術を使用すれば…………死ぬ。



 聖騎士流剣術は諸刃の剣だ。だからガイアは、今まで彼等に技術を教えてこなかったのだ。



 ――愛する弟子達を、そんな理由で死なせない為にも。



「…………」



 二人は何も言い出せなかった。



 ただジッと地面を見つめ、複雑な思いにふけていた。



「……すまない」





 ガイアは他に言葉が見つからず、そう言うしかなかった。







 

 ――この日、聖騎士ガイアは二人の弟子の希望を奪い去った。










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