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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep21 ――聖騎士の使命――

 夜の帳が下り、闇夜が蔓延る時刻となった。




 鍛練場を夕方にて立ち去ったガイアとゼノスは、夕食の食材を町で購入し、今は家でガイアが料理を作っている。



 今日の夕食は、どうやらビーフシチューにポテトサラダのようだ。食欲をそそる上に、外では雪が深々と降っている。寒い中で食べるビーフシチューは……さぞ美味しいだろう。



 まだかまだかと待ち焦がれて約数分、ついにガイアが声を掛けてきた。



「これでよし、と。――ゼノス、夕食にしようか」



「うんっ!」



 満面の笑みを浮かべ、読んでいた絵本を置いて食卓へと向かう。



「……うわあ」



「ふむ、今日は上手く出来た方だな。ただ少々まろやかさが足りないかもしれないが……まあいい、冷めない内に頂こうか」



 ガイアは味の方を気にしていたが、ゼノスにとってはどうでも良い事だった。



 食事前の祈りを捧げた後、ゼノスは無我夢中に食べ始める。



「……」



 その様子を見て、ガイアはどこか穏やかな気持ちになる。




 ――騎士として生きて来たガイアは、子どころか妻すら存在しない。




 結婚する機会は沢山あった。英雄として世間を賑わせていた彼の周りはいつも女性で溢れ、幾数回も求婚されてきた。……貴族の娘、戦場を共に駆けた戦友、仕えていた主など……様々な女性にだ。



 しかしガイアは、彼女達の誰とも契りを結ぶ事は無かった。



 ――その結果として、今は独り身だ。慣れ親しんだ祖国を離れ、親友と呼べる者が一人もいないこの国で、寂しく過ごしてきた。



 ……だからだろう。ゼノスという少年と居ると、まるで孫と共に過ごしている様で、今までの孤独感も晴れて行く。



 やがて食事を終えた二人は、暖炉の前で食後休憩を取る。



 これでゼノスも大人しくなるだろうと思いきや、食事の次は質問攻めにあったのだった。




 その内容は――騎士についてだ。




 騎士とは何か?それは何の為に戦う者達なのか?そして、誰の為に剣を振るうのか?幼い子供の興味心によって、容赦ない難しい質問が投げかけられる。



 多分だが、上手い答えは出来なかったと思う。



 ガイアが噛み砕いて説明したそれを聞くゼノスは、時々首を傾げながら、唸りながら清聴していたのだ。



 ……だが、それでいいのかもしれない。



 騎士の人生はとても苦しく、責任と罪悪感に苛まれる職業だ。それを自分が一番良く知っているから、分からない方が幸せかもしれない。



 内心ホッとしつつ、ガイアは次の質問に身構える。





「――じゃあ、次は白銀の聖騎士について教えてよ!」





 ……それは不意打ちだった。



 ある程度覚悟していたが、まさかゼノスが聖騎士について聞いてくるとは、夢にも思わなかった。



 流石のガイアも、どう答えればいいか悩んでいた。



 ――白銀の聖騎士。その詳細については、先代からの教えによって固く禁じられている。その歴史を、存在理由を……聖騎士自らが素質ありと認める者以外には、容易に教える事が出来ないのだ。



 ましてやこんな幼い子供に……聖騎士の宿命を語るなど……



「……」




 いや、待て。




 この感覚は何なのだろうか。



 あの日ゼノスを拾った時と似た様な感じだ。これが運命なのだと、避けられない宿命なのだと、自分の奥底からそんな声が反芻してくる。



 今までどんな人に問われても、決して話す事は無かった。親しい戦友にも、愛し愛された人にも……なのに。





 ――今自分は、聖騎士について話したいと思っている。





 よりにもよって、戦無き世界に生きさせようとしたこの少年にだ。自分はこの純粋無垢な笑顔を、苦痛と絶望の表情に塗り替えようとしている。



 …………これを、先代達は続けてきたというのか。



 ガイアは揺り椅子に深く座り直し、表情を一気に強張らせる。




「……聖騎士とは、世間一般の騎士と違って、主から賜る地位とは大きく異なる。……叙任式等では手に入らぬ、とても歪な称号だよ」




「いびつ?」



 ゼノスはまたもや首を傾げる。分からない言葉だったのだろう。



「ああ、つまりは変わった存在だという事だ。――聖騎士の全ては先代から引き継がれ、どこかの国で最強の騎士として崇められるべき者。……軽い気持ちでは務まらないんだ」



 現聖騎士は候補となる者を厳選し、その者がいずれ最強となり、仕える国で英雄として君臨する素質があるかどうかを見極めなければならない。――未だ見ぬ将来は、絶対そうでなければならない。



