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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep20 ――騎士道精神との出会い――



 ゼノスは、ただ茫然とその光景を眺め続けていた。



 軽快に素振りをこなし、汗水を垂らしながら剣の鍛練に勤しむ者達を、興味津々と観察していた。




 ――ガイアに拾われて、既に二週間が経過した今日この頃。




 最初は栄養失調に陥った身体を養う為、自分がいた街から少々離れた民家――つまりガイアの家で看護される形となった。



 ガイアは栄養のつく食事を与えてくれ、毎日たった一人でゼノスを看護してくれた。そのおかげか、今では外出も出来るし、言葉も発せられる程に回復していた。



 ……だから、ゼノスは思いきってある願いをガイアに打ち明けた。



 それは毎日ガイアが三時間程出掛ける時間帯に、自分も連れて行って欲しいという素朴なものだ。



「……本当は連れて行きたくないが、無理な話だったか」



 意外な事に、ガイアは珍しく難色を示していた。ゼノスの好奇心に負け、渋々と許可した様に見て取れる。



 ――こうして、ゼノスは興奮を抑えながらガイアと共に出掛けた。



 家沿いの道を街とは反対方向に進み、広大な草原と大海原に挟まれた小道をひたすら歩いて行く。……歩いてから一時間が経過したけれど、ゼノスは遠足気分で楽しんでいた。




 そして辿り着いたのが――この岬に位置する鍛練場だ。




「……」



 ゼノスが興味津々に彼等を眺めていると同時に、素振りを続ける彼等もゼノスの存在に疑問符を浮かべていた。



「――よし、素振りを終えよう」



 だが疑問も束の間、ガイアの一言で我へと返る。



 彼等――否、ガイアに剣の稽古を付けて貰っている門下生達。その中の一人が、息を切らせながら挙手をする。



「何だ、どうした?」



「あ、あの……先程から気になっていたのですが……この子は一体」



「…………いや、大した事は無いんだがな。これは……その」



 弟子の問いに痛い所を突かれ、少々口ごもるガイア。



 この鍛練場で血生臭い戦闘は起きないが、やはりこの鍛練は人殺しの為に行う行為だ。地方によって異なるが、ここに住まう者達は子供に剣技を見せる事に躊躇を覚えているようである。



 だからゼノスがいる時点で、門下生達は訓練に身が入らないのだろう。ガイアもそれを危惧していたのだが……案の定だった。



 さてどうしたものか。



 正直に付いて来てしまったと言うべきか。しかしそれだと厳格な印象が崩れる可能性が高いし、甘く見られてしまうかもしれない。



 ……そう悩む事でも無いのに、生真面目なガイアは唸り声を上げる。




「――――全く、精神が弛んでるな。お前達は何の為に此処に居るのだ!」




「――ッ。は、はい!」



 突如一喝された門下生達は慌てふためき、急いで指定の位置へと戻る。



 それが誤魔化しだったのか、はたまた本気で言ったのかはともかく……ガイアは深く溜息をつき、ゼノスを見やる。



「……家に帰る気はない、みたいだな」



「…………うん。これ見てたい」



 どうやら何を言っても、ゼノスは帰る気がない様子だ。



 あれこれ説得しても意味が無いし、純粋無垢な子供の願望を妨げるわけにもいかない。仕方ないと思ったガイアはゼノスを抱き抱え、近場に置いてあるタルの上に座らせる。



「ふう。いいかお前達、今は紛う事なき稽古中だ。目先の事に気を使わず、その意思を全て集中に切り替えろ。――この子は私が一時的に預かっているゼノスだ、それだけ言えば文句はあるまい?」



「は、師匠!」



 門下生達は一様に姿勢を正し、はっきりと返事する。



「……分かればいい。だが、この雰囲気はどうもいかん」



 ガイアは一区間置き、張り詰めた空気を作る。



 幼きゼノスにはまだ理解出来ない事だが、この稽古は単なる剣術の訓練とは訳が違う。



 ――この鍛練場の名称は、『グラナーデ騎士養成学校』。巷では『岬にある稽古場』とだけ言われているが、実際は未来の騎士を育てる場である。勿論の事正式に国が認定している養成場だ。



 今ここに集う数十人もの門下生達は、このグラナーデ王国に将来仕える為に励む者達ばかり。



 ……だが、今この場に臨む若者たちは未熟だ。



 この時間帯に集まる騎士候補生は、まだガイアの指南を数回も受けていない。故に騎士としての基礎剣術は愚か、騎士道精神さえも完全に理解出来ていない。




「そういえば、お前達に騎士道精神の何たるかを記した書物を渡したな…………丁度いい。また素振りをしながら、暗記したであろう教訓を暗唱せよ」




 厳格な体裁は崩さない。目前の門下生達に対して、一切の妥協や慈愛を許さない様子でいた。終わった筈の素振りを再度強要させる。



 それは、単なる怒り?……いや、違う。




「――答えよ、未来の騎士達!我等が志すものは何だっ!?」




「類稀なる勇気!純粋たる誠実!穢れ無き寛大な心!貫き通せる信念!我らが主を想う意思!それら無くして、騎士とは呼ばずッ!」




 ……この気持ちは、何だろう?



 ゼノスを昂ぶらせるのは、この暗唱なのか。まだ意味を分からない言葉が羅列しているのに……何故心躍る?




「その通りだ――なら更に問おう!我等は何を捨てればいい!?」





「余計な雑念です!邪念も然り、野心も然り!我等は純粋であれ、どこまでも純潔であれッ!」




 ――騎士。



 未だ不明な存在。……されど、どこか惹かれる存在。



 そこには悪意も無い。誰も嫌々やらされておらず、むしろ清々しい思いのまま騎士道精神とやらを暗唱していく。


 

「――そうだ、我等の在るべき姿は正しくそれだ」



 ガイアは手に持つ粗末な剣を掲げ、断言する。さも敵国に挑む英雄たる佇まいで、貫禄ある圧力を容赦なく門下生達に突き付ける。



 誰もが素振りをしながら思う。



 ……嗚呼、これこそが我等が師。



 ――最強たる騎士、『白銀の聖騎士』なのだと。



 門下生達は揃って気持ちを引き締め、相対するガイアだけを見据える。既に部外者であるゼノスを意識していないようだ。




「励め、そして目指すんだ!恒久たる平和を……その手で掴む為にッ。」




 ガイアは彼等を鼓舞する。程よい叱咤と共に、騎士道の何たるかを教え込む。



 全ては若き者達を鍛え上げる為に、彼と門下生達は日が沈むその時まで特訓に勤しむ。




 

 ……ゼノスは、興味津々に鍛練を見続けていた。



















 ゲルマニアは新たな夢の軌跡を辿り、そして様々な事実を知っていく。



 屈強な老人・ガイアは白銀の聖騎士。そしてその傍に居る少年は……ゲルマニアの知るゼノスである。



 白銀の聖騎士――その称号は継承されていくのか。



 この頃のゼノスは、間違いなく普通の少年。彼が聖騎士の名を冠する事になるのは数年後……ガイアと名乗る者から受け継がれるのだと思う。それは確信に近い推測だ。



 ――ガイアは、限りなくゼノスと似ている。






 きっとこの後にゼノスが弟子となり、立派な聖騎士へと成長していくのだろう…………何の迷いも無く、栄光の架け橋を渡って行くのだろう。








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