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白銀の聖騎士  作者: 夜風リンドウ
三章 披露宴は亡霊屋敷にて
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ep18 悪夢への誘い



 さて、結界を張り終えた所でゲルマニアが戻って来た。




 結界は簡易式のものだが、部屋全体に張り巡らせたそれは翌日の朝まではもつだろう。とにかく、安眠出来る環境には仕立て上げた。



 ゼノスは異世界で買った青いパジャマ一式を着て、ナイトキャップを被る。そして広々としたベッドに横たわり、手元のランプを消そうとするが……



「……ゲルマニア?」



「……」



 ベッド脇で立ち尽くすゲルマニアに声を掛けるが、彼女は一向に来ようとしない。若干緊張気味の様子で、ようやく口を動かす。



「ま、まさかこんな事になるとは……。うう、聖騎士様と同衾…………同衾、ドウキン……」



 ――かなり緊張しているようだな。



「おいおいゲルマニア。寝る時ぐらいは気楽にいこうぜ?」



「気楽と言われましても……具体的にどうすれば」



 そこまで悩む必要は無いだろうに。



 気楽と言われると、確かに広義的で容量を得ないだろう。



 だが例えるとなると……そうだな。




「――じゃあこうしよう。敬語は無しで、今だけは騎士の心を捨てるってことで」




 その提案に、しばし考え込むゲルマニア。



 何とも真面目な事に……こんな時でも騎士としての振る舞いを重視し、聖騎士ゼノスを軽視した見方は出来ないらしい。表情からそれが露わとなっていて、至極不満そうだ。



 だがこのままで居ても、一向にベッドに入る事は不可能だろう。そう悟ったのか、ゲルマニアは三回程深呼吸をする。



 覚悟を決めた彼女は、途端に頬を膨らませる。




 ――彼女本来の、年頃の少女らしい豊かな表情だった。




「……もう、ゼノスは酷い人ね」



 頬を膨らませるその素顔は、どこにでもいる少女のそれだった。



「ああ……もうそれでいいから」



 彼女は失礼します、と呟いてベッドに入る。



「じゃ、灯り消すぞ」



「あ……ちょっと待って」



 灯りを消そうとするゼノスを止めるゲルマニア。



「今度はどうしたんだ?」



「いやその…………せっかくだし、ゼノスともう少し話したいなって」



 ――うおっ



 気付けば、ゲルマニアは急接近していた。



 先程の態度はどこへやら……覚悟を決めたゲルマニアは、ゼノスの目と鼻の先にまで近づき、寄り添う形となる。



 長い髪を下ろした彼女に対して……ゼノスは心臓の鼓動が早まっていく。



「……話っていっても、何の話だ」



「――今しか言えないと思う事。私がずっと思っている事でいい?」



 心なしか、その言葉はとても真剣な様子だった。



 彼女が思っている事、それもずっと?彼女は思いを引き摺らず、もっと淡泊な性格かと思っていたが。



 ……何だか知らないが、妙な空白が生まれる。



 年頃の男女が同じベッドで寝ていて、更に見つめ合う。さしものゼノスとて、心臓が昂ぶってしまう状況だ。



 思わず視線を逸らそうとした……その時だった。





「…………ゼノスは、私を信用しきれていないの?」





「……え」



 それは不意打ちだった。



 重苦しい一言が、ゼノスの心を締め付けてくる。



「……貴方はいつも苦しそう。まるで自分の過去を悔やみ、嘆いているようで……それを一人で抱え込んでしまっている」



「お、おいゲルマニア……何を言って」



「話して欲しい、貴方の全てを。――私は、貴方と悲しみを共有し合いたいから。この長い夜の中で、教えて欲しいの」



「…………」



 ――そうか。彼女は、ずっとそんな事を思っていたのか。



 彼女は誰も気付かない所を突いてくる。ゲルマニアだけはゼノスの真髄を見極め、的確に指摘してくる。



 物憂げな態度、どこか陰のある反応。その挙動が彼女の心を傷付け、相棒として何も出来ていないと感じてしまったのだろう。



 ――私だけは知りたい、貴方の全てを。



 言葉に発せずとも、その瞳が物語っていたのだ。