 更にその過程は険し過ぎる。ガイアの場合は、先代が死ぬ直前に聖騎士流剣術の秘伝書を授かり、後は幾多もの戦場を渡り歩き、その技術を徹底的に磨いてきたものだ。



 ――そして、自力で聖騎士たる証である白銀の鎧を見つける。先代が自分の試練の為に、わざわざ飛竜が巣食う火山の頂上に置いてあった事は、今でも記憶に残っている。



 以上の経緯を分かりやすく説明すると、ゼノスもまた真剣な面持ちで耳を傾けていた。




 恐怖とは違う――使命感に燃えた瞳だった。




「……怖くないのか、ゼノス。今の話は、お前が想像する騎士とは大きくかけ離れている筈だ」



 聖騎士は全てを救わなければならない。王や領主から騎士階級を賜った者とは違い、華やかで抒情的な騎士人生を送れるわけが無い。



 ――しかし、それでもゼノスは引かなかった。



 まだ詳しい事は分からないだろうに、まるで全てを受け入れるかの如く、強い意思を示していた。



 その心意気は素晴らしい事だ。





 この聖騎士の『表上の存在理由』を聞いただけでも、大人でさえ怖気づく程のものだから。





「……でもな、聖騎士の宿命はそれだけでは無いのだよ」




 ガイアは椅子から立ち上がり、ゼノスの元へと歩み寄る。



 片膝を付き、床に座り込むゼノスの頭に手を置く。



「――白銀の聖騎士が、なぜ最強で無ければならないか分かるか?」



「……」



 ゼノスは首を横に振る。



 今のゼノスにとって理解出来ない話でも、ガイアは話を続けた。




「……聖騎士は、遥か古から存在する。まだ善と悪が区別されていない時代から…………約一万年前の『創世記』からだ」




 まだ神々が地上に住んでいて、人間達に文明の英知を教え伝えていた時代。



 人は闇を知らず、悪意という存在さえ無かった。ただ神々に従っていれば、自分達は救われるし、平和に過ごせる。そう信じ続けてきた。




 ――しかし、その考えが脆くも崩れ去る日が来た。




 ここからは口伝での言い伝えであるが、ガイアは更に続ける。




 当時の聖騎士……つまり初代聖騎士はある日、神々の成す行いに疑問を抱き始めたのだ。




 ――自分達は、神々に踊らされているのでは無いか?と。




 どうしてそう思い始めたのかは、口伝では伝えられてはいない。だがそう思った聖騎士に、ある感情が芽生えたという。



 …………悪意だ。



 神々の使徒という名目の奴隷、天罰という名の都合良き独裁……そして初代聖騎士は、愛していた少女を神に奪われた。



 初代聖騎士は神々との戦争を仕掛けた。その戦いは壮絶なものだったそうで、神の斬撃は大地を半壊させ、明ける事の無い夜が到来した。




 ――だが、それでも聖騎士は戦い続けた。




 人々を救う為に……ずっと、その身が朽ち果てるまで。



 戦いの結末を知る者は、誰一人として今は存在しない。このガイアでさえも、先代から何も聞かされていない。いやそもそも、先代もそのまた先代も教えられていない様だ。



 …………けれども、口伝の最後はこうだった。








 『聖騎士は人々を救い――――重大な過ちを犯した』








 それが何を意味するかは、ガイアも全く分からない。



 分からないが……代々の聖騎士はこの言葉を深く噛み締め、初代の罪を償う日が来るだろうと確信していた。



 どういう形でその日が来るかは、知る由も無い。



 ただ最強を手にし、罪を清算する為に待ち続ける。そんな聖騎士の宿命が、今でも引き継がれている。



 ――あまりにも、未知で過酷なる世界だ。




「…………いやすまない、私も焼きが回ったようだな」




 ガイアはハッとし、自分の言った言葉を後悔する。



 時間は既に十時を過ぎ、そろそろゼノスが眠る時間帯である。



「もう夜も遅い。今日の話はこれでやめよう」



 眠気眼のゼノスを立ち上がらせ、二階の寝床へと連れて行こうとする。しかしゼノスは、不満げな様子でガイアに振り向く。



「僕まだ眠くないよ。もっと話が聞きたい」



「はは、中々強情だな。……でもこのまま遅くなると、健康にも良くない。将来騎士になりたいんだったら、早寝は基本だぞ?」



「……分かった」



 ゼノスは渋々と頷く。








 ……今日話した事を、出来れば思い出して欲しくない。そう願うガイアは、胸中で二度とこの話をしないと誓った。

 







 


4月28日追記;画像掲載サイト「みてみん」にて、皇女アリーチェ(ウェイトレスVer)のイラストを掲載しました。http://6886.mitemin.net/i73683/


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