ep7 狂った皇帝の覚悟(改稿版)
誰もいなくなった玉座の間。
リカルドは瞳を閉じ、静かに思考する。
ニルヴァーナ、イルディエ、あの二人はずっと――懐疑的な感情をこちらに向けていた。
彼等だけではない。この帝国にいる誰もが、代理皇帝リカルドを理解できていない。
アリーチェを利用してまで、どうして皇帝という地位に拘るのか?
それは――
『……中々強情ですね。私と聖騎士を引き合わせてまで、始祖に近づけたくないわけですか』
突如、玉座の背後から奇妙な声が響く。
素性は愚か、男か女かさえ分からない声音。だがその人物について、リカルドはよく知っている。
リカルドは怒気を孕んだ声で返す。
「貴様か。もう二度と面を見せるなと、そう言ったはずだが?」
『悲しいことをおっしゃいますね。私はただ始祖様を解放し、貴方様の歪んだ愛を覚まさせたいのですよ』
「……くく、心にもないことを。知っているぞ、貴様のことは。本当なら今ここで、この余を殺したいのではないか?」
すると、声は途端に黙り始める。
漂う気配で分かる。声の主は必死に怒りを抑え、殺したいという衝動を自分で押し殺しているのだ。
『――ええ。ですが、その楽しみは後にしましょう。始祖様を解放し、帝国全土を火の海にした後に……貴方を八つ裂きにしてやりますよ』
誰もいない玉座の間に、その怨念の宿った言葉が響き渡る。
微かに喉を鳴らすリカルドを見て満足したのか、徐々に気配を消していく。
『……では、これにて。例え聖騎士が相手でも、私の復讐心は揺らぎません』
そう言って、謎の人物は完全に気配を消した。
リカルドはいなくなったと同時に溜息をつき、ゆっくりと目を見開く。
「……」
始祖――あれは誰にも触れさせない。
「……あれは、我が娘だ。死んだはずの、愛しき娘だ」
だからリカルドは、絶対の地位を手に入れなければならない。
あの子を守るために、父は全てを利用してみせる。ランドリオ騎士団を、貴族を、六代将軍を。
……そして、白銀の聖騎士さえも。
先ほどまでいたあの存在を知れば、聖騎士は必ずや止めに入るだろう。そうすれば、始祖は奴に利用されずに済む。
そのために、もう一度働いてもらうぞ。白銀の聖騎士。……始祖と呼ばれる、娘のために。
これは誰も知らない、リカルドの異常な行動原理。
死んだ娘を追い求めた末――狂い堕ちた皇帝の覚悟であった。