「…………」



 誰も明かしたくない過去の惨劇。



 あれは自分だけの記憶。例え懇願されても、例えその相手が主君だったとしても……今まで秘密にしてきた歴史。



 ――でも、何故だろう。



 ゲルマニアに言われると……その信念が揺らいでしまう。



 どこまでも親身になってくれる彼女。どこまでもゼノスを理解し、ゼノスを労わってくれる優しき少女。



 …………ゲルマニア、お前は変わった奴だ。



「……ん?」




 ふと、視界が急に歪んで行く。




 いや正確には、急激な睡魔が襲い掛かってくる。



「どうしたの、ゼノス…………って、あれ」



 ゲルマニアも同様らしく、次第にうとうととし始める。



 如何に疲れていたとはいえ、この突然な眠気は異常だった。まるで誰かに眠らされているかの如く、抗う事も出来ない。



 何かが変だ。――これは。



「……ゲル、マニア」



 ――嗚呼、もう駄目だ。



 抵抗も空しく、二人は眠りに落ちて行く。







『では、眠りの世界で見せて貰うがいいわ。――悪夢にうなされ、ずっとね』




















 皆が寝静まり、ヴァルディカ離宮は静寂に包まれる。



 虫の鳴き声も聞こえず、ただ夜風が窓を叩く音だけが木霊する。



「……首尾はどうかね。聞こえているのだろう?」



 ヴァルディカ離宮の自室にて、ただ一人を除いて――。



 その声を発したのは、紛れも無いマーシェルである。不気味な部屋にて灯りも付けず、月光に照らされながら赤ワインを嗜む。



 彼は自分以外誰も居ないはずの自室で、誰かに向けて尋ねていた。



 それは独り言?……いや、どうやら違うようだ。




『――ほぼ順調ですわ、私の愛しきマスター』




 刹那、部屋全体が暗転する。



 また元の明るさに戻った時、マーシェルの目前に一人の女性が佇んでいた。



 肌は色白で、その色素は異常に薄い。だが病的な肌とは相反して、紅色の唇が、漆黒のドレスが活動的な印象を与えてくる。



 美しく整えられた容姿や金髪、且つ怪しげな雰囲気を纏うその女性は、マーシェルに向かって頭を垂れる。



「アリーチェ姫以外の離宮にて眠る者は、今頃永遠に続くであろう悪夢に晒されている事でしょう。……うふふ、さっそく呻き声を上げる者もいらっしゃいますわ」



 その女性は、嫌味な笑みを浮かべて言う。



 だがそれも一瞬の事、女性はふっと笑みを消す。



「ですが、そう事は上手く運ばないでしょう」



「……例のシールカードと始祖か、エリーザ」



 女性――エリーザと呼ばれたその人は、黙って首肯する。



「恐らくですが、彼女達自身は直に目覚めてしまう可能性が高いかと。――特にゲルマニアと名乗る騎士のシールカード、その圧倒的な意志は伊達ではありません」



 如何にエリーザが能力を駆使しても、彼女に精神的ダメージを与える事は不可能だろう。




 ――『亡霊のギャンブラー』、エリーザ・グランバート。




 カードに宿された怨霊を従え、標的に恐怖と悪夢を見せつける能力を持った、そんな特殊なシールカードを有している。



 特殊――そう、カードの中に封じられた者達は既に死んだ者達だ。



 シールカードに物事の条理など通じない。その異質さ故に、封じられた者に制限など存在しない。



 話は戻るが、エリーザの忠告に対してマーシェルは余裕の態度で答える。



「――まあそれでもいい。相手がシールカードだろうと始祖だろうと、所詮は主無き小娘と、何も仕掛けようとしない愚か者だ。エリーザが魅せる死者の世界に飲まれ……死ぬ運命であろうな」



 マーシェルの目的は、ゲルマニアやアスフィの殺害では無い。



 ……彼は大貴族の息子マーシェル。敬愛せし父より、彼は幾度と無く自分の果たすべき使命を押し付けていた。



 ――貴族社会の復活。凡俗たる騎士風情を社会的に、且つ存在をも抹殺させる事が、マーシェルの望みであった。



 本来のランドリオ帝国は、そう在るべきだった筈だ。貴族が最上位の立場につき、貴族至上主義が築かれるべきだったのだ。



 民は貴族の私腹を肥やす道具でしか無く、騎士達も戦争をする為の駒でしかない。




 ……何故だ。何故ランドリオ帝国は騎士を主軸とする?




