ep17 寝る時は共に
午後九時を少々過ぎた頃。
パーティーはどうやら早々に終了したらしく、貴族や騎士達は明日の舞踏会に備えて、それぞれが既に与えられた部屋へと戻っている。
それはゼノス達も例外では無く、常駐している使用人以外の臨時使用人達も早朝仕事に備え、早めの就寝を言い渡された。
……という訳で、今ゼノスはヴァルディカ離宮三階にある自室にいる。
隣室のゲルマニアとアスフィも呼び、三人は今日一日目で収集した情報を提供し合う事にした。
「――さて、じゃあ揃った事だし本題に入ろうか」
「そうですね……。ではまず誰から報告しましょうか?」
ゲルマニアが神妙に切り出す。
「はいは~い!じゃあまず私から話すよ!」
そう快活に答えたのは、まだメイド服姿のアスフィであった。
「アスフィは確か……到着した貴族達を会場に案内してたな」
「うんうん、もうそればっかりだったよ。スケベな貴族親父は尻を触ってこようとするし、どさくさに紛れて抱き着こうとしてきた人もいたし……疲れたよ~」
「……そんな報告はどうでも宜しいです。まあ、同情はしますが」
ゲルマニアも同じ様な事があったのか、怒りの籠った様子で答える。
「あ、ごめん……えへへ」
いつもの調子で、舌を出して謝るアスフィ。
そんな和やかな雰囲気のまま、彼女は続ける。
「えっと……一応案内してる最中に漏らしてた話を盗み聞きしてみたけど、誰も革命を起こそうという話題は出してなかったね。今の皇族家の不満や騎士階級に対する罵詈雑言は言ってたけど……」
「成程。やはりそうか」
という事は、他の貴族はランドリオ撲滅に直接関わっていないと判断出来る。
まだ確証は得ていないが、貴族達は案外思った事を口にするタイプが多い。帝国撲滅という旗を掲げていれば、誰かがそれを誇張する筈……しかしそれが一切無いとなると、彼等は関与してないと認識出来るのだ。
「となると、更にマーシェル様が怪しくなってきますね……。彼に関してはゼノスが調べていた様ですが、何か分かりましたか?」
「ああ、実はそれなんだが」
ゼノスは躊躇しながらも、簡単に先の内容を説明する。
マーシェルの自室に入る機会が与えられ、自分は鍵を入手して入る事が出来た。そこで何とか書類を掴もうとしたが……突如現れた幽霊共に阻まれてしまったという事をだ。
……案の定、ゲルマニアはそれを聞いて顔が真っ青となる。
「………………あ~、よく聞こえませんでした。え?何が出て来たんですか?ユレイ?ああ~、あの南大陸に栽培されている独特の野菜ですね。もう~ゼノスったら、変な想像をしてしまったのですね」
「……」
こいつ、今の話を帳消しにしようとしている。
捲し立てる様に早々と別の解釈をするゲルマニア。
だが――
「……残念ながら本当なの。ほら、お前の左肩見てみ」
「へ?」
嘆息しながらゲルマニアの左肩を指差す。
そこで、ゲルマニアは初めて悪寒を感じてしまった。
先程から重苦しかった左肩。……嫌な予感が漂うが、勇気を振り絞って振り向くと、
――肩には、女性の手が添えられていた。
手より先の腕も無く、手だけが露わとなっていた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ。い、いやあっ!」
混乱しきったゲルマニアは跳ね上がり、ベッドに座るゼノスへと素早く抱き着いてくる始末。
ゼノスの顔に胸を押し付け、泣きじゃくる。
「も、もう嫌ですこんな所!帰りたい!帰りたいです!」
「まあまあ落ち着けって。……にしても、この屋敷全体が幽霊の巣窟となっているようだな」
今の幽霊には害が無かった様だが、ゲルマニアにとってそれも怖かったようだ(アスフィは全然気にしてない所か、この状況を楽しんでいる様子)。
「ゼ、ゼノス……今日は一人で寝たくありません!だから帰らせていただきます!」
「そ、そりゃ無いだろ。俺一人でやれってのか」
「別に大丈夫でしょう……ゼノスは強いのですから」
何やら棘のある言い方だった。
妙にふてくされた様子で答えるゲルマニアを見て、途端にアスフィの目が光った様に感じた。
「――じゃあさ、今日は二人で寝るっていうのはどうだろう?」
……突如、アスフィが良からぬ提案をしてきた。
「…………………ふえ?」
ゲルマニアは変な声を出し、顔面が紅潮し始める。
一方のゼノスはというと、至極真面目な表情で何度も頷く。
「……成程。確かに俺がいれば簡易式の結界も張れるし、そうすればゲルマニアが怖がる事も無い筈だ」
「そ、その結界は隣の部屋まで伸ばせないんですか!?」
「う~ん……難しいな。元は自分の身を守る為に作り出す物だし。……まあ異性と共に寝たく無いのは分かるが」
ゲルマニアとて騎士であると同時に、まだ十八の少女だ。
好きな男と寝たいという気持ちもあるだろうし、ゼノスだって強要はしない。アスフィと一緒に寝ても大丈夫だし、その点に関して彼女が悩む事も無いだろう。
……と、思っていたのだが。
「――いえ。別にゼノスと寝るのが嫌という訳ではありません。仕方ないですが……一緒に寝る事にしましょう」
「はあ。……でも本当にいいのか?アスフィの所に行っても大丈夫だと思うがな」
「残念ですが、むしろそちらの方が嫌ですよ」
そう言って、ギロリとアスフィを横目で睨み付ける。
「貴方は始祖であり、多くの同胞や民を葬って来た。同盟を結んだとはいえ、そこまで気を許す事は出来ません。……するつもりもありません」
「……ふふ、そうだね。その方がいいかも」
彼女はゲルマニアの拒絶に落ち込む所か、むしろ納得している。
ゼノスも彼女の言う通りだと思い、これ以上は何も言わないと決めた。
「そうか。分かった、じゃあ今の内に結界を張るんで、ゲルマニアは寝間着に着替えて来な」
「あ、はい分かりました。ですが明日の予定も決めた方がいいのでは」
「それは必要無いだろう。明日の昼は離宮から離れた森での鴨狩りで、夜は使用人も参加する仮面舞踏会だ。……調査再開は明後日になるしな」
方針はまた明日の夜に話し合えばいいだろう。明日も早い為、今日はなるべく早めに就寝したいのだ。
「そうですか。では、その通りにしましょう」
ゲルマニアは頷き、そそくさと部屋を退室する。
彼女は終始赤面してたが……もしかして風邪でも引いたのだろうか?
「ゼノス、今日は楽しめそうだね」
心配するゼノスをよそに、アスフィが気味悪い笑みを浮かべながら言う。
「……いや変な事はしないから。てかお前も早く寝ろ、明日は早いんだ」
「ちえ。分かったよ~」
何が不満なのか分からないが、渋々とアスフィも退室しようとする。
しかしふと足が止まり、こちらを振り向く。
「あ、そうだ。寝る前に一つだけ忠告しておくよ」
「……何だ?」
首を傾げるゼノスに、彼女は重々しい空気の中答える。
「――今回の敵は、想像以上に厄介だと思うよ」
彼女はたった一言、そう宣告してくる。
今更何を言うのだろうか?戦いに身を置いている以上、危険や苛む気持ちは百も承知だ。
ゼノスが黙って頷くが、それでもアスフィの気は晴れない様子だ。
「…………負けないでね。過去に……昔の自分に」
最後に一言、そんな呟きが聞こえてきた。




