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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep19 ――ガイア・ディルガーナ――




 ゲルマニアは知らぬ場所で佇んでいた。




 ――白い粉雪が降り落ち、素朴な石畳に雪化粧を施した小さな街。曇天故に太陽の光も差し込まない街は、とても淀んでいて……人々もまた暗い印象を以て闊歩していた。



 皆が一様に疲れ切っている様で、ただ前を見て歩く事しか出来ない。



 道端の何をも見ず……そして、



「……」





 ゲルマニアの目前に座り込む、小さな少年をも見ずに……。





 ――少年は大体六歳ぐらいだろうか。寒空の中、その身を震わせながら、小さな街の小さな路地裏にいる。全身は薄汚れていて、薄い麻布の服は灰色に染まっていた。




 ……どう見ても、少年は死にかけていた。




 全身は痩せこけていて、およそ三日以上は食事を摂っていないのだろう。更にこんな服装で居れば……間違いなく凍死してしまうか、その前に餓死するかの二択だ。



 ゲルマニアは急いで少年を保護しようと、手を伸ばす。――だが、



『……あ、あれ』




 ――何故か、自分の手は少年を貫通してしまう。




 気付けば自分の身体は半透明となっており、少年もゲルマニアの存在に気付いている様子では無かった。



 ……変な感覚だ。



 これは夢なのか?自分は確かに眠りに落ちた筈だが、ここまで明確な夢が見られるものか。いやそもそも、こんな場面は体験した事も無い。




 ――これは、誰の夢?




 ゲルマニアは気を取り直し、改めて少年を見下ろす。



 嗚呼、もう少年の体力は限界だ。



 このままでは死んでしまう。道行く人々にも声を掛けられず、誰にも気付かれないまま息絶えてしまう。




 誰か――――誰かッ。




 この子に救いの手を――この可哀想な運命から。




 

「――――これは」





 ……そのよく通った声音は、救済の兆しだろうか。



 ゲルマニアの懇願と共に、まるで図ったかのように告げられる。その声は道行く馬車の音よりも、ざわめく人々の雑音よりも明確に聞こえてくる。



 灰色の雲に覆われた陰気臭いこの街。石畳はとても冷たく、立ち並ぶ建造物は明るみに欠け、暗い雰囲気を更に助長させているこの世界。



 そんな中で、声を掛けてきた老人だけは違った。



 ゲルマニアが見る限り、その老人は既に齢六十を過ぎているのかもしれない。白髪の長い髪、しわがれた声音に痩せ衰えた身体付き。




 ――だが老人は、その貧弱な外見を覆す覇気に満ちている。




 少年を見下ろす眼は真っ直ぐで、全身から放たれるオーラはどんな英傑よりも激しく、眩しささえ感じるそれだった。



 ……生気に満ちた老人と、気力を失い欠けている少年。



 この追憶は……ゲルマニアに一体何を見せたいのだろうか。一体誰の、そして何の為に――。



 ふと、老人はしゃがみ込む。



 少年と同じ目線となり、皺のある顔を綻ばせる。




「大丈夫だよ。私は君にとっての死神でも無ければ、肉に飢えた野犬でも無い。そんなに怖がる事はない」




「…………おじいちゃんは……誰……なの?」




 少年は初めて、その枯れた声を響かせる。



 疑心暗鬼に満ちた問いかけ。……恐らくだが、老人の言う例え以前の問題であるのだろう。少年にとって、目前の光景全てが畏怖の対象なのだ。



「……これはまた。この歳で、一体どれほどの体験をしたのだろうか」



 さしもの老人も、少年の反応に哀れみを覚えていた。



 身体を小刻みに震わせ、紫色の唇を噛み締める小さき存在。心を打たれたのは老人だけでなく、ゲルマニアも同様だ。



 ――胸の底から湧き上がる不快感、だが老人はそれを押し殺し、尚も笑顔を保ち続ける。



 この運命から救う為に、老人は優しく答える。




「――私の名はガイア。この身は既に老い朽ちてしまったが……志すものは未だ果てておらず。故に、君に対して誓おう」




 どこまでも明白で、衰えを知らない老人。



 彼はその場にて片膝を付き、握りこぶしを胸に当てる。その姿勢はゲルマニアの知る……最も馴染み深いものだ。



 

「騎士道精神において、私は君を助けようと思う。悪は忌むべき存在であり、私はそれを滅してきた。それに準じ…………元ではあるが、この騎士ガイア。君を救う光となりたい」




 ――偽りの無い、正義感に満ち溢れたその生き様。



 これが騎士の鑑といわずして、一体何を言うのだろうか。絵に描いた様な誇らしい騎士の姿を、今この老人――ガイアは示している。



 ……少年は心打たれた。その正直な意志に、面喰っていた。



 この子は何を経験したかは知らない。仮に知り得たとしても、ガイアにはどうしようもない。



 ……むしろ、ガイアはどうでも良かったのだ。



 少年の過去や、少年に刻まれた複雑なる思いを気にするよりも……ガイア自身は彼をただ救いたかった。純粋に少年を路頭の冷床から立ち上がらせ、一刻も早く暖かい茶と食事を摂らせたかった。



 そんな思いを察知したからこそ、少年は驚き戸惑っていたのかもしれない。



「ここは寒いし、何も無い所だ。……だが強制はしない。君の行きたい所に行くが良い」



「………………」




 少年は無言だったが、その小さな手を伸ばしてくる。




 何かを求める様に、純粋無垢の眼差しをガイアに向けたまま……。



「……そうか。君は強いんだな」



 そう言って、ガイアはニコリと微笑む。



 ――今まで曇天が拡がっていた空の合間に、小さな光が差し込む。



 光の行く先は、少年とガイアの元へ。まるで二人の出会いを祝福するかの如く、天におわす神々が称え喜んだかの様に…………神々しくも厳かな一面だ。



「立てるかな、少年……っと。そういえば君の名前をまだ聞いていなかったな。言えるかな?」




 名前――少年の名前。




 ゲルマニアは次の言葉で、全てをを察する。



 何故こうも、この出会いが特別なのかを。……何故この少年とガイアの出会いを、ゲルマニアに見せるのかを――――





「…………僕の名前は……ゼノス」





『…………ゼノ、ス?』



 その名前を耳にした瞬間、戸惑いと同時に理解する。



 ここが何処で、今自分がどのような立場にいるのかを把握した。この体験の理屈や云々はともかく……嗚呼そうか、そう言う事だったのか。



「――じゃあゼノス。共に行こうか」



 ガイアは少年を立ち上がらせ、ボロ絹のマントを翻す。



 正義の騎士はその場の陰気な空気を押し退け、威風堂々たる足取りで少年の手を引く。






「――神よ、今は亡き主よ。老いたる白銀の聖騎士、ガイア・ディルガーナにまた新たな使命を下さった事…………誠に感謝申し上げます」






 白銀の聖騎士――ガイア・ディルガーナ。




 ゲルマニアはこれから目にし、そして見届ける事となる。




 ――ゼノスが白銀の聖騎士となる所以を。美しくも悲しき英雄の半生を、不可思議な力によって映し出される……彼の過去を。







 ――――ゼノス・ディルガーナの、悪夢を。






 


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