 マーシェルの疑問は尽きない。騎士の在り方、皇帝陛下の在り方、民への扱い、彼から見れば何もかもが理解不能であった。それは在るべきランドリオでは無いと、貴様等の行うそれは……何もかもが間違っていると。



 だからマーシェルは行動した。



 たった一人で、誰の手も借りずに革命を起こさんと企み……彼は自分が皇帝陛下になろうと奮起した。大貴族という古き名誉を利用して皇族に脅しをかけ、現皇帝陛下との婚約にまで結び付けた。



 ――アリーチェとの結婚は通過点に過ぎない。愛など微塵も無ければ、彼女を傍に置く気も更々ない。多少の素直さがあれば、少々の寵愛を与えようとは考えていたが……それも無理なようだ。



 まあ要するに、マーシェルの目的は極めて単純だ。



 自分が皇帝へと上り詰め、貴族を主軸とした国家作りをする事。その後でじっくり騎士や要らない貴族の排除に取り掛かろうという計画……『だった』。




 ある日突如現れた彼女、エリーザによって計画は変更された。




 ――これを期に、騎士の要たる六大将軍を殺してしまおう。騎士に媚びへつらっていた貴族も殺してしまおう。



 言い訳は幾らでも用意できる。このエリーザの力さえあれば、容易にこなす事が出来るのだ。



 出来過ぎた計画に、思わず歪な笑みが零れしまう。



 それと同時に、マーシェルは一抹の不安も感じていた。



「……しかし、解せぬ事もある」



「何か不満点がございますか、マスター」



 淡々と述べる彼女に向かって、当然の疑問を口にする。



「――根本的な疑問だよ。僕は衝動的に君を受け入れたが……その真意や意図がまるで掴めない。……信用に足らないのが現実だね」



「ふふ、予想外の言葉が聞けましたわね。……『僕は君達シールカードをも利用するよ』、というのは嘘だったのかしら?」



 エリーザに微笑し、甲高いハイヒールの音を鳴らしながら歩み寄る。



 その眉目秀麗なマーシェルの顔に、自分の美麗な顔を間近まで近づける。細長い人差し指を彼の頬に這わせ、優しく撫でる。




「――信頼なんて、あって無いような産物。何の意味も成さない無用の物……そんな事は貴方が一番よく存じている筈ですわ。……違いまして?」




「…………ふ、まあそうだ。結局の所、僕と君の関係は『取引相手』であるわけだ。僕とした事が、つい本音が出てしまったよ」



「あら、それってつまり……私に惚れたという意味合いかしら?」



「……どうだろうね」



 互いは不敵に微笑み合う。



 至近距離にあった彼女の顔は、更に近づき――




 マーシェルとエリーザは、濃厚で狂おしい口づけを交わす。




 彼の舌が彼女の舌を求め、それはエリーザ自身も同様であった。互いが互いを求め合い、息もロクに出来ぬ一分間が続く。……果たしてそれが愛からなのか、またはビジネスなのかは分からない。



 唇を離したエリーザは、火照った顔のまま舌なめずりをする。



「……いけない人ですわね。婚約者がいながら、他の女とこんな事が出来るなんて」



「それが貴族の特権というものだ。……それに、どうせあの小娘も後に用無しとなる。――騎士風情に惚れた女皇帝なぞ、僕はいらない」



「うふふ、あの娘が可哀想になってきますわ」



 そんな事は全く思っていないだろうに、彼女はあっけからんと呟く。



 マーシェルから身体を離したエリーザは、軽くウィンクする。



「ま、とにかく……『私達』もそれなりの事情があって動いている身。互いの利益が損なわれない以上……機密ぐらいは許して欲しいわ」



 ――どうやら、彼女は頑なに話す気は無いそうだ。



 だが確かに、両者の利益はしっかりと獲得できるし、マーシェルとてそこに不満を感じる事は無い。

余計な問題にも関わりたくない以上……ここは黙っておくのが正解だろう。




 ……さて、夜はまだ長い。




 皆が『永遠の眠り』についている故に、今後の予定である舞踏会やらは中止になる。早寝も惜しい所だ。



 ――なので、マーシェルは目前に控えるエリーザに来るよう手振りする。




「……さあエリーザ。悪夢に苛む愚者共の上で、僕達はこの夜を楽しんでいよう」




「……それが貴方の望みとあらば」




 マーシェルは彼女の手を取り、ベッドへと向かう。





 ――悪夢に苦しみ、発狂して死んで行くゼノス達を想像し、余韻に浸りながら……二人は嗤い合った。









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